竜の歌

nao

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12 救い 3

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「にーにのおせわは、ぼくがするの」
「えー……ルスラン様?」
 朝食を持ってきたメイドのマリアに向かって両手を差し出す。
 ちょーだい。僕が兄さんに給仕するから。
「ぼっちゃま、危ないのでこれは私が……」
「マリア、好きにさせてやってくれ」
 ギルシュ兄さんの指示でマリアが屈んでゆっくりトレイを渡してくれる。
 それを受け取り、よたよたゆっくりとベッドへ近づくと、兄さんが片手でトレイを取り上げた。
「ありがとうな」
 傷口を縫って、痛み止めと化膿止めの飲み薬を置いて帰って行ったファンネル先生は大丈夫だとは言ってくれたけれど、大丈夫な訳ない。
 刃物で刺されたんだよ?
 考えただけで痛い。
 なのにタイニーなんか「寝てれば大丈夫です」なんて言うし。
 ここは僕が看病せねば。
 兄さんのベッドは体に合わせてあるから僕のより随分高い。
 室内履きを脱いでよいしょ、よいしょとよじ登り、一旦兄さんの横に座り込む。
 トレイは伸ばした兄さんの膝の上。
 よし、まずはシチューから。スプーンで掬って兄さんに差し出す。
「はい、あーん」
「………まじか」
「にーに、あーん」
「………」
 大きな口にスプーンを差し込む。身長差があるから僕は膝立ちだ。
 ぷるぷるする僕を見かねて兄さんがお尻の下、足の付け根あたりを腕で支えてくれる。
 おお!安定感抜群。
「にーに、おいしい?」
「………ああ」
 本当に?じゃあ何で片手で口を押さえて横向いてるの?
 それになんだか顔が赤いみたい。
「にーに、おねつある!?」
 はっ!もしかして破傷風じゃない?
 大変だ!先生ちゃんと消毒してないんじゃないかな?
 化膿して熱が出てるのかも!
 たいへん、たいへんと慌てていると兄さんが落ち着けと抱きしめてきた。
「熱はない、大丈夫だ。……シチューがちょっと熱かっただけだ」
 なんだって!
 そうか、ふぅふぅしないと!
「ごめんねにーに、ふー、ふー、はいっ」
 これで大丈夫!満面の笑みでふたたびスプーンを差し出す。
 そんな顔しなくてもちゃんと冷ましたよ?
 ほらほら、ちゃんと食べてくださいよ。栄養補給なんだから。
 イマイチ僕を信用していないのか、妙な表情で一応食べてくれる。
 その後はパンにデザートの桃にと順調かつスマート出来たと思う。
 やれば出来る子なんだよ。
「ありがとな、美味かった」
 兄さんもこう言ってくれたし。うん。 
 食事が終わると、基本傷が開かないようじっとしているようにと言い付けられた兄さんはする事が無い。
 はい、ここでまた僕の出番です。
 絵本を持ってきて読み聞かせてあげるのだ。
 ゆっくりだけど、ちゃんと発音して読み上げる。
「……随分文字が読めるようになったんだな……」
 頭を撫でて褒めてくれた。
 今度は兄さんの部屋の本棚にある分厚い本を持ってきて、兄さんに読んで欲しいと頼む。
 今の僕には何が書いてあるか分からない本だったけど、歴史書だったみたい。
 兄さんがこの国の歴史を読み上げてくれる。
 なかなか興味深い内容だけど、落ち着いた声に眠気を誘われそのまま居眠りしてしまった。
 気付けば兄さんと二人で昼前の……これは何寝っていうんだろう?
 昼食も夕食も給仕して兄さんのお世話を頑張り、夜は兄さんのベッドで一緒に眠る。
 早く治りますようにと願いながら。



 三日目の夜も同じように一緒に寝ようとベッドに上がろうとしたら兄さんに止められた。
「今日から自分のベッドに戻れ」
「え……」
 もしかして僕ウザかった?
 役に立ってると思って浮かれていた分、落ち込みが深い。
 ずっと側にくっついてたもんね。夜まで一緒じゃ流石に嫌になるか……。
「……ぼく……じゃま?」
「違う!その……俺は風呂に入れないんだから、一緒に寝たら……臭う、だろ?」
 え、そんな理由?
 てゆーかそんなこと無いけど?
 毎日体は綺麗に拭いているし、兄さんのにおいは嫌じゃ無いし。
「ぜんぜん!にーにくさくないよ。にーにのにおいすき」
「すきってお前……まじかよ…わかって言ってんのか……」
「にーには、ぼくとねるの、いや?」
「んな訳ねぇだろ、ありえねぇ!……つかどんなご褒美だよ……」
 いいんだよね?よし。
 慣れた動きで兄さんの隣に滑り込み、はい寝ましょうと抱きつく。
 しばらくじっと固まっていた兄さんも、もぞもぞと動いて布団に潜る。
 ふうー。今日も僕なりに兄さんのお世話を頑張ったぞ。眠って疲労回復だ。
 うん、兄さんのにおいが無事だって証みたいで安心する。
「……にーに……」
「ルスラン……」



