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第38話 通り名

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たぶん俺が2歳になってすぐの話だ…

母上に手を引かれている。
仕事から帰って来た父上の方に向かって、
よたよたはしているが、歩いている。


その後は確か、母上がこう言ったんだ。


「クリス、偉いわよ!父上が、
 帰ってくるまでお利口にしてましたね」


「ただいま!
 クリスは偉いな~」


そう言いながら優しい顔をした父上は、
俺の頭を撫でた。


この記憶でしか母上の顔は覚えていない。
思い出と言えるものかと言われると、
そうじゃ無いのかもしれない。
ただ、俺にとっては大事な思い出だ。




しかし運命の巡り合わせは確かに存在する。
目の前に二度と会う事は出来ないと思っていたその母親に会うことができているのだから…




「…………母上」




そう呟いた声は消え入りそうな声だった。
そのためクレアには聞こえなかったのかもしれない。




「お、おい何を泣いてるんだ…」



初対面の男の子に泣かれてしまっている状況に混乱しているクレア。
ルミナス宮廷魔術師の専用のジャケットを着用しており、クリスと同じ銀髪。



「あねごが暴力振るったから、
 怖かったんだよな!
 全部あねごのせいだ!」



「そ、そんなわけないだろう!
 おい、そうだよな?」



二人が動揺している姿を見ていると、
何故だか可笑しくなってきた。



「あはははは」



気づいたら笑ってしまう。
でも、笑いながら涙が止まらない。



「うわー、あねごが脅したからだよ!」


「脅してない!
 わ、私は口が悪いだけだ…
 す、すまなかったな…」



このやり取りを続けているが、
このままずっと続いてくれても構わない。
そんな風に思ってしまう。
それくらいに俺は母上に出会えて幸せを感じている。



「お、おい…
 ちょっと注目を浴びて来ているから、
 場所を変えよう!」



クレアの、その美貌と規格外の強さは周辺国だけでなく、世界一周しても知られているくらいに名が轟いているそうだ。
つまりは超有名人。



「お!脅した後は誘拐ですか?
 あねご…」


「もう一回げんこつ喰らうか?」


「うそです!
 ささ、クリス!早く行こう!」



さっきのげんこつを喰らうのは勘弁願いたいと言わんばかりに、急かしてくるユーリ。
とりあえず、一休みできるところへ向かう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



そそくさと近場にあった喫茶店に入る。
ここはどうやら老舗のようだ、
古風な作りだが海に近い場所に造られているだけあって、マリン調のオブジェ等が配置されている。


もちろん開店直後の店内は常連しかいない。
店内に入ると同時に席はご自由にと通される


そんな中、ルミナス最強の宮廷魔術師である、有名人クレア、更に青髪のエルフ、
そして泣き腫らした男の子が入ってくれば、
店内の常連も注目するだろう。


「一体なにがあったんだろうな…」


ひそひそ話で店員と話している常連。
暇を持て余した者にとって、格好の話題だろう。



「あの、悪かったな…
 怖がらせて……」


母上がバツが悪そうに話しかけた。
沈黙に耐えきれずに話し始めたのだ。


「俺も昔を思い出してしまったので」


俺も心が少し落ち着いたのか、
冷静に話ができるようになって来た。


「あねごのせいでトラウマ思い出したの?」


「う、うるさい、少し黙ってろ」


少し注目されてるのを気にしてか、
母上は小さい声で注意している。


「お前、名前は?」


俺はその回答に一瞬迷う。
伝えてしまって大丈夫なのか。
今生まれている俺に問題はないのか。



「クリスだよな!」



考える余裕もなくユーリが答えてしまった。



「え?」



クレアは突然だが、自分の息子と同じ名前に気づき、とても驚き目を見開いている。



「本当か!お前の名前、
 私の息子と同じじゃないか!」



母上は、こんな偶然もあるのだなと嬉しそうに笑っている。
確率としてはかなり低いだろうが、同名の者に会った時、妙な縁を感じるだろう。


息子と同じ名前どころか、
貴方の息子本人だよ……


俺はとても本人には、信じてもらえないツッコミを心の中でした。


「偶然ってありますね…」


俺は苦笑いしながら答えた。


「それにしても、ありがとうな!
 餓死寸前のユーリを救ってくれて…」


「数日間食べてなかったんですか?」


「いや、しっかり今日の朝食は、
 済ませているはずだ」


母上は、そう言いながら呆れた顔でユーリを見た。
いつものやり取りのようだ。


「確かあの時間って、朝食の時間から
 まだそんなに経っていないような……」


「こいつは体質でな、
 めちゃくちゃ大食いなんだよ」


「うわー凄いな」


この小さな身体のどこに、その食べ物が入っているのだろうと不思議に思う。


「あ!クリス!今失礼なこと考えた!」


「そんなことないよ!
 大食いって凄いなって、
 ユーリのこと尊敬したんだよ」


「お~流石クリス!
 私!凄い!凄い!凄い!」


「お前、こういう子の相手慣れてるのな…」


それは間違いなくアリスのせいだな。
毎回こんなやり取りしていたら、
切り返しが条件反射みたいに出来るようになってしまった。


「妹いるので…」


「おお!
 お前もそうなのか!それは奇遇!」


正体に気づいても良いと思うが、
母上は全く気づかない。


それもそうか。
いきなり大きな身体の子供が現れて、
貴方の子供です、なんて言ったら神経疑われるよな。



「ところでお前は何しに
 ミゲルまで来たんだ?」


「尋ねる人がいまして…
 場所は知ってるんですけどね」


「ちなみにどこなんだ?その場所は」


「うーん、エルフの里の近くです」


するとエルフの里と聞いて、
ビクっと身体が反応するユーリ。


「おお!私たちと同じ方面じゃないか!」


「そうなんですか?」


「ああ!途中まで良かったら、
 一緒に行くか?」


本当はもう少し一緒にいたかった。
すぐに母上と別れるのは寂しかったから、
その提案は心から嬉しい。


「あの、是非お願いします!」


「やったー!クリスも一緒だ!」


「まあ、賑やかになって楽しそうだな。」


そんな訳で俺は賢者に会いに行く道中、
途中までは母上、ユーリも同行する事になった。



「それじゃあ、明日…

「おい、誰か!頼む…助けてくれ!」



母上が話すのを遮るように、
喫茶店に入り込んだ輩がいる。


「モンスターの変異種がまた現れやがった!
 頼む、俺の子供を助けてくれ!!」


子供の命が危ない状況の中、
母上は誰よりも早く外に飛び出した。



「母上!」



俺は条件反射で母上と呼んででしまったが、
聞こえる間も無く外に出てしまう。



「クリス!行こう!」


「ああ…」



外に出ると、奇妙なモンスターを目にする。
頭はゴブリンだが身体は熊のようだ。
こういうのはキメラというのだろうか。
ゴブリンベアは、ニタニタと奇妙に笑う。
そして間近に子供も倒れている。


「ミナー!」


子供が今にも食べられてしまう瞬間、
誰よりも早く…
誰よりも強く駆け抜けた人物がいる。



クレアだ。



目にも止まらぬ速さで変異種のゴブリンベアに近づく。
視覚でも捉えきれない動きから、
クレアの動きを見失ってしまう。



そして過去の歴史上クレア一人しか習得したことが無い固有魔法、光魔法を発動する。



光の剣を複数呼び出し飛ばしていく。
剣は数えるだけでも20本はある。
敵の死角から向かっていくその光の剣は、
一撃必殺の刃になり貫いていく。



ユーリの隣で俺はその光景を目にする。
父上が言っていた、宮廷魔術師 序列一位、
そして歴代最強の魔術師クレア・レガード。
その実力を目の当たりにしている……




そこに居合わせた、通りすがりの者が俺に声をかける。




「お前さん、クレアが戦うのを、
 初めて見たのか?」





「はい、凄まじい強さですね」





「そりゃあ、当たり前よ!
 目にも止まらぬ速さで動くスキル【神速】
 【光魔法】から繰り出す最大100の光の剣」







「そして、そんなクレアを、
 人々はこう呼んでいる……」







「閃光のクレア」
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