4 / 23
ツァーリとラスプーチン
しおりを挟む
皇帝を護るのは神ではない。我々兵士だ。私は何も間違っていない。
もし神が我々人間を直接その手で護ると言うのなら、戦争なんてものは起こらないはずだ。
なぜ私が急にこんなことを考え始めたかと言うと理由は二つ。一つは、我々が今まさに世界を巻き込んだ大戦に参戦していること。これのせいで、安全な内地勤務の私にまで『前線への補給の管理』 という一見簡単そうに見えて非常に面倒な仕事が回ってきたのである。
なんでも聞くところによると、我がロシア帝国は連合国側で一番多く兵士を動員しているのだとか。
二年前にセルビアを支持してドイツの怒りを買ったのは完全に失敗だったな。
結果として大戦は長引き、国民の不満は目で見て分かるほどに募っている。今、国の中で争っている場合ではないと言うのに・・・・・・。
ツァーリの考えは分からん・・・・・・。
もう一つの理由は、ラスプーチンとか言う胡散臭い祈祷師だ。
アレクサンドラ皇后から熱烈な支持を受けていて、最近離宮にも出入りしているようだ。私は一度だけラスプーチンの姿を見たことがあるが、その様相は狂人という言葉を具現化したような狂いっぷりだ。
髪や髭は伸ばしっぱなし、身なりも貧しいコサックのような汚さで、とてもじゃないが長時間どころか、少しの時間も見るに耐えない。風の噂によるとアレクサンドラ皇后の息子であるアレクセイの血友病を治癒できるとか・・・・・・。
あんな見るからに胡散臭い祈祷師を皇室の人間は本気で信じているのか? 見るからにまともな文章も書けなさそうで、言葉も何を話しているのか分からないような人間のどこがそんなに良いのか、一貴族である私にはまったく理解できない。
そんな風貌の人間が皇室に出入りしているのだから、市民の不満は溜まる一方だ。中にはドイツ出身の皇后が呼び寄せたスパイではないのかという噂を言いふらす輩まで出始める始末だ。
この二つの理由から、私は神を疑い始めたのである。もし神がいれば、あの祈祷師の存在を許すことはないだろう。仮に神が許しても、ロシアの民衆はそれを許しはしないだろう。
「先輩、これを」
部下が私に送られてきた封書を突き出してきた。この時期のこの手の封書はまず間違いなく戦争関連の何かだ。
嫌々ながら封書を開く。
「・・・・・・またか」
中身は予想通り、ペルシャ戦線への補給要請だった。ついこの前、パンと水を送ったばかりだというのに・・・・・・。
「前線の人間はどれだけ食えば気が済むんだ」
「先輩、それ多分暗に武器と火薬をもっと送れって言ってるんだと思いますよ」
「それくらい分かってるよ。だけどそうもいかないからな、一定以上の火薬は残しておくようにっていう上からのご達しなんだ」
「上の懸念は革命、ですか?」
「大部分はそうだろう、現に今、市民の不満の積もり方は天井知らずだ」
私もそれでこの前、左頬に手痛い一発をくらったしな。
「はあー、嫌になっちゃいますね。外も内も敵ばっかりで」
「それでも仕事をするのが、我々の責務だ。前線の連中にはまたパンと水を送ってやろう」
まったく、部下じゃないが嫌になる。前線に送る分のパンと水で、一体どれほどの民衆の飢えを凌げるか。領土や国の面子を守るのも大切だろうが、自国民を守るのも国家の仕事だろうに。
「先輩、戦争ってなんのためにやってるんですか?」
さっさと食料の手配を済ませようとしたところ、部下から突拍子もない質問が飛んできた。
そんなの・・・・・・、そんなの私だって分からない。
「勝つため、だろうな」
敢えて一言で表すならそう言う他ないだろう。しかし、当然ながら私の部下はその答えに不満気なようだ。
「それくらい、俺だって分かりますよ・・・・・・。何を得るために勝つのかっていうのが疑問なんですよ。もしこのまま戦争が長引いて俺たちまで戦線に行くなんてことになったら」
「心配なのは自分の命か?」
「まあ・・・・・・。今の言い方だとそうなりますよね。でもそんなの、誰だってそうでしょう?」
「そりゃな、お前は間違ってないよ。だが、あまり大声では言わないようにな」
もしそんなことを話してるところが誰かに聞かれでもしたら、戦線への流刑だってありえないこともない。
・・・・・・今のツァーリは何をしでかすか分からないからな。
「さて、ペルシャ戦線にはどれくらいパンを送ってやろうかな」
私がまた仕事に戻ろうとしたその時、今年配属されたばっかりであろう新兵が大声で基地に流れこんできた。
「伝令! トルキスタン総督府が爆破テロ! トルキスタン総督府が爆破テロ! 被害多数! 繰り返す! トルキスタン総督府が爆破テロ! 被害多数!」
もし神が我々人間を直接その手で護ると言うのなら、戦争なんてものは起こらないはずだ。
なぜ私が急にこんなことを考え始めたかと言うと理由は二つ。一つは、我々が今まさに世界を巻き込んだ大戦に参戦していること。これのせいで、安全な内地勤務の私にまで『前線への補給の管理』 という一見簡単そうに見えて非常に面倒な仕事が回ってきたのである。
なんでも聞くところによると、我がロシア帝国は連合国側で一番多く兵士を動員しているのだとか。
二年前にセルビアを支持してドイツの怒りを買ったのは完全に失敗だったな。
結果として大戦は長引き、国民の不満は目で見て分かるほどに募っている。今、国の中で争っている場合ではないと言うのに・・・・・・。
ツァーリの考えは分からん・・・・・・。
もう一つの理由は、ラスプーチンとか言う胡散臭い祈祷師だ。
アレクサンドラ皇后から熱烈な支持を受けていて、最近離宮にも出入りしているようだ。私は一度だけラスプーチンの姿を見たことがあるが、その様相は狂人という言葉を具現化したような狂いっぷりだ。
髪や髭は伸ばしっぱなし、身なりも貧しいコサックのような汚さで、とてもじゃないが長時間どころか、少しの時間も見るに耐えない。風の噂によるとアレクサンドラ皇后の息子であるアレクセイの血友病を治癒できるとか・・・・・・。
あんな見るからに胡散臭い祈祷師を皇室の人間は本気で信じているのか? 見るからにまともな文章も書けなさそうで、言葉も何を話しているのか分からないような人間のどこがそんなに良いのか、一貴族である私にはまったく理解できない。
そんな風貌の人間が皇室に出入りしているのだから、市民の不満は溜まる一方だ。中にはドイツ出身の皇后が呼び寄せたスパイではないのかという噂を言いふらす輩まで出始める始末だ。
この二つの理由から、私は神を疑い始めたのである。もし神がいれば、あの祈祷師の存在を許すことはないだろう。仮に神が許しても、ロシアの民衆はそれを許しはしないだろう。
「先輩、これを」
部下が私に送られてきた封書を突き出してきた。この時期のこの手の封書はまず間違いなく戦争関連の何かだ。
嫌々ながら封書を開く。
「・・・・・・またか」
中身は予想通り、ペルシャ戦線への補給要請だった。ついこの前、パンと水を送ったばかりだというのに・・・・・・。
「前線の人間はどれだけ食えば気が済むんだ」
「先輩、それ多分暗に武器と火薬をもっと送れって言ってるんだと思いますよ」
「それくらい分かってるよ。だけどそうもいかないからな、一定以上の火薬は残しておくようにっていう上からのご達しなんだ」
「上の懸念は革命、ですか?」
「大部分はそうだろう、現に今、市民の不満の積もり方は天井知らずだ」
私もそれでこの前、左頬に手痛い一発をくらったしな。
「はあー、嫌になっちゃいますね。外も内も敵ばっかりで」
「それでも仕事をするのが、我々の責務だ。前線の連中にはまたパンと水を送ってやろう」
まったく、部下じゃないが嫌になる。前線に送る分のパンと水で、一体どれほどの民衆の飢えを凌げるか。領土や国の面子を守るのも大切だろうが、自国民を守るのも国家の仕事だろうに。
「先輩、戦争ってなんのためにやってるんですか?」
さっさと食料の手配を済ませようとしたところ、部下から突拍子もない質問が飛んできた。
そんなの・・・・・・、そんなの私だって分からない。
「勝つため、だろうな」
敢えて一言で表すならそう言う他ないだろう。しかし、当然ながら私の部下はその答えに不満気なようだ。
「それくらい、俺だって分かりますよ・・・・・・。何を得るために勝つのかっていうのが疑問なんですよ。もしこのまま戦争が長引いて俺たちまで戦線に行くなんてことになったら」
「心配なのは自分の命か?」
「まあ・・・・・・。今の言い方だとそうなりますよね。でもそんなの、誰だってそうでしょう?」
「そりゃな、お前は間違ってないよ。だが、あまり大声では言わないようにな」
もしそんなことを話してるところが誰かに聞かれでもしたら、戦線への流刑だってありえないこともない。
・・・・・・今のツァーリは何をしでかすか分からないからな。
「さて、ペルシャ戦線にはどれくらいパンを送ってやろうかな」
私がまた仕事に戻ろうとしたその時、今年配属されたばっかりであろう新兵が大声で基地に流れこんできた。
「伝令! トルキスタン総督府が爆破テロ! トルキスタン総督府が爆破テロ! 被害多数! 繰り返す! トルキスタン総督府が爆破テロ! 被害多数!」
0
お気に入りに追加
9
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる