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第1.5部 諸国連合軍侵略編
第4話 夜襲! 格闘お姉さんの奮闘
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「夜襲だと!? 舐めた真似を!」
セイ国軍の陣地は、たちまち騒然とした。圧倒的な数の敵陣に、たった一人で夜襲を仕掛けてきたとの報が、全軍に伝わったからである。
「弩兵部隊の矢を食らえ! 全弾斉射!」
焦ったセイ国軍の武官が、弩兵で敵を囲い込み、一斉に矢を放った。だが、夜闇の中でむやみやたらと矢を射かける愚を、この武官は知らなかった。
敵影は、瞬時に消えてしまった。放たれた矢はそのまま向かいに立つ味方弩兵の方に、一直線に飛んでいく。
「あ……ああ……同士討ちだと……」
敵を囲い込んだ弩兵は、そのまま向かいから飛んできた矢に貫かれてしまった。胸を貫かれて魔鉱石を砕かれた弩兵はごく一部で、多くは急所を外していた。傀儡兵は魔鉱石を砕かれるか頭部を潰されない限りは動き続けることができる。
だが、無事であった弩兵も、程なくして破壊され地に臥せった。夜襲をかけてきた敵の仕業であることは明白である。
「矢は使うな! 短兵を出せ!」
闇の中で矢を使うのはまずいと、ようやくセイ国軍は気づいたようであった。剣と盾を携えた傀儡兵が敵に差し向けられた。しかしそれも、夜闇に紛れて襲いくる敵には無力であった。傀儡兵の剣は躱され、お互いの体を斬りつけ突き刺し合った。上手く攻撃を誘われて、同士討ちを誘発されているのだ。
傀儡兵は夜目がそれほど利かない。普通の人間と同じぐらいであろう。だからこそ、連合軍は日没を合図に兵を退いたのだ。
セイ国軍の武官たちは、自分たちが何を相手にしているのか、すでに掴んでいた。
――こんなことをできるのは、あの敵しかいない。
エン国王カイを討ち取り、ガクキ軍を退けたお尋ね者。この軍の討伐目標である。
「どうする……ソ国軍に援軍を頼むか……」
総大将のチンシンは、通信石を手に取った。今セイ国軍に一番近いのは、南東に陣取るソ国軍である。そこに援軍を頼んで事態を収拾しようとしたのだ。
「我々は他国から馬鹿にされているのが現状です。援軍などと……」
「その通りです。将軍。寧ろ我がセイ国軍の武名を轟かす絶好の機会ではありませんか」
チンシンに対して、幕僚たちは真っ向から反論した。彼らセイ国の武官は長年、他国人から嘲笑され続けてきた歴史がある。それが武官たちの自尊心をどれほど傷つけてきたかは想像に難くない。
結局、チンシンは幕僚の声に押される形で、ソ国軍への通告を思い留まった。
その選択は、完全に間違いであった。
東天から、日が昇った。そこで初めて、チンシンと幕僚たちはセイ国軍の惨状を目の当たりにした。
辺りには、青い旗と、動かなくなった傀儡兵が、折り重なって倒れていた。中には前線指揮官を務める武官たちの死体もあった。破壊された傀儡兵は、大雑把に見積もっても五千体はある。全軍の十分の一ほどの数とはいえ、一人の敵によってもたらされた被害としては甚大に過ぎる数であった。
その悲惨極まりない陣中を目にして、チンシンは気を失いそうになった。
「やり方を変えねばならぬ……」
言いながら、チンシンは手拭で首元の冷や汗を拭き取った。
***
「ただいまー」
トモエは砦の玄関口で呑気に手を振った。それを出迎えたフツリョウとリコウ、シフ、そして城兵たちは顔に安堵の色を浮かべた。
「トモエお姉さんやっぱり凄いなぁ……今回復魔術かけるね」
帰ってきたトモエの体は、流石に無傷とはいかなかった。体に残った刀傷は、シフの回復魔術によって綺麗さっぱり治癒した。
「いやはや……本当にやってしまうとは……一人で奇襲攻撃をかけるだなんて言い出した時はどうしたもんかと……」
「いやいやフツリョウさん、あんな奴らにあたしは負けませんよ」
そう言って、トモエはフツリョウの前で右腕を折り曲げ、力こぶを作って見せた。
昨晩、トモエは一人で山を下り、セイ国軍の陣地に夜襲をかけた。セイ国軍に狙いを定めたのは、この軍が一番つけ入る隙のありそうだったからである。他国の軍よりも布陣が遅かったのを見て、この軍は統率が取れていないと踏んだのだ。
敵の弱い部分を狙い、そこから突き崩す。戦の常道である。もっとも、たった一人での奇襲という時点で、常道も何もないのであるが。
「取り敢えず、ゆっくり休んでてください」
「気遣いありがとう。リコウくん」
リコウは水の入ったコップをトモエに差し出した。それを受け取ったトモエは、そのまま奥の方へ引っ込んでいった。
「さて、あとは我々の戦いだな……」
「そうですね……」
フツリョウとリコウは、ともに神妙な面持ちとなった。いくらトモエが人並み外れた戦闘能力を持つとはいっても、彼女一人に全てを委ねるわけにはいかない。彼女が休んでいる間は、他の者たちで砦を守らねばならないのだ。
城兵は、城壁の上でじっと山の下を睨んでいた。一日目は何とか防いだが、二日目も同じように行くとは限らない。望みがあるとすれば、北東に陣取るセイ国軍をトモエが大きく突き崩した所にある。その混乱の余波が敵軍にあるなら、砦を攻める手も緩まるかも知れない。
