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第1話 異世界の野外トイレ
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う~~ん、出ない……。
いや、これは失礼。しかし出ないものは出ないのである。何が出ないってそれはもちろん、小説のアイデアである。作家にとってアイデアの引き出しが少ないのは致命的だが、言い訳ではないがこれには理由があるのだ。
(あ、きたかも……)
デスクトップパソコンの前から、急いでトイレに駆け込んだ。先ほどから少し便意を催してはいたのだが、トイレにいくのもタイミングが大事なのである。
う~~ん、出ない……。
いや、これは失礼。しかし出ないものは出ないのである。何が出ないってそれはもちろん、うんちである。おしっこは全然よく出るのだが――むしろ出過ぎなくらいよく出るが――いかんせん大便が出ない。勘弁してほしい。
生まれてこの方、便秘というものを経験したことがなかった私にとって、その奇襲攻撃によるダメージは少なくなかった。母がよく「出ないでない」といっているのを、「へえ、大変だねえ」などと澄まし顔でいいつつ、自分はズドンドカンと出しまくっていたのだ。以前の私は。
それがどうだ。今や便座に座ってもうんともすんともいわない。いや、すんはいうのだがうんがない。すんすんばかりでうんがない。まったくもって運がない。
(ここにきて私の体はどうしたというのだ? 何か悪い物でも食べたか? それとも何か別の……もしかしたら病気!?)
便秘の常連様から笑われそうだが、事実、それまで快便だっただけに私の不安は人知れず大きかった。
初めて便秘を経験した私の、「便秘」に対する感想は、「獏とした不安」。どこが痛いとか苦しいとかはない。ただいつも出ていたものが出ないだけ。しかしそれはまるで日常の一端が突然崩れ落ちたかのような静かな衝撃をもたらした。
加えて、例えば便座に座ってお腹を擦っている時、私という人間は何やかんや色々と考えてしまう。
(便秘というやつは恐ろしい。一切問題など起きていない風を装い、その実、腸に糞が溜まり続けているのだ。だから毎日少しずつでも排出しなければいずれ大変なことになる。まさしく時限爆弾。爆発はすなわち死)
こんなことを考えながら一人トイレに三十分くらい籠もっている人間を想像してもらいたい。できれば憐れまずに応援してほしい。
(くっ、くそっ……もうこんな時間か……この世に、神も仏もないものか……)
トイレにいくタイミングを見誤ったのか? いやそんなはずはない。あのままPCの前にいたってどうせ時間の無駄だった。であれば今回も失策か。排泄の波はすでに攻略済みだと思っていたのに、このままむざむざ引き下がろうというのか。いやまだだ。まだ終わっちゃいない。私たちの戦いはこれからだ……!
「ふんっ」
少し力んだその瞬間――世界が暗転した。
気がつくとそこは森だった。正確にいうと、森に入る手前だった。
「も、森……?」
動揺し、思わず口に出してしまうが、そんなことより尻の穴に全集中だ。
「スゥ、スゥ、フゥ。スゥ、スゥ、フゥ」
排便の呼吸――私が便秘でトイレに引き籠っている間に編み出した技である。「吸う、吸う、吐く。吸う、吸う、吐く」。この呼吸法を使えば腸に圧がかかって排便しやすくなる……ような気がしている。鬼は退治できなくていいからとりあえず出てほしい。
「……やっときたか」
私の右隣で声がした。誰かは知らないが余計なお世話である。
「きた、などと思ってはいけない。きたと思えば引っ込むからな」
私は持論をいった。いや持論ではなくひょっとすると便秘の真理かもしれない。奴に期待は禁物。きたと思えば引っ込み、こないと思えば余計にこない。難しい奴なのである。
「……ほんと……ずっと待ってたんだからね……」
今度は左隣から声がする。女性の声だった。流石に気になったがそれでも私は尻に集中した。女より便の方が大事だ。
「待っているだけではだめだ。こちらからアプローチしなければ。奴に立ち向かう勇気も時には必要だ。何事にも挑戦が肝要なのだ」
便秘は人を哲学者にする……誰かが昔、本の中でそういっていた気がするが、今ならわかる、あれは真理である、と。
「フォッフォッフォッ。これ若いの、無謀なる挑戦は愚か者のすることじゃぞ。尻の青いのは頭も青いの」
「何ぃ」
なぜ排便しながら年寄りの説教を受けなければならないのか。そもそも私は自宅のトイレにいるのではなかったのか。
ようやくその事実に正面から向き合った時――まず私の目に飛び込んできたのは用を足している女エルフだった。
「わっ」
声が出て、尻の穴が閉まった。大失敗だ。今までの戦いが一瞬で無に帰した。
女エルフ――私の左隣で地面にしゃがんで用を足している――は、私に見られていることに気がつくと、キッと睨みを利かせた。
「……あんた、何ジロジロ見てんの。殺されたいの」
青筋を立てて怒るその様はまさしく魔王で、あわてて正面の森を見る。
「異世界からの転移者よ。まずはおぬしの名を聴こう」
右隣の声がそういった。振り向くとオークが――岩みたいな巨体をしたあの生き物が――私を見下ろしながら訊いていた。
「おわっ」
あまりにデカい図体に圧倒されて左に逃げようとし、その時初めて自分もしゃがんでいることに気がついた。
(こ、ここは……異世界の野外トイレだ……!)
