上 下
38 / 182

第38話 通り名

しおりを挟む
たぶん俺が2歳になってすぐの話だ…

母上に手を引かれている。
仕事から帰って来た父上の方に向かって、
よたよたはしているが、歩いている。


その後は確か、母上がこう言ったんだ。


「クリス、偉いわよ!父上が、
 帰ってくるまでお利口にしてましたね」


「ただいま!
 クリスは偉いな~」


そう言いながら優しい顔をした父上は、
俺の頭を撫でた。


この記憶でしか母上の顔は覚えていない。
思い出と言えるものかと言われると、
そうじゃ無いのかもしれない。
ただ、俺にとっては大事な思い出だ。




しかし運命の巡り合わせは確かに存在する。
目の前に二度と会う事は出来ないと思っていたその母親に会うことができているのだから…




「…………母上」




そう呟いた声は消え入りそうな声だった。
そのためクレアには聞こえなかったのかもしれない。




「お、おい何を泣いてるんだ…」



初対面の男の子に泣かれてしまっている状況に混乱しているクレア。
ルミナス宮廷魔術師の専用のジャケットを着用しており、クリスと同じ銀髪。



「あねごが暴力振るったから、
 怖かったんだよな!
 全部あねごのせいだ!」



「そ、そんなわけないだろう!
 おい、そうだよな?」



二人が動揺している姿を見ていると、
何故だか可笑しくなってきた。



「あはははは」



気づいたら笑ってしまう。
でも、笑いながら涙が止まらない。



「うわー、あねごが脅したからだよ!」


「脅してない!
 わ、私は口が悪いだけだ…
 す、すまなかったな…」



このやり取りを続けているが、
このままずっと続いてくれても構わない。
そんな風に思ってしまう。
それくらいに俺は母上に出会えて幸せを感じている。



「お、おい…
 ちょっと注目を浴びて来ているから、
 場所を変えよう!」



クレアの、その美貌と規格外の強さは周辺国だけでなく、世界一周しても知られているくらいに名が轟いているそうだ。
つまりは超有名人。



「お!脅した後は誘拐ですか?
 あねご…」


「もう一回げんこつ喰らうか?」


「うそです!
 ささ、クリス!早く行こう!」



さっきのげんこつを喰らうのは勘弁願いたいと言わんばかりに、急かしてくるユーリ。
とりあえず、一休みできるところへ向かう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



