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第一章 五里霧中の異世界転移

第四十二話 魔霧の森の隠れ家 ③

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 木陰を渡る風が、頭上でさわさわと涼しげな葉音をたてる。香澄かすみは、その音にピクリと反応して、ブランコを小さく揺らした。

『 …… ランスグレイルは、瀕死の状態でこの『隠れ家』にたどり着いたようです』
「彼は、よくそんな状態でここを見つけて、たどり着けたわね」
『『隠れ家』の魔法が、魔霧の森の迷い子を引き寄せるのです』

 皓輝こうきは、本体の記憶を思い出しながら香澄に説明しているようだ。

『その時点で、ランスグレイルには、まだ中位の『異界の悪魔族』がいていました』
「じゃあ、ん? ランスグレイルは、黒い霧じゃなくて『異界の悪魔族』が憑いていて操られていたの?」
『はい。竜族や人族も多少誤解していますが、黒い霧は、『異界の悪魔族』の従者のようなものです。必ず裏で力のある『異界の悪魔族』が黒い霧に命じているのです』
「皓輝は、竜族でも知らない事を知っているのね。凄いわ!」
『いえ、本体の持っていた情報ですから …… 』

 香澄は、皓輝の情報が深く、分かりやすくなった事に感動していた。そして、かわいい従者の成長をほめた。青年の皓輝は、色っぽく頬を染めながら嬉しそうに話を続ける。香澄は、そんな反応をされて困ってしまった。何だか自分が、悪い女になった気分だ。

『その場で『異界の悪魔族』は、本体が処理しています。もう、香澄様に危害は及びません。ご安心ください。しかし、短期間とはいえ中位クラスに憑かれていて、ランスグレイルは良く無事に済んだものです』
「皓輝、どういうこと?」
『『異界の悪魔族』は、生物の精神に干渉して意のままに操ることを得意としております。だから、強い精神干渉を受けた場合、魂に融合して引き剥がせなくなるか、引き剥がしても魂がボロボロになってしまいます。中位以上の『異界の悪魔族』に長期間の精神干渉を受ければ、最悪の場合、魂が食い尽くされてしまうでしょう』
「まるで、悪霊みたいね。それで、ランスグレイルは、本当に無事なの?!」
『本体は、問題ないと判断いたしました。私が香澄様を助ける為につけた傷も回復の魔法で完治しています。それに、魂の方は何かの守護があったようです』

 香澄は、ランスグレイルに会ってみなければと思った。

 香澄は、認識阻害の魔法で表面上には出てこないだけで、ランスグレイルに殺されかけた事で心的外傷トラウマを抱えている。
 例え、ランスグレイルが操られていたとしても、向けられた殺意と憎悪は本物で、香澄の心と身体を深く傷付けていた。

 しかし、リングネイリアの記憶が、ランスグレイルの無事を確認したいと、香澄の心をザワザワさせてかすのだ …… 。

 こんな風に、はっきりとリングネイリアの記憶の影響を感じるのは、蘇芳との会話を夢で見た時と今回で二度目だった。他人の意識が、自分を支配していくほうが、よほど恐怖だと思う。
 しかし、リングネイリアの昇華出来ない想いを抱えているより、きちんとした対応をして、けりをつけをつける方がスッキリするだろう。香澄は、リングネイリアの想いを受け入れて、ランスグレイルに向き合う事が一番だと思っている。

 香澄は、自分に関することだけなら、大胆で度胸のある行動が出来るのだった。

 それにしても、リングネイリアの魔力に記憶が宿っていたのだろうか? だとしたら魔素の塊である魔霧の森の霧には?! 香澄は、魔霧の森に墜落した時に見た、あの異様な霧の光景を思い出していた。

 もしも、魔素の霧に、記憶が宿るのならば、あの姿は臨終のときを写し取ったものではないだろうか? 虚ろな姿は、死者の魂というよりも、死者の記憶のように思えた。思い出しただけで、背筋がゾクリとして身体が震えた。

『香澄様、とりあえず部屋に入って休まれませんか? ここは、水と食料も豊富にあります』
「そうね。皓輝、先ずはランスグレイルに会いたいのだけど …… 」
『 …… やはり、処理して …… 』
「皓輝、処理しちゃダメ!」

 香澄の脳裏に、『主従の誓約』で繋がりがあるせいで、皓輝のイメージする処理の内容が伝わってきた。皓輝の『処理』は怖過ぎた …… 。

『 …… 承知いたしました。では、ご案内いたします。こちらへどうぞ』
「ありがとう」

 皓輝に差し出された手をとり、香澄は立ち上がり『隠れ家』へ向かった。

 キプトの町の家々も可愛い家だったが、この『隠れ家』も悪くないと香澄は思う。

 基礎は、しっかりとした石組みで、濃い茶色に塗装された柱と、漆喰のような白い塗り壁の組み合わせがドイツの伝統的な家に似ている。軒の深い三角屋根はアシンメトリーで、片側は年代を重ねた古い巨木と同化していた。

『この家は、見かけよりも屋内は広いです。キプトのファルザルク王国の大使館より、少し大きいくらいです』
「えっ! そんなに大きいの?!」
『はい。魔霧の森の迷い子が大勢いても、対応出来るように作られているのです』
「この『隠れ家』を作った太古の竜族は、なにを考えて作ったの?」
『いつかお戻りになられる『主』、香澄様をお迎えする為です』
「 …… 」
『私を創り出したのは、姫様でしたが、いつかお戻りになられる『あるじ』の案内人ナビゲーターとして、ここに遺したのです』
「姫様って、誰なの?」
『姫様は、香澄様です』
「ねえ、皓輝はわたしがずっと待っていた『主』だって、どうしてわかるの?」
『それは、香澄様だからです!』
「 …… 」

 皓輝は、オリジナルを上書きして、成長したと思っていたが、 …… 相変わらずだった。


 小さな小窓に鉄製の装飾の付いた、板を張り合わせた素朴な扉を開くと、小さな吹抜けの玄関ホールだった。

 上部の窓から光が柔らかく入り、ごく普通の幅の階段と、廊下の壁に、ドアが二枚並んでいた。廊下の突き当たりは、裏庭に出られる大きめのガラス扉でとても明るい。外観はドイツ風で、内装は落ち着いたイギリス風という感じだ。

 しかし、香澄は皓輝の言うようにファルザルク王国の大使館よりも広いとは、とても思えなかった。
 皓輝は、廊下の手前の扉を開けて、入ってから香澄を呼んだ。

『香澄様、こちらから参りましょう』
「?」

 室内に入ると、そこは舞踏会の会場のような大広間だった。確かに、見た目の容積と明らかに違っていた。

 そして、大勢の人々の姿 …… では無いものが沢山いた! 

『香澄様、この部屋に居るのは、魔霧の森の異変から避難してきた精霊達です』
「精霊?!」

 香澄は、精霊と聞かされて周りを見回した。精霊達は、様々の姿をしていた。美しい人の姿をしたモノ、小さく光りながら飛び交う物モノ、部屋の隅っこで暗くうずくまるモノ、動物そのものの姿のモノ、中には、頭がニワトリで体が人のインパクトのある精霊もいた。濃密な魔力が満ちていて、シットリと空気が重く感じるほどだ。

 精霊達は、それぞれ知らない言葉で話している。ガヤガヤと賑やかで楽しそうにしている。香澄は、仮装パーティーにでも紛れ込んだような気がした。

 香澄がほうけていると、シンプルな赤いロングドレスを身に纏った美女が近づいてきた。 

『香澄! 無事で良かった!』
「リーフレッドさん?!」
『良かった。魔霧の森の嵐で魔力が乱れているから、香澄を見失っていたの』
「魔霧の森中の精霊が。避難してきているのですか?」
『そうよ。魔霧の森の嵐が収まるまで、みんな逃げてきたの。あんな魔力の乱れの中にいたら、肉体を持たない精霊なんて、とても無事ではいられないもの』
「アレクシリスさん達は、無事でしょうか …… ? 森の中にきっとまだ居るのだと思います」
『竜族と一緒ならまず大丈夫。久しぶりの嵐だけど、数日で収まるでしょう』
「魔霧の森の嵐って、一体なにが原因で起こっているのですか?」
『 …… ごめんなさい。私に説明する権限・・はないようだわ。『死者の王』が、この件に関して一番詳しく知っているから、彼女に尋ねてみてね』
「『死者の王』 …… 」

 蘇芳達は、黒い霧に操られていた時『死者の王』の元に行くように言っていたが、正確には彼女に憑いていた何者かの処、ではなかったのだろうか?

 ーーーー香澄、君の悲鳴を、また聞きに来るよ ……

 香澄は、黒い霧に操られていた藍白の口から出てきた声の主を思い出して身震いした。

「はっ! 皓輝、これだけの人数を迎えに来てもらうのは大変じゃないの!」
『精霊は、『滞在者』の対象外です』
「あ、そうなんだ。良かった」
『香澄、心配してくれてありがとう』

 異形の姿をした精霊達も、わらわらと香澄達を取り囲んでいたが、近寄る精霊は好意的で、離れた場所にいる精霊は、ただ関心がないだけのようだった。

『香澄様、こちらへどうぞ』

 皓輝と広間を横切ると、自然に人垣が割れて次の扉にたどり着けた。香澄が振り返ると、リーフレッドが手を振っていたが、他の精霊達は自由に歓談していた。


 皓輝は、長い廊下や階段を歩き一つの扉の前に香澄を案内した。






 

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