少年・少女A

白川 朔

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中学2年生

7.

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 息が、苦しくなってきた。まただ。どうしようもなく涙が溢れてくる。
「塾に行ってくる」
できる限り平気な顔をしてお母さんに告げて寒い外へ飛び出した。冬は火が落ちるのが早い。もう外は暗いから、声さえ出さなければ私が泣いてることに気づく人もいないはず。住宅街だから、すれ違う人がいるんじゃないかと気を張りながら下を向いて歩く。
 塾に行くつもりなんて無かった。筆箱しか入っていない軽いカバンを背負ってきた。背負っているものが軽いと不思議と足が軽くなった。
「勉強しなさい」なんてお母さんの言葉ももう嫌になった私が走って向かったのは、今は潰れた展望台。夏に行って以来足を運んでいなかった。あの場所で彼に会うのが怖かったから。
 それでも、こんな話をする相手もどこにもいない。馬鹿げてるとしか言われない。同調も同情もいらないからただ、かぜに当たりたくなった。家から出たのに、なんだかまだお母さんの声が耳の奥で聞こえる。
 アスファルトの地面から、ふにゃりとした土を踏む。それから落ちてしまった葉っぱをサクサクと踏ん付けて登る。冷たい空気が喉に当たって温度が奪われていく。
 息を切らしながら登り切った場所からは綺麗な星空が見えた。そして、また来たのかというよな顔で振り返るマフラーを巻いた少年の姿もあった。
 私はできる限り息を整えた。泣いていたことがバレないように。ぐちゃぐちゃになった感情に気づかれないことを願う。決して自分の弱みを見せないように。彼はいつも不思議な空気を身に纏っているから、弱みを見せたらあっと言う前にあちら側へ連れて行かれたしまうような怖さがあった。
「殺されに来たの?」
前に来た時と同じように、平然と私に言い放って私が来る事なんて分かっていたように振り返った。顔が見れない。
「私、家を飛び出してきちゃった。」
「そうなんだ。」
傍観者は熱を持っていない。
「私ね、嫌になっちゃった。」
返事は無いから聞き流されているかも知れない。それでもいいや。清々しい空気を肺に送り込んで、体の熱を言葉に乗せて吐き出す。
「私のお母さんは私の事を道具にしか思ってないの。」
熱を吐き出してる筈なのにどんどん喉の奥が熱くなっていく。
「お母さんにとって、私をどれだけ熱心に教育したかが大事なの。」
独り言は次から次へと溢れてきたけれどそれとは逆に涙は流れなくなっていった。
「もう、嫌だよ。お母さんといると息苦しいの。」
「そんな話し僕にして何になるの。」
独り言ではなかった事を思い出した。思い詰めて走ってきたけど、話をしたいだけだったの。それだけじゃない。冷たい空気を取り込んで肺で温める。彼の横顔をまっすぐ見つめる。
「綺麗に、殺してね。」
私だって、自分の意思があるんだ。死ねば何とかなるとは思えないけど、何がしたいのかを必死に考えつづけた。私にだって意思があることを伝えたくなった。いくらお母さんに訴えかけても、返ってくるのは「まだ子供だから。」だけ。何を言っても聞いてなんかくれない。私がここからいなくなっちゃえばいい。
「本気なんだね。」
まだ鳴り止まない心臓はきっと走ったせいだ。だって、悲しさも辛さも家に置いてきたから。
 私たちの言葉に誰も耳を傾けない。だから、聞いてもらうことさえも諦めたの。もう良いやと思った瞬間の、スッと軽くなった胸に手を当てると鼓動が手で感じ取れそうだ。
「ねぇ、私頑張ってみたんだよ。でも、ダメだった。」
 涙が溢れない様にするけど、整い切らない私の呼吸音が静かなこの場所によく響く。うるさい。
「仕方ないよ、大人は頭が固いんだ。」
諦めたような声に救われるような気がした。
「何を言っても、声が届かない。言う通りにしていた方がった正しいなんて、大人はいうけど、そうは思えない。」
「そんなもんだよ。あれは、自分の生きた時間に根拠ない自信を持っているんだよ。世界なんて、自分の見てきたものが全てで、人の考え方とか感情は幸せの定義に反映されないんだ。全部本当は主観だって事に気づいてなんかいない。子供をどこか自分の一部なんだって勘違いしているんだ。」
凪間くんの大人への嫌悪が言葉の節々から滲み出てくる。ここはすごく寒い。
「凪間くんはずっとここにいるの。」
学校で見かけた時の制服のまんまだと気づいた。
「まぁ、」
「どうしてここなの。」
夏は涼しくて心地よかったけど、風は弱いけど酷く寒い。
「夜になると此処って人が来ないし。学校帰りは大体此処にきてる。」
いつも、学校に残って帰ってきているのは知ってたけど、此処に人のいない時間になってから帰るためなのかな。
「別に篠原を待っているわけじゃない。」
「思ってないけど。」
苦しくなって来た時に、凪間くんに話したくなったことが頭をよぎって慌てて否定した。
「誰も知らないんだ。僕らが此処にいることも、話やことがあることも、もちろんキスしたことも。」
意地悪を言うように笑った。初めて、彼の笑った顔を見たような気がした。
「ちゃんと殺してね。」
さっきまで苦しかったのが、ちょっとした希望に変わっている。ふわふわした気持ち。ありがとう。心の中の声はきっと届いていないけれども確かに感謝をしている。
「篠原、まだ帰らなくていいの?」
そう言われて自分のカバンの中を探す。家を飛び出した時に、スマホを忘れてきたみたい。
凪間くんがポケットから出して、私の前に差し出されたスマホの画面を見ると「21:05」と映し出されている。21時、塾で自習して帰るならそろそろ帰らなくちゃいけない時間だ。
「ねぇ、また会える?」
「大体ここに居るよ。」
連絡先が分からないことに、初めて不安を感じた。彼はスマホを閉じて、制服のズボンの右ポケットにしまっう。
 冷え切ってしまった手を地面について立ち上がる。ズボンについてるかもしれない土を手で払う。そろそろ家に戻らなくちゃ。
「不安なら、また明後日来ればいい。明日は塾の授業があるから、篠原の来る時間はいないと思う。」
私が帰ろうとしても立ち上がろうとしない彼は家に帰らないのかな。
「じゃ、明後日」
ここに来た時と同じように座っている凪間くんに、帰らないのと聞いちゃいけない気がした。追い風に背中を押されるみたいに私は家に戻った。
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