そそくさと近場にあった喫茶店に入る。
ここはどうやら老舗のようだ、
古風な作りだが海に近い場所に造られているだけあって、マリン調のオブジェ等が配置されている。


もちろん開店直後の店内は常連しかいない。
店内に入ると同時に席はご自由にと通される


そんな中、ルミナス最強の宮廷魔術師である、有名人クレア、更に青髪のエルフ、
そして泣き腫らした男の子が入ってくれば、
店内の常連も注目するだろう。


「一体なにがあったんだろうな…」


ひそひそ話で店員と話している常連。
暇を持て余した者にとって、格好の話題だろう。



「あの、悪かったな…
 怖がらせて……」


母上がバツが悪そうに話しかけた。
沈黙に耐えきれずに話し始めたのだ。


「俺も昔を思い出してしまったので」


俺も心が少し落ち着いたのか、
冷静に話ができるようになって来た。


「あねごのせいでトラウマ思い出したの?」


「う、うるさい、少し黙ってろ」


少し注目されてるのを気にしてか、
母上は小さい声で注意している。


「お前、名前は?」


俺はその回答に一瞬迷う。
伝えてしまって大丈夫なのか。
今生まれている俺に問題はないのか。



「クリスだよな!」



考える余裕もなくユーリが答えてしまった。



「え?」



クレアは突然だが、自分の息子と同じ名前に気づき、とても驚き目を見開いている。



「本当か!お前の名前、
 私の息子と同じじゃないか!」



母上は、こんな偶然もあるのだなと嬉しそうに笑っている。
確率としてはかなり低いだろうが、同名の者に会った時、妙な縁を感じるだろう。


息子と同じ名前どころか、
貴方の息子本人だよ……


俺はとても本人には、信じてもらえないツッコミを心の中でした。


「偶然ってありますね…」


俺は苦笑いしながら答えた。


「それにしても、ありがとうな!
 餓死寸前のユーリを救ってくれて…」


「数日間食べてなかったんですか?」


「いや、しっかり今日の朝食は、
 済ませているはずだ」


母上は、そう言いながら呆れた顔でユーリを見た。
いつものやり取りのようだ。


「確かあの時間って、朝食の時間から
 まだそんなに経っていないような……」


「こいつは体質でな、
 めちゃくちゃ大食いなんだよ」


「うわー凄いな」


この小さな身体のどこに、その食べ物が入っているのだろうと不思議に思う。


「あ!クリス!今失礼なこと考えた!」


「そんなことないよ!
 大食いって凄いなって、
 ユーリのこと尊敬したんだよ」


「お~流石クリス!
 私!凄い!凄い!凄い!」


「お前、こういう子の相手慣れてるのな…」


それは間違いなくアリスのせいだな。
毎回こんなやり取りしていたら、
切り返しが条件反射みたいに出来るようになってしまった。


「妹いるので…」


「おお!
 お前もそうなのか!それは奇遇!」


正体に気づいても良いと思うが、
母上は全く気づかない。


それもそうか。
いきなり大きな身体の子供が現れて、
貴方の子供です、なんて言ったら神経疑われるよな。



「ところでお前は何しに
 ミゲルまで来たんだ?」


「尋ねる人がいまして…
 場所は知ってるんですけどね」


「ちなみにどこなんだ?その場所は」


「うーん、エルフの里の近くです」


するとエルフの里と聞いて、
ビクっと身体が反応するユーリ。


「おお!私たちと同じ方面じゃないか!」


「そうなんですか?」


「ああ!途中まで良かったら、
 一緒に行くか?」


本当はもう少し一緒にいたかった。
すぐに母上と別れるのは寂しかったから、
その提案は心から嬉しい。


「あの、是非お願いします!」


「やったー!クリスも一緒だ!」


「まあ、賑やかになって楽しそうだな。」


そんな訳で俺は賢者に会いに行く道中、
途中までは母上、ユーリも同行する事になった。



「それじゃあ、明日…

「おい、誰か!頼む…助けてくれ!」



母上が話すのを遮るように、
喫茶店に入り込んだ輩がいる。


「モンスターの変異種がまた現れやがった!
 頼む、俺の子供を助けてくれ!!」


子供の命が危ない状況の中、
母上は誰よりも早く外に飛び出した。



「母上!」



俺は条件反射で母上と呼んででしまったが、
聞こえる間も無く外に出てしまう。



「クリス!行こう!」


「ああ…」



外に出ると、奇妙なモンスターを目にする。
頭はゴブリンだが身体は熊のようだ。
こういうのはキメラというのだろうか。
ゴブリンベアは、ニタニタと奇妙に笑う。
そして間近に子供も倒れている。


「ミナー!」


子供が今にも食べられてしまう瞬間、
誰よりも早く…
誰よりも強く駆け抜けた人物がいる。



クレアだ。



目にも止まらぬ速さで変異種のゴブリンベアに近づく。
視覚でも捉えきれない動きから、
クレアの動きを見失ってしまう。



そして過去の歴史上クレア一人しか習得したことが無い固有魔法、光魔法を発動する。



光の剣を複数呼び出し飛ばしていく。
剣は数えるだけでも20本はある。
敵の死角から向かっていくその光の剣は、
一撃必殺の刃になり貫いていく。



ユーリの隣で俺はその光景を目にする。
父上が言っていた、宮廷魔術師 序列一位、
そして歴代最強の魔術師クレア・レガード。
その実力を目の当たりにしている……




そこに居合わせた、通りすがりの者が俺に声をかける。




「お前さん、クレアが戦うのを、
 初めて見たのか?」





「はい、凄まじい強さですね」





「そりゃあ、当たり前よ!
 目にも止まらぬ速さで動くスキル【神速】
 【光魔法】から繰り出す最大100の光の剣」







「そして、そんなクレアを、
 人々はこう呼んでいる……」







「閃光のクレア」
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る(旧題|剣は光より速い-社畜異世界転生)

