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4 ラスカー
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眠っていてもあの声は聞こえてくる。小さくて弱いが酷く……悲しい声。
宰相の父を持ち、公爵家の長男に産まれた私は中々の才能と資質に恵まれていた。
自惚れているわけじゃない。
学校の成績は常に一番だったし、剣術も同年代では負け知らず。
何もせずとも異性や同性関係なく向こうから迫ってくる。
薄紫の髪とアメジストの様な瞳は竜族では珍しいと常に道行く人の目を引く。
けれどどれもこれも今ひとつ自分が熱中出来るものが無かった。
だがある日、行方不明の末弟の声が私にも聞こえる様になった。
以来私の一番の興味事となった。
私の母は軍人で、弟二人を産んだ後に戦死した。
父が二人目の妻を娶った時には私はもう成人していて、義母は家族と言うよりも単に『父の妻』という認識だった。
義母は自分の母とは真逆のタイプで、竜族では珍しく、大人しく控えめ。
竜族は気性が荒かったり、自己主張が激しい者が多く、私もウジウジした者よりハッキリした性格の者を好むので、義母と再婚した父の気持ちはよく分からない。
けれどそんな義母が生んだ子供の助けを求める心の声が私の竜玉を熱くさせる。
騎士団に入団し、忙しい毎日を送っていた私と末弟との接点は皆無で、実家を出て寮暮らしだったから顔を見る事も無かった。
なのに今は会いたくて会いたくてたまらない。
私も父と同じくドラグーンではあるが、その能力においては父の足下にも及ばない。
経験値の差だから仕方が無い。仕方が無いが苛々する。
父が居なければ方角すらわからない。
「糞っ、どっちだ?」
休暇や眠れない夜には空を飛んで弟を探す。探すといっても何もわからないから空の散歩状態。
夜空を淡く照らす大きな月を見ながら思い出す弟の母親は、髪も瞳も真珠の輝きを持つ乳白色だったな。
弟はどんな姿だろうか。
騎士団の寮に入ってから実家に帰る事も無く、三人目の弟が生まれてからも戻ったことは無いからわからない。
まだ二歳だ。きっと驚くぐらい小さいに違いない。小さくて柔らかくて可愛くて…。
たまらず月に向かって吠える。
『何処にいるんだ!!』
弟が見つからないもどかしさと寝不足の苛々を仕事にぶつける。
特に鍛錬と犯罪者討伐は良い憂さ晴らしだ。
お陰で私の評価は鰻登り。まあそれはどうでもいい。
夜の見回りで城下町を歩いていると声が聞こえた。
「おい!どこに行くんだ!」
一緒に見回りをしていた騎士を無視して走る途中で竜体化し、空へ飛び立つ。
程なく父から呼びかけられた。父も既に空を飛んでいたらしい。
弟二人も招集し、全員の意識を繋ぎながら父の指示に従って探索する。
何だ?……なにかおかしい……
『ラスカー!ギルシュ!エルノア!』
父から呼びかけられる。
「父上、今日はいつもより声がよく聞こえるような気がします」
『ああ、多分状況が変わったんだろう。急ぐぞ』
「もしかして居場所が分かるんですか?」
『私の後を追ってこい』
そう言った父の飛行は迷いが無い。悔しい。私には苦しんでいるという事しか分からないのに。
父の導き通りに進めばボロボロの弟を見つけた。降りたって想像通り小さい体の彼の無残な姿を間近にして…
目の前が真っ赤に染まった。
「この醜い人間から血の臭いがする」
信じられない事に、この醜い人間の体には弟の血の臭いが染みついている。
それほどにこの小さな小さな私の弟を傷付けたのだ。
その後の記憶はあまり無い。
あまりの憤怒に理性を無くした。
「旦那様の言いつけで現在ルスランぼっちゃまへの面会は禁止されております」
小柄な家令のタイニーが扉の前に立ちふさがっている。
「ずっと長い間探し続けてやっと見つけたと思ったら四ヶ月も離れたままだった。ようやく家に帰ってきたのに今度は面会禁止だと?ふざけるな!私は家族だ。会う権利がある」
「俺にだってある」
「ギルシュ……来たのか」
思わず舌打ちする。騎士団に入団する前から禄に家にいた試しがなかったクセに。
「………」
いつの間に来たのか、廊下の反対側に三男のエルノアが立っていた。
「よく言うな。学生の頃から家には寝に帰るだけの生活だったのに」
「それは関係ねぇだろ。家族は家族だ」
「お前が家族らしくあったことがあったか?」
「タイニー、どいて。顔が見たいんだ」
「エルノア、お前はいつもみたいに黙って大人しくしてろよ。俺が入る」
「何故お前が先に入るんだ。ここは長男である私が一番だろう!」
「静かにしないか!おまえ達!」
部屋から出てきた父に諭され、未だ会えない不満とギルシュへの苛立ちが残るが、父とタイニーに体調の事を言われては仕方ない。
兄弟全員、諦めて散っていく。
だが諦めるのは今日会う事だけだ。
この先どう動くか私の気持ちは固まっているが、ギルシュとエルノアも私と同じ気持ちかもしれない。
生まれて初めて焦りという感情を覚えた。
宰相の父を持ち、公爵家の長男に産まれた私は中々の才能と資質に恵まれていた。
自惚れているわけじゃない。
学校の成績は常に一番だったし、剣術も同年代では負け知らず。
何もせずとも異性や同性関係なく向こうから迫ってくる。
薄紫の髪とアメジストの様な瞳は竜族では珍しいと常に道行く人の目を引く。
けれどどれもこれも今ひとつ自分が熱中出来るものが無かった。
だがある日、行方不明の末弟の声が私にも聞こえる様になった。
以来私の一番の興味事となった。
私の母は軍人で、弟二人を産んだ後に戦死した。
父が二人目の妻を娶った時には私はもう成人していて、義母は家族と言うよりも単に『父の妻』という認識だった。
義母は自分の母とは真逆のタイプで、竜族では珍しく、大人しく控えめ。
竜族は気性が荒かったり、自己主張が激しい者が多く、私もウジウジした者よりハッキリした性格の者を好むので、義母と再婚した父の気持ちはよく分からない。
けれどそんな義母が生んだ子供の助けを求める心の声が私の竜玉を熱くさせる。
騎士団に入団し、忙しい毎日を送っていた私と末弟との接点は皆無で、実家を出て寮暮らしだったから顔を見る事も無かった。
なのに今は会いたくて会いたくてたまらない。
私も父と同じくドラグーンではあるが、その能力においては父の足下にも及ばない。
経験値の差だから仕方が無い。仕方が無いが苛々する。
父が居なければ方角すらわからない。
「糞っ、どっちだ?」
休暇や眠れない夜には空を飛んで弟を探す。探すといっても何もわからないから空の散歩状態。
夜空を淡く照らす大きな月を見ながら思い出す弟の母親は、髪も瞳も真珠の輝きを持つ乳白色だったな。
弟はどんな姿だろうか。
騎士団の寮に入ってから実家に帰る事も無く、三人目の弟が生まれてからも戻ったことは無いからわからない。
まだ二歳だ。きっと驚くぐらい小さいに違いない。小さくて柔らかくて可愛くて…。
たまらず月に向かって吠える。
『何処にいるんだ!!』
弟が見つからないもどかしさと寝不足の苛々を仕事にぶつける。
特に鍛錬と犯罪者討伐は良い憂さ晴らしだ。
お陰で私の評価は鰻登り。まあそれはどうでもいい。
夜の見回りで城下町を歩いていると声が聞こえた。
「おい!どこに行くんだ!」
一緒に見回りをしていた騎士を無視して走る途中で竜体化し、空へ飛び立つ。
程なく父から呼びかけられた。父も既に空を飛んでいたらしい。
弟二人も招集し、全員の意識を繋ぎながら父の指示に従って探索する。
何だ?……なにかおかしい……
『ラスカー!ギルシュ!エルノア!』
父から呼びかけられる。
「父上、今日はいつもより声がよく聞こえるような気がします」
『ああ、多分状況が変わったんだろう。急ぐぞ』
「もしかして居場所が分かるんですか?」
『私の後を追ってこい』
そう言った父の飛行は迷いが無い。悔しい。私には苦しんでいるという事しか分からないのに。
父の導き通りに進めばボロボロの弟を見つけた。降りたって想像通り小さい体の彼の無残な姿を間近にして…
目の前が真っ赤に染まった。
「この醜い人間から血の臭いがする」
信じられない事に、この醜い人間の体には弟の血の臭いが染みついている。
それほどにこの小さな小さな私の弟を傷付けたのだ。
その後の記憶はあまり無い。
あまりの憤怒に理性を無くした。
「旦那様の言いつけで現在ルスランぼっちゃまへの面会は禁止されております」
小柄な家令のタイニーが扉の前に立ちふさがっている。
「ずっと長い間探し続けてやっと見つけたと思ったら四ヶ月も離れたままだった。ようやく家に帰ってきたのに今度は面会禁止だと?ふざけるな!私は家族だ。会う権利がある」
「俺にだってある」
「ギルシュ……来たのか」
思わず舌打ちする。騎士団に入団する前から禄に家にいた試しがなかったクセに。
「………」
いつの間に来たのか、廊下の反対側に三男のエルノアが立っていた。
「よく言うな。学生の頃から家には寝に帰るだけの生活だったのに」
「それは関係ねぇだろ。家族は家族だ」
「お前が家族らしくあったことがあったか?」
「タイニー、どいて。顔が見たいんだ」
「エルノア、お前はいつもみたいに黙って大人しくしてろよ。俺が入る」
「何故お前が先に入るんだ。ここは長男である私が一番だろう!」
「静かにしないか!おまえ達!」
部屋から出てきた父に諭され、未だ会えない不満とギルシュへの苛立ちが残るが、父とタイニーに体調の事を言われては仕方ない。
兄弟全員、諦めて散っていく。
だが諦めるのは今日会う事だけだ。
この先どう動くか私の気持ちは固まっているが、ギルシュとエルノアも私と同じ気持ちかもしれない。
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