女神と天使は同棲中

大沢敦彦

文字の大きさ
上 下
3 / 4

第3話 朝

しおりを挟む
「う~ん……眠い……」
(お腹一杯になって眠くなるって、子どもみたいな人だな……)
 クレアは肩を貸して寝室のベッドまで連れていこうとした。
「はい、よいしょ――かっっる!?」
 あり得ない。異常なほど男の体が軽くてクレアはバランスを崩しかけた。
(いや……やっぱりこの人、ただ者じゃない……っていうかたぶん、人間じゃないよね……)
 鳥の羽のようなその人を、壊してしまわないよう慎重に寝室まで運んでいき、ベッドに横たえた。
 彼は、すでに寝息を立てていた。
 遊び疲れた子どものように、ぐっすりと眠っている。
(もしかして、神様?)
 鏡台の前の椅子を引っ張ってきて座り、クレアは思った。
 寝顔が神々しい。じっと見ているとうっとりしてしまう。
(本当に神様だったらどうしよう。何か願い事って叶えてもらえるのかな)
 クレアは少し考えた。
 自分の夢や願い事……。
 叶えたい希望や達成したい目標……。

(あれ? わたしって何がしたいんだっけ)
 勤め人として平日は朝から働き、休日は家の中でくつろいだり、近所のボランティア活動に参加したり、たまに外食したり映画を観にいったりしている。
 とくに不満も不自由もなく暮らしているような気がする。
(これって悩みがないことが悩みっていうやつなのかな)
 自分でも、実に贅沢な悩みだと思った。
「……あ」
 クレアは、そこまできて思い至った。
「そうだ、彼氏だ。わたし彼氏がいないんでした」
 悩みらしい悩みを見つけたクレアは、眠っている神様(たぶん)に向かってお祈りを捧げていた。
(神様……どうかわたしに彼氏をください…………ついでにセックスとは何かも教えてくださいお願い致します……)
 目をつむって丁寧に祈ると、クレアはそっと寝室から出ていった。
(ふう! 何だか疲れちゃったな~)
 お風呂、スキンケア、歯磨き、その他諸々を済ませると、リビングのソファーで毛布にくるまって横になった。
「おやすみ、神様……」
 クレアもすぐに寝息を立てていた。

 あくる日。
 その日の目覚めは、今までで一番といってよいほど清々しいものだった。
 あたたかい、やわらかな光に包まれているような感覚。
(ああ……今日はお日様が昇るの早いな……)
 ゆっくり、クレアは目を覚ます。
 眠りの湖の中から顔を出すように、クレアは目を開けた。
(……ん?)
 視界がぼんやりしているが、顔の傍に顔がある。
「ん??」
 神様、の御顔。ご尊顔。
 今朝も神々しい。いやそうじゃなくて。

「んーーーーー!!!???」
 クレアは思わず跳ね起きた。
 毛布が飛び、神様は眠った顔のまま床にふわりと浮いた。
 全裸で。
「なっ、なっ、なっ……!!??」
 はっとした。
 クレアも全裸だった。
「……ぎゃああああああああああああああああ!!!!!」
 家が吹き飛ぶような大声を出してクレアは気を失いかけた。
「あ、あわわ、あわわわわわ」
 口から泡でも噴き出しそうになりながら、クレアは床に飛んだ毛布を引き寄せた。
(お、おぞましい!! やっぱりこの野郎はわたしの体目当てだったんですね!!)
 昨日のお祈りのことなど頭から消し飛んでいたクレアは、とにかく冷静になろうと深呼吸。
「どっ、どうしてくれましょうか……殺っちゃいますか……?」
 気持ちよさげに眠っている間にキッチンからナイフを取ってきてブスリといこうかと思った時――。

「う~~ん、よく寝た」
 男が、うんと両腕を伸ばした。
 するとその背中から、二枚の翼がぱっと左右に開放された。
(うおおおおっ!!?? やっぱ神様あああああっ!!??)
 驚愕するとともに、はっと我に返るクレア。
(ちょっと待って。翼って……天使じゃん)
 男は床にむっくりと立ち上がった。
 二枚の翼は、左右に大きく開かれたまま、そよとも動かない。
 ご立派な男性器も。
「あ、あの……天使、様……?」
 おそるおそるクレアが声をかけると、男はぱちりと目を開けた。
「おはよう」
「おはようございます。……じゃなくて、あなたは天使様ですか?」
「うん、よくわかったね。昨日はどうもありがとう」
「あ、いえいえ」
 そんなやり取りをしたいんじゃない。
「あの、天使様。いくつか訊きたいことがあります」
「どうぞ」
「まず……わたしに何かしました?」
「何かって?」
「いやその、昨晩ベッドに寝かせたのに、どうしてソファーで一緒に寝てたのかなって」
「ああ。人肌が恋しかったので」
「な、なるほど……いやいや! だからって脱いでくることはないでしょ!?」
「僕は服なんか着ないんだけど」
 そういえば絵画の天使って全裸だよなあと思いつつ。
「わかりました。でも何でわたしまで脱がせたんですか?」
「服が当たったらチクチクするから」
「……はあ」

