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第一章 五里霧中の異世界転移
第三十四話 ファルザルク王国大使館
しおりを挟む藍白の屋敷は、全壊して修理に時間がかかりそうなので、諸事情もありキプトの町にあるファルザルク王国の大使館に、香澄達は話し合いの場を移す事になった。
ファルザルク王国の大使館は、『迷い人』の知識から竜族の主導で作られた施設だ。キプトの町で唯一の大使館であり、世界で唯一の大使館でもあった。
その役割は、主に竜族とファルザルク王国の交渉の場であった。設立当時は、王国の竜騎士団に所属する竜族との橋渡し的な目的が強く、様々な国々との窓口だった。
現在は、人族の国々と交流の薄い竜族の、唯一の貿易国として、ファルザルク王国大使館の名称に相応しい役割を果たしている。
大使館の応接室で、海野遊帆は、ゲラゲラと笑っていた。
「香澄ちゃんサイコー!」
遊帆は、アレクシリスが藍白の家の周辺にたどり着いたあたりから、杜若の鞍に内緒で取り付けた魔道具で音声と映像を中継して部屋で見ていた。
メイラビアは、香澄と藍白のやり取りを、壁に大きく写して爆笑する遊帆を、げんなりとした顔で見ている。
部屋には、ファルザルク王国のギルバート=ケインズ大使と、遊帆達を運んだ竜騎士一組もいたが、誰も遊帆に意見する者はいない。
大使は、中継で大使館に一行がやって来る事を知り、迎え入れる準備の為に忙しく、文官もメイドに混じって走りまわっている。竜騎士達もそれを手伝う事にした。
大使館には、最低限の人員しか配置されていない。竜族が、大勢の人族の滞在を嫌ったからだった。
「遊帆殿」
「何でしょうか? ケインズ大使」
黒髪に白髪が少し混じる壮年の大使は、元平民出身の竜騎士で、柔かな人好きする笑顔と裏腹になかなかの切れ者だった。
「大使館に竜族の方々もいらっしゃるのなら、遊帆殿には申し訳ございませんが、お部屋を移動していただきたいのです」
「何故でしょう?」
大使は、ちらっとメイラビアを見て遊帆に視線を向けた。
「遊帆殿は、竜族から『接触禁止』及び『出入り禁止』の厳命が下っていらっしゃる。出来れば話がつくまで、他の部屋にお隠れになっていただきたいのです」
「今回の話に、俺の存在は不可欠だろう? それに、ここは大使館、治外法権は適用されてないのか?」
「残念ながら、治外法権までは認められていません。こちらに遊帆殿が滞在されている事も、ぎりぎりの措置だとお考えください」
「ふうん。竜族は頑固だからなぁ。了解しました。だが、場合によっては話し合いに参加できるように、隣室に隠れて聞いていてもいいか?」
「 …… 止むを得ないでしょう。くれぐれも、こちらの話し合いで遊帆殿の参加が、竜族に認められるまでは、隠れて気配を悟られないよう、よろしくお願いいたします」
「承知いたします! では、隣で隠れて覗き見するか! なあ、メイラビア」
「はあ …… 。覗き見がこれほど似合う悪趣味な魔術師は他にいないでしょうね」
「別に、覗き見が趣味じゃないよ。ただ、香澄ちゃんが絡むと、色々面白いから目が離せないだけだからな!」
「それが、悪趣味だと言っている!」
「ええ~?!」
ケインズ大使は、隣室に入る二人を苦笑しながら見送った。そして、竜騎士達と来客を迎える為に玄関へと歩き出した。
「ケインズ大使、あの噂は本当なのですか?」
「噂、とは?」
竜騎士の『契約者』リックス=ヤードンは、竜騎士団に入団三年目になる。平民出身で、竜騎士見習いとして過ごす間に、『竜騎士の契約』を結んで正式な竜騎士に叙任された青年だ。
「五年前まで、メイラビアさんは元竜騎士団長の『契約竜』で、魔術師殿が無理やり奪ったというのは …… 」
「噂ではなく事実です。しかし、無理やり奪った訳ではなく、あれは一種の事故でした」
「事故だと?! 海野遊帆が『竜騎士の契約』を無理やり上書きしたせいで、メイラビアは …… っ!」
リックスの『契約竜』バーミラス=キプトは、声を荒げた。しかし、玄関から大使館員が、来客の到着を告げる声に、大使は話はここまでだと告げる。バーミラスは、不満気だったが、それ以上は何も言わなかった。
香澄は、フワリと風を感じて振り向いた。その先に、何かあった訳ではない。だが、リーフレッドが香澄の近くに戻ってきたのだと理解した。
やっと、誓約の精霊が、干渉する事の出来ないような危機は去ったのだという事だろう。
「香澄様、どうかなさいましたか?」
「いいえ、何でもありません。黄檗さん」
香澄は、子猫の皓輝を抱えて黄檗の後ろを付いて歩いていた。落ち着いて話し合いの出来る場所として、ファルザルク王国の大使館が選ばれた。そこまで、歩いて二十分ほどの道のりだった。その間、香澄はとても気まずい思いをしていた。
まず、藍白との口づけを、その場の全員に見られてしまった。香澄は藍白を意識していないので、全然気にしなかったが、見られている事に、すぐに気がつかなかった。
そのうえ、藍白を恋愛は不要と言って振ってしまった。自分の恥は自分の責任だが、藍白に恥をかかせてしまったのは、本意ではなかった。
先頭の蘇芳とアレクシリスは、小声で何か話し合っているようだ。その後を、飯田亜希子が、歩きながらチラチラ香澄に視線を送ってきていた。香澄は、黄檗の背中を亜希子からの視線の盾にした。杜若は、香澄達のすぐ後ろを歩き、藍白はずっと離れた最後尾を歩いている。香澄は、ひたすら自分の失敗を反省して落ち込んでいた。
ファルザルク王国の大使館は、イギリス貴族のマナーハウスを思わせる大きな屋敷だった。
大使館は、周囲を鉄製の高い塀で囲まれていてる。ただ、先端の忍び返しが内側に向いてるのが不思議だった。
玄関の重厚な扉が開かれ、中に招き入れられると、壮年の男性に迎えられた。
「ようこそ、ファルザルク王国大使館、特命全権大使のギルバート=ケインズです」
ケインズ大使は、黒髪に白髪が少し混じり、がっしりした躯体に柔らかな笑顔が好印象だと香澄は思った。正面から真っ直ぐに向けられ礼で、大使の自己紹介が、自分の為にだけされたものだと察した。
「初めまして、川端香澄です。どうぞよろしくお願いいたします」
香澄が礼をしようとした時、腕の中の子猫の皓輝が飛び降りた。同時に少年の姿になり、香澄の腰にしがみついた。
「皓輝? 」
『香澄様、そのように落ち込まれるのなら、やはり白トカゲは始末いたしましょうか?』
「こ、皓輝! 今すぐ忘れて! その件にはもう触れないで! お願いだから!」
『???』
香澄は、他の人はともかく、目の前の大使と、初対面の竜騎士団の制服を着た二人まで、気まずい顔で目を逸らしたのが不思議だった。
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