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歓びの里 [ランド、七日間の記録]編

日録24 そうだ、デートをしよう

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 よろしくお願いしますm(__)m
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―――あなたがそこにいるだけで
 私の見る風景…世界が、色を取り戻す。
 あなたを中心に世界が輝き出し、色鮮やかに見える。


 一瞬、何を言われたのかランドには分からなかった。衝撃のあまり、動けずにただその場に立ちつくす。

 言われた言葉を理解しようにも、肝心の内容がなかなか頭の中に入ってこなかった。

 その時、轟と強い風が吹いて、チャグチャグという鈴のが静寂を破らなければ、ずっと動けないままだったかもしれない。

 鈴が鳴った拍子に、それまで止まっていた時間が再び流れだす。そこでようやく、ランドは我に返った。

 長いこと、相手を見つめていたことに気づいて、ランドは慌てて地面に目を落とす。

 走ってもいないのにドクドクと胸の鼓動がいやに早い。エンジュに言われた言葉を、頭の中で転がしながら、ゆっくりとなぞってみる。

 たった一人の存在が、世界を色づかせる?
 たった一人の為に、世界が輝く?

 言い換えれば、その人にとって、相手は世界を変えるほどの存在。つまり、特別な相手ということで――。

「!―――っ」

 気づくと同時に、カア――ッと顔が赤らむ。ひどく顔が熱い。

 いくらランドが色事いろごとうとくとも、それが意味することくらいは分かる。

 問題は、ではこの後どうすればいいかということだ。それについては、ランド自身、経験もなければ知識もない。

 まさか面と向かって、それは自分を好きだということかと詰め寄るわけにもいかない。―――そもそも、それを聞いてどうするというのだろう。

 いや――それよりも。

 先ほどから顔の火照りがおさまらない。エンジュの視線を痛いほど感じて、ランドはいよいよ崖っぷちに立たされた。

 エンジュの視線を受け止められず、伏した目をいたずらに彷徨わせる。

 誰もいなければ、気持ちの赴くまま走り出してしまいそうだ。そのくらいランドの動揺は激しい。

 そんなランドに、さらに追い打ちをかけるように。

「―――おお、見事に色づきましたね」

 感心するような声が頭上から降ってくる。そっぽを向きながらも、ランドはじろりと目の端で相手をめつけた。

「……もしや、俺を揶揄からかわれているのですか…?」

 ランドは深く息を吸って、落ち着けと自身に言い聞かせる。このままでは相手の思うつぼだ。

 とんでもないと、エンジュは首を振る。

「とても可愛らしい反応でしたので、うっかり声が出てしまいました。お気に障ったのでしたら、どうぞお許しを」

 ちっと舌打ちをしそうになるのをすんでのところでこらえる。これには相当な胆力を要した。

「いえ――従者である俺が、あなたから謝罪を受けることなど出来ません」
「本当に生真面目なのですから…困りものですね。先ほども言いましたが、ほどほどに肩の力を抜いて緊張を和らげることは、とても大切ですよ?」

 だがランドの性格上、役目を果たすことと気を弛めることは両立しない。

「この素晴らしい景色を見られただけで、十分気が休まりました。ありがとうございます、エンジュ様」

 これは、本心だ。

 吹く風に髪をなぶられながら、ランドはエンジュを安心させようと笑いかける。先ほどよりずっとまともに笑えたはずだ。

 ランドの笑みを見て、ふわりとエンジュの顔が綻んだ。

「それは何よりです。この里の村はどの村も急な傾斜地の上にあるので、素晴らしい眺めばかりなのですよ。少しでもあなたの慰めになれば、私も嬉しい」
「楽しみですね…ですがその度に足を止めていては、一日では村を回れないのではと、俺は少し心配しております」

