機械仕掛けの慕情

武州人也

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華清の池

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  もうすっかり夜闇に覆われた空を衝くように、突兀とっこつたる高層ビル街が、駅を降りた男の目の前にそびえ立つ。
 秋風はスーツの袖を吹いて寒く、孤独感を甚だ煽るようである。荒涼としたコンクリートの曠野こうやを、如何にも仕事帰りといった様子の男は一人、期待の籠った眼差しでずんずんと歩いている。
 眼鏡をかけた、如何にも几帳面そうなその男は、明確な目的地に向かって、ただ一人、歩みを進めていた。やがて景色は、殷賑いんしんを極める煩雑な飲み街に変わっていく。アルコールの不快な臭いが、男の鼻孔を突いた。やがて男の姿は、とあるビルの地下へ吸い込まれていく。

 

 性に目覚めた少年時代より、男――呉明くれあきらは、自らが同性にのみ性的興奮を覚えることを自覚していた。秀麗な顔貌のクラスメイトの男子に懸想してはその細首を盗み見たりしていたが、ついぞ想いを告げることはなかった。
 そうして成長する内、自身が齢を重ねても、自らの情欲の対象とする相手の年齢は、全く変わることがなかった。同性愛というだけでなく、少年性愛のへきであったことも、段々と自覚するに至ったのであった。
 それから明は、自らの本性を隠し、市井の内に伏せる人生を送ってきた。それなりに優良とされる勤め先に勤務し、卒なく仕事をこなすことで周囲からの好感もそこそこに持たれていた。彼の被る仮面は精巧極まるものであった。
 しかしそれでも、誤魔化しきれないこともある。二十代も後半に差し掛かって尚浮いた話の一つもない彼は、結婚する気はないか、良い人はいないのかといった両親からの圧力に晒されるようになった。職場でも女っ気のないことは薄々感づかれていて、そのことで何となく浮いた存在になっていて、居心地の悪さに繋がっていた。自分のようなはみ出し者は、どれほど上手く仮初めの姿を作り込んで擬態したとて社会で生きて行かれぬ、ということを、言外に語って聞かされているようだった。被った仮面の内側は、苦悶に歪んでいた。
 ある休日、何の気なしにスマホを弄っていた彼は、性風俗の体験談を掲載するブログを見つけた。それは、嬢の全員が性行為用アンドロイド、つまりセクサロイドで構成された風俗店であった。
 それより前は、性風俗というもの自体に無関心であったから、そういうものがある、ということを知らなかったのだが、その業界では少し前から話題になっていたらしい。
 ブログ主は成人女性を好む異性愛者男性で、嬢は女性型であったのだが、小児性愛者用に少年少女型のそれもあるということが言及されていた。生身の人間ではない、謂わば物品と同じであるからこそ、性産業に従事させることが出来るのだという。
 人の姿を模し、人工知能を搭載した機械――つまりアンドロイドが様々な業種で労働力となって暫く経つが、社会に革新をもたらしたこの技術の波は、どうやら性産業にも押し寄せていたらしい。
 明は尚も情報を収集した。そして、とうとう少年型セクサロイドを扱う店を発見した。
 最初は、中々踏ん切りがつかなかった。今までそういった場所を利用したことなど全くなかったし、また足を運ぼうなどと考えたこともなかったから、それは当然のことである。けれども、一度気になってしまってから、胸中の興味関心は愈々抑え難く、とうとう決心し、都合のつけられそうな日を探して、店に予約を入れた。

