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1章はじまりの場所[ヘイルの里]編

15 盤上遊戯 [ゲーム]

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「久しぶりに盤上遊戯ゲームをしましょうか」
 その夜、夕餉を済ませた後で、リヴィエラが思いついたように遊戯盤を取り出してきた。
 盤上遊戯ゲームはリヴィエラが薬作りをお休みする間だけ遊べる、とっておきのお楽しみだ。

「今日は泣かずに学びを受けることが出来たのでそのご褒美」とリヴィエラは言った。
(……言い方)
 その言われようはイレインにとって、不本意以外の何ものでもない。だがご褒美には違いなかった。
 ウキウキとイレインは駒を並べる。この家ではもはや定番とも言える『蜂蜂はさみ将棋』だ。

 せっかくなのでお茶でもいれなければと、せっせとお茶の準備に取り掛かる。
 熱いお茶を飲みながらの遊戯ゲームなど最高の夜だ。イレインは嬉しくて仕方ない。
  
 『蜂蜂はさみ将棋』。
 その名の通り、蜂と蜂同士で――ミツバチとスズメバチとに分かれて駒を取り合うはさみ将棋だ。
 
 秋になるとミツバチの巣を襲うスズメバチは、ミツバチの天敵だ。体が大きく獰猛なスズメバチは、その大顎でミツバチをひと噛みで殺してしまう。
 だがミツバチには「熱殺蜂球ねっさつほうきゅう」という必殺の攻撃方法がある。集団でスズメバチを取り囲み、発熱して、敵を蒸し殺すのだ。

 これを盤上に取り込んだものが『蜂蜂はさみ将棋』だ。
 縦横に直線が描かれた盤の上に、お互い向かい合うように駒を並べて、互いの駒を取り合うのである。
 
 ミツバチ側は、数体がかりで相手を縦横に挟むか角に囲むと相手の駒スズメバチを取れる。対するスズメバチ側は、元々が強いので、単独で斜め1マス移動で直接、相手ミツバチを取りに行ける。
 
 ミツバチ側が不利にならないよう、スズメバチ側はミツバチの半分ぐらいの駒数に制限される。どちらかが駒を全部取り切ったら終了というのが基本規則ルールだが、残った駒の多さで勝ち負けを競う場合もある。
 細かい規則ルールはあるが、基本はざっとこんな感じだ。

 イレインはもちろん、ランドもこの遊びが大好きだ。
 これは二人対戦の遊びなので、三人だと相手を変えて交代で遊ぶのだが、子ども同士で対戦すると、だいたい途中で喧嘩が始まる。最後はリヴィエラが間に割って入るという、なんとも締まりのない終わり方になってしまうのだが――それも今ではいい思い出だ。

(誘えばよかったかな…?)
 ランドのことがふと脳裡によぎる。リヴィエラと目が合うと「あなたの番ですよ?」と首を傾げられた。
(まあ……いいか)
 互いに大きくなったのでさすがに喧嘩にはならないが、やはり大人と対戦した方が楽しかったりするのだ。申し訳ないが、今回はリヴィエラを独占させてもらおうと、イレインは心の中でそう納得した。


 静かな夜だった。
 熱いお茶の湯気が、炎に揺れる天井に向かって白く立ちのぼる。
 二人が駒を動かすパチパチという木の音だけが部屋に鳴り響いた。お茶のおかわりは三杯目。対戦は――これで何度目だろう。
 ちらりと目を上げると、リヴィエラが次の一手を考えて、黙って盤を見下ろしている。

 その目を見て、イレインはヒヤリとした。リヴィエラがこんな目をしている時は要注意だ。次の手でとんでもなくえげつない戦いを仕掛けられて、何度泣かされてきたことかと、いつかの昔日を思い出す。
―――結果は言うまでもない。

「もう一戦しますか?」
 リヴィエラが楽しげに言った。少し考えてイレインが小さく首を横に振ると、可笑しそうにクスクス笑う。駒を片付けながら、リヴィエラがぽつりと「イレイン」と呼んだ。

 イレインが目を向けると、リヴィエラは手元の駒に目を落としたまま言った。
「この世界はこの――盤上遊戯ゲームみたいなものなのかもしれませんね」
「? どういうことですか?」
 リヴィエラは顔を上げると目元を緩める。

「この遊びには”兵隊”の駒、さらに強い”近衛兵”の駒、そして”女王”の駒がありますよね」
 長く綺麗な指がそれぞれの駒を一つずつ動かす。イレインは立てた膝に顎を乗せて、それを眺めた。
「それぞれの役割の駒が動いて物語が動きだす」

 なるほど。それならとイレインは心の中で想像してみる。里の皆は”兵隊”だ。そしてリヴィエラは強くて特別な“女王”。じゃあ自分は? ――もちろんこれまで通り”兵隊”に決まっている。
(それぞれの役割を持つ駒が動いて、物語が動き始める…か)
 
 ならば、この現実の盤上遊戯ゲームは、この先どのような物語を描くのだろう? 
 明日、明後日、そして一年後は…?
 イレインはぼんやりと未来へと思いを馳せた。

「つまらない話でしたね」
 ふっとリヴィエラが苦笑まじりに言うと、残りの駒を片付けた。
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