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第8話 協力
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阿門は一度深呼吸すると、大塚にすべて話すことにした。隠す意味もないし、下手に隠すとさらに疑われるだけだ。
「……仰る通り、私は彼のことを知っていました。昨日の朝、事件現場となった鐘楼湖の畔で会ったのです。それが最初で最後でした」
「会って何か話をしたのか?」
「はい。忠告を受けました。尾畑というボランティアの男性や、ここの女将さんたちを信用してはいけない、と」
大塚はメモ帳に目を落としつつ小首を傾げた。
「あんたはそれをどういう意味として受け取った?」
「わかりません。別れ際には『俺とお前は同じだ』ともいわれましたが、この意味も判然としません」
「わからないことだらけだな。ただ……」
ボールペンのノック部分で顎を突き、カチッと音を鳴らして先端を引っ込ませ、再びカチッと出す。
「仏さんはその尾畑っていう男や女将さんについて何か知っていたらしい。仮に口封じのために殺されたんだとすれば、被疑者は二人増えるな」
にやりと笑う。
「あとはあんたと仏さんとの共通点だが……これはおそらく、余計なことに首を突っ込む奴、って感じだな。俺の所感としては……まさに犬だ」
そこまでいうと、大塚は意味ありげな視線を阿門とめぐみに投げかけ、つっと立って扉の前までいき、鍵が掛かっていることを確認して戻ってくる。
「……俺は本来、こんなド田舎の湖で起きた事件なんざ相手にしないんだ。今回は悪い巡り合わせでたまたま担当した。だから……早く仕事を終えたい」
「わかるな?」という眼を色付きレンズの奥で向ける。阿門もめぐみもただ見返すだけだった。
「……焦れってぇな。捜査に協力しろっつってんだよ」
「被疑者のままでは無理ですよ、警部さん」
「わあってる。先生やめぐみちゃんが犯人とは初めから思っちゃいねぇよ」
本当だろうか。訝りながらもここは大塚の言を呑んだ。
「……わかりました。しかし捜査に協力するからにはこちらも情報が欲しいですね」
「ほう。先生、刑事から情報訊き出そうとするとは強気だね。そういう態度、嫌いじゃない」
大塚はメモ帳を指で繰った。
「……亜山仁地あやまじんち――湖で揚がった仏さんだ。彼は隣県の県警の刑事だった。亜山は去年刑事を辞めている。もしかすると、亜山はあの湖を調べるために刑事を辞めたのかもしれない」
大胆な推理だった。だが、亜山という男が鐘楼湖に執着していた可能性は否定できない。
「警部さん。今思い出したんですが、確か一昨日の晩、鐘楼湖を横切る細長い何かを見た気がするんです」
「細長い……ボートか」
心当たりがあるように大塚は頷いた。
「亜山の遺体は、鐘楼湖の西端で見つかった。あの辺りには雑木林が広がってるんだが、岸辺にうつ伏せの状態で発見された」
「死因は何だったんでしょう」
「溺死に間違いないだろうが、俺がざっと見たところじゃ頭に打撲の跡があった。誰かに殴られて溺れさせられたんだ」
「酷い……」
めぐみがそういって視線を落とす。
「今朝、湖の東端――つまり先生たちが押しかけてきた場所では、ボートとオールが見つかった。先生が一昨日の晩に見た細長い何かってのは、十中八九、このボートで間違いないだろう」
「警部さんの話も総合して考えると、ボートを漕いでいたのは亜山ということになりますね」
「ああ。やはり亜山は鐘楼湖で何かを探っていた。一昨日の晩は無事に戻れたが、昨日の晩は無事では済まなかった。誰か――おそらく仲間に裏切られたんだろう」
阿門の見立ても大塚と同じだった。亜山の遺体が湖の西端で揚がり、ボートとオールが東端で見つかった以上、犯人が亜山を襲った後、ボートで逃走したと考えられる。
「ボートの上で襲われたんだとしたら、元刑事でも太刀打ちできなかったことでしょう」
「昨晩、湖の西端で落ち合った亜山と犯人は、ともにボートに乗って湖を渡っていたが、頃合いを見計らって犯人が亜山を殴り、湖に突き落とす。犯人は東端へ移動。とすると、亜山は自力で西端まで泳いでいって、そこで力尽きたことになる」
