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引っ越し
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尾向さんからトラブルの件を聞いてから一月後くらい。仕事から帰りつくと、コーポ強井の前に運送屋のトラックが止まっていた。私のこれまでの経験からすると、コーポ強井は人の出入りが結構激しい物件だと思う。エレベーターがないことを除けば家賃のわりにいい物件ではあるし、外国人っぽい住人もちらほら見かけることから、もしかしたらショートステイやマンスリーホーム的な住居としても利用されているのかもしれないと思う。
だからトラックが止まっていること自体は不思議に思わなかったし、普通にすり抜けて階段へ向かったのだ。
四階まで上った先で、珍しく音鳴さんと出会った。音鳴さんと会うのは月に一二度ほどしか機会がないから、なんだかソシャゲでレアキャラをゲットしたみたいなプレミア感がある。
「こんばんは。お久しぶりです」
「お久しぶりです……。何だか……毎回言ってるような気がしますね……これ……」
「ふふ、そうですね」
音鳴さんが一階を指さした。
「そうそう……一階の左端……引っ越されるそうですよ……」
「えっ」
コーポ強井は人の出入りが激しいといったが、一階の老人たちはまた別だ。この住宅ができた頃からいるここの先住民みたいな存在で、年齢的にももう、亡くなるまでここに住み続けるんだろうなと勝手に決めつけていた。しかも左端と言ったら、確か老人チームのリーダー的な存在の人で、短気で怒りっぽく、いつもイライラしている。この間民泊施設に抗議しに行ったのもこの人だった。あの人がまさか引っ越すだなんて、思いもよらないことだ。
「また聞きなんで……本当かどうかわかりませんが……。退去命令がついに……出たらしいですよ……」
「そうなんですか?」
「ええ……あそこの民泊施設から……管理会社へ直接抗議が入ったとか……」
「え? 民泊施設の方から、こちらへ? なんで?」
私の頭には疑問しか浮かばない。逆ならわかる。私だって、何度抗議したいって思ったことか。この点に関してだけは、あのお爺さんの行動を支持しているまであるのだった。
迷惑をかけられているのはむしろこちらで、謝られるならまだしも、こちらが抗議されるいわれなんてないはずなのだけど。
あくまで聞いた話ですが、と断って、音鳴さんが解説してくれる。
「何でも……民泊施設の入り口に……猫の糞を置いていたそうです……。敷地内で猫の糞を見つけては……それをせっせと、あの家の前へ運んでいたのだとか……」
なるほど、と思い当たることがあった。それで近頃、この敷地内で猫の糞を見ることがなかったのかと合点がいった。単に誰かが掃除をしてくれていたのか、それとも猫たちが寄り付かなくなったのかと思っていたのだけれど、環境が何一つ変わっていないのに、急にそんなことが起こるはずもない。いつもながら、自分の察しの悪さにはあきれる。
「で……施設の利用者から運営会社に報告が何度かあって……こんなに頻繁に同じ場所に糞をされるのはおかしいってなって……調査が入ったみたいですね……」
「よく見ればわかりますが……民泊施設の入り口……。ほら……監視カメラがついているでしょう……? 普段は利用者の出入りチェックをするために使われているんだと思うんですけど……」
なるほど。そのカメラにおじいさんの姿が映っていたのが、決め手になったということか。
「それで……あちらの運営会社とこちらの管理会社とで……話し合いになったそうなんです……。それだけだったら注意で済んだと思うのですが……。あのおじいさん……これまでに何度も何度も……住人とトラブルを繰り返していたようで……」
「管理会社からしたら、追い出すのにいい口実なったってわけですね」
「そうなんじゃないかな……と……思います……」
だからトラックが止まっていること自体は不思議に思わなかったし、普通にすり抜けて階段へ向かったのだ。
四階まで上った先で、珍しく音鳴さんと出会った。音鳴さんと会うのは月に一二度ほどしか機会がないから、なんだかソシャゲでレアキャラをゲットしたみたいなプレミア感がある。
「こんばんは。お久しぶりです」
「お久しぶりです……。何だか……毎回言ってるような気がしますね……これ……」
「ふふ、そうですね」
音鳴さんが一階を指さした。
「そうそう……一階の左端……引っ越されるそうですよ……」
「えっ」
コーポ強井は人の出入りが激しいといったが、一階の老人たちはまた別だ。この住宅ができた頃からいるここの先住民みたいな存在で、年齢的にももう、亡くなるまでここに住み続けるんだろうなと勝手に決めつけていた。しかも左端と言ったら、確か老人チームのリーダー的な存在の人で、短気で怒りっぽく、いつもイライラしている。この間民泊施設に抗議しに行ったのもこの人だった。あの人がまさか引っ越すだなんて、思いもよらないことだ。
「また聞きなんで……本当かどうかわかりませんが……。退去命令がついに……出たらしいですよ……」
「そうなんですか?」
「ええ……あそこの民泊施設から……管理会社へ直接抗議が入ったとか……」
「え? 民泊施設の方から、こちらへ? なんで?」
私の頭には疑問しか浮かばない。逆ならわかる。私だって、何度抗議したいって思ったことか。この点に関してだけは、あのお爺さんの行動を支持しているまであるのだった。
迷惑をかけられているのはむしろこちらで、謝られるならまだしも、こちらが抗議されるいわれなんてないはずなのだけど。
あくまで聞いた話ですが、と断って、音鳴さんが解説してくれる。
「何でも……民泊施設の入り口に……猫の糞を置いていたそうです……。敷地内で猫の糞を見つけては……それをせっせと、あの家の前へ運んでいたのだとか……」
なるほど、と思い当たることがあった。それで近頃、この敷地内で猫の糞を見ることがなかったのかと合点がいった。単に誰かが掃除をしてくれていたのか、それとも猫たちが寄り付かなくなったのかと思っていたのだけれど、環境が何一つ変わっていないのに、急にそんなことが起こるはずもない。いつもながら、自分の察しの悪さにはあきれる。
「で……施設の利用者から運営会社に報告が何度かあって……こんなに頻繁に同じ場所に糞をされるのはおかしいってなって……調査が入ったみたいですね……」
「よく見ればわかりますが……民泊施設の入り口……。ほら……監視カメラがついているでしょう……? 普段は利用者の出入りチェックをするために使われているんだと思うんですけど……」
なるほど。そのカメラにおじいさんの姿が映っていたのが、決め手になったということか。
「それで……あちらの運営会社とこちらの管理会社とで……話し合いになったそうなんです……。それだけだったら注意で済んだと思うのですが……。あのおじいさん……これまでに何度も何度も……住人とトラブルを繰り返していたようで……」
「管理会社からしたら、追い出すのにいい口実なったってわけですね」
「そうなんじゃないかな……と……思います……」
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