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第3話 poison

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 現場の後片付けを終えると、カイルとジェイクは保安官のパトカーで保安官事務所へ向かった。
 後部座席にカイルとジェイクは乗り込んだが、助手席にはショットガンが一丁置いてあった。
「最近は人手不足だが、銃不足には決してならねえ。そこがこの国の良いとこだよな?」
 運転席でハンドルを握った保安官はそう言って笑う。

「で、あんた名前は?」
 パトカーを走らせながら保安官が、ルームミラーのカイルを見て訊ねる。
「カイルだ。警察から応援要請されて協力してる奇特な探偵」
「カイル……そうだ、カイル・シングだ!」
 保安官が興奮したように言う。
「同僚を撃ち殺した挙げ句、上司をぶん殴って辞めた伝説の刑事だ!」
 カイルが思いきり運転席の背を蹴り飛ばしたのでパトカーが蛇行した。
「あぁあ危ねえあぶねえ!!」
「誰だそんな嘘言いやがったのは!? お前か!?」
「え、嘘なのか!? そいつは残念だな……おれは今のいままであんたを尊敬してたんだぜ?」
「……同僚は撃ち殺しちゃいない。弾が肩に当たって、海に落ちただけだ」
「……そんで、その同僚さんは上がってきたかい?」
「いんや、揚がらず仕舞いだ」
「そーゆーのを世の中じゃって言うんだぜ、旦那! やっぱあんたおれが思った通りサイコーの刑事だぜ!! ヒャッフゥッ!!」

 イタリア系特有の陽気なノリにカイルはうんざりした。
「そういやまだ名乗ってなかったな! おれはマリオ、弟はルイージってんだ」
 訊かれてもいないのにベラベラ話し出す。
「もしかして、恋人にピーチってお姫様でもいるんじゃないか?」
 カイルが応えないので代わりにジェイクが言う。
「恋人って、嫁さんの名前はデイジーだよ」
「マジかよ。ややこしいから、その嫁は弟さんにやって新しくピーチって女を見つけろ」
「無茶言うなって! でも、嫁さんのケツはピーチって感じだったな、昔は」

 ごちゃごちゃ喋っているうちにパトカーは保安官事務所に到着した。
 マリオに続いて事務所の正面玄関の裏口から中に入ると、薄暗いリノリウムの床が伸びていて、霊安室がある。
 警備員にドアを開けてもらい、全員中に入る。
「おぉここは寒《さび》いなぁ……早く仏さんを出してやってくれ、D.D.」
 大袈裟にマリオが体を震わせると、D.D.と呼ばれた警備員は二段に分かれた棚の下から、取っ手を掴んで遺体収容袋が載った台を引き出した。
「一応言っとくが、頭轢き潰されてっからな」
「知ってる。あくしろ」
 カイルはむすっと言う。

 マリオが頷いて袋のファスナーをゆっくり引き下ろすと、いわゆるの頭部が現れる。
「人間こうなったら美人もヘッタクレもねえよな」
 言いながらどんどん下まで引き下ろす。
 衛生手袋を着用してファスナーを左右に開くと、女性の首から下が露わになった。
「うん。なかなかグラマーだ」
 カイルの頭の中では、笑って振り返った女の顔、轢かれる直前に見せた恨めしそうな顔、両方が柘榴部分にぴったり当てはまり、興奮を覚えそうな気がしたが、そうはならなかった。

「所持品から地元に住む大学生だと分かってる。名前は、ケイティー・ベル。今大学と親御さんに連絡付けてるとこだ」
「まだ大学生だったのか? 若いとは思ってたが」
「……間接的とは言え、若くてきれいな女の子を殺しちゃ寝覚めが悪いかい、旦那?」
 訊いたマリオの目をカイルは見返す。
「俺はクソ野郎やクソ女を殺すのが夢なんだ。探して歩くくらいな」
「カイル。おれは時々本気で心配になる。あんたがいつか、正々堂々と人を殺さないかって」
 ジェイクが本当に不安そうに言う。
「今回は正当防衛が認められるだろう。あん時お前がやってなきゃ、バスの園児たちも危なかった。パト半壊する程度で済んだのはお前のおかげだと思ってる。でも、基本は生かして逮捕だ。それを忘れるなよ?」
「黙れクソ野郎。そんなに死にてえのか?」