 俺の隣で無防備に眠るルスランのふわふわ髪を撫でる。
 俺は罰せられるべき事をした。誰かを殴る権利なんてないクソ野郎だ。
 殴られるべきは俺。罰せられるべきは俺だ。
 あんなにもう傷付けるようなことはしないと誓ったのに、俺はそれを簡単に破った。
 ルスランに会わせる顔が無いと思ったし、衝動に任せて振るってきた今までの数え切れない暴力を後悔した。
 決して快楽のためにやっていた訳じゃ無いが、何か他に方法は無かったのかと。
 思考は働かず理性が効かない状態ではあったが、褒められた素行じゃない。

 だからする側からされる側になった。

 殴られている時に痛みはあまり感じなかったから危険に対して反応が緩んでいたのかもしれない。俺がチンピラに刺されるなんて。
 けどその時にも痛いとは思わなかった。
 なのに、俺の手を握り泣くルスランを見て、胸が潰れそうになった。苦しくて息が出来ない程に。
 こいつはまだ三歳。デカくて強面で暴力的な俺なんか恐怖でしかなかったはずだ。
 なのにルスランは俺を追いかけ、見捨てず、許してくれた。
 こんなに小さく体が弱くて、酷い目に遭ってきたのに、俺なんかよりよっぽど強い。
 可愛くて仕方が無いのに、どうすれば良いのか分からなかった。
 してやりたい事は山ほどある。
 でもやる前に俺が壊してしまう。
 自分が嫌になった。あんな子供に恐怖を与えて。 
 そんな俺をルスランは好きだと言ってくれる。
 怖いだろうにマリアに近づき俺の世話を甲斐甲斐しく続ける。
 俺の為に本を読み、決して側を離れようとしない。
 こんなに可愛い奴が他にいるか?
 あんなに純粋な奴が他にいるか?
 いつもきらきらした目で俺を見る。この俺をだ。
 そんなルスランが泣く。俺が傷つくと、自分も痛そうに。
 治療が終わると部屋に飛び込んできたルスランは泣きじゃくった。
 ベッドに腰掛けた俺の足にしがみつきながら、自分を傷付けるのは止めてくれと。
 あれ程俺を思ってくれた者はいない。
 あの薄桃色の目に見つめられて否とは言えない。



「そろそろ怠惰な生活を終わらせてはいかがでしょうか」
「怠惰ってなんだよ、怠惰って」
 実家で療養して五日目、ルスランが手洗いに行った隙にタイニーが部屋へ入ってきた。
「とっくに傷は治っておられるでしょう?」
「………」
「明日、現場復帰すると騎士団の方へは連絡を入れておきましたので」
「明日だと?!」
「あれ位の傷、出血を止めて安静にさえしていれば、三日で業務に戻れる状態になっていた筈ですよ」
 これだから実戦経験のある家令は嫌なんだ。
「あなたにこれからも騎士として団に残るつもりがあるのなら、団長様にこう仰るといいでしょう。今まではどうかしていた、今後六ヶ月の自分を見て除籍にするかどうか決めて欲しい、と」
「お前……」
 今までの勤務態度と素行(多分団長には気付かれているだろう)でクビの話は出るだろうとは思っていたが、タイニーは先回りし、条件付けをして今すぐ除籍するのは待ってくれと頼んだんだろう。
「あなた次第です」
 俺自身、団長と副団長には自ら頭を下げて請うつもりだった。
 タイニーは親父の指示でやった事なんだろう。
 この歳でまだ親に助けてもらうとは情けない話だが、身から出た錆だ。やってやろうじゃねーか。
 ルスランが誇れる男になってみせるさ。
 ルスランは俺にとっての唯一無二の存在だ。
 そしてふと気付いた。

 あの狂いそうな衝動に駆られる事はなくなっていると。
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