だが、その日、攻める手が緩まるどころか、そもそも敵の侵攻自体がなかった。山を囲み、陣を張ったまま、四か国連合軍は微動だにしなかったのである。
セイ国軍の陣地は、たちまち騒然とした。圧倒的な数の敵陣に、たった一人で夜襲を仕掛けてきたとの報が、全軍に伝わったからである。
「弩兵部隊の矢を食らえ! 全弾斉射!」
焦ったセイ国軍の武官が、弩兵で敵を囲い込み、一斉に矢を放った。だが、夜闇の中でむやみやたらと矢を射かける愚を、この武官は知らなかった。
敵影は、瞬時に消えてしまった。放たれた矢はそのまま向かいに立つ味方弩兵の方に、一直線に飛んでいく。
「あ……ああ……同士討ちだと……」
敵を囲い込んだ弩兵は、そのまま向かいから飛んできた矢に貫かれてしまった。胸を貫かれて魔鉱石を砕かれた弩兵はごく一部で、多くは急所を外していた。傀儡兵は魔鉱石を砕かれるか頭部を潰されない限りは動き続けることができる。
だが、無事であった弩兵も、程なくして破壊され地に臥せった。夜襲をかけてきた敵の仕業であることは明白である。
「矢は使うな! 短兵を出せ!」
闇の中で矢を使うのはまずいと、ようやくセイ国軍は気づいたようであった。剣と盾を携えた傀儡兵が敵に差し向けられた。しかしそれも、夜闇に紛れて襲いくる敵には無力であった。傀儡兵の剣は躱され、お互いの体を斬りつけ突き刺し合った。上手く攻撃を誘われて、同士討ちを誘発されているのだ。
傀儡兵は夜目がそれほど利かない。普通の人間と同じぐらいであろう。だからこそ、連合軍は日没を合図に兵を退いたのだ。
セイ国軍の武官たちは、自分たちが何を相手にしているのか、すでに掴んでいた。
――こんなことをできるのは、あの敵しかいない。
エン国王カイを討ち取り、ガクキ軍を退けたお尋ね者。この軍の討伐目標である。
「どうする……ソ国軍に援軍を頼むか……」
総大将のチンシンは、通信石を手に取った。今セイ国軍に一番近いのは、南東に陣取るソ国軍である。そこに援軍を頼んで事態を収拾しようとしたのだ。
「我々は他国から馬鹿にされているのが現状です。援軍などと……」
「その通りです。将軍。寧ろ我がセイ国軍の武名を轟かす絶好の機会ではありませんか」
チンシンに対して、幕僚たちは真っ向から反論した。彼らセイ国の武官は長年、他国人から嘲笑され続けてきた歴史がある。それが武官たちの自尊心をどれほど傷つけてきたかは想像に難くない。
結局、チンシンは幕僚の声に押される形で、ソ国軍への通告を思い留まった。
その選択は、完全に間違いであった。
東天から、日が昇った。そこで初めて、チンシンと幕僚たちはセイ国軍の惨状を目の当たりにした。
辺りには、青い旗と、動かなくなった傀儡兵が、折り重なって倒れていた。中には前線指揮官を務める武官たちの死体もあった。破壊された傀儡兵は、大雑把に見積もっても五千体はある。全軍の十分の一ほどの数とはいえ、一人の敵によってもたらされた被害としては甚大に過ぎる数であった。
その悲惨極まりない陣中を目にして、チンシンは気を失いそうになった。
「やり方を変えねばならぬ……」
言いながら、チンシンは手拭で首元の冷や汗を拭き取った。
***
「ただいまー」
トモエは砦の玄関口で呑気に手を振った。それを出迎えたフツリョウとリコウ、シフ、そして城兵たちは顔に安堵の色を浮かべた。
「トモエお姉さんやっぱり凄いなぁ……今回復魔術かけるね」
帰ってきたトモエの体は、流石に無傷とはいかなかった。体に残った刀傷は、シフの回復魔術によって綺麗さっぱり治癒した。
「いやはや……本当にやってしまうとは……一人で奇襲攻撃をかけるだなんて言い出した時はどうしたもんかと……」
「いやいやフツリョウさん、あんな奴らにあたしは負けませんよ」
そう言って、トモエはフツリョウの前で右腕を折り曲げ、力こぶを作って見せた。
昨晩、トモエは一人で山を下り、セイ国軍の陣地に夜襲をかけた。セイ国軍に狙いを定めたのは、この軍が一番つけ入る隙のありそうだったからである。他国の軍よりも布陣が遅かったのを見て、この軍は統率が取れていないと踏んだのだ。
敵の弱い部分を狙い、そこから突き崩す。戦の常道である。もっとも、たった一人での奇襲という時点で、常道も何もないのであるが。
「取り敢えず、ゆっくり休んでてください」
「気遣いありがとう。リコウくん」
リコウは水の入ったコップをトモエに差し出した。それを受け取ったトモエは、そのまま奥の方へ引っ込んでいった。
「さて、あとは我々の戦いだな……」
「そうですね……」
フツリョウとリコウは、ともに神妙な面持ちとなった。いくらトモエが人並み外れた戦闘能力を持つとはいっても、彼女一人に全てを委ねるわけにはいかない。彼女が休んでいる間は、他の者たちで砦を守らねばならないのだ。
城兵は、城壁の上でじっと山の下を睨んでいた。一日目は何とか防いだが、二日目も同じように行くとは限らない。望みがあるとすれば、北東に陣取るセイ国軍をトモエが大きく突き崩した所にある。その混乱の余波が敵軍にあるなら、砦を攻める手も緩まるかも知れない。
だが、その日、攻める手が緩まるどころか、そもそも敵の侵攻自体がなかった。山を囲み、陣を張ったまま、四か国連合軍は微動だにしなかったのである。
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