頭を殴られて傷を負いながらも泳ぎ切ったのは、さすが元刑事というべきか。見た目同様にタフな男だったというわけだ。
「……だんだん犯行時の様子がイメージできてきたようだな。まあ、あくまでも現時点での推測に過ぎないが」
「警部。そうすると犯人は……」
「うん、そこだ――お、気が利くねぇ」
長い話になったため、めぐみが電気ケトルで湯を沸かし、緑茶を淹れていた。三人は旅館の湯飲みで一服し、乾いた喉を潤した。
「……あ~沁みる。やっぱり茶は別嬪に淹れてもらうに限る」
大塚の言葉にめぐみは肩をすくめた。
「警部とめぐみ君とはどういう関係なんですか」
ちょうどいいタイミングだと思った阿門は、気になっていたことについて訊ねた。
「どうって、ただの取材相手ですよ」
「ははは。もっと深い仲でもいいんだぜ、俺は」
「セクハラで訴えますよ?」
「わりぃわりぃ。今のはなしだ」
どうやら取材関係以上には発展していないようで、阿門は何故だか少しだけ安心した。
茶を飲み終えたあたりで再び事件の話になる。
「……亜山を殺した犯人だが」
大塚が口火を切った。
「めぐみちゃんはどう思う」
話を振られためぐみはぴくっとしたが、
「……そうですね。少なくとも亜山さんはボランティアの尾畑さんや旅館の女将さんを警戒していたようですし、この二人は除外されるのではないでしょうか」
めぐみがいう通り、警戒相手を仲間にするとは考えにくい。だがそうすると大塚の被疑者リストはゼロになってしまう。
「弱ったな。こりゃまた歩かにゃならんか」
そういって額をぺちぺち叩く大塚。
「……大塚警部。一人、話を訊いてほしい人物がいます」
「誰だ」
いった阿門を大塚が見つめる。
「ここから南へいった先に、『清輝』という寿司屋があるんですが、そこの店主に話を訊いてみてほしいのです」
「怪しいのか」
「怪しい……というと語弊がありますが、鐘楼湖にまつわる話を詳しく知っておられたので」
「あくまで参考として、ということか」
「はい」
「よし」
大塚はぐいと茶を飲み干すと、
「お二人さんにもご同行願いますよ」
「もちろん」
阿門とめぐみは答えていた。
「……仰る通り、私は彼のことを知っていました。昨日の朝、事件現場となった鐘楼湖の畔で会ったのです。それが最初で最後でした」
「会って何か話をしたのか?」
「はい。忠告を受けました。尾畑というボランティアの男性や、ここの女将さんたちを信用してはいけない、と」
大塚はメモ帳に目を落としつつ小首を傾げた。
「あんたはそれをどういう意味として受け取った?」
「わかりません。別れ際には『俺とお前は同じだ』ともいわれましたが、この意味も判然としません」
「わからないことだらけだな。ただ……」
ボールペンのノック部分で顎を突き、カチッと音を鳴らして先端を引っ込ませ、再びカチッと出す。
「仏さんはその尾畑っていう男や女将さんについて何か知っていたらしい。仮に口封じのために殺されたんだとすれば、被疑者は二人増えるな」
にやりと笑う。
「あとはあんたと仏さんとの共通点だが……これはおそらく、余計なことに首を突っ込む奴、って感じだな。俺の所感としては……まさに犬だ」
そこまでいうと、大塚は意味ありげな視線を阿門とめぐみに投げかけ、つっと立って扉の前までいき、鍵が掛かっていることを確認して戻ってくる。
「……俺は本来、こんなド田舎の湖で起きた事件なんざ相手にしないんだ。今回は悪い巡り合わせでたまたま担当した。だから……早く仕事を終えたい」
「わかるな?」という眼を色付きレンズの奥で向ける。阿門もめぐみもただ見返すだけだった。
「……焦れってぇな。捜査に協力しろっつってんだよ」
「被疑者のままでは無理ですよ、警部さん」
「わあってる。先生やめぐみちゃんが犯人とは初めから思っちゃいねぇよ」
本当だろうか。訝りながらもここは大塚の言を呑んだ。
「……わかりました。しかし捜査に協力するからにはこちらも情報が欲しいですね」
「ほう。先生、刑事から情報訊き出そうとするとは強気だね。そういう態度、嫌いじゃない」
大塚はメモ帳を指で繰った。
