70 / 139
第1.5部 諸国連合軍侵略編
第5話 軍議紛糾
しおりを挟む
シン国軍本陣
シン国軍総大将キュウは、帷幕の中で椅子に腰かけ、机の上に通信石を三つ並べていた。そこからは、ギ国軍、ソ国軍、セイ国軍それぞれの大将のバストアップが空中に投影されている。トモエの前世の世界では遠隔地の者同士で会議を行うウェブ会議なるものがあったが、これはそれに近いかも知れない。
「このまま包囲を続けて締め上げ、降伏を勧告して敵に奴の首を差し出させるべきです」
そう主張したのは、セイ国軍の総大将チンシンであった。要は、総攻撃を中止せよ、とのことである。その提案に、ギ国軍総大将ホウケン、ソ国軍総大将ドウシの二名はまなじりを吊り上げた。
「怯懦したか、チンシン将軍」
先に口を開いたのは、ホウケンである。
「大体、このまま居座ったとて、昨晩の貴国の軍のように夜襲をかけられ徒に兵を消費するのみだ。兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきを睹ざるなり、と言うではないか」
ドウシが続けて、チンシンの提案を非難した。「兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきを睹ざるなり」とは、魔族たちに伝わる兵法書の一節である。大規模な遠征軍というものは得てして戦費によって国家を疲弊させるもので、故に大軍を擁する側にとっては短期決戦こそが最も望ましい。魔族軍は傀儡兵が主体であるため兵糧の消費こそ少なく済むものの、武器、特に矢にかかる金は案外馬鹿にならない。それに加えて傀儡兵の交換用部品なども絶えず本国から送らなければならない。
「やはりセイ国は所詮商賈の国よ」
ドウシの目に、蔑みの色が浮かんだ。それを聞いたチンシンも、当然穏やかならざる表情をしていた。眉根に皺を寄せて、如何にもご立腹といった顔である。ドウシの発言はセイ国を弱兵の国だと嘲笑しているのと同じであり、チンシンが腹を立てないはずもなかった。
「野蛮なソ国人が何を言うか!」
いきり立ったチンシンが、声を荒げて叫んだ。ドウシの暴言に、我慢がならなかったのだ。売り言葉に買い言葉である。
「やめないか、お前たち」
透明ながらも強さを感じさせる声が響いた。シン国軍大将キュウの一声だ。切れ長の目が細められ、ホウケン、ドウシ、チンシンの三者を一人ずつ睨みつけてゆく。
シン国軍の総大将であるキュウは、同時に四か国連合軍全軍の総大将でもある。ホウケン、ドウシ、チンシンの三将軍も、立場の上では彼の麾下に置かれている。三将軍の顔が、一斉に強張った。
「こちらが攻めれば、敵は昨日と同じく死に物狂いで反撃してくるだろう。それに、北から後詰の援軍が来るとは考え難い。だからチンシンの言い分にも一理ある」
チンシンの表情が、にわかに和らいだ。反対にホウケンとドウシは渋い顔をしている。
「だが恐るるべきは例のあ奴よ。聞けばセイ国軍五千が一夜にして残骸と化したというではないか。このまま囲みを解いて北に軍を進めることも考えたが、奴に背を見せることこそ最も危険であろう」
「その通りです、キュウ将軍。ですから我が軍が先鋒を務めて砦を落とし、中にいる奴めを捕らえて進ぜましょう」
すかさず、ドウシが口を挟んだ。
「はやまるな、ドウシ将軍」
結局、四将軍による軍議は、少しもまとまらなかった。
その日の夜、またしても夜襲は敢行された。夜の嵐が、セイ国軍を襲った。夜が明けた頃、セイ国軍は四千の兵を失っていた。
次の日も、連合軍は攻めてこなかった。代わりに、その布陣には動きがみられた。セイ国軍が後方に下がり、隣接しているギ国軍とソ国軍がその穴を埋めるように陣を広げたのである。
「白いのと赤いのと黒いのか……どれを狙ったらいいんだろう……」
日が暮れる前に、トモエは目覚めた。眼下にはギ国軍とソ国軍、そしてシン国軍が兵を並べている。セイ国軍は傀儡兵を統率する武官の質が低く、与しやすい相手であった。だが、ギ国軍とソ国軍、そしてシン国軍はどうであろうか。フツリョウたちは初日に、各国の軍の様子をつぶさに観察していた。
まず、先陣を切ったソ国軍。この軍は剽悍そのものであった。突進あるのみ、といった風にひたすら荒々しく攻めてくる。勢いに乗らせると危険な相手であり、単純であるが故に厄介な相手であった。
それに対して、ギ国軍は非常に几帳面な軍であると見受けられた。しっかりと陣を組み、一糸乱れぬ隊列でぶつかってくる。そういった軍であった。つけ入る隙は少なそうである。
そして、魔族国家の頭であるシン国の軍。山を登ってくる中に黒い旗の兵がそれほどたくさんはいなかったことから、この軍は遠巻きからの支援射撃に専念しているようであった。軍の特徴は掴めなかったが、床弩や投石機を多数並べているのはやはり脅威である。大型兵器を潤沢に用意する資力を備え、かつそうした大型兵器の運用ノウハウにも長けているようには見える。
フツリョウの口からトモエが聞かされたのは、そのような情報であった。
そうして、日は没した。吹き抜ける風は冷たく、冬の足音を感じさせる。
「それじゃあ、行ってきまーす」
トモエは手を振ると、山を駆け下りていった。
シン国軍総大将キュウは、帷幕の中で椅子に腰かけ、机の上に通信石を三つ並べていた。そこからは、ギ国軍、ソ国軍、セイ国軍それぞれの大将のバストアップが空中に投影されている。トモエの前世の世界では遠隔地の者同士で会議を行うウェブ会議なるものがあったが、これはそれに近いかも知れない。
