13 / 23
覗き魔絶対殺すウーマン
しおりを挟む
少女がゆらりと立ち上がる。身長は俺よりやや高い。その彼女が背を丸めて前傾姿勢をとった段階でようやく、俺はヤバいと気づいた。
彼女が地を蹴ったのと、俺がバックステップしたのはほぼ同時だった。俺の顔面の前を横に鋭く振られた彼女の手が通り過ぎる。その瞬間に見えたのは、彼女の手に生えた鋭い爪だ。
やっべえ、今の食らってたらひっかき傷程度じゃすまなかったぞたぶん。
少女は俺が初撃をかわしたことに少々驚いたようだったが、すぐさま再び跳びかかってきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
叫びながら必死で身をかわす。ここ最近の鍛錬と魔力操作のおかげで、俺の体術はそれなりのものにはなっている。少なくともそこらの農民のせがれよりかは動けるだろう。その技術を駆使して、俺は何とか攻撃を避けるが、人族と犬人ではそもそもの身体能力が違う。いくつかのかすり傷を受け、俺は少しずつ追い詰められていた。
「待って! 話を聞いてくれ!」
俺は少女に声をかけ続けるが、少女はそれを無視して、淡々と爪や蹴りを振るってくる。表情は無表情なのだが、その奥の瞳には怒りの色が見える。どうやらこの覗き魔絶対殺すウーマンになっておられるようだ。話を聞いてくれる気はないらしい……。
このまま逃げるか。いやだが、この子の脚から逃げられるとは思わないし、どうしたものか……。かといって殴られてやるのも、この少女に全力で殴られては俺の命に関わるし、命はあっても後遺症の残るケガぐらい負わされてもおかしくはない。
となれば、彼女の動きを止めるしかないか……。
思考を回転させながら彼女の手足をさばいていると、どん、と背が何かにぶつかった。後ろを見ると、長屋の壁がそこにあった。少女が初めて、にやりと笑みを浮かべる。
やばい。追い詰められた。この子、相当喧嘩慣れしてるぞ……!
ここぞとばかりに大きく爪が振りかぶられる。俺はそれをしゃがんでかわすと、奥の手である『夜の帳』を彼女の眼前で起動した。
ほんの一瞬だけ、彼女の視界が塞がれる。だが、その一瞬で十分だ。
俺は伸び切った少女の腕を肩越しに掴むと、己の背へと抱えあげる。そのまま勢いをつけ、一本背負いのかたちで彼女を長屋の壁に叩きつけた。
「かはっ」
息を吐いて少女が倒れる。頭をぶつけぬよう気を配ったから昏倒はしていないだろうが、背中全面を固い壁に叩きつけられては、呼吸が満足にできないはずだ。
案の定、彼女は壁際にずるずると倒れたまま起き上がってこない。俺もどさりと尻もちをついて、肩で息をつき呼吸を整えた。
俺は上着を脱ぐと、全裸で横たわっている彼女にかけてやった。すでに戦闘中に見てはいけない部分を色々見てしまった気もするので今更だけど、俺が覗き魔では決してないという意志も込めてそうした。
「……本当にすまない。覗く気は、なかったんだ」
俺は軽く頭を下げる。貴族としてはあまりよろしくないのだが、未だ名乗っていない現状であればギリギリセーフだろう。
「何なんだ、おまえ……。このへんのものじゃ、ねえだろ」
少女が初めて、口を開いた。……とりあえずは、話をする気になってくれたらしい。
「ああ。ちょうどこの辺りに迷い込んで……偶然、見てしまったんだ」
そう答えると、突然彼女の顔が真っ赤になった。耳もフルフルと震えている。どうやら、怒りが消えて、ようやくにして羞恥が襲ってきたらしい。
「……この時間は、この辺りに男どもは寄り付かない取り決めになってるんだ」
「そうだったのか。それは知らなかった」
「知らなかったからって、許されるわけじゃないからな!」
「そんな大声で叫ばなくったって、わかってるよ」
俺は視線をそらして、長屋を見上げた。
彼女が地を蹴ったのと、俺がバックステップしたのはほぼ同時だった。俺の顔面の前を横に鋭く振られた彼女の手が通り過ぎる。その瞬間に見えたのは、彼女の手に生えた鋭い爪だ。
やっべえ、今の食らってたらひっかき傷程度じゃすまなかったぞたぶん。
少女は俺が初撃をかわしたことに少々驚いたようだったが、すぐさま再び跳びかかってきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
叫びながら必死で身をかわす。ここ最近の鍛錬と魔力操作のおかげで、俺の体術はそれなりのものにはなっている。少なくともそこらの農民のせがれよりかは動けるだろう。その技術を駆使して、俺は何とか攻撃を避けるが、人族と犬人ではそもそもの身体能力が違う。いくつかのかすり傷を受け、俺は少しずつ追い詰められていた。
「待って! 話を聞いてくれ!」
俺は少女に声をかけ続けるが、少女はそれを無視して、淡々と爪や蹴りを振るってくる。表情は無表情なのだが、その奥の瞳には怒りの色が見える。どうやらこの覗き魔絶対殺すウーマンになっておられるようだ。話を聞いてくれる気はないらしい……。
このまま逃げるか。いやだが、この子の脚から逃げられるとは思わないし、どうしたものか……。かといって殴られてやるのも、この少女に全力で殴られては俺の命に関わるし、命はあっても後遺症の残るケガぐらい負わされてもおかしくはない。
となれば、彼女の動きを止めるしかないか……。
思考を回転させながら彼女の手足をさばいていると、どん、と背が何かにぶつかった。後ろを見ると、長屋の壁がそこにあった。少女が初めて、にやりと笑みを浮かべる。
やばい。追い詰められた。この子、相当喧嘩慣れしてるぞ……!
ここぞとばかりに大きく爪が振りかぶられる。俺はそれをしゃがんでかわすと、奥の手である『夜の帳』を彼女の眼前で起動した。
ほんの一瞬だけ、彼女の視界が塞がれる。だが、その一瞬で十分だ。
俺は伸び切った少女の腕を肩越しに掴むと、己の背へと抱えあげる。そのまま勢いをつけ、一本背負いのかたちで彼女を長屋の壁に叩きつけた。
「かはっ」
息を吐いて少女が倒れる。頭をぶつけぬよう気を配ったから昏倒はしていないだろうが、背中全面を固い壁に叩きつけられては、呼吸が満足にできないはずだ。
案の定、彼女は壁際にずるずると倒れたまま起き上がってこない。俺もどさりと尻もちをついて、肩で息をつき呼吸を整えた。
俺は上着を脱ぐと、全裸で横たわっている彼女にかけてやった。すでに戦闘中に見てはいけない部分を色々見てしまった気もするので今更だけど、俺が覗き魔では決してないという意志も込めてそうした。
「……本当にすまない。覗く気は、なかったんだ」
俺は軽く頭を下げる。貴族としてはあまりよろしくないのだが、未だ名乗っていない現状であればギリギリセーフだろう。
「何なんだ、おまえ……。このへんのものじゃ、ねえだろ」
少女が初めて、口を開いた。……とりあえずは、話をする気になってくれたらしい。
「ああ。ちょうどこの辺りに迷い込んで……偶然、見てしまったんだ」
そう答えると、突然彼女の顔が真っ赤になった。耳もフルフルと震えている。どうやら、怒りが消えて、ようやくにして羞恥が襲ってきたらしい。
「……この時間は、この辺りに男どもは寄り付かない取り決めになってるんだ」
「そうだったのか。それは知らなかった」
「知らなかったからって、許されるわけじゃないからな!」
「そんな大声で叫ばなくったって、わかってるよ」
俺は視線をそらして、長屋を見上げた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!
マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です
病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。
ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。
「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」
異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。
「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」
―――異世界と健康への不安が募りつつ
憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか?
魔法に魔物、お貴族様。
夢と現実の狭間のような日々の中で、
転生者サラが自身の夢を叶えるために
新ニコルとして我が道をつきすすむ!
『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』
※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。
※非現実色強めな内容です。
※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。
おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ
Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_
【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】
後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。
目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。
そして若返った自分の身体。
美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。
これでワクワクしない方が嘘である。
そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。
神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく
霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。
だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。
どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。
でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!
異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか
片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生!
悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした…
アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか?
痩せっぽっちの王女様奮闘記。
転生しても侍 〜この父に任せておけ、そう呟いたカシロウは〜
ハマハマ
ファンタジー
ファンタジー×お侍×父と子の物語。
戦国時代を生きた侍、山尾甲士郎《ヤマオ・カシロウ》は生まれ変わった。
そして転生先において、不思議な力に目覚めた幼い我が子。
「この父に任せておけ」
そう呟いたカシロウは、父の責務を果たすべくその愛刀と、さらに自らにも目覚めた不思議な力とともに二度目の生を斬り開いてゆく。
※表紙絵はみやこのじょう様に頂きました!
チート級のジョブ「夜闇」についた俺は欲望のままに生きる
亜・ナキ
ファンタジー
転生を果たしてしまった俺は、チート能力としか思えないジョブ「夜闇」になってしまう。金持ち王子に仕返ししたり、美少女を助けたり、気まぐれに、好き放題、欲望のままに俺は生きる。
すみません。しばらく連載中止します
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる