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第一章 五里霧中の異世界転移

第三十九話 ファルザルク王国へ ③

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 何の前触れもなく、魔霧の森から真っ白な霧が溢れて、沸騰した様にぼこぼこと沸き立ち、いきなり膨れ上がった!
霧の沸騰は、森全体で起きていた。

杜若かきつばた! 何処かの聖域の結界が破られたのか?!」
『いや、アレクシリス、これは違う!』
「バーミラス! 下! 下から霧がっ…… !」
『うわあああ!』

 バーミラスの巨体が、上昇してきた霧の塊の直撃を受けて、弾かれて離れていった。ドゴンと鈍い衝撃音がした。
 しかし、バーミラスは傾きながら何とか体勢を戻すと、杜若に近づいた。

「バーミラス! リックス! メイラビア! 無事か?!」
「団長! こちらはバーミラスの結界のおかげで大丈夫です! 何が起きているのでしょう?」
『アレクシリス、これは胎動たいどうだ! 魔霧の森が、次元を歪めながら拡張する前兆だ! 竜族の文献で読んだ事がある!』
「杜若、それは危険なのか?」
『魔素の霧の流れで魔法が乱れている! これ以上、飛び続けるのは危険だ! もしも、次元の歪みに巻き込まれたら、虚無空間に飛ばされる! 上空は危険だ! 森に降りて、結界を張りながら、やり過ごすしかない! 』

 白い霧が、まるで生き物の様に、唸りを上げて空を目指して膨れ上がり、その勢いをどんどん増している。

「杜若さん、魔霧の森が広がるって事ですか? いったい、どういう?! バーミラス? 何か知ってるのか?」
『リックス、説明は後だ! 今すぐ地上に降りる!』
『アレクシリス! 』
「わかった! リックス! 非常事態だ! 今後の行動は自己の判断で、メイラビアを守り、無事帰還する事だけを考えろ!」

 リックスは、アレクシリスの言葉に何度も頷いていた。声を出せないほど、リックスは真っ青な顔をしていた。

『アレクシリス、香澄! 霧の動きが速い! 魔素の気流のを避けて急降下する! 結界を強化するが、気をつけてくれ!』
「了解! 降下!」
『降下!』

 直下の森から膨れた霧の塊が、ぐっと高度を上げて杜若とバーミラスの間を突き抜けた。

『!』
「だ、団長! 」

 ぐらりと杜若の体が傾き、視界が真っ白になった。杜若は、すでに下降状態で鉛色の竜、バーミラス達とも離ればなれになってしまった。

 そんな混乱の最中さなか香澄かすみはただ一人、震えながら別のモノを見ていた …… !

 真白な霧の中に、人の姿が浮き上がる。色を失った形だけの影は、形が定まらず、それか無数に存在していた。

 幽鬼の群れは、る者は嘆きの表情で、或る者は泣きわめいた姿で、或る者は怒号をあげた表情で、或る者は無表情で、霧に浮かんでは消えていく。いや、霧そのものが、そんな人々の塊に思えた。

 白い霧は、腕を伸ばしてもがき苦しむ様に、唸り声を上げながら、森の上空へと範囲を広げている。

 杜若は、頭から沸き立つ霧の隙間を縫って地上を目指して下降した。

 香澄は、白い霧の中でそんな幽鬼達とすれ違い、苦悶の表情を間近で見て悲鳴をあげた。人々の瞳に光は無く、香澄達を見ているわけではなかった。しかし、地獄絵図のような姿が、こちらに迫ってくるのは怖ろしく、香澄は悲鳴を何度も小さく上げて震えあがった。

 アレクシリスは、香澄が急降下する勢いに恐怖を感じて震えているのだと思っていた。万が一、杜若の結界が破られた時の事を考えて、香澄を強く抱きしめて体勢を低くした。

 杜若は、錐揉きりもみ状態で、どんどん下降していく。杜若の結界魔法のおかげで、急激な落下の重力負荷をほとんど感じないが、回転しているので目が回ってくる。香澄は、こんな視界を以前に見たとがあった …… !

 拐われて、藍白が杜若に蹴飛ばされた勢いで、結界の球体ごと落とされた時ではない。あの時は、早くから気を失っていたのだから何も覚えていなかった …… 。

 それより以前、香澄は確かに見た記憶があった。それを、はっきりと思い出した。

 …… 香澄は、異世界転移した直後、幽鬼ゆうきの様な人々が慟哭どうこくする霧の中に飛び込んで、眼下に森を見たのだった …… !









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