 部屋に通されると、そこには彼が指名した、浴衣姿の少年がいた。
 黒く艶のある前髪を真っ直ぐ横に切り揃えたおかっぱ頭、一顧すれば城を傾けんばかりの、切れ長の涼しげな明眸めいぼうをした、美しい顔立ちの中性的な美少年であった。人間の顔であれば、天生の麗質を持つ一部の者を除けばその何処かしらに瑕疵かしとなる部分があるものだが、この少年はまさに明の理想通りの、完璧に過ぎる美少年であった。明の胸の鼓動は、その姿を見たことで、一段と高鳴った。
「ぼくは蘭丸らんまる、と言います。よろしくお願いします。お客様の夜伽の相手を務めさせていただくことを光栄に思います」
 ベッドに座った明に、穆々ぼくぼくと一礼した。変な駆動音でも聞こえるのか、と思ったが、そのような機械然としたものは全く感じさせなかったことに、明はいみじく驚嘆せしめられた。
「随分と緊張していらっしゃるようですね。お肩、お揉み致しましょうか。」
 ああ、とぎこちない返事をすると、少年型セクサロイドの蘭丸は、明の後ろに回り、肩を揉み始めた。子どもらしく、手が小さくて指が細いのが肩の皮膚越しに分かる。力加減も丁度良く、強張った肩の筋肉が良い感じにほぐされていく。
「こういった所を利用なさるのは初めてですか?」
「ああ、まぁ……」
 尋ねられたことに、明は滑らかに答えられなかった。行為が初めてかどうかを聞かない辺りは配慮なのだろう。きっとそういう風に設定されているのだ、と、明は合点した。
「さて、ではそろそろお風呂にしますか?」
 言いながら、蘭丸は肩を揉む手を止めて、明の正面に回った。事がどんどん進んでいく。いずれこの美少年と行くところまで行くのだと思うと、明の鼻息は荒くなっていった。
 蘭丸は明のスーツに手をかけ、小慣れた手つきで脱がせていく。脱がされ終わって生まれたままの姿となった明は、少しく羞恥心に苛まれたが、これからもっと凄いことをするのに、今更何を恥ずかしがることがあろう、と、すぐに羞恥を振り切ることができた。
 明もお返しとばかりに、蘭丸の浴衣を脱がせた。脱がせると、白磁が如き白い肌の上に桃色の突起物を二つ乗せた、薄い胸板が露わになる。これが人間でないとはとても信じられない、と、明は思った。
 明と蘭丸は、風呂で体を洗い合った。生身の人間である自分はともかく、そうではない蘭丸に汗を洗い流す必要はあるのだろうか、と思って、それを問うてみた。
「それも夜伽の一環でございますので……」
 蘭丸の答えに、納得できるような、できないような……と、妙な気分になった。
 そんなことを考えている内に、蘭丸の泡だらけの手が、明の陽物に不意に触れた。
「ひっ……!」
 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「あっ、すみません……。不躾ぶしつけな真似を致してしまいました」
「ああ、いや、いいんだ、そう申し訳なさそうにしないでくれ」
 慌てた仕草さえ、実に人間らしい。その技術力に、明は改めて舌を巻いた。
 それから、仕切り直しといった風に、蘭丸は再度明の陽物を手で握り、扱き始めた。蘭丸の繊指に掴まれて、明のそれは既に勃然と起き上がり、赤く怒張していた。明もまた、蘭丸の物を握った。皮を被った蘭丸のそれも、いつの間にやら硬く屹立し、鈴口が姿を現していた。どういう機能になっているんだろう、と、先程までの明であれば考えたであろうが、蘭丸の執拗な愛撫に、明の余裕は既に奪い去られてしまっている。
「はぁ……はぁ……ごめっストップ……」
 もう少しで出てしまいそう、といったところで、明は制止をかけた。それを聞いて、蘭丸の手が止まる。流石にここで出してしまうのは、勿体ないし情けない。
 二人はベッドへと向かった。
「それでは失礼します」
 ベッドに腰掛けた明の前に蘭丸が跪き、張り詰めた陽物を口腔に含んだ。
 唾液が纏わり付く粘質な感触が感じられる。一体どういう機能によるものなのか、ということを考える余裕は、最早明には残されていない。性行為の経験がない故に、他者と比べて蘭丸の口技が如何程であるのか明には分からないが、唾液に濡れた赤い魚は、舌に這い回られる度にびくびくと震え、先走りの汁を滲み出させている。
「あっ……!」
 全く油断しきっていた。明の陽物は蘭丸の口技の前に、呆気なく膝を屈したのである。蘭丸の口腔の中に、明の白濁がだらしなく吐き出された。蘭丸は、微笑を浮かべながらそれを飲み干してしまった。
「キス、してくれないかな」
 萎えしぼんだ自らの陽物を見ながら、まだ口づけをしていないことに、明は気づいた。
 どちらともなく、二人は唇を重ねた。お互い相手の口腔に自らの舌を侵入させ、樹木に巻きつく葛《くず》の蔓のように絡め取り合う。二人の唾液が混ざり合い、淫靡な水音が響く。そうしている内に、一度は熱を失った明の体に、再び熱が籠り始める。
「どうやらまだできるみたいですね……しますか?」
 口を離すと、蘭丸はローションのボトルを掴み、左手に乗せたローションを、ゴムを装着していない、生のままの明の陽物に塗りたくる。
 通常、肛門での行いにおいて、ゴムを着用せずに行い、精を直腸内に直接受け入れることは、感染症の危険などを鑑みれば行うべからざる行為である。しかし、生身の人間同士でないなら、そこは気にしなくてもよい、ということだろう。
 明は、仰向けのベッドの上に押し倒した蘭丸の上に覆い被さって交合を果たした。
 桓々かんかんと猛るそれは、思いのほか、抵抗なくするりと入った。青大将に呑まれる鼠のように、咥えられ内側へと飲み込まれてゆく。
「動いてもいいかな……?」
「はい……動いてください」
 明は、内側の媚肉と直接触れ合う感触をおのが陽物で味わうように、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「ひっ……ああっ……」
 奥を突かれた蘭丸は、屑然《せつぜん》とした喘ぎ声を上げた。それがたまらなく扇情的で、明は内に燃える情欲の炎がより強くなるのを感じながら、陽物の抽送を速めた。先程出したこともあって、まだ暫くは持ちそうだ。
 ふと、明は、蘭丸も精を放つのだろうか、ということを考えた。気になった明はそっと蘭丸のそれに触れてみた。すると、その先端からは、先走りのような液体が滲み出ていた。
 明は陽物を前後させながら、蘭丸の股間の物を扱き上げる。
「やっ……ちょっ……やめ……」
 蘭丸の制止も聞かず、明は尚も物を扱く。その先端からは、だらだらと透明な液が出ている。
「ああっ……!」
 蘭丸の張りつめた陽物から、とうとう白濁した液体が噴出した。明は抽送を一旦止め、彼の腹の上に撒き散らされたその液を指で掬って舐めてみた。
 苦い、というより、しょっぱい。何とも言えない味だが、前に物の試しで舐めてみた自分のそれと似ている気がする。
 今度は、それの匂いを嗅いでみた。匂いも本物と変わらない。そこまで精巧に作られているのかと、明は目を丸くしていた。
「あ、あの……」
「ん?ああ、ごめん」
「動いて……ください」
 こちらを見上げながらお願いする蘭丸に、明は心臓を射抜かれた気分になった。中に入ったままのそれは、ぎちぎちに張り詰めているだろう。
 それからはもう、幾度も体位を変えながら、獣のように交合した。そうして、次第に明の方も、こみ上げてくるものを感じるようになった。愈々以て絶頂が近づいてきているのである。
「中にっ……出してください!」
 そう乞われて、ついにせきが切れた。
 明は陽物を根元まで押し込み、熱い飛沫しぶきをその奥に放散した。
 放精を終えた明は、自らの物を後庭から引き抜いた。粘り気を持った白濁が、その後孔と亀頭の間に架橋していた。

