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奇絵画
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目が覚めると、朱は池の中にいた。自分が、鶏の脚を持つ鯉の姿になっていることに気づくまでには、それなりの時を要した。それが分かった時、朱は激しい後悔の念と共に、自死を思った。そうしてわざと水面から跳ね、陸に打ち上げられて太陽の下に己の身を晒してみたものの、乾きの苦しみを得るだけで、死ぬことは出来なかった。
池は存外に広かった。水草や貝、それから水中に落ちてきた虫などを食べながら、己の身について考えてみた。思えば、自分がこのような怪魚に姿を変えてしまったのは、あの少年によるものとは思えなかった。寧ろ、なるべくしてなったとしか思えない。自分は、己の中の獣に負けたのだ。己の内にいた獣に負けたからこそ、それが表に出てきたまでのこと。
世の中に思いを馳せれば、同じような人面獣心の輩が、天下にどれほど多くいることだろうか。聞けば、今の天子である楊堅なる男だって、白狄の皇族を皆殺しにしたというではないか。帝でさえこうなのだから、況やその民をや、である。
今はまだ、こうして人らしい思考にも堪え得るが、しかし郭の言う所によれば、そうした人らしさも次第に失われて、一匹の獣となってしまうという。しかしそれも、別にどうということもなかった。何故なら、自分は元々、人間でなかったのだから……
隋が滅び、代わって隴西の李氏、つまり秦の李信、漢の飛将軍李広、西涼の李暠の末裔を名乗る李淵の唐が建った。
その唐の玄宗の御代のこと。
遣唐使船に乗って、遠路はるばる長安へとやって来た日本国の使節の中に、松野吉備麻呂という男がいた。彼は社交的で、漢語も上手く、特に長安の官人である杜秀という男と大変親しかった。彼らは度々酒を酌み交わして交友を深めていた。
彼が国へ帰ることになった最後の晩のこと、松野と杜秀は別れを惜しみながら酒を飲んでいた。その酒の席で、松野は奇妙なことを言い出した。
「この間酔っ払ってたらさぁ、いつの間にか知らない場所にいたんだよ。帰り道も分からなくて心細くてさ。」
「はは、そりゃ大変だ。して、その後どうした。」
杜秀は身を乗り出して、松野の話に聞き入った。二人とも段々酔いが回り始め、頬の辺りが紅色に染まっていた。
「どうしようかと困ってたらぼろぼろの廃屋があってな、中に誰もいないようだったから、其処で夜明けまで寝て過ごしたんだよ。まぁこうして生きてるからには危ない目には遭わなかったんだが……というより寧ろ良いことがあったのさ。」
「へぇ、良いこととは。」
「朝にその廃屋の中に絵が幾つかあってな、誰が描いたのかは分からないんだがこんな所でぼろぼろになるのも可哀想な話なんで持って帰ったんだよ。それが凄い出来栄えの絵なんでお前にも見せてやりたいと思ったんだが、せっかくなんで帰る前に見せてやりたいと思ってな。」
「なるほどそりゃ不思議な話だ。」
明くる日、松野は行方を晦まし、日本国へ帰る船は松野を乗せずして出航した。その後、松野が人の前に姿を現すことはなかった。
この船に乗っていた日本国の僧玄安は、出航の直前に松野の住まいを訪ねていた。玄安は松野が残した物の中に、何処で手に入れたかも分からない優れた絵画を見つけた。特に、元服前の少年が描かれたものは、見る者を惚けさせるような艶めかしさを感じさせるものであった。玄安はこれを持ち去って、そのまま船に乗り込んだのであった。
絵の中で、少年はうっとりとした目つきで笑みを浮かべている。まだ見ぬ新天地に、期待を込めるかのような目で——
池は存外に広かった。水草や貝、それから水中に落ちてきた虫などを食べながら、己の身について考えてみた。思えば、自分がこのような怪魚に姿を変えてしまったのは、あの少年によるものとは思えなかった。寧ろ、なるべくしてなったとしか思えない。自分は、己の中の獣に負けたのだ。己の内にいた獣に負けたからこそ、それが表に出てきたまでのこと。
世の中に思いを馳せれば、同じような人面獣心の輩が、天下にどれほど多くいることだろうか。聞けば、今の天子である楊堅なる男だって、白狄の皇族を皆殺しにしたというではないか。帝でさえこうなのだから、況やその民をや、である。
今はまだ、こうして人らしい思考にも堪え得るが、しかし郭の言う所によれば、そうした人らしさも次第に失われて、一匹の獣となってしまうという。しかしそれも、別にどうということもなかった。何故なら、自分は元々、人間でなかったのだから……
隋が滅び、代わって隴西の李氏、つまり秦の李信、漢の飛将軍李広、西涼の李暠の末裔を名乗る李淵の唐が建った。
その唐の玄宗の御代のこと。
遣唐使船に乗って、遠路はるばる長安へとやって来た日本国の使節の中に、松野吉備麻呂という男がいた。彼は社交的で、漢語も上手く、特に長安の官人である杜秀という男と大変親しかった。彼らは度々酒を酌み交わして交友を深めていた。
彼が国へ帰ることになった最後の晩のこと、松野と杜秀は別れを惜しみながら酒を飲んでいた。その酒の席で、松野は奇妙なことを言い出した。
「この間酔っ払ってたらさぁ、いつの間にか知らない場所にいたんだよ。帰り道も分からなくて心細くてさ。」
「はは、そりゃ大変だ。して、その後どうした。」
杜秀は身を乗り出して、松野の話に聞き入った。二人とも段々酔いが回り始め、頬の辺りが紅色に染まっていた。
「どうしようかと困ってたらぼろぼろの廃屋があってな、中に誰もいないようだったから、其処で夜明けまで寝て過ごしたんだよ。まぁこうして生きてるからには危ない目には遭わなかったんだが……というより寧ろ良いことがあったのさ。」
「へぇ、良いこととは。」
「朝にその廃屋の中に絵が幾つかあってな、誰が描いたのかは分からないんだがこんな所でぼろぼろになるのも可哀想な話なんで持って帰ったんだよ。それが凄い出来栄えの絵なんでお前にも見せてやりたいと思ったんだが、せっかくなんで帰る前に見せてやりたいと思ってな。」
「なるほどそりゃ不思議な話だ。」
明くる日、松野は行方を晦まし、日本国へ帰る船は松野を乗せずして出航した。その後、松野が人の前に姿を現すことはなかった。
この船に乗っていた日本国の僧玄安は、出航の直前に松野の住まいを訪ねていた。玄安は松野が残した物の中に、何処で手に入れたかも分からない優れた絵画を見つけた。特に、元服前の少年が描かれたものは、見る者を惚けさせるような艶めかしさを感じさせるものであった。玄安はこれを持ち去って、そのまま船に乗り込んだのであった。
絵の中で、少年はうっとりとした目つきで笑みを浮かべている。まだ見ぬ新天地に、期待を込めるかのような目で——
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