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アーサー
13話 温度と口癖
しおりを挟む「なんでアイザックのとこ行かねえんだよ」
「え?迷惑だった?」
「んなこと聞いてんじゃねーよ。今更だろが。そうじゃなくて、俺のとこきたらガミガミ言われるって分かってんのに、なんでアイザックのとこ行かねえんだ」
消灯後、眠気が訪れないアーサーはエリックに背を向けたまま疑問を呟いた。少し間があって、エリックがアーサーの背中にぴたりと張り付く。足が伸びてきて、巻き付かれてしまった。またか。こいつは蛸か何かか?と、アーサーは呆れた顔をして「おい」と顔だけ振り向いた。
「だって、アイザック冷たいんだもん」
「あん?どいつも似たようなもんだろ。ルドガーのほうが優しいんじゃないのか?」
「ううん、違うよ。そうじゃなくて、足の先が冷たいんだよ」
「……はあ?」
つまり、物理的な温度の話だ。
「体温が低いのか分かんないけど、布団の中もひんやりしてて寒いんだよ。ミハエルもそうだよ。ルドガーは冷え性だって言ってた。デスクワークが長かったからな~だって!だから、寒い日はアーサーと一緒に寝たい。……だめ?」
エリックの頭が、アーサーの背中にぐりぐりと押し付けられている。痛くもなんともないが、ぬくもりだけは伝わってきた。エリックも、アーサーと同じくらい手足の指先まで暖かい。体温が高いのは子供だからだろうと思っていた。頬も、耳の骨も、髪の毛先に至るまで熱を孕んでいるのかと思うほどだった。抱き締めて寝ると気持ちいいだろう、と何度も思った。事実、一人で寝るよりずっと安眠出来る。エリックを湯たんぽにしたがる彼らの気持ちも理解出来るし、冷たいものに触れたくないエリックの気持ちも理解していた。
「……しょうがねえなあ……」
だんだとエリックに甘くなっている気がする。頼られるのも悪くはない。アーサーはエリックの方へ寝返りを打ち、細い身体を抱き締めた。
「えへ……アーサーあったかいね」
「夏は暑苦しくてしょうがないけどな」
「アーサーもアイザックに添い寝してもらったらいいよ!ひんやりして気持ちいいかも」
「……冗談じゃねえよ。本気で言ってんのかおまえ」
「ふふ」
腕の中でくすくすと笑うエリックを愛おしいと感じるのは、情愛のそれではなかった。
エリックは、アダムの体温については何も言わなかった。おそらく不快ではない程度の温度なのだろう。アダムがいないから、次の候補がアーサーだったのだ。つまり、どこまでいってもアダムの身代わりでしかなかった。けれどアーサーは、「アダムの代わりになる」ことに、なんの不満も抱くことはなかった。むしろ使命感すら抱いていた。このぽやぽやした小動物を守れるのは自分だけだ、と自負していた。奇しくも、アダム含む竜の爪のメンバーは、全員がそう思っているようだった。
「あふ……」
「……あのよ」
「んん……?」
一つだけ、聞きたい事があった。
「アダム、なんか言ってなかったか」
「……んー?なんかってぇ……?」
エリックは既に眠りにつこうとしていた。むにゃむにゃと意味のない単語を口から発し、意識は眠りの世界へ誘われていく。
「だから、アレだよ……茶化して笑ってた、こととか」
「ん~……?ああ……それかぁ……だいじょーぶ、アダムはなーんも……ふぁ……」
「おーい、こら。なーんも、……なんだよ。大事なとこだろうが」
「……んにゃ……」
「嘘だろ……おい、エリック」
肝心の答えを聞く前に、エリックはすっかり寝落ちてしまった。すやすやと規則正しい寝息が聞こえ、アーサーはがっくりと項垂れる。揺り起こすことも出来ず、せめてもの反抗としてそっと寝返りを打った。朝起きても相手なんかしてやるもんか。固い決意を抱いて、いくら待てども訪れない眠気を恨めしく思った。