「このまま包囲を続けて締め上げ、降伏を勧告して敵に奴の首を差し出させるべきです」
そう主張したのは、セイ国軍の総大将チンシンであった。要は、総攻撃を中止せよ、とのことである。その提案に、ギ国軍総大将ホウケン、ソ国軍総大将ドウシの二名はまなじりを吊り上げた。
「怯懦したか、チンシン将軍」
先に口を開いたのは、ホウケンである。
「大体、このまま居座ったとて、昨晩の貴国の軍のように夜襲をかけられ徒に兵を消費するのみだ。兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきを睹ざるなり、と言うではないか」
ドウシが続けて、チンシンの提案を非難した。「兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきを睹ざるなり」とは、魔族たちに伝わる兵法書の一節である。大規模な遠征軍というものは得てして戦費によって国家を疲弊させるもので、故に大軍を擁する側にとっては短期決戦こそが最も望ましい。魔族軍は傀儡兵が主体であるため兵糧の消費こそ少なく済むものの、武器、特に矢にかかる金は案外馬鹿にならない。それに加えて傀儡兵の交換用部品なども絶えず本国から送らなければならない。
「やはりセイ国は所詮商賈の国よ」
ドウシの目に、蔑みの色が浮かんだ。それを聞いたチンシンも、当然穏やかならざる表情をしていた。眉根に皺を寄せて、如何にもご立腹といった顔である。ドウシの発言はセイ国を弱兵の国だと嘲笑しているのと同じであり、チンシンが腹を立てないはずもなかった。
「野蛮なソ国人が何を言うか!」
いきり立ったチンシンが、声を荒げて叫んだ。ドウシの暴言に、我慢がならなかったのだ。売り言葉に買い言葉である。
「やめないか、お前たち」
透明ながらも強さを感じさせる声が響いた。シン国軍大将キュウの一声だ。切れ長の目が細められ、ホウケン、ドウシ、チンシンの三者を一人ずつ睨みつけてゆく。
シン国軍の総大将であるキュウは、同時に四か国連合軍全軍の総大将でもある。ホウケン、ドウシ、チンシンの三将軍も、立場の上では彼の麾下に置かれている。三将軍の顔が、一斉に強張った。
「こちらが攻めれば、敵は昨日と同じく死に物狂いで反撃してくるだろう。それに、北から後詰の援軍が来るとは考え難い。だからチンシンの言い分にも一理ある」
チンシンの表情が、にわかに和らいだ。反対にホウケンとドウシは渋い顔をしている。
「だが恐るるべきは例のあ奴よ。聞けばセイ国軍五千が一夜にして残骸と化したというではないか。このまま囲みを解いて北に軍を進めることも考えたが、奴に背を見せることこそ最も危険であろう」
「その通りです、キュウ将軍。ですから我が軍が先鋒を務めて砦を落とし、中にいる奴めを捕らえて進ぜましょう」
すかさず、ドウシが口を挟んだ。
「はやまるな、ドウシ将軍」
結局、四将軍による軍議は、少しもまとまらなかった。
その日の夜、またしても夜襲は敢行された。夜の嵐が、セイ国軍を襲った。夜が明けた頃、セイ国軍は四千の兵を失っていた。
次の日も、連合軍は攻めてこなかった。代わりに、その布陣には動きがみられた。セイ国軍が後方に下がり、隣接しているギ国軍とソ国軍がその穴を埋めるように陣を広げたのである。
「白いのと赤いのと黒いのか……どれを狙ったらいいんだろう……」
日が暮れる前に、トモエは目覚めた。眼下にはギ国軍とソ国軍、そしてシン国軍が兵を並べている。セイ国軍は傀儡兵を統率する武官の質が低く、与しやすい相手であった。だが、ギ国軍とソ国軍、そしてシン国軍はどうであろうか。フツリョウたちは初日に、各国の軍の様子をつぶさに観察していた。
まず、先陣を切ったソ国軍。この軍は剽悍そのものであった。突進あるのみ、といった風にひたすら荒々しく攻めてくる。勢いに乗らせると危険な相手であり、単純であるが故に厄介な相手であった。
それに対して、ギ国軍は非常に几帳面な軍であると見受けられた。しっかりと陣を組み、一糸乱れぬ隊列でぶつかってくる。そういった軍であった。つけ入る隙は少なそうである。
そして、魔族国家の頭であるシン国の軍。山を登ってくる中に黒い旗の兵がそれほどたくさんはいなかったことから、この軍は遠巻きからの支援射撃に専念しているようであった。軍の特徴は掴めなかったが、床弩や投石機を多数並べているのはやはり脅威である。大型兵器を潤沢に用意する資力を備え、かつそうした大型兵器の運用ノウハウにも長けているようには見える。
フツリョウの口からトモエが聞かされたのは、そのような情報であった。
そうして、日は没した。吹き抜ける風は冷たく、冬の足音を感じさせる。
「それじゃあ、行ってきまーす」
トモエは手を振ると、山を駆け下りていった。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
収容所生まれの転生幼女は、囚人達と楽しく暮らしたい
三園 七詩
ファンタジー
旧題:収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです
無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す!
