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13 五歳児の試練 1
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家族と仲を深めたり、自分の体調を安定させている事に集中している内に、なんだかんだで気付けば自宅に戻ってから一年以上が経とうとしている十一月。あっという間の一年だったな……。
最近タイニーが父様に、僕の誕生日がどうのこうのと詰め寄っている所を目撃していたので、そういえば自分の誕生日はいつなんだろうと思って聞いてみた。
僕の誕生日は四月三日。
二歳の誕生日の三日後に誘拐され、家に戻って三歳と四歳の誕生日を知らないまま過ごして今である。
「それで旦那様、ルスラン様の御誕生会はいつになさいますか?」
月曜日の朝食に僕と父様、エルノア兄様と非番のラスカー兄様が揃っている。
「………」
父様がベーコンを入れた口を開けたまま、手を止め固まった。
「………それは見送る方向で……」
「では四歳になられた時から送られてくるお祝いの品々や遠回しに御誕生会への出席を願うお手紙、お茶会へのお誘い、ただの贈り物等々への対応は如何すればよろしので?」
シーン。
皆の視線が父様に集まる。
公爵家の家令が食事の場でそんな事を言い出すのは、よっぽど手に余る状態だと察せられる。
まさかそんな事になっていたとは。
「タイニー、もしかしてルスランが戻ってからずっとそのような事が続いていたのか?」
ラスカー兄様の問いに、タイニーが父様へ視線を向けたまま答える。
「ええそれはもう。なにせ公爵家の御子息ですから、親しくなりたい、うまくいけば縁続きに、と考えるのは当然ですので。他家からすればそう簡単に諦められる事では無いですし」
「ちょっと待て、縁談の話もきているのか?」
「幼少から許嫁が決まっている貴族は多いですし、我先にと焦っている家も少なくありません。それにルスラン様はとてもお可愛らしい方ですので、女性のみならず男性からもお話が……」
「許さないぞ!」
父様がナイフとフォークを握ったままテーブルを叩いた。
食器がちょっと浮いたよね。
「ルスランが結婚だなんて、パパ許さないからね!」
いやいや、まだ四歳ですから。結婚なんてずっと先ですから。
「当然です。ルスランを他の男の元になどあり得ない!」
「………」
親馬鹿な父様とラスカー兄様だけでなく、エルノア兄様までがうんうん頷いて同意している。
あれ?女の人の可能性も有る筈。てゆーかそっちのが普通なのでは?
のみならず男性も?
「それにどうして他の者がルスランの容姿を知っているんだ。殆ど家から出たことが無いだろう」
「ラスカー様、貴族社会の情報網を甘くみてはいけません」
怖っ。
僕は家族以外の貴族なんて知らないのに、僕のことは知られてるなんて。ネットも無い世界なのに。
「ルスラン様は五ヶ月後の四月三日に五歳になられます。さすがに今回の御誕生日は何もしない訳には参りません」
珍しくタイニーの圧が凄い。
貴族に限らず竜族は産まれた時と、五歳と十五歳になったら親戚縁者でお祝いする習慣があるそうだ。
無事生まれた事に感謝し、無事成長した事を祝い、成人した事を祝う。
「我が末息子は世界一可愛いから悪い虫が付く、変態じじいに目を付けられる、業突くババアの玩具にされる、等の妄想に捕らわれて現実から逃げていらした旦那様には目を覚まして頂いて、的確な指示をお願いいたします」
そんなこと言ってたのか。
「………わかった」
声小っさ!
凄い嫌々って顔してる。
そうだ、父様にお願いがあるんだった。
「父様、お願いがあるんですけど」
「……なんだい?ルスラン」
「父様から陛下への謁見の許可を取って頂けないでしょうか?」
なぜか父様の口がむぅーっと尖る。
「僕自身から陛下へ保護と治療のお礼を申し上げたいんです」
「ルスラン様……ご立派です」
「父様?」
じじ馬鹿のタイニーは感激しているようだけど、父様の口はよりいっそうむぅーっと尖る。
「………パパ」
「え?」
「パパ」
文字を憶えて言葉もしっかりしてきたので、貴族子息らしくしようと、言葉遣いにも気遣ってパパ呼びを止めたんだけど…お気に召さないらしい。
「……お願い、パパ」
「しょ~がないな~、ルスランの頼みは断れないよね。パパが陛下に頼んでみるからねー」
プイッと横を向いていた顔が満面の笑顔で戻される。
「では旦那様、鼻の下の長さを元に戻して早くお食事を。それとルスラン様、本日の午後二時に家庭教師の先生がいらっしゃいますので」
「はーい」
前から頼んでいた家庭教師が今日から来てくれることになっている。
なんでも凄く優秀な先生で、兄様達もその先生に教わっていたそうだ。
僕は先生が来るまでのスケジュールを頭に浮かべながらも、ちょっとウキウキしてる。
父様はタイニーの言葉にまた口を尖らせていたけど。
「ルスラン、家庭教師を呼ぶのかい?」
「はい、僕はあまり覚えが良くないから早くちゃんとした勉強を始めたくて」
「まだ早いんじゃないかな……もっと体力がついてからでも……」
「ラスカー兄様も五歳から家庭教師を付けて学校も行ってたんですよね?僕は兄様達みたいに……頭が良くないから」
「ルスラン、そんなことは無いよ。お前はとても賢い子だ。でも…お前の意思は尊重しないとな……今日はお前と町へ出掛けようと思っていたんだが」
「兄様、ご免なさい。お出掛けしたら疲れて勉強できなくなっちゃうかもしれないし…」
兄様のお誘いはとても嬉しいけど、家庭教師の件は父様も難色を示していたから、キャンセルなんかしたら無かった事にされてしまうかも。
タイニーはお誕生日会をする気マンマンだ。そうなると貴族のマナーも必要になってくるだろう。その辺りは前世でもまったく無かった行儀と知識のジャンル。不安でしか無い。
先生に色々教えてもらわなければ。
前世で僕がいたのは、貴族階級が無くなって七十年以上経つ日本という国だった。
皇族は存在したけど雲の上の存在だったし、身分制度もない。
なのに今は貴族の最高位の公爵家子息ときた。父様や兄様達に迷惑を掛けないよう、平凡な僕は出来る限り頑張らないと。
家族は皆優しくて、とても甘やかしてくれるけど、それをそのまま受け入れていたら貴族の馬鹿息子になってしまう。ああ、怖い。
比較される兄様達はキラキライケメンハイスペック男子達なのだ。見劣りするのは必須だから、少しでも差を縮める努力をしないと。
「謝る事ではないよ。では先生が来られるまでは私につきあってもらえるかな?」
「もちろん!」
「……俺も」
「お前は学校があるだろう、エルノア」
「………」
便乗しようとしたエルノア兄様に、素早くツッ込むラスカー兄様と視線一つで黙らせる父様。
「帰ってきたら学校のお話聞かせて下さい、エルノア兄様」
僕の提案にエルノア兄様の輪郭にじわじわ滲んできた黒いオーラが霧散する。
ご機嫌が直ったんだな。
最近エルノア兄様のストレスが溜まると、体から黒いモヤモヤが出てくるのが見えるようになった。
兄様は害は無いと言っていたけれど、何なんだろう…。
食後に自室に戻り居間で勉強の準備をしておく。勉強机は寝室に置いてあるので、こっちに大きな机と椅子二脚を新たに置いてもらった。
最初は寝室の方で教えてもらうつもりだったんだけど、家族全員とタイニーに猛反対されてしまった。なんでだろ?
机の上をチェックしているとノックの音が。
「ルスラン、いいかい?」
「ラスカー兄様、どうぞ」
「ああいいね、やはり元からあった家具は庭の方へ寄せるのは正解だった」
「そうですか?」
お勉強エリアは入り口の扉を入ってすぐの所に取っている。
家具は増えたけど部屋が広いのでまったく狭さは感じない。多分十六畳以上はあると思う。寝室も同じ広さだ。
兄様と庭側に移動したソファーセットへと移動するとタイニーが入ってきた。食後のお茶を持ってきてくれたのかと思ったら彼は手ぶらだ。
「お茶をお持ちしました。それと新しくルスラン様のお世話をさせて頂く者を連れて参りました」
「う……ん」
そうだった……僕の心と体が安定してきたから、タイニーはそろそろ通常業務にもどって、僕の世話は他の者がする事になってたんだった。
タイニーの仕事はノーヴァ家の事務や会計、他の使用人の管理が主な仕事だから、僕の世話なんて本来の仕事じゃ無い。
僕がタイニーじゃないと駄目だったからだ。
タイニーに促されて後ろから前へ出て、お茶セットを乗せたワゴンを押してきたのは僕よりずっと年上の男の子だ。
「私の親戚筋の子でニア・シェイドと申します。至らない点がありましたらすぐ私に仰って下さい」
「ニア・シェイドです。なんなりとおもうしつけ、ください」
身の回りの事は自分で出来るって父様達には言ったけど、今後のことも考えて従者を付ける事は決定事項だと言われた。
「えっと、これからよろしくお願いします」
「ルスラン様、シェイドに敬語は必要ありません。ルスラン様の従者なのですからね」
タイニーに注意されたけど、元平民の日本人だった僕からしたら年上の人を呼び捨てにするのには抵抗感があるんだよー。
「シェイド、ルスランはとても繊細な子だから気を付けてくれ。よろしく頼むよ」
ラスカー兄様が隣で僕の頭を撫でながら完璧な笑顔で僕の事を頼んでくれる。うぅ……笑顔が眩しい……。
「……わかりました、ラスカー様」
「それと私とルスランが会っている時は二人きりにしてくれ。タイニーもな」
「承知いたしました。お茶のご用意をしたら下がります」
「しょうちいたしました」
お茶を煎れてくれたタイニーとニアは、兄様の指示に従って静かに下がっていった。
明日から朝扉をノックするのはじぃじじゃないのかぁ……。
「どうしたんだい?もしかして寂しいのかい?」
「う……はい、ずっとタイニーが側にいてくれたので…でもいつまでも甘えていては駄目ですよね」
「ずっと気になっていたんだけどね、ルスランの真面目なところは美点だと思うが、私に対して敬語はやめて欲しいな」
「でも……兄様、貴族家の息子として行儀や言葉遣いを……」
「私とルスランの間に壁があるようで寂しいな……公式な場ではない限り敬語は必要ないだろう?」
そ、そうかな?上流社会のお家ってもっとその辺は厳しいんじゃないの?
でも超絶美形の悲しそうな顔を前に否とはとても言えない。
「わかりま……わかった、兄様。……兄様、は良い?」
「うーん……そうだね、にーにも可愛いかったけど、兄様も捨てがたいね。今の所それでいいよ」
今の所?
「シェイドはどうだい、怖くはない?」
「あ、うん。大丈夫だと思う。優しそうだし、タイニーの親戚だっていうし」
「親戚ね……タイニーにはまったく似た所がないけどね」
まあタイニーはどっちかっていうと醤油顔で、ニアはバタ臭い感じ。背なんかタイニーより二十センチメートル近く高いし。
「まあ信頼できる経歴で年齢的にルスランに一番近かったのが彼しか居なかったんだよ」
「ニアはいくつなの?兄様の五、六歳下くらい?」
「ルスラン……彼は六歳。お前の二歳年上だ」
「……え?」
は?
六歳?六歳って六歳?
いやいやいや、だってあんな大きくて?
……恐るべし竜族。
「彼は男爵家の三男でね。お前の従者の話をしたら是非にと来てくれたんだ」
貴族家の嫡男ではない男子は将来がなかなか厳しいらしい。しかも階級が下がるに連れて。
男爵は最下位だ。
市井での職業より貴族家で働く事を選んだって事か。大変だな、貴族って。
てか明日は我が身。僕も頑張って勉強しないと。将来の可能性を広げないとね。
でも、そうか……あれで六歳か……。
「兄様」
「ん?何だい?」
「僕も二年後にはあれ位大きくなってるかな?」
「それは……まあ……可能性は無い、とは言えない……かもしれない」
兄様、なんて正直な人なんだ。
いや、諦めるな。二年後じゃなくても……僕はまだ四歳なんだから。
その後も兄さんの慰めなんだか駄目押しなんだかわからない言葉に、とにかく勉強は頑張ろうと固く決意する。
竜族はデカい。
そしてよく食べる。
でも竜族の世界ではそれが普通なんだから「よく食べる」というのは間違いかもしれない。人間からしたら大食いってだけで。
僕の十倍の量の昼食を食べた兄様と、サンルームでまったりとお喋り中だ。
来月には雪も降るだろうけど部屋の中はぽかぽか。庭も美しい。
満腹の今は眠気が襲ってくるけど、朝食の時の疑問を思い出した。
「ラスカー兄様」
「んー?なんだい?」
いつの間にかソファーに座る兄様に抱っこされた僕は、頭なでなでに誘発された睡魔を押しのけて聞いてみる。
「僕の結婚相手は女性だよね?」
「え、ルスラン、結婚したいのかい?」
「ううん、それはまだ全然想像できないけど、男性は女性と結婚するんでしょう?」
「なんだ…まあ数からすればその方が多いかもね。でも同性婚も少なくはないよ。貴族間の政治的同性婚もあるし、単に愛し合ってという場合もある」
なんと!この国では同性婚は認められていて、同性愛はタブーでは無いってことか。
「僕は四男だから、男性と結婚するかもしれないの?」
「いや、そんな事はないよ」
よかった。
「お前が嫌な事はしなくていいんだ。嫌なら結婚もしなくていい」
それもどうなんだ。
まあでもそう言われると気が楽になる。前世の記憶が蘇った今は、恋愛なんてする気が一ミリも沸かない。
なんだって女の子はああも要求してくる生き物なのかと、付き合うことにも拒否反応が起こるくらいだ。
やれ記念日だの、プレゼントだの、ラインだの、旅行だの、仕事とどっちが大事なのかだの……。
仕事で疲れている上にあれは辛かったな……。
気分的には今の人生分まで恋愛疲れしたと思う。
だからそっち系は考えず、勉強の方に力を入れよう、うん。
「誕生会って何するの?」
まさか日本人の庶民が想像するお誕生日会とは違うだろう。
「それね……」
ラスカー兄様の溜息に不安が募る。
「私としては家族のみでお祝いすれば良いと思っているんだけれど、爵位的にね……今朝タイニーが父上に的確な指示をって言っていたのは、ある程度の家を招待しないといけないって事なんだよ」
それは……なんかヤバイ感じがする。
「その選別が頭が痛い所でね。父上の宰相という立場も考えないといけないし。あの様子だと来る家は必ずルスランと歳の近い子を連れてくるだろう。実子で居なければ縁戚関係の子を」
怖いわー。生々しいわー。
「まあ、主役はルスランだからそんなに長時間にはしないよ。嫌なら体調が悪いとかなんとか言って退席すれば良い。後は勝手にするさ」
「普通は長いの?」
「私の時は昼食から始めて夕食を食べて帰って行ったね。まあ長子だから慣例に従ったんだよ。父上は簡単に済ませて良いって言ってくれたんだけれど、タイニーに押し切られてね」
長い。そんなに長い時間なにするんだろう。
兄様の事だから、さぞ沢山の美男美女に囲まれたんだろうな。
「ギルシュとエルノアはどうだったかな」
「兄様は出席していないの?」
「三人ともそれぞれの会には出ていないね。自分のだけで十分過ぎる」
そうでしょうね。僕は自分のですら完遂できるか不安。
兄様の誕生会タイムスケジュールを聞いていると、とても人間業とは思えない。
あ、人間じゃ無かった。
「ルスラン様、もうすぐお勉強の時間ですが」
ノックの後にニアが恐る恐る廊下から声を掛けてくれる。
「あぁ……もうそんな時間か。残念だけれど仕方が無い」
「兄様はこれから出掛けるの?寮へ帰る?」
「いや、少し買い物に出掛けて帰ってくる。今日は泊まっていくよ」
「じゃあ夕食も一緒だね。いってらっしゃい」
「ああ、ルスランも勉強程々に」
そこは頑張ってじゃない?
ほんと甘いなぁ~。
最近タイニーが父様に、僕の誕生日がどうのこうのと詰め寄っている所を目撃していたので、そういえば自分の誕生日はいつなんだろうと思って聞いてみた。
僕の誕生日は四月三日。
二歳の誕生日の三日後に誘拐され、家に戻って三歳と四歳の誕生日を知らないまま過ごして今である。
「それで旦那様、ルスラン様の御誕生会はいつになさいますか?」
月曜日の朝食に僕と父様、エルノア兄様と非番のラスカー兄様が揃っている。
「………」
父様がベーコンを入れた口を開けたまま、手を止め固まった。
「………それは見送る方向で……」
「では四歳になられた時から送られてくるお祝いの品々や遠回しに御誕生会への出席を願うお手紙、お茶会へのお誘い、ただの贈り物等々への対応は如何すればよろしので?」
シーン。
皆の視線が父様に集まる。
公爵家の家令が食事の場でそんな事を言い出すのは、よっぽど手に余る状態だと察せられる。
まさかそんな事になっていたとは。
「タイニー、もしかしてルスランが戻ってからずっとそのような事が続いていたのか?」
ラスカー兄様の問いに、タイニーが父様へ視線を向けたまま答える。
「ええそれはもう。なにせ公爵家の御子息ですから、親しくなりたい、うまくいけば縁続きに、と考えるのは当然ですので。他家からすればそう簡単に諦められる事では無いですし」
「ちょっと待て、縁談の話もきているのか?」
「幼少から許嫁が決まっている貴族は多いですし、我先にと焦っている家も少なくありません。それにルスラン様はとてもお可愛らしい方ですので、女性のみならず男性からもお話が……」
「許さないぞ!」
父様がナイフとフォークを握ったままテーブルを叩いた。
食器がちょっと浮いたよね。
「ルスランが結婚だなんて、パパ許さないからね!」
いやいや、まだ四歳ですから。結婚なんてずっと先ですから。
「当然です。ルスランを他の男の元になどあり得ない!」
「………」
親馬鹿な父様とラスカー兄様だけでなく、エルノア兄様までがうんうん頷いて同意している。
あれ?女の人の可能性も有る筈。てゆーかそっちのが普通なのでは?
のみならず男性も?
「それにどうして他の者がルスランの容姿を知っているんだ。殆ど家から出たことが無いだろう」
「ラスカー様、貴族社会の情報網を甘くみてはいけません」
怖っ。
僕は家族以外の貴族なんて知らないのに、僕のことは知られてるなんて。ネットも無い世界なのに。
「ルスラン様は五ヶ月後の四月三日に五歳になられます。さすがに今回の御誕生日は何もしない訳には参りません」
珍しくタイニーの圧が凄い。
貴族に限らず竜族は産まれた時と、五歳と十五歳になったら親戚縁者でお祝いする習慣があるそうだ。
無事生まれた事に感謝し、無事成長した事を祝い、成人した事を祝う。
「我が末息子は世界一可愛いから悪い虫が付く、変態じじいに目を付けられる、業突くババアの玩具にされる、等の妄想に捕らわれて現実から逃げていらした旦那様には目を覚まして頂いて、的確な指示をお願いいたします」
そんなこと言ってたのか。
「………わかった」
声小っさ!
凄い嫌々って顔してる。
そうだ、父様にお願いがあるんだった。
「父様、お願いがあるんですけど」
「……なんだい?ルスラン」
「父様から陛下への謁見の許可を取って頂けないでしょうか?」
なぜか父様の口がむぅーっと尖る。
「僕自身から陛下へ保護と治療のお礼を申し上げたいんです」
「ルスラン様……ご立派です」
「父様?」
じじ馬鹿のタイニーは感激しているようだけど、父様の口はよりいっそうむぅーっと尖る。
「………パパ」
「え?」
「パパ」
文字を憶えて言葉もしっかりしてきたので、貴族子息らしくしようと、言葉遣いにも気遣ってパパ呼びを止めたんだけど…お気に召さないらしい。
「……お願い、パパ」
「しょ~がないな~、ルスランの頼みは断れないよね。パパが陛下に頼んでみるからねー」
プイッと横を向いていた顔が満面の笑顔で戻される。
「では旦那様、鼻の下の長さを元に戻して早くお食事を。それとルスラン様、本日の午後二時に家庭教師の先生がいらっしゃいますので」
「はーい」
前から頼んでいた家庭教師が今日から来てくれることになっている。
なんでも凄く優秀な先生で、兄様達もその先生に教わっていたそうだ。
僕は先生が来るまでのスケジュールを頭に浮かべながらも、ちょっとウキウキしてる。
父様はタイニーの言葉にまた口を尖らせていたけど。
「ルスラン、家庭教師を呼ぶのかい?」
「はい、僕はあまり覚えが良くないから早くちゃんとした勉強を始めたくて」
「まだ早いんじゃないかな……もっと体力がついてからでも……」
「ラスカー兄様も五歳から家庭教師を付けて学校も行ってたんですよね?僕は兄様達みたいに……頭が良くないから」
「ルスラン、そんなことは無いよ。お前はとても賢い子だ。でも…お前の意思は尊重しないとな……今日はお前と町へ出掛けようと思っていたんだが」
「兄様、ご免なさい。お出掛けしたら疲れて勉強できなくなっちゃうかもしれないし…」
兄様のお誘いはとても嬉しいけど、家庭教師の件は父様も難色を示していたから、キャンセルなんかしたら無かった事にされてしまうかも。
タイニーはお誕生日会をする気マンマンだ。そうなると貴族のマナーも必要になってくるだろう。その辺りは前世でもまったく無かった行儀と知識のジャンル。不安でしか無い。
先生に色々教えてもらわなければ。
前世で僕がいたのは、貴族階級が無くなって七十年以上経つ日本という国だった。
皇族は存在したけど雲の上の存在だったし、身分制度もない。
なのに今は貴族の最高位の公爵家子息ときた。父様や兄様達に迷惑を掛けないよう、平凡な僕は出来る限り頑張らないと。
家族は皆優しくて、とても甘やかしてくれるけど、それをそのまま受け入れていたら貴族の馬鹿息子になってしまう。ああ、怖い。
比較される兄様達はキラキライケメンハイスペック男子達なのだ。見劣りするのは必須だから、少しでも差を縮める努力をしないと。
「謝る事ではないよ。では先生が来られるまでは私につきあってもらえるかな?」
「もちろん!」
「……俺も」
「お前は学校があるだろう、エルノア」
「………」
便乗しようとしたエルノア兄様に、素早くツッ込むラスカー兄様と視線一つで黙らせる父様。
「帰ってきたら学校のお話聞かせて下さい、エルノア兄様」
僕の提案にエルノア兄様の輪郭にじわじわ滲んできた黒いオーラが霧散する。
ご機嫌が直ったんだな。
最近エルノア兄様のストレスが溜まると、体から黒いモヤモヤが出てくるのが見えるようになった。
兄様は害は無いと言っていたけれど、何なんだろう…。
食後に自室に戻り居間で勉強の準備をしておく。勉強机は寝室に置いてあるので、こっちに大きな机と椅子二脚を新たに置いてもらった。
最初は寝室の方で教えてもらうつもりだったんだけど、家族全員とタイニーに猛反対されてしまった。なんでだろ?
机の上をチェックしているとノックの音が。
「ルスラン、いいかい?」
「ラスカー兄様、どうぞ」
「ああいいね、やはり元からあった家具は庭の方へ寄せるのは正解だった」
「そうですか?」
お勉強エリアは入り口の扉を入ってすぐの所に取っている。
家具は増えたけど部屋が広いのでまったく狭さは感じない。多分十六畳以上はあると思う。寝室も同じ広さだ。
兄様と庭側に移動したソファーセットへと移動するとタイニーが入ってきた。食後のお茶を持ってきてくれたのかと思ったら彼は手ぶらだ。
「お茶をお持ちしました。それと新しくルスラン様のお世話をさせて頂く者を連れて参りました」
「う……ん」
そうだった……僕の心と体が安定してきたから、タイニーはそろそろ通常業務にもどって、僕の世話は他の者がする事になってたんだった。
タイニーの仕事はノーヴァ家の事務や会計、他の使用人の管理が主な仕事だから、僕の世話なんて本来の仕事じゃ無い。
僕がタイニーじゃないと駄目だったからだ。
タイニーに促されて後ろから前へ出て、お茶セットを乗せたワゴンを押してきたのは僕よりずっと年上の男の子だ。
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身の回りの事は自分で出来るって父様達には言ったけど、今後のことも考えて従者を付ける事は決定事項だと言われた。
「えっと、これからよろしくお願いします」
「ルスラン様、シェイドに敬語は必要ありません。ルスラン様の従者なのですからね」
タイニーに注意されたけど、元平民の日本人だった僕からしたら年上の人を呼び捨てにするのには抵抗感があるんだよー。
「シェイド、ルスランはとても繊細な子だから気を付けてくれ。よろしく頼むよ」
ラスカー兄様が隣で僕の頭を撫でながら完璧な笑顔で僕の事を頼んでくれる。うぅ……笑顔が眩しい……。
「……わかりました、ラスカー様」
「それと私とルスランが会っている時は二人きりにしてくれ。タイニーもな」
「承知いたしました。お茶のご用意をしたら下がります」
「しょうちいたしました」
お茶を煎れてくれたタイニーとニアは、兄様の指示に従って静かに下がっていった。
明日から朝扉をノックするのはじぃじじゃないのかぁ……。
「どうしたんだい?もしかして寂しいのかい?」
「う……はい、ずっとタイニーが側にいてくれたので…でもいつまでも甘えていては駄目ですよね」
「ずっと気になっていたんだけどね、ルスランの真面目なところは美点だと思うが、私に対して敬語はやめて欲しいな」
「でも……兄様、貴族家の息子として行儀や言葉遣いを……」
「私とルスランの間に壁があるようで寂しいな……公式な場ではない限り敬語は必要ないだろう?」
そ、そうかな?上流社会のお家ってもっとその辺は厳しいんじゃないの?
