竜の歌

nao

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 暗い森の中をひたすら走る。

 それこそ死に物狂いで。

 追っ手に捕まれば今度こそ殺されてしまう。

 それでも捕まるのは時間の問題だろう。
 なにせ彼はろくな食事も与えられずやせ細っていた。
「たすけて」と何度も繰り返しながら逃げ回る。自分では「たすけて」と言おうとするが実際にはうまく発音出来ていない。
 まだ幼いという事もあるが、何より言葉を教えられておらず、喋る練習をした訳でもないからだ。
 けれど命の危機に瀕してできうる限りの足掻きを試みる。

『たすけて!おかあさん!』
『たすけて!おとうさん』
『たすけて!にいさん!』
 あらん限りの声を振り絞り、両足を前へ前へと交互に必死で動かす。
 彼には家族が居た。
 二人組に襲われ、母は目の前で殺され、誘拐された。
 母が死んだ事は分かっているが、父と兄は今どうなっているか分からない。
 襲われた時が二歳になったばかりの時だったので、家族の顔はろくに覚えていない。襲ってきた二人組の顔も。
 けれどその時に母を殺され、人に売られ、監禁されて虐待を受ける生活を続けていた。
 言葉も覚えない内から使用人のようにこき使われ、出来ないとすぐに殴られた。
 彼を買った男には妻と十歳くらいの息子が居たが、皆男の様に醜く肥え太り、ことあるごとに罵声と暴力を浴びせた。
 ただ人形のように言われた事をこなそうとし、出来なくて殴られる毎日だった。
 だが今日は特別男の機嫌が悪いらしく、このままでは殺されてしまうと感じた。
 以前ならただ蹲って嵐が過ぎるのを待つだけだったが、棍棒で頭を殴られた後に思い出したのだ。
 自分には前世というものが有ったのだと。
 男の屋敷の周りには塀は無く、少し行けば木々が増えていき、やがて森に入る。 
 田舎なので近くの家でもかなり離れている。その離れた民家ではなく森を選んで奥へ奥へと進んでいく。
 太った男は遅くはあっても諦める気は無いらしく、追ってくる気配は消えない。
 ただひたすら『たすけて』と叫びながら走る。裸も同然の格好で自然の森の中を走っているから、裸足の足は擦り傷だらけだ。
 けれど今まで受けてきた暴力に比べればこれ位は何でも無いと思えた。
(例え助からないとしても何もせずあの地下室で蹲って死ぬのは嫌だ。せめて最後の最後まで足掻いて足掻いて足掻き抜いて終わりたい)
 月明かりも届かない中で堅い木の根に足を取られた。転んだ先には沢山の石が転がっていて、痛みで動けなくなる。
「うう……う……」
 動きたいのに動けない。右足の膝を石でざっくり切ってしまったのだ。ドクドクと血が溢れ出す。頭からの出血もあって、体がブルブルと震え出した。
「こんの……クソ、ガキ……があ!」
 とうとう追いつかれてしまった。
 見上げた男の振りかざした右手には暗い森でも鈍く光る包丁が握られている。
 追いかけるのに棍棒は重すぎて屋敷の厨房で持ち替えたのだ。
 怒りに血走った目の男が、子供目がけて刃物を振り下ろした瞬間、とてつもない風と振動を感じた。
 恐怖に閉じていた目を開けると、自分たちの周りに小さな山が…四つ。
「見つけた」
 一番大きな山が喋った。
(……山じゃない?)
「この醜い人間から血の臭いがする」
「ああ、染みついてやがる」
「こいつ、いらない」
 四つの山には目があり喋る。生き物だ。
 全容は見えないのに、凶暴な気配だけはビリビリと伝わってくる。
 低いうなり声と荒い息。
 巨大な生き物に囲まれた男は今度は恐怖に震え出した。
「あ、あ、う」 
 恐怖のあまり言葉も発せられずに震えて失禁している男に目もくれず、最初に喋った一番大きな生き物が子供の所まで近寄り、赤い水晶玉を翳した。子供は赤い光に全身を包まれ、彼の意識はそこで途切れた。
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