 とりあえず納得した。納得するしかなかった。
「あ、ちょっと待って!」
 クレアは天使の頭の上に注目した。
「あなた、輪っかがない! 天使って金色の輪っかが浮いてるじゃない、頭の上に!」
「ああ僕、堕天使だから」
「堕天使……」
「神様に反抗して天国を追い出されちゃったんだよね」
「待って待って。堕天使って悪魔じゃないの?」
「天国では僕のことをそう呼ぶ者もいたよ」
「えっと……結局あなたはここに何しにきたの?」
 堕天使は微笑んで肩をすくめた。
「わかんない。眠ったおかげで色々思い出したけど、人間界に何しにきたんだったか」
「もしかして、人間界で人間のふりして善行を積み重ねると天国に戻っていいとか?」
「そんなに甘くはなかったと思うけど」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

山蛭様といっしょ。

ちづ
キャラ文芸
ダーク和風ファンタジー異類婚姻譚です。 和風吸血鬼(ヒル)と虐げられた村娘の話。短編ですので、もしよかったら。 不気味な恋を目指しております。 気持ちは少女漫画ですが、 残酷描写、ヒル等の虫の描写がありますので、苦手な方又は15歳未満の方はご注意ください。 表紙はかんたん表紙メーカーさんで作らせて頂きました。https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html

貧乏神の嫁入り

石田空
キャラ文芸
先祖が貧乏神のせいで、どれだけ事業を起こしても失敗ばかりしている中村家。 この年もめでたく御店を売りに出すことになり、長屋生活が終わらないと嘆いているいろりの元に、一発逆転の縁談の話が舞い込んだ。 風水師として名を馳せる鎮目家に、ぜひともと呼ばれたのだ。 貧乏神の末裔だけど受け入れてもらえるかしらと思いながらウキウキで嫁入りしたら……鎮目家の虚弱体質な跡取りのもとに嫁入りしろという。 貧乏神なのに、虚弱体質な旦那様の元に嫁いで大丈夫? いろりと桃矢のおかしなおかしな夫婦愛。 *カクヨム、エブリスタにも掲載中。

 星降る夜のカノン 〜画家の卵が、天才ヴァイオリニストと恋に落ちるまで〜

染島ユースケ
キャラ文芸
北海道の中心、「銀河に一番近い街」と呼ばれた芸術振興都市・星見市。 そこで画家になることを志し、星見学院の芸術科に通うヒロイン・壁井ユカ。 星見学院理事長の御曹司にして、容姿端麗かつ非凡な才能をもつ自由奔放な青年・飛鳥馬ケイト。 2人が星空の下で出会い恋に落ちるまでを描く、全ての夢追い人に捧ぐボーイ・ミーツ・ガール短編。

マチコアイシテル

白河甚平@壺
ミステリー
行きつけのスナックへふらりと寄る大学生の豊(ゆたか)。 常連客の小児科の中田と子犬を抱きかかえた良太くんと話しをしていると ママが帰ってきたのと同時に、滑り込むように男がドアから入りカウンターへと腰をかけに行った。 見るとその男はサラリーマン風で、胸のワイシャツから真っ赤な血をにじみ出していた。 スナックのママはその血まみれの男を恐れず近寄り、男に慰めの言葉をかける。 豊はママの身が心配になり二人に近づこうとするが、突然、胸が灼けるような痛みを感じ彼は床の上でのた打ち回る。 どうやら豊は血まみれの男と一心同体になってしまったらしい。 さっきまでカウンターにいた男はいつのまにやら消えてしまっていた・・・

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

世迷ビト

脱兎だう
キャラ文芸
赤い瞳は呪いの証。 そう決めつけたせいで魔女に「昼は平常、夜になると狂人と化す」呪いをかけられた村に住む少年・マーク。 彼がいつも気に掛ける友人・イリシェは二年前に村にやって来たよそ者だった。 魔女と呼ばれるイリシェとマークの話。 ※合同誌で掲載していた短編になります。完結済み。 ※過去話追加予定。

イケメン政治家・山下泉はコメントを控えたい

どっぐす
キャラ文芸
「コメントは控えさせていただきます」を言ってみたいがために政治家になった男・山下泉。 記者に追われ満を持してコメントを控えるも、事態は収拾がつかなくなっていく。 ◆登場人物 ・山下泉 若手イケメン政治家。コメントを控えるために政治家になった。 ・佐藤亀男 山下の部活の後輩。無職だし暇でしょ?と山下に言われ第一秘書に任命される。 ・女性記者 地元紙の若い記者。先頭に立って山下にコメントを求める。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...