いや、これは失礼。しかし出ないものは出ないのである。何が出ないってそれはもちろん、小説のアイデアである。作家にとってアイデアの引き出しが少ないのは致命的だが、言い訳ではないがこれには理由があるのだ。
(あ、きたかも……)
デスクトップパソコンの前から、急いでトイレに駆け込んだ。先ほどから少し便意を催してはいたのだが、トイレにいくのもタイミングが大事なのである。
う~~ん、出ない……。
いや、これは失礼。しかし出ないものは出ないのである。何が出ないってそれはもちろん、うんちである。おしっこは全然よく出るのだが――むしろ出過ぎなくらいよく出るが――いかんせん大便が出ない。勘弁してほしい。
生まれてこの方、便秘というものを経験したことがなかった私にとって、その奇襲攻撃によるダメージは少なくなかった。母がよく「出ないでない」といっているのを、「へえ、大変だねえ」などと澄まし顔でいいつつ、自分はズドンドカンと出しまくっていたのだ。以前の私は。
それがどうだ。今や便座に座ってもうんともすんともいわない。いや、すんはいうのだがうんがない。すんすんばかりでうんがない。まったくもって運がない。
(ここにきて私の体はどうしたというのだ? 何か悪い物でも食べたか? それとも何か別の……もしかしたら病気!?)
便秘の常連様から笑われそうだが、事実、それまで快便だっただけに私の不安は人知れず大きかった。
初めて便秘を経験した私の、「便秘」に対する感想は、「獏とした不安」。どこが痛いとか苦しいとかはない。ただいつも出ていたものが出ないだけ。しかしそれはまるで日常の一端が突然崩れ落ちたかのような静かな衝撃をもたらした。
加えて、例えば便座に座ってお腹を擦っている時、私という人間は何やかんや色々と考えてしまう。
(便秘というやつは恐ろしい。一切問題など起きていない風を装い、その実、腸に糞が溜まり続けているのだ。だから毎日少しずつでも排出しなければいずれ大変なことになる。まさしく時限爆弾。爆発はすなわち死)
こんなことを考えながら一人トイレに三十分くらい籠もっている人間を想像してもらいたい。できれば憐れまずに応援してほしい。
(くっ、くそっ……もうこんな時間か……この世に、神も仏もないものか……)
トイレにいくタイミングを見誤ったのか? いやそんなはずはない。あのままPCの前にいたってどうせ時間の無駄だった。であれば今回も失策か。排泄の波はすでに攻略済みだと思っていたのに、このままむざむざ引き下がろうというのか。いやまだだ。まだ終わっちゃいない。私たちの戦いはこれからだ……!
「ふんっ」
少し力んだその瞬間――世界が暗転した。
気がつくとそこは森だった。正確にいうと、森に入る手前だった。
「も、森……?」
動揺し、思わず口に出してしまうが、そんなことより尻の穴に全集中だ。
「スゥ、スゥ、フゥ。スゥ、スゥ、フゥ」
排便の呼吸――私が便秘でトイレに引き籠っている間に編み出した技である。「吸う、吸う、吐く。吸う、吸う、吐く」。この呼吸法を使えば腸に圧がかかって排便しやすくなる……ような気がしている。鬼は退治できなくていいからとりあえず出てほしい。
「……やっときたか」
私の右隣で声がした。誰かは知らないが余計なお世話である。
「きた、などと思ってはいけない。きたと思えば引っ込むからな」
私は持論をいった。いや持論ではなくひょっとすると便秘の真理かもしれない。奴に期待は禁物。きたと思えば引っ込み、こないと思えば余計にこない。難しい奴なのである。
「……ほんと……ずっと待ってたんだからね……」
今度は左隣から声がする。女性の声だった。流石に気になったがそれでも私は尻に集中した。女より便の方が大事だ。
「待っているだけではだめだ。こちらからアプローチしなければ。奴に立ち向かう勇気も時には必要だ。何事にも挑戦が肝要なのだ」
便秘は人を哲学者にする……誰かが昔、本の中でそういっていた気がするが、今ならわかる、あれは真理である、と。
「フォッフォッフォッ。これ若いの、無謀なる挑戦は愚か者のすることじゃぞ。尻の青いのは頭も青いの」
「何ぃ」
なぜ排便しながら年寄りの説教を受けなければならないのか。そもそも私は自宅のトイレにいるのではなかったのか。
ようやくその事実に正面から向き合った時――まず私の目に飛び込んできたのは用を足している女エルフだった。
「わっ」
声が出て、尻の穴が閉まった。大失敗だ。今までの戦いが一瞬で無に帰した。
女エルフ――私の左隣で地面にしゃがんで用を足している――は、私に見られていることに気がつくと、キッと睨みを利かせた。
「……あんた、何ジロジロ見てんの。殺されたいの」
青筋を立てて怒るその様はまさしく魔王で、あわてて正面の森を見る。
「異世界からの転移者よ。まずはおぬしの名を聴こう」
右隣の声がそういった。振り向くとオークが――岩みたいな巨体をしたあの生き物が――私を見下ろしながら訊いていた。
「おわっ」
あまりにデカい図体に圧倒されて左に逃げようとし、その時初めて自分もしゃがんでいることに気がついた。
(こ、ここは……異世界の野外トイレだ……!)
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