猫のランチョンマット

七瀬美織

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第十八話 校内放送

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 ホームルームの直後に、校内放送か響き渡った。

『一年生の榊原彩奈さん。放課後、生徒指導室までお越シ下さい。繰り返します。一年生の榊原彩奈さん。放課後、生徒指導室までお越シ下さい』

 我が校は、生徒を校内放送で生徒指導室に呼び出すような事はしない。生徒のプライバシーを守るため、コンプライアンス法令遵守で、担任を通して生徒個人に伝達すると決められているからだ。

 私立八木橋高等学校は、地域の中で有名な進学校の一つに数えられる。各中学校の優等生が、受験で集まっているので、露骨なイジメもなければ不良生徒もいない。

 生徒の自主性、自由、自立を重んじる校風で、アルバイトの許可制度があるのも、何代か前の生徒会が頑張って作った制度なのだという。

 もちろん、校則違反をすると厳しい処分が科せられる。 新入生のオリエンテーションで、徹底的に校則について学ばされるのだ。

 昔むかしの生徒指導室は、腕っぷしの強い体育教師が、不良生徒を呼び出して、教育的指導の名の下に、密室の不適切な暴力行為が行われた時代もあったようだ。現在では、もしもそんな教師がいたら、逮捕されて社会から袋叩きにされるだけろう。

 先生は、担任を無視した呼び出しに、怒りをあらわにしていた。私に職員室で確認するから、ここで待機するように指示して教室を出ていった。

「彩ちん……」
「沙保里が呼び出されたみたいな顔してるよ。大丈夫、何かの間違いだよ」

 沙保里は、眉をこれでもかと下げて、私を心配してくれている。天使なクラスメイトが、私の周りに集まってきた。

「榊原さん、先生の指示に従って待っていればいいよ」
「担任を通さずに、放送で呼び出すなんて誰だよ?」
「二年担当の英語の……ほら、今年から教員になったっていう……。日本語の発音に特徴がある……」
「あ、知ってる。部活の先輩が、グチってた。授業中に、英語の発音をやたらと訂正してきて、授業が嫌味ばっかりで、中身がないんだって。人に教える前に、お前の日本語の発音を直せよ! って、キレてた」
「私も聞いた。その教師、理事の息子らしいよ。いわゆる、コネ採用らしいって……」
「あー。何でも志願して、生徒指導になったらしいよ」

 私は、みんなからの情報提供に感心した。部活に入ってないから上級生の情報なんて知らない。理事の息子のコネ採用……どっからその情報を仕入れたのだろう?

「榊原さん、何か悪い遊びでもバレたんじゃないの?」

 数人の女子が一斉に笑いながら、こちらを見ている。クラスの中心で華やかな雰囲気を醸し出してるけど、彼女らは、男女共にあまり好かれていない。

「悪い遊びって何かしら?」
「えー、そんなの教室で言えないわよ。ねぇ……」
「「ねぇ~」」

 沙保里が言い返したけど、私がケンカを売られたんだよね? 沙保里の肩を、ポンと叩いて前に出る。ここは、私に反論させてね。

「私、人前で話せないような事をした覚えはないよ」
「裏サイトで榊原さん、大変なインランになってるのよ。知らないの?」
「ごめんね。裏サイトに興味ないし、見たことないから知らない。だって、生徒の成りすましを、排除出来ないんでしょ? 信用して話してたら、中身オッさんとか、犯罪に引き込もうとする悪人だったりするような、そんな怖いサイト、見る気になれないよ」

 犯罪の入口は、スマホのアプリやSNSにだって潜んでいる。友だちに勧められて、興味本位に交際アプリをダウンロードして、入力ガイドに誘導されて、本当のプロフィールを公開しちゃった話は、自分じゃなかっただけで、笑えない怖い話だ。

「良い子ぶったって、本性は隠せてないんじゃないの? 証拠の写真だってあるのよ」
「証拠の写真? 何それ?」
「えー、まだ知らないの? 裏サイトから画像が拡散してるかも~」
「ほら、これよ!」

 差し出されたスマホの画像は、夜の雑踏の中の小さな二人の人影だ。一人は背の高い細身のスーツ姿の男性。もう一人は、腰まで届く髪の長い制服の女生徒。どちらもそこまで判断するのが精一杯の荒い画像だった。

 私だけが知っている……これは、カオスな食事会から帰宅する為に、駐車場まで歩いている新垣さんと私だ……。

「……誰だかわからないよね」
「コスプレしてるバカップルかもしれないよ」
「こんな荒い画像、誰だかわからないし、夜景モードで撮れよ」
「榊原さんは、こんな貞子じゃない!」

 ごめん。みんな、その貞子は強風の中の私だ。これに関して、肯定も否定もしない。でも、これ盗撮だから! 心の中だけで怒っていいよね!

「生徒会の先輩方の周りを、うろちょろしないでよね! このインラン!」

 なるほど、理由はそれか……。そっち絡みでヘイト集めてる自覚はあったけど、私は無実だ……。ウロついてるのは、八木橋先輩で、中条先輩と真栄田先輩はオマケだ!

「その写真だけで、何の証拠になるの?」
「他にも榊原さんが、深夜のアーケード商店街をウロついてるって、町内の巡回パトロールしてる人が、何度も見たらしいじゃない!」

 ゲッ! それは、心当たりが……ある。怖っ! たった一度の過ちが、こんなに後を引くの? 頑張れ表情筋! 動揺を顔に出したら負けだ……!

「……町内パトロールの人って、誰なの? 匿名希望の裏サイトの人?」
「違うわよ! お父さんから聞いたんだから!」
「私、あなたのお父さんなんか知らないよ? 町内の巡回パトロールは、当番制じゃないの? それなのに、何度も見たの?」
「それは、……私がお父さんに聞いたのは、一度だけだけど……。他の人も言ってるかもしれないじゃない⁈」
「それって、ただのウワサとどう違うの?」
「それは……」

 私を攻撃していた女子たちは、黙り込んだ。悔しそうに睨んでくるけど、これ以上はネタ切れらしい。
 …………勝った! あー。疲れた。表情筋がめちゃくちゃ鍛えられてる……。

「榊原、榊原彩奈はイるか?」

 やっと静かになった教室に、調子っ外れの呼び声が響いた。


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