わたしはいない

白川 朔

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わたしたち

52.

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 正面に座った、山口さんが僕を見据えている。僕は答えを1つづつ言葉を選んで答える。
 あの夏の日、僕は間違ったことはしていません。それは、今でも思っています。めぐりさんの夏休み初日なので、蝉が鳴き始めた頃でした。白井さんの忘れ物を取りに家に入ろうとした時、めぐりさんが思いつめた顔で飛び出してきました。ドアに手をかけた時でしたから、開いた扉を閉めることなくめぐりさんを追いかけていました。
 僕はめぐりちゃんを以前から知っていました。初めて会ったのはめぐりさんがまだ4歳くらいの時でした。僕の叔母様とめぐりさんのお父さんである白井さんは夫婦であったので、親戚の集まる時にたまに見かける程度のことはありました。
 それからしばらくしてのことです。叔母様は初めから体が弱かったこともあって、亡くなってしまいました。葬儀の日のめぐりさんの顔は今も忘れられません。悲しい笑顔でずっと、周りに気を使っていました。僕はそんな笑い方を覚えてしまっためぐりさんのことがどうしても他人事には思えなかった。だから、あの日見ためぐりさんの話を聞いてあげたくて、車に乗せたんです。めぐりさんの側からすれば、お父さんの秘書として知っている人程度と思っていたでしょうから車に乗ることについての抵抗はなかったように見えました。ただ話を聞いていたかった。15分ほどでしょうか、めぐりさんは黙って泣いていました。少し気分でも変わるだろうかと思って、僕は車を走らせました。走らせてからも特に話すようなことはありませんでした。ただ疲れていたのか眠ってしまっていました。だからと言うと、話のつながりが見えませんがもっと話を聞いてあげたかったのは本当です。僕の家に連れて行きました。眠っているのを起こさなかったのは、少しの間でも家のことを思い出さないで欲しかったからです。
 あの地下室ですか。
 あれは以前から用意していたものですよ。と言ってもめぐりさんを閉じ込めて、どうこうしようとしたわけではありません。あの部屋自体は、祖父のワインセラーだったものを僕が部屋にしただけですよ。扉の鍵はもともと高いワインも入っていたので鍵をかけられる仕様になっていたんです。
 そうです。僕が仕事でいない間めぐりさんが逃げないようにはしていました。居なくなって欲しくなかったですし、もし森の中で迷子になってしまったらと思うと不安でしたから。地下の道を使っていくものなので、あの家は森の隠れ家みたいで、周辺には道がないですから。
 山口さん。もういいでしょう。僕の判決はもう出ているんです。まだ何か聞きたいことでもあるんですか。
 菅野家のことはもういいです。僕は初めからあの家に未練は無いですし、生前分与でもういくらかもらってました。今更、あの家の事情に振り回されるのもうんざりだったのでもういいんです。白井さんはめぐりさんと上手くやれているなら僕はもう何も望みませんよ。

めぐりさんは元気ですか。

僕が聞くことでも無いですね。

長くめぐりちゃんの話をすると、最近は気にしないようにしていためぐりちゃんの顔が思い浮かんでしまった。

そうですか。でも、もう僕らは会うわけにはいかないので。

いえ。この後も仕事ですか。

そうですか。頑張ってください。

山口さんはたまにこうして話を聞きに来る。未だに腑に落ちないことがあるように僕がめぐりちゃんを連れ出した理由を聞きたがる。めぐりちゃんの近況を教えてくれたりもするから、追い返したりはしないがもうあの日の話は放っておいてほしい。僕らの思い出は僕らの中にとどめておくことが一番なのだから。山口さんが帰ってから少し落ち着いてコーヒーを淹れる。苦い味が口いっぱいに広がって飲み干した。一人で飲むコーヒーに苦さには未だに慣れない。誰かと一緒に飲みたいと思ってしまうのは、きっとあの日の思い出があるからなのかもしれない。だけどきっと子にひとりぼっちももう終わるんだ。

はーい。

鳴ったインターホンに返事をする。インターホンのモニターに映るのは山口さんではない。誰が訪ねてきたかなんて改めて考える必要もない。近況からこの近くに引っ越してくることは分かっていたから。僕はドアを開ける。懐かしい気持ちになるのは、当然のことて、満たされるような感覚になる。開いたドアからは暖かな春の風が吹き込んできた。

 
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