「……亜山仁地あやまじんち――湖で揚がった仏さんだ。彼は隣県の県警の刑事だった。亜山は去年刑事を辞めている。もしかすると、亜山はあの湖を調べるために刑事を辞めたのかもしれない」
大胆な推理だった。だが、亜山という男が鐘楼湖に執着していた可能性は否定できない。
「警部さん。今思い出したんですが、確か一昨日の晩、鐘楼湖を横切る細長い何かを見た気がするんです」
「細長い……ボートか」
心当たりがあるように大塚は頷いた。
「亜山の遺体は、鐘楼湖の西端で見つかった。あの辺りには雑木林が広がってるんだが、岸辺にうつ伏せの状態で発見された」
「死因は何だったんでしょう」
「溺死に間違いないだろうが、俺がざっと見たところじゃ頭に打撲の跡があった。誰かに殴られて溺れさせられたんだ」
「酷い……」
めぐみがそういって視線を落とす。
「今朝、湖の東端――つまり先生たちが押しかけてきた場所では、ボートとオールが見つかった。先生が一昨日の晩に見た細長い何かってのは、十中八九、このボートで間違いないだろう」
「警部さんの話も総合して考えると、ボートを漕いでいたのは亜山ということになりますね」
「ああ。やはり亜山は鐘楼湖で何かを探っていた。一昨日の晩は無事に戻れたが、昨日の晩は無事では済まなかった。誰か――おそらく仲間に裏切られたんだろう」
阿門の見立ても大塚と同じだった。亜山の遺体が湖の西端で揚がり、ボートとオールが東端で見つかった以上、犯人が亜山を襲った後、ボートで逃走したと考えられる。
「ボートの上で襲われたんだとしたら、元刑事でも太刀打ちできなかったことでしょう」
「昨晩、湖の西端で落ち合った亜山と犯人は、ともにボートに乗って湖を渡っていたが、頃合いを見計らって犯人が亜山を殴り、湖に突き落とす。犯人は東端へ移動。とすると、亜山は自力で西端まで泳いでいって、そこで力尽きたことになる」
頭を殴られて傷を負いながらも泳ぎ切ったのは、さすが元刑事というべきか。見た目同様にタフな男だったというわけだ。
「……だんだん犯行時の様子がイメージできてきたようだな。まあ、あくまでも現時点での推測に過ぎないが」
「警部。そうすると犯人は……」
「うん、そこだ――お、気が利くねぇ」
長い話になったため、めぐみが電気ケトルで湯を沸かし、緑茶を淹れていた。三人は旅館の湯飲みで一服し、乾いた喉を潤した。
「……あ~沁みる。やっぱり茶は別嬪に淹れてもらうに限る」
大塚の言葉にめぐみは肩をすくめた。
「警部とめぐみ君とはどういう関係なんですか」
ちょうどいいタイミングだと思った阿門は、気になっていたことについて訊ねた。
「どうって、ただの取材相手ですよ」
「ははは。もっと深い仲でもいいんだぜ、俺は」
「セクハラで訴えますよ?」
「わりぃわりぃ。今のはなしだ」
どうやら取材関係以上には発展していないようで、阿門は何故だか少しだけ安心した。
茶を飲み終えたあたりで再び事件の話になる。
「……亜山を殺した犯人だが」
大塚が口火を切った。
「めぐみちゃんはどう思う」
話を振られためぐみはぴくっとしたが、
「……そうですね。少なくとも亜山さんはボランティアの尾畑さんや旅館の女将さんを警戒していたようですし、この二人は除外されるのではないでしょうか」
めぐみがいう通り、警戒相手を仲間にするとは考えにくい。だがそうすると大塚の被疑者リストはゼロになってしまう。
「弱ったな。こりゃまた歩かにゃならんか」
そういって額をぺちぺち叩く大塚。
「……大塚警部。一人、話を訊いてほしい人物がいます」
「誰だ」
いった阿門を大塚が見つめる。
「ここから南へいった先に、『清輝』という寿司屋があるんですが、そこの店主に話を訊いてみてほしいのです」
「怪しいのか」
「怪しい……というと語弊がありますが、鐘楼湖にまつわる話を詳しく知っておられたので」
「あくまで参考として、ということか」
「はい」
「よし」
大塚はぐいと茶を飲み干すと、
「お二人さんにもご同行願いますよ」
「もちろん」
阿門とめぐみは答えていた。
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