猫のランチョンマット

七瀬美織

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第十三話 雲雀の三世代女子会

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 カラオケ喫茶店の『雲雀』は、オーナーの滝沢寿美夫人が趣味と地域貢献の為に開いたお店。シニア世代の健全な遊び場を提供するのを目的に開店した。
 なので、六十五歳以上のシニアは、割引が適用されて格安料金で利用できる。

 寿美さんは、お店では『ママ』と呼ばれている。

 娘の千紘さんの話だと、家でも『ママ』って呼んでもらいたかったらしい。千紘さんも息子さんたちも『お母様』って呼んでいるそうだ。
 私もこんな和装も良く似合う上品な母親がいたら、『ママ』より『お母様』って呼びたい!

 そして、じっちゃんの事は『お父さん』なんだそうだ。『お父さん』と『お母様』じゃ、バランスが悪くない?
 何故そうなったのか、じっちゃんに聞いてみたら、『お父様』なんてがらじゃないだろう? ガハハ! って、言っていた。

 二人は会話の中で、長男を『アッくん』次男を『タッくん』と呼んでいる。

 私は、長男の名前『篤志あつし』というのは知っていたけれど、次男の名前まで、覚える気がなかった。
 だって、次男はペットサロン・メルルの店長をしている。お店に行けば店長さんか滝沢さんと話しかければいいのと、外で名前で呼びかける必要性を感じなかったからだ。

 カラオケ喫茶店『雲雀』は、定期的に暇になる。雨が降り続いたりとか、年金の支給日三日前あたりからとか、パタッと客足が途絶える日が、月に何日かあるのだ。

 そんな時は、女子会を開催する。

 新堂さんは、主に厨房で創作料理のメニューを考えているので不参加だ。

 女子会は、『ママ』が淹れてくれる紅茶で始まり、格調高くエレガントな雰囲気の中で優雅な仕草でいただく、マナー講座も兼ねている。

「彩奈ちゃん、小指は立てない。カップと一緒にソーサーまで口元に持っていかないの。……まあ、ほほほ」

 私は『ほほほ』って笑う人に、初めて会った。意地悪な悪役令嬢のオホホホじゃない、品のある柔らかな優しい笑い声の『ほほほ』なのだ。寿美ママさんの『おほほ』は、なんか素敵でホッコリと癒される。

「最近、タッくんは家に顔出してる?」
「いいえ、ぜーんぜんよ。顔出しなさいって電話して言ってるのに、忙しいからってちっとも来ないのよ」
「家に帰ったって、お父さんはいつも留守で居ないから、遠慮なんかいらないのにね」
「どうもお父さんに、留守を狙って帰宅してるって思われたくないみたい」
「そんな事どうでもいいのに……妙な所でカッコつけるのよねー!」
「ほほほ。男の子はカッコつける生き物なのよ」
「あの妙なプライドを、へし折ってしまいたい……!」
「あらあら、チーちゃんったら、お手柔らかにね」
「お母様ものん気ね。タッくんが、良い子でいるとロクな事にならないのよ」
「そうねぇ。家出した時は驚いたわね」
「小学四年生の時だったわ」
「まさか、海外に行くなんて驚いちゃったわ」
「……ぐっごっ! げほ、ゴホ、ゴホ、ゴホ」

 海外⁈ 小学生の家出が海外⁈ びっくりして紅茶で溺れるところだった。

「あらあらあら、大丈夫?」
「あははは! 彩奈ちゃん、そうなのよ。海外! それも韓国よ! パスポートも持たずに! 危うく前科がついちゃうかもしれなかったのよ」
「滞在時間が短かったから、犯罪にはならないんじゃなかったかしら? まだ、子どもだから出来たのね」
「普通の子どもなら、海外に家出なんかしないわよ。わざわざ福岡まで行って、釜山行きのフェリーの行商人の荷物に紛れこんだなんて、よくバレなかったわよ。乗り込んだ後は、修学旅行の団体に紛れたらしいし、結構いい加減なチェックだったのね」
「あらあら、無賃乗船は犯罪だったわ」

 二人の過激な世間話に絶句した……。それにしても、何故に小学生が家出で海外に行く必要があったんだ⁈

「偶然、釜山で岩崎の叔父様とバッタリ会わなかったら、きっとニュースになっていたわ。岩崎の叔父様と知り合いの方が、クルーザーでこっそりと連れて帰って下さって、何事もなく済んで良かったけど……。上陸直前に抜き打ち検査でチェックされた時は、生きた心地がしなかったそうよ!」
「家出の理由は、何だったのですか?」
「特に何かあった訳じゃないらしいの。きっと、色々と我慢して息苦しかったのね。真面目で、優等生で、文句一つ言わないで、ひたすら溜め込んで……。ある日、パアンと弾けてしまったのね」
「言いたいことがあるなら、言ってしまえばいいのに、最近のタッくんも、様子がおかしいのよ」
「あらあらあら? そうなの?」
「お父さんに、妙にベッタリなの。気持ち悪いくらい……」
「あらあら」
「そのうち、お父さんを刺して自滅しないか心配だわ……」
「ゲホ、ゲホ、ゲホ、ゲホ……!」
「あははは、彩奈ちゃん。大丈夫? 驚いちゃうわよね。こんな話……」
「……冗談ですよね?」
「うーん?」
「タッくんったら、いったい何を溜め込んでるのやら……」
「えーと、ネガティブな感情を溜め込んでいるって事ですか?」
「多分、お母様が『雲雀』を始めたのを、色々と曲解していそうなのよ」
「私は、ただ暇を持て余すよりいいと思って始めたのよ」
「お母様が家に居づらくなってるとか……誤解してそうよ」
「じゃあ、探りを入れるために、じっちゃんと表面上は仲良くしてるんでしょうか?」
「そうだと思うわ」
「直接会って、私に聞いてくれればいいのに……」
「素直に言えないのよ。お母様が大好きだけど、出過ぎた真似はしたくないとかなんとか……。タッくんは、マザコンのくせに、それを知られたくないのよ」
「あら、母親の心配をする息子は、マザコンなの?」
「過剰に母親の心配をしてるって、自覚してないから、マザコンなのよ」
「あら、……難しいのねぇ。タッくんは、手先は器用なのに、ストレス発散するのは苦手だから心配だわ」

 ああ、紅茶を飲む姿が絵になる母娘なのに、会話の内容が不穏だ。

「そういえば、彩奈ちゃん」
「はい?」
「お父さんと、月一定例食事会って、もうそろそろでしょう?」
「まだ正確な日時は未定ですが、もうそろそろです」
「多分、次くらいに私たちも誘ってくると思うんだけど……。私たちは行かないだろうから、お願いしてもいいかしら?」
「はい……?」
「もし、タッくんが来たらよろしくね! 彩奈ちゃんの良いように弄っておいて!」
「はい⁈」
「機会があれば、タッくんのガス抜きしてやってよ」
「ガス抜き……ですか?」
「本音を吐かせて、溜め込んだモヤモヤを、発散させる感じ? 私も頑張ってみるけど、すっかり警戒されてるから、なかなか上手くいかないのよ」
「あらあら、チーちゃん。彩奈ちゃんが困るような事を言っちゃダメでしょう?」
「ママさん……!」
「タッくんが、隠してるつもりの本性を、暴いて自覚させてやって頂戴ね」

 もっと無茶振り来たー‼︎
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