Route 365 男と少女と車

大沢敦彦

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第3話 少女とリボルバー

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「いらっしゃい」

 コンビニに入るとレジの店員がライカンを振り向いた。腕っぷしの強そうな男だ。逆さ十字のタトゥーは趣味が悪いが、ガードマンとしては申し分ない。ライカンは軽く挨拶すると、レジ横に吊り下げられたシャツを手に取って確かめた。

(これでいいだろう)

 派手な色を好みそうだったが、無難に落ち着いた色を選ぶ。衣類コーナーにも回り、靴下やパンツを買い求めた。

「ゲホッ、ゲホッ」

 ライカンの背後で客の男が咳をした。苦しそうだった。痰が喉に絡む音だった。雑誌コーナーに立っているその男は、寒いのか全身を震わせている。

「大丈夫か、あんた。風邪でも引いたか」

 ライカンが話しかけると、男はビクついた。

「なっ、何か、用か?」

「震えてるし、酷い咳をしていたが」

「う、うん。風邪を引いたんだ。水にはまってね」

「そうか、気の毒に。温かくした方がいい」

「あ、ありがとう」

 ライカンはふと思った。駐車スペースにはライカンの4WDしか止まっていなかった。店員やこの客の男は近所に住む人間なのだろうか。

 暑いらしく、男が腕まくりした、そこにタトゥー、逆さ十字だ。タトゥー界隈に詳しくはないが、そんなに流行っているのだろうか。店員と同じお絵描きは、ただの偶然か。

 ライカンは場所を移動した。飲料水が並んでいる棚を眺めるようにして、万引き防止用のミラーを確認する。

 レジの店員と、明らかにアイコンタクトを取った客の男が、尻ポケットからハンドガンを抜いた時、ライカンは手に持った衣類を床に置いて目の前の棚を押し倒した。

『パンッ!』

 乾いた発砲音が響く。倒れた棚の下から抜け出そうとする男の頭をぶん殴り、腕を伸ばしてハンドガンをもぎ取った。

「あんたに勝ち目はない」

 レジの男が足元からショットガンを拾い上げ、カウンターから出てくる。悠々とした口ぶりと足どりで。

 ライカンの目には、トイレに繋がる通路の手前に置かれた、真っ赤な目印が命綱だった。

『パンッ、パンッ、パンッ!』

 無言で三発撃った。助かるにはそれしかないと思った。幸い、三発とも消火器に命中し、

『ボンッ!!』

 破裂した。肥えた男の体が真横に吹っ飛び、ガラスのドアを粉々に砕き割った。

『ジリリリリリリリリ!!』

 店内に警報音が鳴り響く。ライカンは入口に向かい、肥えた男の死を確認すると、レジ奥のスタッフルームにハンドガンを構えて突入する。

 床に、両手両足を拘束された店員の男が転がされていて、ライカンを見るなり恐怖で顔を引きつらせた。

「心配するな」

 すぐに猿ぐつわを外した。

「……あ、ありがとうございます」

「あいつらの他に仲間は」

「いません。二人だけです」

「他に拘束されてる人は」

「私だけです」

「よし」

 キャンピングナイフを取り出し、両手両足の拘束を解いた。

「すまないがこの警報音切ってくれないか。うるさくて」

「ああ、はい」

 店員はすぐにパソコンを操作し、警報音を切った。

「動くな」

 ライカンと店員が振り向くと、ショットガンを構えた風邪引き男が入口に立っている。

「銃を捨てろ。二人とも吹き飛ばすぞ?」

 ライカンはすぐに従った。風邪引き男は大量の汗をかき、苦しそうに喘いでいる。目は虚ろで、そのわりに活力がある。薬物の症状が疑われた。

「カネ、出せ、カネ。あと、ク、クスリ。は、早く、しろ、よ……?」

 いつ間違って撃ってもおかしくない。できるだけ刺激したくない。

「落ち着け。カネは持ってる」

「き、金庫、金庫あんだろ? 早く開けろよおおおおおおっっっ!!??」

『ドンッ!!』

 天井の照明が木っ端みじんに砕け散る。ライカンと店員は同時に床に伏せた。耳がキーンと鳴っている。

「あ、開けます! 開けますから撃たないで!!」

 店員はそう叫んだが動けない様子だ。

「……てめえ、早く開けろっつって――!」

 よだれを垂らした男がショットガンを構えて店員の方へ歩みかけた時、ライカンは床のハンドガンに飛びついた。

『バンッ!』

 男の体がぐらいついた。飛び出しそうなほど両目を見開き、振り向いた瞬間、再度、

『バンッ!』

 背中と腹に風穴を開けた男が頭から倒れていた。

「……おじさん!」

 入口に、下着姿の少女がリボルバーを構えて立っていた。それを見てライカンは全身が脱力した。

「ごめんね、おじさん。勝手に車降りてきちゃって。でも、なんかおかしいと思ったから」

「いや、いい判断だ。見直した」

「あと、これっておじさんの銃よね。勝手に撃っちゃったけど大丈夫かな」

「構わないから、服を着ろ。そこの床に置いてある」

 ライカンは少女からリボルバーを受け取ると、放置していた衣類を着させた。すぐに「ダサい」といったが他に良いものもなく、渋々、少女は服を着た。

 通じている電話がないか探したが、あいにく消火器の破裂で吹き飛んでいた。

「ガソリンスタンドに、確かありましたよ」

 店員に教えられ、ライカンは給油機の横の電話機を見つけた。

「どこにかけるの」

 少女が傍に立って訊いた。パーカーを着ているのは、店員からの感謝の気持ちだという。

「お巡りさんだ。後始末をしてもらう」

「そんなの、店員さんにお願いしたらいいじゃない」

「彼は店の後片付けで手一杯なんだ」

 ライカンが無視してかけようとすると、少女が飛びついてきた。

「やめて! 呼ばないで!」

「どうしたんだ急に」

「……わたし、警察が嫌いなの。わかるでしょ?」

「わからない」

 暗い顔をするので、いったん受話器を置く。

「わけありか」

「うん。むかし、レイプされそうになったの」

 嘘だ。ライカンは思った。過去にレイプされそうになった女性が、ヒッチハイクで男の車に乗るはずがない。

「……そうか。わかった」

 ライカンはコンビニへ引き返した。ここで少女と押し問答して何の意味がある?

 少女は、警察を呼ばれたくない事情があるのだ。

 それに、警察がこなくても、ライカン一人でできることがあった。
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