丁鹿イノ
ファンタジー
【ファンタジア文庫にて1巻発売中!】 深夜の職場で人生を終えた青桐 恒(25)は、気づいたらファンタジーな異世界に転生していた。 前世の社畜人生のお陰で圧倒的な精神力を持ち、生後から持ち前の社畜精神で頑張りすぎて魔力と気力を異常に成長させてしまう。 そのうち元Sクラス冒険者である両親も自重しなくなり、魔術と剣術もとんでもないことに…… 異世界に転生しても働くのをやめられない! 剣と魔術が存在するファンタジーな異世界で持ち前の社畜精神で努力を積み重ね成り上がっていく、成長物語。 ■カクヨムでも連載中です■ 本作品をお読みいただき、また多く感想をいただき、誠にありがとうございます。 中々お返しできておりませんが、お寄せいただいたコメントは全て拝見し、執筆の糧にしています。 いつもありがとうございます。 ◆ 書籍化に伴いタイトルが変更となりました。 剣は光より速い - 社畜異世界転生 ~社畜は異世界でも無休で最強へ至る~ ↓ 転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る

賢者の幼馴染との中を引き裂かれた無職の少年、真の力をひた隠し、スローライフ? を楽しみます!

織侍紗(@'ω'@)ん?
ファンタジー
 ルーチェ村に住む少年アインス。幼い頃両親を亡くしたアインスは幼馴染の少女プラムやその家族たちと仲良く過ごしていた。そして今年で十二歳になるアインスはプラムと共に近くの町にある学園へと通うことになる。  そこではまず初めにこの世界に生きる全ての存在が持つ職位というものを調べるのだが、そこでアインスはこの世界に存在するはずのない無職であるということがわかる。またプラムは賢者だということがわかったため、王都の学園へと離れ離れになってしまう。  その夜、アインスは自身に前世があることを思い出す。アインスは前世で嫌な上司に手柄を奪われ、リストラされたあげく無職となって死んだところを、女神のノリと嫌がらせで無職にさせられた転生者だった。  そして妖精と呼ばれる存在より、自身のことを聞かされる。それは、無職と言うのはこの世界に存在しない職位の為、この世界がアインスに気づくことが出来ない。だから、転生者に対しての調整機構が働かない、という状況だった。  アインスは聞き流す程度でしか話を聞いていなかったが、その力は軽く天災級の魔法を繰り出し、時の流れが遅くなってしまうくらいの亜光速で動き回り、貴重な魔導具を呼吸をするように簡単に創り出すことが出来るほどであった。ただ、争いやその力の希少性が公になることを極端に嫌ったアインスは、そのチート過ぎる能力を全力にバレない方向に使うのである。  これはそんな彼が前世の知識と無職の圧倒的な力を使いながら、仲間たちとスローライフを楽しむ物語である。  以前、掲載していた作品をリメイクしての再掲載です。ちょっと書きたくなったのでちまちま書いていきます。

『付与』して『リセット』!ハズレスキルを駆使し、理不尽な世界で成り上がる!

びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
ハズレスキルも組み合わせ次第!?付与とリセットで成り上がる! 孤児として教会に引き取られたサクシュ村の青年・ノアは10歳と15歳を迎える年に2つのスキルを授かった。 授かったスキルの名は『リセット』と『付与』。 どちらもハズレスキルな上、その日の内にステータスを奪われてしまう。 途方に暮れるノア……しかし、二つのハズレスキルには桁外れの可能性が眠っていた! ハズレスキルを授かった青年・ノアの成り上がりスローライフファンタジー! ここに開幕! ※本作はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

転生をしたら異世界だったので、のんびりスローライフで過ごしたい。

みみっく
ファンタジー
どうやら事故で死んでしまって、転生をしたらしい……仕事を頑張り、人間関係も上手くやっていたのにあっけなく死んでしまうなら……だったら、のんびりスローライフで過ごしたい! だけど現状は、幼馴染に巻き込まれて冒険者になる流れになってしまっている……

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

処理中です...