無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!
【get a second chance】~イケメンに生まれ変わったら見える景色が鮮やかになった~
ninjin
ファンタジー
50歳、独身、引きこもりの俺は、自宅の階段から転げ落ちて死んでしまった。しかし、俺は偶然にも【get a second chance】の権利を得る事が出来た。【get a second chance】とは、人生をやり直す事が出来る権利であり、しかも、ゲームのように自分自身のレベルを上げる事で、イケメンにもなれるのである。一回目の人生は、不細工は不細工のまま、勉強しても頭が悪いのは悪いまま、運動神経がなければスポーツは上手くならない。音痴なら歌は上手くならない。才能がない者はどんなに頑張っても無意味だった。しかし、二度目の人生は違う。頑張れば頑張るほど成長できるやりがいのある人生だった。俺は頑張ってレベルを上げて二度目の人生を謳歌する。
器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。
武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。
人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】
前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。
そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。
そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。
様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。
村を出て冒険者となったその先は…。
※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。
よろしくお願いいたします。
パーティーの役立たずとして追放された魔力タンク、世界でただ一人の自動人形『ドール』使いになる
日之影ソラ
ファンタジー
「ラスト、今日でお前はクビだ」
冒険者パーティで魔力タンク兼雑用係をしていたラストは、ある日突然リーダーから追放を宣告されてしまった。追放の理由は戦闘で役に立たないから。戦闘中に『コネクト』スキルで仲間と繋がり、仲間たちに自信の魔力を分け与えていたのだが……。それしかやっていないことを責められ、戦える人間のほうがマシだと仲間たちから言い放たれてしまう。
一人になり途方にくれるラストだったが、そこへ行方不明だった冒険者の祖父から送り物が届いた。贈り物と一緒に入れられた手紙には一言。
「ラストよ。彼女たちはお前の力になってくれる。ドール使いとなり、使い熟してみせよ」
そう記され、大きな木箱の中に入っていたのは綺麗な少女だった。
これは無能と言われた一人の冒険者が、自動人形(ドール)と共に成り上がる物語。
7/25男性向けHOTランキング1位
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
普通の勇者とハーレム勇者
リョウタ
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞】に投稿しました。
超イケメン勇者は幼馴染や妹達と一緒に異世界に召喚された、驚くべき程に頭の痛い男である。
だが、この物語の主人公は彼では無く、それに巻き込まれた普通の高校生。
国王や第一王女がイケメン勇者に期待する中、優秀である第二王女、第一王子はだんだん普通の勇者に興味を持っていく。
そんな普通の勇者の周りには、とんでもない奴らが集まって来て彼は過保護過ぎる扱いを受けてしまう…
最終的にイケメン勇者は酷い目にあいますが、基本ほのぼのした物語にしていくつもりです。
前世は元気、今世は病弱。それが望んだ人生です!〜新米神様のおまけ転生は心配される人生を望む〜
a.m.
ファンタジー
仕事帰りに友達と近所の中華料理屋さんで食事をしていた佐藤 元気(さとう げんき)は事件に巻き込まれて死んだ。
そんな時、まだ未熟者な神だと名乗る少年に転生の話をもちかけられる。
どのような転生を望むか聞かれた彼は、ながながと気持ちを告白し、『病弱に生まれたい』そう望んだ。
伯爵家の7人目の子供として転生した彼は、社交界ではいつ死んでもおかしくないと噂の病弱ライフをおくる
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる