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第34話 賢者

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公爵家でのやり取りから一夜明けて、
俺達は直ぐに船で旅立っている。
その船旅を楽しむことはできず、甲板で
フィリアとの地獄の特訓に全てを費やした。
そして二日間の船旅も終えてエルフの里周辺の浜辺へと上陸を終えた。


公爵家でエルフ救出作戦は決まったが、
公爵が目的を果たすよう配慮してくれた。
つまりは公爵はエルフの里救出。
俺達は賢者を訪問。
二手に分かれる事になった。


そして今は公爵達とも別れ、フィリアと共に賢者の住む、隠れ家へと向かう途中だ。


「もしオークたちが先に来たら、
 エルフの里の戦力だと壊滅ですか?」


「そうね、集落は500人いないと思うし、
 数日も保たないわね」


「500体のオーク、兵隊だと人数として
 多いのでしょうか」


俺は未だ軍に所属したことがない。
人間の兵隊で500人は大して多くない気がしてしまう。
素人ながら少し疑問に思っている。


「そうね、魔物側の事情は知らないけど、
 対人間との戦争で言えば少なすぎるわ!
 それこそ小国規模ね」


例えば、エルフの里壊滅に必要なオークを考えて配置しているのか?
まさか、オークにそんな知能があるとは思えない。


「ひとまず、オーク達が来る前に私たちが
 エルフも賢者様も逃がせば良いわけよ」


「そ、そうですけど…」


なんだろう。
嫌な予感がする……



そして目の前に広がる荒野。
大きな岩に、隠れ家へと繋がる秘密の通路があるそうだ。


「誰も後をつけて来てないわね?」


「たぶん、大丈夫だと思います」



そして、フィリアが探していた岩の前へと辿り着く。
そこで王から授かっていた魔道具をかざす。


すると今まで岩と同化していた扉が現れる。
そして扉は、ゴゴゴゴと大きな音を出しつつも自動的に開いていく。


「か、隠し通路が出ましたね」


「ええ、これが賢者へと続く道」


「フィリアさんは、
 行ったことがあるんですか?」


「な、ないわよ、
 私も何故か指名されたのよ」


今回の盟約は誰にも気づかれずに賢者まで辿り着く事。
同行者は唯一フィリアを許可している。
本人さえも知らない理由は一体何なのだろうか。


「とにかく行きましょう!」


「は、はい」


ふと、俺は一瞬誰かに見られているような視線を感じた。
後ろを振り向いたが誰もいない。



「どうしたの?」


「誰かに見られてる気がしたんですけど、
 ただのカラスでした」


「もう!やめてよ!
 暗いところ、通るんだから」



暗い道を二人で歩く。
当然だが、目印になる物はないのである。


「ちょ、ちょっとクリス君!
 今、お尻触ったでしょ!」


「さ、触る訳ないじゃないですか!」


「こんな暗い場所だからって、
 マリア様に言っちゃおー」


「ちょ、ちょっと!」


暗闇の中で手を置く場所もわからないため、
岩だと思ったら触れたのだろう。
そして少しずつ明かりが見え始めてくる。




そして、少しずつ見えてくる景色に二人とも目を奪われる。



「うわー、これは綺麗ね…」


「ええ、生きてきて、
 一番綺麗な景色かもしれません…」



一面に広がる向日葵の花、
そして丘に一軒だけ家が建っている。
その家に続く道の周りに、
前世で見たことのある岩が積まれている。


これは前世で見たレンガだ。
造りも何処となく日本の家を思い出す。
やはり賢者は転生者なのだろう。


そして賢者の家まで辿り着く。
ここまで長かった道のりも思えばあっという間だった。
それも楽しい旅であった。
その目的地が今、まさに目前にある。


フィリアが扉を叩く。
すると声が聞こえてきた…


「ちょっと待ちな!
 そろそろ来る頃だと思っていたよ」


扉を開けたのは老人かと思っていたが、
現れたのはフィリアに似た顔をした、
ショートカットの女性だったのだ。
その容姿はフィリアと年齢も変わらないように見える。


「驚いたかい?」


「は、はい、心臓が止まりそうなくらい…」



「ふふふ、立ち話もなんだ…
 一旦中に入りなさい」


俺達は賢者の後に続き家の中に入っていく。
玄関も日本式だ。
俺は自然と靴を脱ごうとしてしまう。
それを見たフィリアは疑問に思う。

「え?」

すると賢者が俺達に靴を脱ぐように伝えた。


「ひとまず座りなさい」


部屋の中央にある小さなテーブルに4つの椅子がある。
その椅子に俺たちは腰かけた。


「あの、賢者様、
 賢者様の顔は私に似て」


「そう、似てて当然さ!
 だってアンタは私の子孫だからね」


「えええええええ
 フィリアさんが、け、賢者様の子孫?」