でも超絶美形の悲しそうな顔を前に否とはとても言えない。
「わかりま……わかった、兄様。……兄様、は良い?」
「うーん……そうだね、にーにも可愛いかったけど、兄様も捨てがたいね。今の所それでいいよ」
今の所?
「シェイドはどうだい、怖くはない?」
「あ、うん。大丈夫だと思う。優しそうだし、タイニーの親戚だっていうし」
「親戚ね……タイニーにはまったく似た所がないけどね」
まあタイニーはどっちかっていうと醤油顔で、ニアはバタ臭い感じ。背なんかタイニーより二十センチメートル近く高いし。
「まあ信頼できる経歴で年齢的にルスランに一番近かったのが彼しか居なかったんだよ」
「ニアはいくつなの?兄様の五、六歳下くらい?」
「ルスラン……彼は六歳。お前の二歳年上だ」
「……え?」
は?
六歳?六歳って六歳?
いやいやいや、だってあんな大きくて?
……恐るべし竜族。
「彼は男爵家の三男でね。お前の従者の話をしたら是非にと来てくれたんだ」
貴族家の嫡男ではない男子は将来がなかなか厳しいらしい。しかも階級が下がるに連れて。
男爵は最下位だ。
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てか明日は我が身。僕も頑張って勉強しないと。将来の可能性を広げないとね。
でも、そうか……あれで六歳か……。
「兄様」
「ん?何だい?」
「僕も二年後にはあれ位大きくなってるかな?」
「それは……まあ……可能性は無い、とは言えない……かもしれない」
兄様、なんて正直な人なんだ。
いや、諦めるな。二年後じゃなくても……僕はまだ四歳なんだから。
その後も兄さんの慰めなんだか駄目押しなんだかわからない言葉に、とにかく勉強は頑張ろうと固く決意する。
竜族はデカい。
そしてよく食べる。
でも竜族の世界ではそれが普通なんだから「よく食べる」というのは間違いかもしれない。人間からしたら大食いってだけで。
僕の十倍の量の昼食を食べた兄様と、サンルームでまったりとお喋り中だ。
来月には雪も降るだろうけど部屋の中はぽかぽか。庭も美しい。
満腹の今は眠気が襲ってくるけど、朝食の時の疑問を思い出した。
「ラスカー兄様」
「んー?なんだい?」
いつの間にかソファーに座る兄様に抱っこされた僕は、頭なでなでに誘発された睡魔を押しのけて聞いてみる。
「僕の結婚相手は女性だよね?」
「え、ルスラン、結婚したいのかい?」
「ううん、それはまだ全然想像できないけど、男性は女性と結婚するんでしょう?」
「なんだ…まあ数からすればその方が多いかもね。でも同性婚も少なくはないよ。貴族間の政治的同性婚もあるし、単に愛し合ってという場合もある」
なんと!この国では同性婚は認められていて、同性愛はタブーでは無いってことか。
「僕は四男だから、男性と結婚するかもしれないの?」
「いや、そんな事はないよ」
よかった。
「お前が嫌な事はしなくていいんだ。嫌なら結婚もしなくていい」
それもどうなんだ。
まあでもそう言われると気が楽になる。前世の記憶が蘇った今は、恋愛なんてする気が一ミリも沸かない。
なんだって女の子はああも要求してくる生き物なのかと、付き合うことにも拒否反応が起こるくらいだ。
やれ記念日だの、プレゼントだの、ラインだの、旅行だの、仕事とどっちが大事なのかだの……。
仕事で疲れている上にあれは辛かったな……。
気分的には今の人生分まで恋愛疲れしたと思う。
だからそっち系は考えず、勉強の方に力を入れよう、うん。
「誕生会って何するの?」
まさか日本人の庶民が想像するお誕生日会とは違うだろう。
「それね……」
ラスカー兄様の溜息に不安が募る。
「私としては家族のみでお祝いすれば良いと思っているんだけれど、爵位的にね……今朝タイニーが父上に的確な指示をって言っていたのは、ある程度の家を招待しないといけないって事なんだよ」
それは……なんかヤバイ感じがする。
