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覗き魔絶対殺すウーマン

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 少女がゆらりと立ち上がる。身長は俺よりやや高い。その彼女が背を丸めて前傾姿勢をとった段階でようやく、俺はヤバいと気づいた。
 彼女が地を蹴ったのと、俺がバックステップしたのはほぼ同時だった。俺の顔面の前を横に鋭く振られた彼女の手が通り過ぎる。その瞬間に見えたのは、彼女の手に生えた鋭い爪だ。
 やっべえ、今の食らってたらひっかき傷程度じゃすまなかったぞたぶん。
 少女は俺が初撃をかわしたことに少々驚いたようだったが、すぐさま再び跳びかかってきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 叫びながら必死で身をかわす。ここ最近の鍛錬と魔力操作のおかげで、俺の体術はそれなりのものにはなっている。少なくともそこらの農民のせがれよりかは動けるだろう。その技術を駆使して、俺は何とか攻撃を避けるが、人族と犬人ではそもそもの身体能力が違う。いくつかのかすり傷を受け、俺は少しずつ追い詰められていた。
「待って! 話を聞いてくれ!」
 俺は少女に声をかけ続けるが、少女はそれを無視して、淡々と爪や蹴りを振るってくる。表情は無表情なのだが、その奥の瞳には怒りの色が見える。どうやらこの覗き魔絶対殺すウーマンになっておられるようだ。話を聞いてくれる気はないらしい……。
 このまま逃げるか。いやだが、この子の脚から逃げられるとは思わないし、どうしたものか……。かといって殴られてやるのも、この少女に全力で殴られては俺の命に関わるし、命はあっても後遺症の残るケガぐらい負わされてもおかしくはない。
 となれば、彼女の動きを止めるしかないか……。
 思考を回転させながら彼女の手足をさばいていると、どん、と背が何かにぶつかった。後ろを見ると、長屋の壁がそこにあった。少女が初めて、にやりと笑みを浮かべる。
 やばい。追い詰められた。この子、相当喧嘩慣れしてるぞ……!
 ここぞとばかりに大きく爪が振りかぶられる。俺はそれをしゃがんでかわすと、奥の手である『夜の帳』を彼女の眼前で起動した。
 ほんの一瞬だけ、彼女の視界が塞がれる。だが、その一瞬で十分だ。
 俺は伸び切った少女の腕を肩越しに掴むと、己の背へと抱えあげる。そのまま勢いをつけ、一本背負いのかたちで彼女を長屋の壁に叩きつけた。
「かはっ」
 息を吐いて少女が倒れる。頭をぶつけぬよう気を配ったから昏倒はしていないだろうが、背中全面を固い壁に叩きつけられては、呼吸が満足にできないはずだ。
 案の定、彼女は壁際にずるずると倒れたまま起き上がってこない。俺もどさりと尻もちをついて、肩で息をつき呼吸を整えた。
 俺は上着を脱ぐと、全裸で横たわっている彼女にかけてやった。すでに戦闘中に見てはいけない部分を色々見てしまった気もするので今更だけど、俺が覗き魔では決してないという意志も込めてそうした。
「……本当にすまない。覗く気は、なかったんだ」
 俺は軽く頭を下げる。貴族としてはあまりよろしくないのだが、未だ名乗っていない現状であればギリギリセーフだろう。
「何なんだ、おまえ……。このへんのものじゃ、ねえだろ」
 少女が初めて、口を開いた。……とりあえずは、話をする気になってくれたらしい。
「ああ。ちょうどこの辺りに迷い込んで……偶然、見てしまったんだ」
 そう答えると、突然彼女の顔が真っ赤になった。耳もフルフルと震えている。どうやら、怒りが消えて、ようやくにして羞恥が襲ってきたらしい。
「……この時間は、この辺りに男どもは寄り付かない取り決めになってるんだ」
「そうだったのか。それは知らなかった」
「知らなかったからって、許されるわけじゃないからな!」
「そんな大声で叫ばなくったって、わかってるよ」
 俺は視線をそらして、長屋を見上げた。
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