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愚痴の多い須貝さん
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「毎度毎度懲りないよねえ」
先輩社員の須貝さんが慰めの言葉をかけてくれる。
「いつまで経っても慣れませんね、こういうの」
そうぼやくと
「そりゃそうよ」
って返してくれる。
「まともなクレームならともかく、そうじゃないでしょ、今のは。できないことをやれと、自分の希望をごり押ししてるだけなんだから。ああいうのはね、クレームですらないの。単なる言いがかり。ただ道を歩いていたら急に殴られたのと同じようなものよ。そんなのに、慣れるわけないでしょ」
「それは、まあ」
「あいつらだって、わかっててやってるのよ。で、電話口の相手が、里佳子ちゃんみたいな慣れてなさそうな若い女の子だと、しめたもんだと思うわけよ。つまり、相手を見てやってるわけ。まあ、電話だから実際には見えないんだけど」
須貝さんのちょっとした冗談に二人でクスリと笑いあう。そうしたら、ちょっとだけ気持ちが楽になった気がした。
「でも、こんなに多いとは思いませんでした」
「まあねえ。あの年代のやつらって、社会に甘やかされて生きてきたから」
あの年代の人間は、若い頃から過剰なほどのサービスを享受して生きてきた人間たちなのだと須貝さんはいう。「お客様は神様です」なんて言葉があるが、実際、様々な業種において、店員が細やかなサービスを施すことが同業間の競争力に繋がった時代があったのだ。
そういう世の中にどっぷり浸かってきた来た彼らは、店員が一個の生身の人間であるという認識に乏しい。ときに、自分の召使いか、もしくはロボットかなんかだと思ってるふうでもある。自分が何一つ口にしなくても、店員がすべてを察して動いてくれると思っている客は、タケバヤシの顧客にも多い。
「金を払えばそれでいい、どこかでそう思っているのよね」
「でも、さっきの場合だとお金すら払ってないですよね」
本当だわ、と須貝さんは笑った。
「そうだねぇ。もう一つ厄介なのは、サービスってのが、無料だと勘違いしていることだよねぇ。基本的にコストの概念がないのよ、あいつらって」
たぶん根本的に、どうして時間指定できたり梱包が厳重になるとそのぶん値段が上がるのか、ということが、理解できていないのだ。私も電話口で話していて、その印象を抱くことがある。
もちろん説明すれば「そんなことはわかっている」なんて言葉が返ってくるんだけど、それをこちら側が負担することが、とても軽いものなのだと考えているのはわかる。自分がこちらに押し付けていることの重さを、想像できないのだ。それは、実質わかってないってことだ。
それぐらい、やってくれてもいいだろう。言う側にとっては軽いが、言われる側にとっては重い一言だ。
「その一言の重さがわかるのが、本来社会人ってものなんだろうけどねえ。社会人になれなかった五十歳児、六十歳児、七十歳児の何と多いことよ」
須貝さんはおどけて天を仰いだ。
「礼儀知らず相手にも礼儀を返し続けるとどうなるかって思考実験を社会全体で長々続けてきてさ。いいかげん、その結果世の中がどういう方向に進んじゃったかも、もう十分データ取れたでしょうに。いったいいつまで甘やかし続けるんだろうねえ」
先輩社員の須貝さんが慰めの言葉をかけてくれる。
「いつまで経っても慣れませんね、こういうの」
そうぼやくと
「そりゃそうよ」
って返してくれる。
「まともなクレームならともかく、そうじゃないでしょ、今のは。できないことをやれと、自分の希望をごり押ししてるだけなんだから。ああいうのはね、クレームですらないの。単なる言いがかり。ただ道を歩いていたら急に殴られたのと同じようなものよ。そんなのに、慣れるわけないでしょ」
「それは、まあ」
「あいつらだって、わかっててやってるのよ。で、電話口の相手が、里佳子ちゃんみたいな慣れてなさそうな若い女の子だと、しめたもんだと思うわけよ。つまり、相手を見てやってるわけ。まあ、電話だから実際には見えないんだけど」
須貝さんのちょっとした冗談に二人でクスリと笑いあう。そうしたら、ちょっとだけ気持ちが楽になった気がした。
「でも、こんなに多いとは思いませんでした」
「まあねえ。あの年代のやつらって、社会に甘やかされて生きてきたから」
あの年代の人間は、若い頃から過剰なほどのサービスを享受して生きてきた人間たちなのだと須貝さんはいう。「お客様は神様です」なんて言葉があるが、実際、様々な業種において、店員が細やかなサービスを施すことが同業間の競争力に繋がった時代があったのだ。
そういう世の中にどっぷり浸かってきた来た彼らは、店員が一個の生身の人間であるという認識に乏しい。ときに、自分の召使いか、もしくはロボットかなんかだと思ってるふうでもある。自分が何一つ口にしなくても、店員がすべてを察して動いてくれると思っている客は、タケバヤシの顧客にも多い。
「金を払えばそれでいい、どこかでそう思っているのよね」
「でも、さっきの場合だとお金すら払ってないですよね」
本当だわ、と須貝さんは笑った。
「そうだねぇ。もう一つ厄介なのは、サービスってのが、無料だと勘違いしていることだよねぇ。基本的にコストの概念がないのよ、あいつらって」
たぶん根本的に、どうして時間指定できたり梱包が厳重になるとそのぶん値段が上がるのか、ということが、理解できていないのだ。私も電話口で話していて、その印象を抱くことがある。
もちろん説明すれば「そんなことはわかっている」なんて言葉が返ってくるんだけど、それをこちら側が負担することが、とても軽いものなのだと考えているのはわかる。自分がこちらに押し付けていることの重さを、想像できないのだ。それは、実質わかってないってことだ。
それぐらい、やってくれてもいいだろう。言う側にとっては軽いが、言われる側にとっては重い一言だ。
「その一言の重さがわかるのが、本来社会人ってものなんだろうけどねえ。社会人になれなかった五十歳児、六十歳児、七十歳児の何と多いことよ」
須貝さんはおどけて天を仰いだ。
「礼儀知らず相手にも礼儀を返し続けるとどうなるかって思考実験を社会全体で長々続けてきてさ。いいかげん、その結果世の中がどういう方向に進んじゃったかも、もう十分データ取れたでしょうに。いったいいつまで甘やかし続けるんだろうねえ」
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