「その選別が頭が痛い所でね。父上の宰相という立場も考えないといけないし。あの様子だと来る家は必ずルスランと歳の近い子を連れてくるだろう。実子で居なければ縁戚関係の子を」
怖いわー。生々しいわー。
「まあ、主役はルスランだからそんなに長時間にはしないよ。嫌なら体調が悪いとかなんとか言って退席すれば良い。後は勝手にするさ」
「普通は長いの?」
「私の時は昼食から始めて夕食を食べて帰って行ったね。まあ長子だから慣例に従ったんだよ。父上は簡単に済ませて良いって言ってくれたんだけれど、タイニーに押し切られてね」
長い。そんなに長い時間なにするんだろう。
兄様の事だから、さぞ沢山の美男美女に囲まれたんだろうな。
「ギルシュとエルノアはどうだったかな」
「兄様は出席していないの?」
「三人ともそれぞれの会には出ていないね。自分のだけで十分過ぎる」
そうでしょうね。僕は自分のですら完遂できるか不安。
兄様の誕生会タイムスケジュールを聞いていると、とても人間業とは思えない。
あ、人間じゃ無かった。
「ルスラン様、もうすぐお勉強の時間ですが」
ノックの後にニアが恐る恐る廊下から声を掛けてくれる。
「あぁ……もうそんな時間か。残念だけれど仕方が無い」
「兄様はこれから出掛けるの?寮へ帰る?」
「いや、少し買い物に出掛けて帰ってくる。今日は泊まっていくよ」
「じゃあ夕食も一緒だね。いってらっしゃい」
「ああ、ルスランも勉強程々に」
そこは頑張ってじゃない?
ほんと甘いなぁ~。
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初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、騎士見習の少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
王道BL学園~モブに転生したボクは見ていたい!巻き込まれたくないのに!~
星崎 杏
BL
腐女子の私が死んで気がついたら、お気に入りのゲームのモブに転生した!?
ボクは見ていたいだけなのに、巻き込まれるのはノーサンキューです!
念のため、R15にしています。過激なシーンは少なめにしたいです。
灰色の天使は翼を隠す
めっちゃ抹茶
BL
ヒトの体に翼を持つ有翼種と翼を持たない人間、獣性を持つ獣人と竜に変化できる竜人が共存する世界。
己の半身であるただ一人の番を探すことが当たり前の場所で、ラウルは森の奥に一人で住んでいる。変わらない日常を送りながら、本来の寿命に満たずに緩やかに衰弱して死へと向かうのだと思っていた。
そんなある日、怪我を負った大きな耳と尻尾を持つ獣人に出会う。
彼に出会ったことでラウルの日常に少しずつ変化が訪れる。
ファンタジーな世界観でお送りします。ふんわり設定。登場人物少ないのでサクッと読めます。視点の切り替わりにご注意ください。
本編全6話で完結。予約投稿済みです。毎日1話ずつ公開します。
気が向けば番外編としてその後の二人の話書きます。
総受けなんか、なりたくない!!
はる
BL
ある日、王道学園に入学することになった柳瀬 晴人(主人公)。
イケメン達のホモ活を見守るべく、目立たないように専念するがー…?
どきどき!ハラハラ!!王道学園のBLが
今ここに!!
悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?
「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。
王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り
更新頻度=適当
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