 そろそろ動きたいと暗に匂わせる。
 フェイバリットと旅していた頃の名残りで、残る行程から無意識のうちに逆算してしまうのが癖になっていた。

 なにせ片道だけならまだしも、今日中に行って戻らなければならないのだ。

 日が傾き始めると、あっという間に辺りは暗くなる。狭く急な坂道で道を踏み外せばひとたまりもない。

 元々が心配性ということも手伝い、ランドは少しばかり焦りを感じていた。

「そうですね…。ですがせっかくの機会ですから、私は時間の許す限り、あなたとの時間を楽しみたい…」
 
 独り言のように呟いたエンジュがそのまま黙り込む。

「エンジュ様…?」

 ランドの呼びかけとほぼ同時に、その顔が不意にぱっと明るくなる。

「ランド――いいことを思いつきました。あなたが心配することも不安を覚えることもない。なおかつ共に景色を楽しむ方法を」
 
 その声は、いつになくはしゃいだものだった。なんとなく言葉通りに受け止められないのは、自分がひねくれているからだろうか。

 はたまた、人智を超えた力を、この時ばかりは神がランドに与えたのかもしれない。つまり――虫の知らせというやつだ。

 不穏なランドの胸中とは裏腹に、エンジュは輝くような笑顔を浮かべて言った。

「今日は一日、私と逢瀬デートしましょう」


 
 ―――なんで、そうなるんだ。

 言葉を失ったランドの顔から、すっぽりと表情が抜け落ちる。

 だがそれも最初のうちだけ。衝動が過ぎると、おさまりかけた熱が再燃して、その顔が三度みたび、赤らんでいく。

「―――逢瀬デート? あなたと俺が…?」

 そんな自分を持て余して、ランドは口元を覆い隠す。少しでも顔の赤みを隠してしまいたい、そんな気持ちの表れだ。

「はい。今日、あなたに連れ立って欲しかったのは、私の本心です。ですがそれは何も、あなたに従者になって欲しいということではありません。――あなたにこの美しい里を見て欲しかったから…。ですが、それであなたが一瞬も気を抜けないと言うのなら、いっそ私と、対等な立場で歩くのが一番だと思うのです。幸い、私にも自分の身を守るぐらいの力はありますし?」

 でしょう?とエンジュがにっこりと笑う。
 なるほど。理にかなっている。だからと言って、素直に頷くわけにはいかない。

 ランドは脳裡に、嫉妬深い美丈夫の姿を思い浮かべた。エンジュと逢瀬デートなどしようものなら、あの恋に狂った護衛に殺されてしまう。

「…ですが、それでは皆に示しがつかないでしょう…。俺のような者があなたの隣に立つなど、不釣り合いにもほどがある。あなたに恥をかかせるのは、俺の本意ではありません」
「もちろん。村に入ったら里長としての仕事があります。ですので、その間はきちんとお務めに励みます。人前では他人のふり――なんて、まるで道ならぬ恋のようですね?」

 ほんのりと頬を染めて、ふふっと楽しげにエンジュが笑う。

 どんな時でもエンジュはエンジュ。実にのほほんとしたものだ。

 思わず感心しながら、反面ランドは心で頭を抱えた。

(チャンジに殺されるだけでは済まなくなるから――止めてくれ…っ)
 
 ランドが反応しないでいると、エンジュが「それとも」と言って、淋しげに眉を曇らせる。

「やはり、私が相手では、お嫌、でしょうか?」
「……。嫌ということではなく…俺には、あなたの相手など務まりません――その」

 ランドはエンジュに口を挟ませまいと、その先を口早に続けた。ちらりと目だけを動かしてエンジュを見る。

「―――俺は、逢瀬デートなど、したことが、ありません…だから…」

 逢瀬デートの作法も分からない。それどころか男として、どうすれば相手を悦ばせることが出来るのかも分からない。

 最後は消え入りそうなほど小さな声になってしまう。なんとかそれだけ言うと、恥ずかしさに耐えるように、きゅっとランドは唇を噛んだ。

 事実であっても、至らぬ自分をさらけ出すのは、恥ずかしい。

 ましてや男としての己の無能っぷりを白状するのだから――耐えがたいほどの屈辱だ。

 エンジュは呆れた目で見るだろうか。それとも面白がって笑うだろうか。

 ランドの吐露を聞いて、エンジュがどのような表情をしているのか。相手の顔を見る勇気など、とっくにランドにはない。

 つかの間の沈黙の後。

「分かりました」

 静かな返答につられて、ランドが伏した目を上げる。
 そこにはいつもと変わらぬ、穏やかな笑顔があった。

「あなたがおっしゃりたいことは分かりました。無理はいけませんね」
「は、はあ…」

 我ながら間抜けな声だと、どこか他人事のようにぼんやりと思いながら、ランドは頷いた。

 あっさりと相手が引き下がったことに対して、ホッとしたような、あるいは少し残念なような、とても複雑な気分になる。

 相手が追い縋ってくることを期待したわけではない。なのに、こんな――肩すかしをくらった気分になるなんて、どうやら自分は、随分と自分本位な人間のようだ。

 ランドはひっそりと苦笑を洩らした。

「でしたら、こういうのはいかがでしょう?」

 その声が一転、朗らかなものになる。
 思わず、ランドが目線で問いかけると、待ちきれないとばかりにエンジュが口をひらく。

「私が、あなたを牽引リードする。それだと問題ないのでは?」
「―――」

 瞬間――ランドの顔がスンと“無”になった。
 これ以上ないくらい、感情の一切を表情から失くしたランドは、きっぱりと言い切る。

「それは、お断りします」
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 いつも読んでいただき、ありがとうございます。

 次話は一週間後、更新予定です。
 次回更新も頑張りますので、
 どうぞよろしくお願いします。
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