俺は衝撃を受けている……
ここにきて、まさかフィリアが賢者の子孫だったのだ。


「間違いなく私の血を引いているのは、
 この顔を見れば分かるだろう!」


「ええ、毎日鏡を見てますので……」


「お前を指名してここまで来させたのはね、
 子孫であるフィリアが唯一信用できる事。
 そして私が会いたかったからなんだよ!」


「け、賢者様……」


賢者は500年の時を経て今も尚生きていると
陛下から聞いた。
その子孫との対面は運命を感じる。
フィリアは、その出会いに感極まっていた。


「そして、まさか覇王を手にしたのが、
 お前だったとはね」


「へ?」


「ふふふ、私はお前を知ってるよ、クリス」


「お、お会いしたことがありますか?」


俺の記憶では会った事はないはずだ…
でも、俺を知っていると賢者様は言う…


「お前、あのクレアの息子だろう?」


「ええ、クレア・レガードの息子です…」


「あいつの師匠が私なんだよ」


「「えええええ…」」


今度は俺とフィリアが同時に驚いてしまう。


「クレア様の師匠が賢者様」


「母上の強さの秘密は、
 賢者様だったのですね」


「まあね、あの娘は本当にワガママでね…
 自分の思った通りに進まないと、
 駄々をこねるのさ」


「クレア様らしいですね……」


「だがね、大切な人を守りたい…
 その想いの強さを、
 私は誰よりも認めてる……」


そう賢者は言うと、遠くを見つめる。
母上との日々を思い出しているのだろうか。


「まあ、それはさておき…
 息子のクリスがこんなに男前になって、
 覇王まで受け継ぐなんてね」


賢者はとても笑顔で俺に声をかけてくる。
よほど嬉しいのかもしれない。


「これは運命かもね……
 私とあいつの」


消え入りそうなくらいの声で言った。


「え?」


「いや、何でもないよ」


「賢者様、エルフの里にオークの大群が
 押し寄せようとしているのです!
 一緒に逃げてくれませんか?」


「何だと!それを早く言いなさい!」


賢者は血相を変えて立ち上がる。
エルフの戦力は世代交代と共に落ちている。
オークの大群が押し寄せたらあっという間に壊滅なのだ。


「エルフはな、度重なる人間達の欲望に、
 目をつけられて捕えられてしまった。
 美しい容姿からな…」


ルミナスでも蔓延っていた違法奴隷か。
ベルを助けた時もそうだった。


「徐々に人数を減らしてしまった事、
 強いスキルが出なくなってしまった事が、
 衰退の原因だろう…
 ところでオークは何体向かっている?」


「500体と言われています」



「妙だな」


「へ?」


迫るオークの数を伝えると、
その数に疑問を感じる賢者。


「オークキングがいるかもしれないと
 予測しているのですが……」


「オークキングがいるとしたら、
 最低でも3000体はいるだろう」


「え?」


「そしてオークが群れる事は殆どない。
 知能が低いからな」


どう言う事だ?
500体のオークはどうやって指揮をとっている?


「中途半端なんだよ…
 500という数は」


「でも、どうやって?」


フィリアは戸惑いを隠せない。
確かにオークは軍隊を率いてエルフの里に向かっている。
これは事実なのだ。


「お前たち、本当に尾行されてないね?」


「ええ、大丈夫かと思います」


フィリアは確かに後ろを警戒しており、
誰も付いてきていないのは確認してきた。


「誰かの視線を感じた瞬間は、ありました…
 でも、カラスで気のせいだったのですが」


「なんだと!」


賢者は力が抜けたように椅子にもたれ掛かる
その表情から予期せぬ事が起きたと察した。


「賢者様?」


「マズイぞ、時は一刻も争う!
 私もエルフの里まで同行する。
 早くしないとエルフ達が滅びてしまう」


「一体何が?」


フィリアも動揺している賢者に問いただす。
ただ事ではない様子に事態の確認する必要がある。


「カラスは、ここでは生息しない!
 万が一を見越して完全に駆除している」


「え?…それは何故」


「使い魔だからだよ!
 奴らの……」


賢者は今までの空気と変わり、
真剣な眼差しで俺たちを見つめる。
その瞬間、俺達は賢者の威圧を体感する。


「魔界の頂点が魔王であり、
 次の最高位の配下、四天王…
 カラスは、四天王の使い魔だ!」



何という緊急事態なのだろうか……
一刻も争う事態となってしまった。
早くしなければ公爵達、エルフの里に住む者の全てが一瞬にして犠牲になってしまう。



俺とフィリアは、賢者と共にエルフの里へ向かう。
そして公爵やエルフ達の無事を心から祈る。
万が一の時、魔界の強敵に自分の実力が通用するのか、不安を感じていた……
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