竜の歌

nao

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27 五歳児の試練 15

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 病院の医師から薬を投与したと報告を受けてから十分待ち、防護服を着込んで隔離棟に入る。
「ラスカー兄様!起きて!目を開けてよ!」
 枕元で肩を叩きながら兄様の意識を戻そうと声を掛け続ける。
 メイファー様は寝台の反対側で兄様の脈を取りながら様子を診ている。
 何度目かの呼びかけで、ふと薄く瞼が開いた。
「ラスカー兄様、ルスランだよ。分かる?ここに居るよ」
「……ル……」
「そう、僕だよ!良かった意識が戻った!」
 兄様の冷たい左手を両手でしっかりと握る。
「なにが……どうなってる……」
「兄様を助けに来たんだ。兄様の体を蝕んでる毒を何とかする為に薬を投与した。解毒剤じゃなくて毒の成分と治療法を突き止める為の時間稼ぎなんだけど……」
「だめだ……出て、行きなさい、お前まで……毒、に」
「大丈夫、防護服を着ているし、毒物に詳しい専門家にも来て貰ってる」
「むり、だ……ルゥ……たのむ……外へ」
「ちょっと良いかい?時間が惜しいからハッキリ言わせてもらうよ」
「その声……まさか、メイファーたいこう……」
「私が認識出来ているな、よし」
「なにを……やめろ、ルゥを」
「君の能力は”毒”だね」
「え!?」
「やめ、ろ」
「兄様の能力が毒って……」
「私が予測している毒は少なくとも四種類はあるし、その内の二種類は互いの毒性を無効化するものだ」
「毒が毒を無効化?」
「毒と一言に言っても病気や怪我の治療薬になる事もある。要は使い方だ。解毒剤として他の毒を使う場合もある」
「……やめてくれ」
「ラスカー兄様」
 重たげな右手がメイファー様に向かって伸ばされるが、直ぐに力なく寝台に沈んでしまう。
「そんなにも多くの種類の自然界の毒物を知らずに摂取するなど不自然だし、人為的に摂取させられたとしても体の中で日々増え続けるなどおかしな話だ。君の能力が公にはされていない事は社交界でも有名だしね。本人が口にせずともその手の話は何かしら噂が立つものだが君に関しては一切それも無い。かなり慎重に隠していたんだろう」
「で、でも、どうして自身の能力で苦しめられるんですか?」
「能力は種類もさることながらその大きさ、威力についても個人差があるんだ。その力が強ければ強いほど、扱いが難しいと言われている。それが毒となれば……小さい頃からさぞかし苦労しただろうね」
「き、さま……」
「兄様!」
 普段礼儀正しいラスカー兄様の暴言に驚く。いくらデリケートな話だとしても、相手は王族の大公閣下だ。
 今だはっきりとは開けられない兄様の目からもメイファー様への強い敵意が浮かんでいる。
「君とルスラン君は少し話をした方が良い。後悔はしたくない、だろう?」
 僕に向かって軽くウィンクしたメイファー様は静かに外へ出て行った。
「兄様……毒は兄様の能力の所為なの?」
「ルスラン」
 握っている兄様の人差し指がピクリと動いた。
「兄様の事、教えてくれる?どうしてこうなってしまったのかも」
「……あの方が言った事は当たっている。私の能力は毒だ。ギルシュが火を扱う様に、私も毒を扱う事が出来る」
 少し眠たげな話し方ではあるが、内容はしっかりしているしちゃんと聞き取れる。
「ドラグーンの能力は物心が付く頃から現れるらしく、私も小さい頃から自分の能力に苦しんだ。能力の使い方など誰にも教われないから、しょっちゅう体調を崩していたよ」
 ドラグーンの能力は様々で誰かに教えて貰うなんて事ができないのだ。
「しかも……毒、だしね。誰にも言えなかった……父上は気付いていたかもしれないが」
 誰にも助けを求める事が出来ずにずっと今まで兄様は一人で……。
「どうすればこの能力を安定させる事ができるのか、小さい頃はそれだけを考えて過ごしていたように思うよ。そのうち段々感情を平坦に保っていると力は暴走したりしない事に気付いた。規則正しい生活を送り、感情を乱すことなく過ごす……私はね、別に真面目な者ではないんだ。ただ自分を守る為にそうしてきただけで」
 自嘲気味に笑う兄様が痛々しい。
「でもお前に……お前を助けに行ってその姿を目にした時に、今までにない位感情が爆発した。愛おしいという気持ちがね」
 兄様の左目からぽろりと涙が一粒落ちる。
「その時は毒のことなど頭になかったな……ただ愛しいだけだった……その時から私の頭の中はルスラン中心の毎日で……とても幸せだったよ」
「兄様……僕も兄様に助けられて家族で暮らせるようになって凄く、凄く幸せだよ」
「可愛いお前がこんな私を慕ってくれることが嬉しくもあり……不安でもあった」
「不安?どうして?」
 僕が何かしたんだろうか。僕が兄様を不安定にさせてしまうようなことを。
「私の能力がお前にばれてしまう事が何より恐ろしかった。ギルシュとの距離が日に日に縮む様子を側で見ているのが辛かった。嫉妬心でお前を傷付けることが怖かった……世間が噂する私は私では無い、本当の私は酷く浅ましい者なんだよ」
「そんな、そんなことないよ。僕は兄様を知っているもの。兄様の竜玉だって感じる位近くに居たんだから。兄様は本当に優しくて強い人だよ」
「お前には良い面しか見せていないだけだ。心の中は自分でも嫌になる程に妬む気持ちが渦を巻いている。もっとお前の近くに居たかったが、嫌われたくはなかった。毒なんて能力……欲しくは無かった」
「兄様……」
 一人で苦しんできた長い時間を思うと涙が溢れてくる。僕がもっと早くこの世界に生まれ変わっていたら兄様を支えられていたかもしれないのに。
「あのギルシュがあそこまで穏やかになってお前と親しくなるのを見ていて、私の感情が平穏を保てなくなっていった。ギルシュが変われたのに私は……」
「兄様、ラスカー兄様聞いて。世間の言ってる事なんか僕には関係無い。僕のラスカー兄様は一人だけ。目の前にいる兄様だけだよ。いつも優しく僕を気遣って、静かに側に居てくれた兄様が僕の大好きなラスカー兄様」
「ルスラン、お前は力の怖さを分かっていない……私はその力を制御できずに小さい頃に動物の命を……」
「わざとじゃないでしょ?それは不幸な事故だよ。僕が兄様のこと分かってないって言うけど、いっぱい知ってる」
 力の事じゃなくても僕の知ってるラスカー兄様は沢山ある。
「僕はいつも兄様のことお手本にしてるんだ。例えば、兄様いつも挨拶をかかさないでしょう?ギル兄様にも。でもギル兄様とエル兄様は禄に返さないよね、あれは僕駄目だと思う。今度しっかり二人を叱っておくね。それに綺麗好きで整理整頓が上手。だから兄様の部屋って凄く落ち着く。ギル兄様なんか脱いだ服をぽいぽい床に放っておくんだよ、ラスカー兄様からも注意してよ。あ、でも兄様もギル兄様のことチクチク小言言い過ぎちゃ駄目だよ、余計に反抗しちゃうから。それと兄様ちょっと潔癖が酷くなってきていない?大丈夫?あんまり酷いようなら対策を考えないと」
「ル、ルスラン……」
「なに?」
「……いや、お前……フ、フフ」
「兄様、僕何か変なこと言った?」
「小言を言う潔癖症な私は嫌いではないか?」
「嫌いじゃないよ、心配はするけど。僕も綺麗な方が好きだし、小言は心配してくれてるんだなって分かるし」
 兄様の左手を防護服越しの頬に当てる。僕の気持ちがこの手を伝って兄様に流れていけば良いのに。
「毒を持つ兄様もラスカー兄様。僕はラスカー兄様が好き。これは誰にも否定出来ない僕の気持ちだよ。この防護服邪魔だね」
「ルスラン……愛しているよ。ああ、お前に触れたい」
「僕も。僕も愛してる」
 二人で笑い合ってるとメイファー様が戻ってきた。
「おや?」
 僕達を見てニヤリとしたメイファー様はふたたび脈と眼球を確認した。
「ふむ、随分症状が落ち着いてきたね。これなら遅延薬は追加しなくても大丈夫だろう」
「ルスラン、少し二人にしてくれないか」
「え……」
 さっきのメイファー様に対する態度に心配になって見つめる。
「大丈夫、喧嘩はしないよ」
「うん……わかった」
 兄様に言われ後ろ髪を引かれながらも、防護服を持ち上げながら隔離棟を出た。



