異世界便秘物語

大沢敦彦

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最終話 快便の向こう側

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 そんなこんなで砦の中に通された私たち四人は、「王宮の間」とでもいうべき無駄に広い部屋に足を踏み入れた。

 一目見て、「あ、ボスだ」とわかるミノタウロスが巨大な椅子に座っていた。オークはミノタウロスの体格を「自分の倍以上」といっていたが、優に四、五倍はある。この巨大な椅子というのが変わっていて、尻を落ち着けるところに穴が開いているらしく、その真下の床にも丸い大きな穴が開いていた。

 昔、何かの絵画で見た覚えがある。誰の何という画だったかな……。

「オレ様がこの城のボスだ!」

 デカいミノタウロスが吠えた。途端に私の後ろに控えていた三人が縮こまるのがわかった。

「転移者と、その友たちよ! オレ様を楽しませろ! 笑わせてみろ! さあ、悦楽の園、開始!」

 ボスの様子は明らかに尋常ではなかった。肘掛けに預けた手の指はイライラと終始落ち着かず、足は小刻みに震えており、にもかかわらず口元は笑っていた。目は笑っていない。

(何かヤバいクスリでもキメてんのかな……)

 私は咄嗟に彼が森から奪取した大量のきのこを想像していた。

(もしかして、変なきのこにでも当たったんじゃないか?)

 私が斯様にボスを目の前にしながら冷静でいられたわけは、偏に彼の姿にある。というのも彼、膝の上から幅広の長い白い布を床にまで垂らしてあって、それがまるでトイレットペーパーみたいに見えてしょうがない。

 オークのペニスが太くて大きいことは知っていたが、ミノタウロスもなかなか立派なイチモツをお持ちで、布を押し上げるソレが正面からだともろにわかるので笑いが込み上げてくるのだ。

「城主様に申し上げます。もしやあなた様も便秘にお悩みなのではありませんか」

 私がそういうとボスは目が飛び出さんばかりに表情だけで驚いた。

「……何故わかった? 貴様さては魔術師か?」

「いいえ、ただの転移者でございます」

 ボスはフンと鼻を鳴らす。

「転移者! そう、転移者だ。貴様の前にきた転移者はオレ様の便秘を治すと抜かして森のきのこを勧めよった。だが全然効かん! 奴は嘘を吐きよった!」

「城主様。便秘の原因は複数考えられます。私が元の世界で調べましたところ、食習慣、運動不足、そしてストレスが挙げられます」

「ストレスとは何だ?」

「心労、日々の疲れです。もしや城主様はストレスが溜まっているのではないでしょうか」

「オレ様は疲れてなどいないっっ!!」

 ボスが吠え、私は床に引っ繰り返った。凄まじいシャウトだった。砦も揺れた気がする。

「…………便秘に悩まされて既に数年。配下の者共に城の周辺を見回らせているが、本当はオレ様も外に出たい。だが体が重いのだ。そして椅子から立とうとすると催す始末。気張れども気張れども結果は出ない……オレ様は一体どうすればいい?」

 かなりの重症だった。流石に可哀想になって私は真剣に思案した。

「……その、便所椅子? は、かなり頑丈にできていると思われます。どうでしょう、その四脚に車輪を付けて配下の人たちに押してもらうというのは」

「オレ様もそれくらい考えた」

 ボスが失望したようにいう。

「森の木を切って車輪を作らせようとしたが、配下の者共は木の切り方もわからない役立たず。貴様らも見たと思うが、あいつらに持たせてある両手斧は新品同様にピカピカだ。全く訓練をしないのだ。おかげでこの椅子を押す力もないはずだ」

「城主様。我々がそのお役に立てるかと思います」

 私がそういうと後ろの三人がざわざわした。

「おい、何をいっている」

「テキトーなこといわないでよ」

「愚か者にも程があるぞ」

 私は首を振った。

「城主様。このオークはきっと力になってくれるでしょう。エルフの魔法も手伝ってくれます。木の切り方はドワーフが教えます」

「ホホウ、いったな」

 ボスはやや前のめりになる。

「約束しろ、転移者。オレ様を手伝って便秘を治すと」

 ボスに迫られた私は「はい」と頷く。

「約束したな? 結構。もし約束を破れば、貴様を生きたまま喰って糞として出してやるからな。覚悟しておけ」

 そんなこんなで急遽約束を取り交わし、便秘の友三人も後には引けず、役立たずの衛兵らと共にドワーフの指導の下、森で木を切り倒して車輪を作り、エルフの魔法も手伝ってそれらをオークも加勢して砦に運び入れ、便所椅子の四脚にそれぞれ取り付けた。

「できたか! よし、いけ!」

「「「「「うんとこどっこいしょっ!!!!!」」」」」

 三日かかって完成した便所車椅子を全員で押して砦の外に出た。これはいい運動になった。

 穏やかな良い天気だった。私たちは丘の上で青空を見上げた。

「……うぉおおおおおおいい天気だあああああああ!!!」

 ボスはそう吠えると便所車椅子から――実に自然に立ち上がった。

「……ぁああぁああっ!! ボスが……ボスが立ったあああっ!! ボスが立ったあああっっ!!」

 歓喜にむせび泣く衛兵たち。坂を転げ落ちる便所車椅子。謎の既視感。

「……ウッ!?」

 突然、腹を抑えるボス。

「どうしましたボス!?」

「きっ、きたきたきたきたきたああああっっっ!!!」

 オロオロする衛兵たち。まさかこんなに早く効き目が現れるとは誰も想定していなかった。

「「「「あっ!!!!」」」」

 と、ここで私たちも俄かに催してきた。ボスから運気を分けてもらったのだろうか。

 五人全員、尻をまくって身構える。

 エルフが、消音&消臭魔法を急いで唱えた。

『ブチ――!!!』

 しばらくすると――――五人全員、ホッとした表情になっていた。

 三日後……私と元便秘の友三人はあの秘密の隠れ家にいた。

 あれ以来、ミノタウロスのボスは快便が続き、元のように誰からも愛される性格を取り戻した。五人で出した糞を肥料として砦の周辺で畑作を行っていると聞いている。

 そして――おかげさまで私たちも快便が続いていた。

「結局、便秘の原因は何だったのだろうな」

 オークが私の右隣でいう。

「だからいってるじゃない。食習慣、運動不足、ストレスだって」

 エルフが私の左隣でいう。

「うむ。しかしその内のどれだろうかと思ってな」

「これこれ。しょうもないことをくよくよ考える前に、若いのを見倣ってケツに集中せよ」

 ドワーフがいった。

 私たちはあの日と同様、横一列に並んでしゃがんでいる。四人同時に催し、穏やかな天気の下、するりと出そうと身構えている。

「みんなは、今日は何するんだ」

「俺は、あのミノタウロスたちを鍛え直そうと思っている」

「わたしは、便秘について書いてまとめておくつもり」

「わしは木こりじゃからの。今日もせっせと木を切るわい」

「そっか。じゃあ私は…………」

 少しも力むことなく、するりと出た。

『ポチャン』

 水の音で、私ははっとした。

 いつの間にか帰還していた。現実の世界に。

「私は…………小説を書くよ」
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