「……だいじょうぶ……アダムは……そんなことじゃ……」
大丈夫。アダムはそんなことじゃ怒らないよ。
拗ねて見せたのは、俺がアーサーと仲良さそうに笑ってたからなんだって。可愛いよね。
エリックはそう言おうとして、言葉にならなかった。あのアダムが嫉妬したんだって、という愉快な話を共有したくて、思わず笑顔になる。
「……ふふっ……」
「寝ながら笑ってやがる……気持ち悪ぃ……」
背後から聞こえてくる機嫌の良い笑い声と健やかな寝息が子守唄となり、アーサーの睡眠を手伝った。ぬくもりが纏わりつき、間もなく意識が途切れてしまうだろう。背中を向けたアーサーを追うように、エリックの腕が腹に回された。そっと手に取り、滑らかな肌を撫でた。
翌朝目覚めた時、腕の中にエリックがいる、はずだった。予想より冷ややかな朝に、少なからず虚しさを覚える。それは当たり前で普通の温度だったが、今のアーサーには肩透かしを食った気分だった。最初からいなければ、こんな思いをしなくても済んだのに。目が覚めたら柔らかい髪を梳きながら、金糸雀色の目が開くのを待って、「おはよう」と紡がれる言葉を聞いて、ーーそんな朝を期待してしまっていた。いつからだろう。誰かと夜を、朝を共にすることに、幸福感を得られ始めたのは。
「はあ……」
一人で寝るには広すぎる寝台から身体を下ろし、腕を伸ばして屈伸した。同時に、脱力感が襲ってくる。モヤモヤして堪らない。なんだこれは、とアーサーが自問していると、部屋の扉がノックもせずに開いた。
「あ、起きてた?おはよっ」
アーサーは思わず目を見開いた。当たり前のように朝の挨拶を交わそうとしてくるエリックに、純粋に驚いてしまったからだ。
「……アダムのとこ戻ったんじゃなかったのか」
「へ?なんでアダム?」
「なんでって、ーー……」
答えを示そうとしたが、最適解が見つからなかった。口を開いてそのまま呆けた顔をしていると、エリックがふはっと大声で笑い出す。
「俺がいなくて寂しかった?」
「はあっ?なんでそうなる……」
「なんか迷子みたいな目してたから、俺が戻ってきて嬉しいのかなって」
自意識過剰もそこまでいくといっそ愉快だな。いつものように笑い飛ばそうとして、出来なかった。図星だった。針を刺したほどのチクリとした痛みだったが、寂寥感で胸が締め付けられた気持ちには間違いなかった。
おまえは、アダムのものだから。そう答えようとしていた。周知の事実であり、一時も忘れたことはない。戒めのようなものだった。だから、帰ったんだろうと思った。それについてアーサーは、自分が咎める権利などない、と言葉を失った。押しかけたのはエリックのほうだ。やめろと言ってもしつこく引っ付いてくるのもエリックだった。しかし、うんざりするほど絡みつくぬくもりを、その手で振り払えなかったのはアーサーだった。
だから嫌なんだ。誰かと一緒に眠るなんて。
「んふ……」
「やめろそれ……気持ち悪い笑い方しやがって」
「だって、ふふ……アダムもアーサーも、……ふふっ」
「あっ、そうだおまえ昨夜なんて言いかけたんだよ。大事なとこで寝落ちすんなよ」
「……え?……ふふ」
エリックは相変わらず、ふふ、と含み笑いをしながらアーサーの顔をじっと見つめた。寝起きのせいかいつもより伸びた髭を、エリックの指がざらりと撫でる。ちくちくして痛いな、でも嫌いじゃないな。そんなことを思いながら、エリックは満面の笑みを浮かべた。
「ないしょ♡」
アーサーは既に理解していた。このエリックという人間の口癖を。
...end
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