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新たな悩み?
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※※※
「何か悪い事したかな?」
1人森の中に取り残されたミークは、猫獣人の態度を振り返り申し訳無さを感じていた。
彼女達、特に猫獣人の方はとても良く知っている。彼女はネミルの両親が営む宿屋の食堂で、ほぼ毎日給仕として働いているからだ。普段からその真面目な働きぶりと、獣人ならではの身の熟し、身体能力の高さをミークは知っていた。
そしてもう1人のエルフの女性。彼女はネミルの食堂の常連で、その猫獣人と仲良さそうに話しているのをよく見かけていた。どうやら2人は幼馴染の様で、小さい頃からこのファリスで一緒に遊んで過ごしていたらしい。
そんな2人が魔物襲撃があった翌日、ギルドに来て冒険者になりたいと申し出たのには、その場に居たネミル、そして他の受付嬢とラル全員が驚いた。
この世界で冒険者になるのはほぼ男。女なら魔物や戦闘で有効な魔法が使えないと冒険者になれないのが通例。勿論ごく一部、魔素が無くても冒険者稼業を頑張っている女性はいるが、それでも殆どは戦う事はせず、雑用をしている。
当然ミークは規格外の例外であるが。
勿論この2人も世界の人間であるからして、その通例を知っている筈。そんな2人が冒険者になりたいという申し出を聞いたラルは当然困惑した。だが2人の決意はとても固かった。そして2人は何度も冒険者認定試験に挑戦するも、やはり戦闘は不慣れな事もあり合格とはならなかった。
だがラルは数万にも及ぶ魔物の死体の回収作業を一刻も早く終わらせたい、人手は多い方が良いという思惑もあり、とりあえず迷いの森での作業に慣れて貰おうという名目で、魔物の死体回収をやって貰おうと思ったのである。
そして今は魔物の討伐より死体回収の方が優先されている為、戦闘をしない分彼女達に危険が及ぶ可能性は低い。更に何処にどの大きさの死体があるか、ミークが全て把握しているので、彼女達が作業し易い死体をミークが選定し、その上彼女達の動向をミークがドローンで監視する事が出来る。ギルドも彼女達が作業し易い場所を指定するので、彼女達に危険が及ばない様徹底して管理する事が出来る。
そこまでのサポートが出来る事を鑑みた上で、ラルは彼女達に特例で、魔物の死体回収依頼を受ける事を了承しているのである。
「とりあえず、さっきの男達についてはギルドに報告しないとね」
ミークは1人そう呟いた後、ふわりと浮かびそのままファリスへ飛んで行った。
※※※
ギルドの大広場の前にふわりと降り立つミーク。途端、一斉にその場所に居た人達の視線が集まるも、皆慣れた様子で「あ、ミークだ!」「あら今日も空から帰って来たのね」と至極自然に受け入れている。
そして「よう隻腕の! 元気か?」「あらミーク、また店に来てね」等々、町の人々から気軽に声を掛けられる。それに対してミークも会釈したり手を挙げたりして答える。
ファリスに来て3ヶ月弱、ミークはこれまで何度もこの町を救ってきた。なので町の人々はミークに対して感謝の気持ちを持っている。同時に気取らないミークの性格も手伝って、普段から皆気さくに声を掛けるのが日常になっている。
ミークはこの町の民として、完全に受け入れられ溶け込んでいた。
一通り挨拶を終えたミークはギルドに入っていく。するとそこには、久々に顔を合わせるラミーが居た。
「あらミークじゃない。どうしたのかしら?」
「ちょっと用事でね。ラミーこそ久しぶり。ギルドに居るって珍しいね」
「そうね。ここのところずっとジャミーの店に籠りっきりだったから」
