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夜の帳
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姉と兄がいなくなって、領地にはまた俺ひとりになった。勉強と剣術の訓練の合間に、姉から教わった魔術の訓練も続けている。
姉からは魔術を使うところと訓練するところを他人には見られないように、と厳しく言い渡されているので一人のときにしか訓練ができないのだが、これが難しい。なぜなら、俺のそばにはほぼ常にお付きのマルサがいるからだ。
マルサはもともと姉ヤミノの側付きとして雇われた少女だったのだが、姉があの性格の上一人を好むたちだったせいで、あまり側付きとしての仕事ができなかったらしい。同年代の友人としての役目も与えられていたのだが、そちらも上手くいかず、学院にも姉は側付きを連れずに一人で入学してしまった。男爵令嬢ともなれば普通は側付き一人くらいは連れているのが当然の振る舞いなのだが、姉の人嫌いは筋金が入っている。
なので、マルサはそのまま今度は兄イオカルの側付きにスライドしたのだけれども、兄もまた側付き抜きで学院に入学してしまった。側付きは主人の行状を雇い主、つまり父母へと報告する役目も担っているので、兄はそれを嫌がったのだ。まあきっと叩けば埃しか出てこない身体だからな。
で、かわいそうなマルサはそこからさらにスライドして俺カヴェノの側付きになっている。
そんなマルサだが、側付きの侍女としては優秀で、仕事ぶりには何の不満もなく、俺はいつも助けられている。が、裏を返せば仕事に忠実なので、秘密でやりたいことがあると困ってしまう。
なので俺は、マルサを撒いて一人の時間を作り出そうと試みたのだが、これがなかなかうまくいかない。
マルサは侍女だが最低限度の護衛と密偵の訓練も積んでいるらしく、今はまだ少年並みの身体能力しかない俺では、力も走る速度もかなわない。この年代の五歳差は、かなり大きい。
なので、俺は何度も隠れたり逃げたりを試したのだが、いつも見つかったりとっ捕まったりして、自由な時間をつくることができなかった。
なので、魔術の修行は夜一人になった時くらいにしかできない。
ある日の夜、俺は体内の魔力を動かしながら考えていた。正攻法でマルサを撒くのは無理だ。何か別の方法がいる。
俺が何度も逃走を試みたことで、マルサは警戒している。いったいどうすればいいのか。
いろいろ考える中で、姉の言いつけを吟味してみる。姉からのお達しは、魔術を使うところと訓練するところを見られないように、というものだった。では、魔法を使っている場面は見られず、効果だけが発動している状態だったら見られてもオッケーなのでは?
屁理屈のように聞こえるかもだが、姉の言いつけは、要は他人が真似して軽々しく魔術の訓練を行わないように、という意図で伝えられたのだと俺は解釈した。であるならば、魔法という現象の発現だけであるならば、見られても構わないはずだ。うん、そのはずだ。
ならば魔術で、マルサをだまくらかせばいい。俺自身の実地訓練にもなるから、一石二鳥ではないか。
翌日から、俺はさっそく実行に移すことにした。
まずは単純な方法から。光と闇の魔術を目くらましに使うのは、魔術師のごく基本的な使用法だ。が、光の魔術を相手の目をくらませる光量で発動するには相応の魔力と放出量が必要で、今の俺では力が足りない。闇の魔術を相手の視界に発動させる術なら少ない魔力量で可能だが、こちらも狙った場所に発動させるなら相応の演算能力が求められる。
それに、どちらの場合も俺が使った場面を目撃されてしまうので、方法としては却下である。
だから俺はもう一つの定番、闇の魔術で自分の姿を隠す方法を訓練することにした。構造は単純で、闇の魔術を薄く平面に伸ばして、相手と自分の間を遮るわけだ。ただこれも使いどころは限定的で、月のない夜や暗所でもなければ、そこだけ真っ黒に切り取られたようになるので、すぐにバレてしまう。
なので、わざと魔術の密度を薄くして、向こう側が見えるか見えないかくらいの量で周囲との違和感をできるだけ消すのが肝要だ。
と言ってしまえばそれだけだが、実際にはかなり緻密な動作を要求される。実際やってみると、これだけでもいい鍛錬になると思う。
この魔術で姿を隠して抜け出せれば、訓練に使える時間も増えるってもんよ。
俺は数日を、この『夜の帳』と名付けた魔術の習熟に費やした。ちょうどよい分量の魔力と範囲を身体に叩き込むのはもちろんだが、俺は独自の工夫で、広げた魔術の端の部分を光の魔術もわずかに使ってぼやけさせるようにしてみた。こうして、発動している部分との境目を気づかれにくくするのだ。グラデーション効果ってやつだな。
