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第一章 五里霧中の異世界転移

第四十一話 魔霧の森の隠れ家 ②

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 黒い霧状に変化した皓輝こうきは、香澄かすみを包み込んだまま、森の奥へと駆け抜けていた。

「 …… 皓輝、どうして、魔霧の森の『隠れ家』に向かっているの?」

 香澄の声は、細く小さかったが、皓輝にはしっかりと聴こえていた。

『香澄様これから向かう場所は、太古の竜族が魔法をかけた秘密の『隠れ家』です』
「でも、迎えに来てもらわないと …… 出られない場所?」
『はい。私が眠っていた場所です』
「皓輝がいた場所 …… 」
『見えてきました!』

 皓輝は、青年の姿に戻って、香澄を横抱きにしてその場所に近づいていった。暗い魔霧の森の中で、『隠れ家』の周囲はまるで雰囲気が違った。

 同じ森の中と思えないほど明るい光の中に、森の緑に埋もれそうな小さな家がある。周囲の木々は、見上げても頂点がわからないほど高く、木々の枝は豊かに葉を繁らせ、晴天の空に向かって伸びていた。

 家の庭には、草花と野菜がたくさん実った畑がある。木陰の木の枝に、籐蔓で編まれたソファー型のブランコが吊るされている。二人は余裕で座れそうな座面に、可愛らしいクッションが、たくさん並べられていた。木陰のブランコに揺られながら、読書をすれば気持ちが良さそうだ。

 まさに、香澄のイメージしていた通りの森の『隠れ家』だった。

 皓輝が何の躊躇ためらいもない足取りで、『隠れ家』の庭の入り口に向かった。木戸を開けて、庭を囲む腰までの低い垣根の境目を越えて、一歩足を踏み入れた途端、周囲の空気ががらりと変わった。さらっとした湿気の少ない爽やかな風と、強い日射しが照りつけてきて避暑地の夏を思わせた。

 香澄は、身体に染み込むように魔力が急激に満ちていくのを感じて驚いた。キラキラした輝きが、香澄の血の滲んだ肌に触れると、痛みが消えていく。香澄の脱力した身体も、空腹さえも満たされていく感覚がして、すっかり回復してしまった。

「すごい …… ! もう、大丈夫よ。皓輝」
『はい。香澄様』

 皓輝は丁寧に香澄を木陰のブランコに降ろした。

『まだ、無理はなさらないで下さい』
「どうして、この『隠れ家』に来ただけで、わたしの魔力が満ちたの?」
『『隠れ家』は、回復の魔法がかけられています。それだけではなく、今は魔霧の森の精霊達がすべて『隠れ家』に避難しています。精霊達の助けもあります』
「さっきのキラキラしてたのが、精霊かな? 魔霧の森は、どうなっているの?」

 皓輝は、黙って考え込んでいたが困った笑顔で答えた。

『申し訳ございません。私の中に答えはありませんでした』
「そう …… 。皓輝、私達はもう出られないの?」
『はい。この『隠れ家』は魔法で滞在する者を、万全な状態に回復します。ただし、滞在者は、この場所に誰かが迎えに来るまで、絶対出られません。それに、滞在者一人につき、迎えも一人必要です』
「だったら、皓輝はどうやって『隠れ家』から出られたの?」
『私は、自分の一部を常に『隠れ家』の外に置いてあるのです』
「えっ? そうなの?!」
『ですが、香澄様と『主従の誓約』を結んだ私は、以前と変わってしまったので、何度も同じように外に出られる保証はありません。今回は、念のためにアレクシリス達に迎えに来てもらえるように、私の一部を案内役に置いてきました。もしも『隠れ家』に、他の滞在者がいた場合の保険にもなるでしょう。それと、迎えに来る者は『隠れ家』の敷地に一歩でも入ると、迎えではなくなり、滞在者になるのです』
「ややこしいルールね」
『強力な魔法や、仕掛けの多い魔術は、条件付けが複雑になります』
「確かに『魔法は便利だけど不便』だわ。他にも何かあるの?」
『滞在者は、対価としてこの場所の維持の為に、協力しなくてはなりません』
「協力って何を?」
『庭と畑の手入れ、家の掃除と修理や、維持に必要な魔力の提供などです』
「まるで、『隠れ家』って生き物みたいね。森の迷い子を呼び寄せて、寄生させて生き続けているみたい」
『その通りだ』

 香澄は、目の前の皓輝が口を開いていないのに、皓輝の声が聞こえたので混乱した。皓輝の肩越しに、家の中から人影が出てきたのが見える。

『おかえり。君は、急に飛び出してしまってから、ずいぶんと変化してしまったね。おや?! 彼女と『主従の誓約』を結んだのかい?』

 そう言って、香澄に微笑みかけた顔は、皓輝と同じだった。ただ、その表情は香澄の皓輝よりも、ずっと大人びた感じがして、鏡に映した様にそっくりな二人を区別させた。

『 …… 本体オリジナル。解るだろう?』
『 ………… 間違いない。『あるじ』だ!』
「えっ?!」

 皓輝に『オリジナル』と呼ばれた青年は、香澄に跪いた。そして、いつか見たような潤んだ紅い瞳で、香澄を見上げた。香澄の両手をうれしそうに握りしめて、キスを落とした。

「な、なにを、突然するの?!」
『ずっと、お待ちしておりました。我が主!』
「は?」

 香澄は、いつだったか、皓輝に同じような表情で、同じセリフを言われた事を思い出した。

『そう、我が姫は、全ての上位、界を渡る者の道標みちしるべなり。きらめくうろこ、優美なる数多あまたひれ持つ天魚てんぎょの姫君。その歌声は、その眼差しは、そのお姿は、比類なき至宝の輝き。その魂は、輪廻りんねことわりすら易々やすやすと渡り、今、下僕めの眼前にお戻りになられたのだ!』

 青年は、うっとりと芝居じみた口調で一息にまくしたてた。それから、片膝をつき右手を心臓に、左手は背にまわし頭を垂れた。きちんと短く整えられた色素の薄い茶髪のつむじを見つめながら、香澄は青年の言葉を理解しようと考えたが、やはり訳がわからなかった。

 香澄は、皓輝に助けを求めるように視線を合わせた。皓輝は、香澄に頷きながら青年の肩に手を置いた。

『オリジナル、本来なら、私が君に戻るべきだろう。しかし、香澄様から名を与えられ『主従の誓約』を結んだのは、僕だ。だから …… 』
『 …… いいだろう。今から、君がオリジナル・・・・・だ』

 香澄に跪いていた青年は、そう言った途端に影が薄くなるように消えてしまった。

「皓輝? どうなったの?」
『彼は、私の『オリジナル』でした。彼から一部をコピーして分離されたのが私です。彼は、能力も質量も本体として、私をはるかに上回っていました。しかし、香澄様との誓約を大切にしたいので、『オリジナル』は『皓輝』に上書きされたのです』
「二つにわかれて、一つにまた戻ったのね」
『はい』

 香澄は、彼が変わらず『皓輝』ならばいいと思った。皓輝の不思議について、香澄は一つ考察の結論を出していた。今度、遊帆に聞いてもらおう。
 何故、遊帆かと言うと、発想がとても『中二病』っぽくて、恥ずかしいのと、彼ならそれを含めて全部分かってくれそうだと思ったからだ。何しろ、共通の話題豊富な飲み友達なのだから。

『香澄様 …… 。一つ問題があります』
「え、な、何?!」

 香澄は、もうトラブルはお腹いっぱいだから、聴きたくなかったが仕方ない。

『『隠れ家』に、滞在者が一人いました。処分の許可をいただけますか?』
「滞在者?! 処分?!皓輝、いきなり許可とか何を言い出すの?!」
『香澄様に危害を加えた、あのランスグレイル=ダリウス=ファルザルクです』
「ええっ!」
『今は、 …… 『隠れ家』の室内で眠っているようです。丁度いいので、先に処理してきますからお待ちください』
「皓輝! 処理とかだめ! 待ちなさい!」

 ランスグレイルは、香澄を殺そうとした少年だ。しかし、蘇芳すおう達のように『異界の悪魔族』の黒い霧に操られていた可能は高いし、皓輝が香澄を助ける為に傷を負わせたはずだ。

『しかし、彼は、香澄様を傷つけました。この『隠れ家』に入り込んだので、怪我は治り『異界の悪魔族』の影響も抜けているでしょう』
「だったら、尚更処分はダメでしょう! アレクシリスさんに任せましょう」

『香澄様は、お優しい …… 皓輝は心配です』

 香澄は、進化(?)して性格がちょっとだけ大人びた、皓輝の変化が心配だった。









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