「まあまあまあまあ! 霊安室で喧嘩なんざすりゃ仏さんに笑われちまうぜ? まあ、顔はないんだけどよ」
 マリオが間に入って止めた。
 カイルは舌打ちして遺体に向き直る。
「……銃は回収したんだろうな?」
「マシンガンだろ? 大丈夫、保管してある。見るか?」
「後でな」
 カイルは遺体の両腕と下腹部のタトゥーに着目する。
 両腕には無数の注射痕も見られた。

『THE VANDAL』

「破壊者、か。流行ってんのか、このタトゥー」
 カイルは言う。
「悪戯者って意味もあるが、悪戯にしちゃ度が過ぎてるわな」
「セックスする時にここを虐めて欲しいって意味か?」
「さあ。でも顔のない美女とヤるのはおすすめしないぜ?」
「まったくだ」

 警備員に遺体を元に戻させると、カイルたちは事務所の保管庫に入っていった。
「こいつが、旦那が女と一緒にパトで吹っ飛ばしたマシンガンだ。頑丈な作りでほとんど壊れてねえ。指紋や線条痕《ライフルマーク》はまだ取ってないから気を付けてくれよ?」
 カイルたちは目視で確認する。
「良い銃だな」
「そうだ。大学生が買えるもんじゃねえ。最も、売春でもしてたら話は別だが」
 恐らくしてただろうとカイルは思う。
「良い銃だし、あと、見たことがない」
「そこだよ旦那。こいつぁ恐らく、ガンマニアが密造した銃だぜ」
「密造って簡単に言うけどな、どこの国でも至難の業だ」
「警察のデータベースを調べてみよう。もしかしたら、何か分かるかもしれない」
 ジェイクが言ってスマートフォンで撮影した。

「仏さん、しこたま体で稼いでたんだろうな。かなり良いオープンカーに乗ってただろ?」
 ジェイクが言う。
「……ああ。だが、走行中の運転席に立って射撃するなんざ、練習でもしねえとできない芸当だ。しかも、ハンドルをまっすぐに固定し、アクセルには重しを置いて速度を調整……あまりに計画的で、用意周到だ」
 カイルは先の戦闘を思い出しながら答える。
「女子大学生一人じゃできねえ、協力者がいる……旦那はそう言いたいんだね?」
「協力者、あるいは違法な動画を閲覧して死ぬための知識を得たか。いくらクスリやってたとしても、相応の実地訓練は必要だと思う」
「でも、送迎バスが実際に襲われたのは今日が初めてのはずだぜ?」
「的が送迎バスじゃなくてもいい。悪いが、ここ三カ月以内で発生した自動車襲撃事件についてまとめておいてくれないか?」
 カイルはマリオに頼む。

「いいぜ旦那。旦那の頼みだし、乗りかかった船だ」
「有難い」
「ただし、こっちのお願いも聴いて貰おうかね。なに、大したことじゃない」
 仕方ないとカイルは諦めている。
 タダで頼み事などできやしない。
 持ちつ持たれつだ。
「ウチの嫁さん――さっき言ったデイジーのことなんだが」
「ああ」
「素行、というか、つまりその、有り体に言えば浮気調査を頼みたい」
 カイルは肩をすくめた。
 またかよ。

「……そいつは災難だな。浮気されてんのか」
「いや、まだ決まっちゃいねえよ。ただ何となく……最近よそよそしい気がするんだ。夜も疎遠でな」
「ご無沙汰なのか」
「そうなんだ。このままだと、おれの方が浮気しかねない」
「いっそ浮気したらどうだ? いつまでも新婚のつもりかよ」
「こんなはずじゃなかった。旦那も結婚したら、よ~く分かるぜ?」
「けっ、余計なお世話だよ」

 カイルとジェイクは保安官事務所を後にすると、マリオに途中までパトカーで送ってもらい、地下鉄の駅で別れた。
「クソ長い一日だったな、相棒」
「誰が相棒だ。勝手に決めるな」
「じゃあ兄弟。お互い生きてりゃまた明日な」
「言うな。お前と兄弟なんて虫唾が走る」
 毒を吐くと、カイルは冷たい銀色の車両に乗り込んでいた。
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