こうして『夜の帳』の術式を完成させた俺は、早速行動に移すのだった。
姉からは魔術を使うところと訓練するところを他人には見られないように、と厳しく言い渡されているので一人のときにしか訓練ができないのだが、これが難しい。なぜなら、俺のそばにはほぼ常にお付きのマルサがいるからだ。
マルサはもともと姉ヤミノの側付きとして雇われた少女だったのだが、姉があの性格の上一人を好むたちだったせいで、あまり側付きとしての仕事ができなかったらしい。同年代の友人としての役目も与えられていたのだが、そちらも上手くいかず、学院にも姉は側付きを連れずに一人で入学してしまった。男爵令嬢ともなれば普通は側付き一人くらいは連れているのが当然の振る舞いなのだが、姉の人嫌いは筋金が入っている。
なので、マルサはそのまま今度は兄イオカルの側付きにスライドしたのだけれども、兄もまた側付き抜きで学院に入学してしまった。側付きは主人の行状を雇い主、つまり父母へと報告する役目も担っているので、兄はそれを嫌がったのだ。まあきっと叩けば埃しか出てこない身体だからな。
で、かわいそうなマルサはそこからさらにスライドして俺カヴェノの側付きになっている。
そんなマルサだが、側付きの侍女としては優秀で、仕事ぶりには何の不満もなく、俺はいつも助けられている。が、裏を返せば仕事に忠実なので、秘密でやりたいことがあると困ってしまう。
なので俺は、マルサを撒いて一人の時間を作り出そうと試みたのだが、これがなかなかうまくいかない。
マルサは侍女だが最低限度の護衛と密偵の訓練も積んでいるらしく、今はまだ少年並みの身体能力しかない俺では、力も走る速度もかなわない。この年代の五歳差は、かなり大きい。
なので、俺は何度も隠れたり逃げたりを試したのだが、いつも見つかったりとっ捕まったりして、自由な時間をつくることができなかった。
なので、魔術の修行は夜一人になった時くらいにしかできない。
ある日の夜、俺は体内の魔力を動かしながら考えていた。正攻法でマルサを撒くのは無理だ。何か別の方法がいる。
俺が何度も逃走を試みたことで、マルサは警戒している。いったいどうすればいいのか。
いろいろ考える中で、姉の言いつけを吟味してみる。姉からのお達しは、魔術を使うところと訓練するところを見られないように、というものだった。では、魔法を使っている場面は見られず、効果だけが発動している状態だったら見られてもオッケーなのでは?
屁理屈のように聞こえるかもだが、姉の言いつけは、要は他人が真似して軽々しく魔術の訓練を行わないように、という意図で伝えられたのだと俺は解釈した。であるならば、魔法という現象の発現だけであるならば、見られても構わないはずだ。うん、そのはずだ。
ならば魔術で、マルサをだまくらかせばいい。俺自身の実地訓練にもなるから、一石二鳥ではないか。
翌日から、俺はさっそく実行に移すことにした。
まずは単純な方法から。光と闇の魔術を目くらましに使うのは、魔術師のごく基本的な使用法だ。が、光の魔術を相手の目をくらませる光量で発動するには相応の魔力と放出量が必要で、今の俺では力が足りない。闇の魔術を相手の視界に発動させる術なら少ない魔力量で可能だが、こちらも狙った場所に発動させるなら相応の演算能力が求められる。
それに、どちらの場合も俺が使った場面を目撃されてしまうので、方法としては却下である。
だから俺はもう一つの定番、闇の魔術で自分の姿を隠す方法を訓練することにした。構造は単純で、闇の魔術を薄く平面に伸ばして、相手と自分の間を遮るわけだ。ただこれも使いどころは限定的で、月のない夜や暗所でもなければ、そこだけ真っ黒に切り取られたようになるので、すぐにバレてしまう。
なので、わざと魔術の密度を薄くして、向こう側が見えるか見えないかくらいの量で周囲との違和感をできるだけ消すのが肝要だ。
と言ってしまえばそれだけだが、実際にはかなり緻密な動作を要求される。実際やってみると、これだけでもいい鍛錬になると思う。
この魔術で姿を隠して抜け出せれば、訓練に使える時間も増えるってもんよ。
俺は数日を、この『夜の帳』と名付けた魔術の習熟に費やした。ちょうどよい分量の魔力と範囲を身体に叩き込むのはもちろんだが、俺は独自の工夫で、広げた魔術の端の部分を光の魔術もわずかに使ってぼやけさせるようにしてみた。こうして、発動している部分との境目を気づかれにくくするのだ。グラデーション効果ってやつだな。
こうして『夜の帳』の術式を完成させた俺は、早速行動に移すのだった。
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