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第一章 五里霧中の異世界転移

第三十七話 ファルザルク王国へ ①

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 香澄かすみは子猫の皓輝こうきを、お散歩から回収したあと、準備万端で一階の居間に向かった。

 香澄が階段を降りていくと、玄関ホールにメイラビアの姿を見つけた。昨日は、挨拶程度で話が出来なかったので、一言挨拶しようと近づくと、怒鳴り声が聞こえてきた。

「リックス、嫌だ! 俺は、絶対に嫌だ!」
「バーミラス!」
海野遊帆うんのゆうほを乗せるなんて、御免被ごめんこうむる!」
「御免被るって、いつの時代の言葉だよ …… はあ、わかった。団長に言って、海野殿を送る任務は断ってくる。だから、機嫌直してくれよ!」
「 …… 」

 どうやら、ファルザルク王国に向かうとき、バーミラスという名の『契約竜』が、遊帆を乗せたくないと言ってるらしい。

「困りましたね。あら? 香澄様、おはようございます」
「メイラビアさん、おはようございます。何かあったのですか?」
「いいえ、香澄様のご心配にはおよびません。竜騎士団の制服がとても良くお似合いですね。髪型も素敵です」

 メイラビアは、にっこりと香澄に微笑みかけてきた。香澄は、メイラビアの態度を見て、そんなに深刻な事態ではなさそうなので安心した。

「メイラビア、すまない。俺は、あいつを許せないんだ!」
「バーミラス ……」

 昨日、大使の後ろにいた竜騎士の青年だった。多分、さっき怒鳴っていたのは彼だろう。きれいな鉛色なまりいろの髪と瞳をしている。ただ、つり目で神経質そうな印象で、香澄の苦手なタイプだった。

 メイラビアは、複雑そうな困り顔をしていたが、バーミラスに黙って微笑んだ。それを見てたバーミラスは、バツが悪そうに玄関の重厚な扉の方へと離れていった。

 香澄は、やはり色々と深刻な話なのだとわかり、竜族と遊帆の間に何があるのか、メイラビアに詳しく聞いてみようと思った。香澄は、この世界で出会った人々に、自分からもう一歩踏みこんで、関わりを持とうと思いはじめていた。

「メイラビアさん。やはり、困り事でしたか?」
「香澄様、心配いりません。いつもの事です。すべては、あの二日酔いで潰れている、どこぞの腐れ魔導師の自業自得が、まわりまわって少々困った事態になっているだけです」

 メイラビアは、遊帆の愚痴をこぼした。香澄は、遊帆が二日酔いで潰れていると聞いて悪いことをしたと思った。

 子猫の皓輝は、そんな香澄の心を察したのか上目遣いで見上げてくる。香澄は、心の中で、何もしないでと皓輝に伝えた。皓輝の気づかいは、斜め上に働いてしまう。その結果、遊帆の身が危険になりかねない。
 皓輝は完璧に猫化していて、香澄のくすぐりに喉をゴロゴロ鳴らしている。

「昨夜、私が調子に乗って、遊帆さんに飲ませてしまったからです。飲みやすいお酒だったから、そこまで強いと思わなくて、すみませんでした」
「香澄様も、あの果実酒を飲んだのですか? あれは、甘いですが、人族には強すぎるお酒ですよ。香澄様は、大丈夫ですか?」
「はい。平気です」
「それなら良かったですが、アレに付き合って飲まれない方がよろしいですよ。かなり酒グセが悪いですから …… 騒いで、絡んで、飲み過ぎて、翌朝は必ず二日酔いになるのですから、駄目な大人です」
「いいえ、楽しいお酒でしたよ」
「 …… 彼も同じ異世界人同士で、話が出来て楽しかったのでしょう。昨夜は、ぐっすり眠れたようでしから …… 」

 メイラビアは、口ではああ言っていたけれど、遊帆が心配なのだろう。まるで、母親か、奥さんのような心配の仕方だと思った。

「もしかして、メイラビアさんと遊帆さんは、結婚してらっしゃるのですか?」
「違います!」

 香澄は、そんな力一杯に即答しなくても、いいだろうと思った。

「気を悪くしないでくださいね。二人の結婚を、竜族が許してくれないから、こんな騒ぎになっているのかと思っただけです。ごめんなさい」

香澄の言葉に、メイラビアは固まってしまった。さりげなく真相を聞いてみたかったが、背後から声をかけられた。

「おはようございます。香澄、メイラビア」
「おはようございます。団長殿!」
「おはようございます。アレクシリスさん」

 朝日を浴びて、キラキラ輝く金の髪の王子様があらわれた。今日のアレクシリスは、騎士団の制服が少し豪華で、足先まである長いマントを着けていた。

「香澄、騎士団の制服も、良くお似合いです。こんな可愛い竜騎士を、初めて見ました」

 香澄は、キラキラしい王子様が、こんなオバサンを褒めても何も出ないと思ってから、ハッとした。

 そうだ。朝、鏡で散々確認したはずだ。今の香澄は、そんな褒め言葉に相応しい美少女なのだった。
 社交辞令かもしれないが、アレクシリスに褒められただけで、何故か顔が赤くなっていく。香澄は、何を急に意識しているのかと、慌てて顔を押さえた。

 アレクシリスは、そんな香澄の様子に嬉しそうに微笑みを浮かべていた。どうやら、遊帆に言われた事を実行するつもりらしい。

 アレクシリスの背後に、こげ茶色の髪に琥珀色の瞳をした竜騎士の青年が立っていた。多分、竜騎士バーミラスの『契約者』のリックスだろう。

「バーミラス。リックスから聞いたが、どうしても、遊帆殿を乗せるのは嫌ですか?」
「団長殿には、悪いが、俺は嫌だ …… 」
「わかりました。では、リックスとバーミラスは、メイラビアを乗せてください。遊帆殿は、体調が戻り次第、別の竜騎士に送らせます」

 竜騎士団は、普通の軍とは違って、上官の命令に絶対服従というわけでは無いようだ。

「アレクシリス殿、アレはそんなに具合が悪いのですか?」

 メイラビアは、口にした言葉はあらいが、とても心配そうだった。

「いつものように、メイラビアに頼まれた薬草茶を飲ませてきました。だから、大丈夫です」
「アレクシリス殿、いつも、ありがとうございます」
「礼にはおよびません。メイラビア、出発準備が出来ているなら急ぎましょう。杜若が、風がざわついていると言っています」
「それは、大変です。わかりました」

 メイラビア達が、大きな玄関扉から外に出ると、アレクシリスはさりげなく香澄の腰に手を置きエスコートした。

「香澄も準備が出来たのならば、行きましょう」
「はい …… 」

 アレクシリスの近づく距離に、香澄の心臓は大きく音を立て鳴り出した。意識しない様にと考えると、逆に体温まで上がってくる。

 香澄は、軽く腰を押されながら歩くと、いつもより体に力を入れないで済んで、楽なのだと初めて知った。









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