 忘我悦楽の時を終え、ベッドに寝転んでいた明の朦朧とした頭に、詩句が浮かんできた。

 春寒くして浴を賜う 華清かせいの池
 温泉 水滑らかにして凝脂を洗ふ
 侍児じじ たすけ起こすもきょうとして力無し
 始めてれ新たに 恩沢をけし時
 雲鬢うんびん 花顔かがん 金歩揺きんほよう
 芙蓉ふようとばりは暖かくして 春宵しゅんしょうわた
 春宵 はなはだ短くして日高くして起く
 り君王 早朝せず

 確か、唐の詩人白居易はくきょい長恨歌ちょうごんかだったはずだ。
「長恨歌、ですね。存じております」
 隣の蘭丸が答えた。予め知識がインストールされているのか、それとも検索の機能でも使ったのであろうか。

 歓を承け宴にして 閑暇無し
 春は春の遊びに従い 夜は夜を専らにす
 後宮の佳麗 三千人
 三千の寵愛 一身に在り
 金屋 よそおい成りて嬌として夜に侍し
 玉楼ぎょくろう えんみて 酔いて春に和す
 姉妹弟兄 に列す
 憐れむし 光彩 門戸に生ず
 
 蘭丸も、その続きを詠んだ。朗らかな、少年らしい声であった。
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