 暗い中でも分かるニヤニヤと嫌な笑いを浮かべる彼を睨むが、大して効果はない。
 私の視線に動揺するような可愛い性格をしていない事は分かっているが、忌々しい。
「まんまと嵌められた訳ですか」
「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。彼が私に助けを求めて来たんだから」
「これ幸いと利用したんでしょう、あんな小さな子供を」
「そうは言うが、あれが子供か?こちらの甥より年寄り臭いが」
 「あれ」だの「年寄り」だの、私の世界一可愛く大切な存在に対する表現に、こめかみの血管が切れそうになる。
「ルスランを老人呼ばわりしないで下さい。言っておきますが院には行きませんよ」
「つれないな。伯父さんの頼みでも?」
 私の能力を自白させる事が出来て嬉しくて仕方がないのだろう。
 目が笑っている。
「ドラグーンの権利は法で守られている筈です。研究動物になるつもりはありません」
「あの子、ルスラン君。とても賢い子だね、ドラグーンじゃないが将来有望だ。ああいった人材は研究院も欲する所だよ。だがやはり子供は子供、人を疑うって事を知らない」
「ルスランに手を出したら……たとえ貴方でも許さない」
「ああ、それとそれ、彼に言っていないんだね。協力の見返りは何かって聞いた時に持ち出さなかったんだ、こっち関係の話し。あの子を気遣っているのかい?遅かれ早かれ分かる事だろうに。随分可愛がっているんだねぇ」
「脅しているんですか。私は貴方と関わるつもりはありません。……特に零部隊には」
「何のことだい?」
「……」
「ラスカー、君の感情には関係なく繋がっているし繋がっていくものだよ。それを運命と言う者もいるね」
 嘘くさい笑顔にできる事なら今すぐルスランを連れてここから離れたかったが、体が動かなかった。

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