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第56話 幸せ

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生気を取り戻したユーリ。
クリスと口付けを交わして従属化スキルが発動し、クリスの使い魔として上書きされた。


「クリス……」


ユーリは目を潤ませて、クリスに抱きつく。
もうダメかと思ったが最後は助けに来た。
ユーリにとってクリスは特別な存在だった。
そんなクリスに対する想いが抑えられない。


「クリス!
 良くやったよ!」


賢者がクリスへ賞賛の言葉を贈る。
クリスは一度限りのチャンスをものにした。
賢者も満ち足りた表情をしている。


「ユーリ……
 まだ戦いは終わっていないようだ……」


クリスが見つめる先には、
瓦礫の山から抜け出すエレノアが見える。
こちらを凄い形相で見ていた。


エレノアは、まさか従属化を上書きされるとは思わない。
上書きする場合は更に魔力を要する。
つまりクリスは、自分と同等もしくはそれ以上の魔力量ということになる。
エレノアは、その事実を受け入れられない。


「人間の魔力が魔族を超えている?」


エレノアはまだ戦いを諦めたわけではない。
結界の中のデスワームへ指示を送っている。
そして結界を破壊するのも時間の問題だ。
破壊したと同時にデスワームによる突進で攻撃しようと画策している。


「許されないわ……
 私よりも人間が優れているなんて……
 絶対に認めない……」


次元の結界に亀裂が走る。
それを感じ取った賢者が危険を知らせた。


「クリス!
 結界からデスワームが出てくるぞ」


クリスの魔力量も残り僅かだ。
想像以上にユーリを使い魔にするのに魔力を消費した。
覇王の一撃は一度しか使えない。


そしてデスワームが結界を破壊し、
クリスの方へ向かってきた。


クリスは残りの魔力を込めて最後の一撃を放つ。
しかし、デスワームにダメージは与えたが硬い外郭によって、死に至るほどのダメージにはならなかった。


魔力を使い果たしたクリスは、
元の姿へ戻ってしまう……


クリスは、ここに来て限界を迎えてしまう事に落胆を隠せない。
そして、絶対絶命な状況だが、
諦めていない人物がもう一人いた。
それはユーリだ。
以前にクレアを助けたのと同じように、
クリスの手を握り魔力を送る。


「ユーリ……」


「私も、クリスの力になる!
 だって、わたし……
 クリスの使い魔だもん」


恥ずかしながら言うユーリに、
一瞬見惚れてしまう。
そしてユーリから温かな魔力が送られて、
クリスの魔力は回復した。


そして姿を変えて覇王を発動する。
大樹を前に再度覇王の光が溢れていく。


「な、なに!また覇王を発動しただと」


そしてクリスとユーリは手を繋ぎ、
お互いの心を一つにしていく。


「ユーリ、いくよ!」


「うん……」


二人の重なり合う魔力が、今までよりも更に強い覇王の輝きを生み出す。
その輝き溢れる覇王の一撃が炸裂し、
爆発の煙が里を覆っていく。
煙が消えるとデスワームの亡骸が見えた。
その胴体は真っ二つになっている。


「デ、デスワームを一撃で仕留めただと……」


魔界の戦争で常に最高戦力として投入してきたデスワームが一撃で仕留められた。
エレノアは、唖然と立ち尽くしている。


気づいたら全ての使い魔を倒され、
奴隷のサリーも気絶している。
このままでは魔界に戻っても、
勢力争いで殺されてしまう。
それであれば人間達を殺して自分も死ぬ。
エレノアは、最後の悪あがきとして自爆を考えた。



「もう仕方がない……
 お前ら全員道連れだ!」



エレノアは血を吐きながら爆発魔法を唱えると、
足元に大きな魔法陣が生まれる。


「まずい!
 このままでは全滅だ!」


賢者は即座にエレノアの魔法を把握した。
これを防ぐにはエレノアを上空まで飛ばすしかない。


「賢者、ユーリ!
 俺に魔力を貸してくれ!」


クリスに考えがあった。
思いついた作戦は無茶なものだが、
これしか手がない。


「時間がない、頼む!」


そして賢者とユーリは、ありったけの魔力をクリスへ送り、クリスの魔力は最大まで回復した。


「何をする気だ……
 クリス」


「ちょっと、空の旅だよ」


そしてクリスは駆け抜ける。
自爆魔法発動直前のエレノアに触れた。


「クリス、待て!
 そんなことをしたら、お前が……」


「クリス!!」


賢者とユーリは、突然のことで驚いている。
二人ともクリスを止めたいが、
その前に行動に移してしまう。


「必ず、帰ってくる……」


クリスは最大まで身体強化を自分にかける。
そしてエレノアを抱えて木を足場に大樹へ移動した。


「クリス!」


泣き声にも近いユーリの声が響く。
クリスが死んでしまうかもしれない。
そう思うと胸が苦しいほどに締め付けられる。



「き、貴様……
 何をする気だ!」


エレノアを無視して覇王を全力で使用する。
そして、ユグドラシルの枝を足場に大樹を登る。
しかし、制限時間は刻々と迫って来た。


「馬鹿め……
 後、五分もしないうちに爆発する。
 この距離なら間違いなく全員死ぬ」


時限爆弾のタイムリミットが迫る。
このまま爆発してしまうかと思われた。



何か無いのか。
もっと速く、1秒でも速く。
誰よりも速く駆け上がる。
そんな方法は無いのか……





そしてその時……
クリスの頭の中でクレアを思い出す。



「母上……」



誰よりも速く、誰よりも強い、
宮廷魔術師クレア・レガード。
その固有スキルがある。



「やっぱり母上は、最強だよ……」



そしてクリスは、神速スキルを使用して、
先ほどより更に速いスピードで大樹を駆け上がる。



残り十秒……



ついに大樹の天辺まで辿り着いた。
大樹を蹴り、身体の向きを空の方向へ変える。
そしてエレノアと共に空へ飛び立った。



「くそ!
 だが、貴様だけでも道連れだ」




エレノアのその一言に、
クリスは笑みを浮かべている……




制限時間を迎え、エレノアは大爆発を起こす。
そして上空には黒色の煙が溢れて、
クリスの姿も見えなくなる。




「クリス!」



ユーリは膝から崩れ落ちる。
愛する人を目の前で失ってしまった。


「馬鹿野郎……」


賢者もクリスへ文句を言う。
絶対に生きていて欲しかった。
気づけば賢者の中でも可愛い弟子になっていた。


二人とも唖然と立ち尽くす……
希望の光を失ってしまった。








そして、諦めかけた瞬間、
上空の煙が少しずつ消えていく……







螺旋の炎がクリスを囲む。
イフリートの炎はいかなる炎も無効化する。
爆発も例外では無い。
エレノアの大爆発は、
炎魔法をベースにしたものだった。



「ざまぁみろ、エレノア」



クリスは、エレノアの自爆から全ての者を救ってみせた。
しかし、最後に詰めが甘かった。
魔力を使い切ったクリスは、
元の身体に戻ってしまう。



「やべ、着地のこと考えてなかった」



ここは上空800メートルくらいだ。
このまま落下したら確実に死んでしまう。



「空の旅は良かったけれど、
 落下事故とか洒落にならない」



このままでは確実に死んでしまう……
クリスは何か方法がないか考えるが、
何も思いつかない。







しかしその時、クリスに近づく人物が現れる……



「は、母上!」


「馬鹿者!
 なんでこの高さから落ちているんだ!」



クレアは、咄嗟にクリスを抱き抱える。
足場の剣を何重にも重ねて衝撃を吸収した。



「た、助かりました……」


「心配したんだぞ!!」



本気で怒られた。
それだけ心配されていると言うことか。
何とか無事に降りられそうだ。
エレノアと空の心中にならなくて良かったと思う。




「あ、あの……
 母上、そろそろ……
 お姫様抱っこはやめて欲しいのですが」


「何を言ってるんだ、クリス……
 罰として下まで、ずっとこのままだ!」



う、嘘でしょ……
思いきり格好つけて飛び出して行ったのに、
母親にお姫様抱っこをされながら帰るとか、
死ぬほど恥ずかしいんですけど……



クレアの瞳は優しさに満ち溢れている。
最愛のユーリを救い、更に憎きエレノアまで倒してみせた。
更に死ぬはずだった自分も救ったのだ。
心からクリスに感謝しても仕切れない。



「クリス……
 本当に、ありがとう……」


「え?」


クレアは、十年後の未来から来た息子に、
こんなに心を揺さぶられるとは思いもしない。
ゲイルに話したら、どれだけ驚くだろう。
いっそのこと連れて帰ってしまおうか。
そう思いながらクリスを愛おしく見つめていた。


「ほら、みんながお前を見ているぞ……」


「え!母上、すぐに降ろしてください!」


「駄目だ!」



クレアは喜びに満ちた笑顔を浮かべる。
この後の展開に心躍らせているだけではない。
最愛の息子とユーリを連れて帰れるのだから。


「おーい!クリス~
 あねご~~」


ユーリが元気よく手を振っている。
その瞳は涙で溢れていた。
そしてこちらに向かって走る。



「ふふふ、ユーリのやつ、
 はしゃぎ過ぎて転びそうだな」



「母上、俺……
 この時代に来れて良かった。
 母上やみんなと出逢えて……
 なんだか、夢みたいです」



「クリス……」



俺は今までの事を思い出していた。
まさか死んだはずの母親と冒険するなんて……
しかも大切と思える女の子も出来た。
そして、尊敬するカートさんも一緒だ。
こんなにも楽しい日々が訪れるなんて夢のようだった。



「クリス……
 不思議なこともあるものだな……
 だが、これは夢ではないぞ」



「え?」



「だって、私自身がお前に出逢えて、
 こんなにも幸せなんだ……
 夢であってたまるものか……」




クレアのその言葉がクリスの胸に響く。
自分が生まれた事を認められたと思ってしまう。
気づけば瞳は、大粒の涙で溢れていた。




「母上……ずるいですよ……」




泣きじゃくるクリスに、
クレアは一言告げる……




「当たり前だろう……
 私は、最強の宮廷魔術師、
 クレア・レガードなんだからな……」



「あはは……
 母上には、やっぱり敵わないや……」




みんなを救うことが出来て明日も明後日も、
何十年先もみんなと笑顔で笑い合うことが出来る……
きっと過去に戻ってきたのは、この幸せな日々を守るためだったのかもしれない。
これから先の未来が待ち遠しくて仕方ない。
なぜなら、愛する者たちに囲まれているのだから……
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