そうだったね、とラミーと会話しながらミークはネミルのいるカウンターに向かう。そしてネミルにも会釈した後、ミークは先程の男達の件を伝えた。話を聞いたネミルから笑みが消える。それからミークの紅色左目が、ドローンが捉えていた一連の様子を映像にて壁に映し出し、「こいつらね」と伝えると、「分かったわ」と答え、スタスタと2階へ上がっていった。
そしてその映像を隣で同じ様に見ていたラミー。ネミルもそうだが、もうミークがこの様に映像を映し出しても驚く事は無い。ミークがやらかす色々について慣れた様である。
「ミークも大変ね。あの女達のお守りをしていたのかしら?」
「お守りというか、頑張って欲しいって素直に応援してるだけだよ」
ミークがラミーにそう返事すると、「まあ、あなたならそうでしょうね」と呆れ顔で微笑む。
「ところでさっき目から出てきていた絵? も、前に説明していた、ミークの頭の中に居るえーあい? という人が作っているのかしら?」
「まあそうだね」
「前に説明してくれたけれど、未だ良く分かっていないのよね。でもそのお陰で奴隷紋を消去出来たのよね。ジャミーからも顛末を聞いたわ。しかし本当ミークって不思議ね。まあ今更だけれど」
「そうかな?」
そうよ、と返事しながらクスリと笑うラミー。そして「そうそう」と話を変える。
「依頼受けていた品、出来上がったのよ。今日はそれを伝えようとギルドに来たのよ」
「おおー。じゃあ一気に作業捗るね」
そうね、とラミーが答えたところで、2階からフラフラとおぼつかない足取りで商人イドリスが降りてきた。彼はギルドに泊まり込みでずっと仕事をしている。まだ回収を始めてから1週間程度だが、それでも冒険者達がどんどん運んで来る死体の量は相当な数になっている。
当初は冒険者がその場でジップロックを外し解凍し、素材と魔石の採取を行おうと言う話だったのだが、いざ実践してみると解凍するのに相当時間がかかる事が分かった。魔物の大きさによっては半日近くも放置せねばならず、その間冒険者はその場からずっと動けない。なので凍ったままギルドに持ち帰り、解体作業ははギルドでやる様にしよう、と変更したのである。
すると今度はギルドが大変な事になってしまった。受付嬢3人だけでは到底捌き切れない。よって急遽、素材や魔石の鑑定が出来るイドリスが手伝う事になったのである。その見返りとして、手伝った分の素材と魔石の販売の権利を譲渡する事にしたのである。
噂によるとこの1週間、イドリスはほぼ寝ていないらしい。まだファリスに来て間がないというのに、頬はこけ目の下はクマが出来ていて明らかにやつれている。
そんなイドリスが階段から降りて来てすぐ、ハッと眼の前の黒髪超絶美女に気付く。
「……そこにいるのはミーク様?」
「あ、こんにちはイドリスさん。お疲れ様です」
ミークがそう会釈すると、イドリスは「ひえええええ!!」と階段途中でこけながら叫び出す。
「あああ! も、もう結構! もう魔物は結構ですよおおお!!」
そう怯えながら腰を抜かし足をガクガクさせている。それを見てミークは呆気にとられる。
「……そんな怯えなくても」
ミークの態度にラミーはクスクス笑う。
「まあ仕方が無いわよ。とにかく量が尋常じゃないもの。最初はイドリスも喜んでいたって聞いているわ。でもまあ、彼もこれを乗り切ったら相当なお金持ちになるでしょう。そうそう。そんなイドリスに朗報よ」
「ひょへ? ろ、朗報とは?」
「アラクネの魔石を使って造った異空間収納、出来たわよ。ジャミーと私2人でかかれば1週間で出来たわ。これで素材の解体、魔石の鑑定もゆっくり出来ると思うわ」
ラミーの説明に疲労感たっぷりだったその顔がぱああ、と明るくなる。
「ほ、本当ですか! 作業を一旦お休み出来るのですね! 異空間収納があれば、冒険者達がどんどん魔物を持って帰って来ても倉庫が一杯になる心配が無くなる! ずっと急いで解体していましたがそれも必要無くなります! これで漸くゆっくり出来る! まだ1週間ですがもうそれは地獄の様でしたから!」
頬コケたイドリスの満面の笑みに、ラミーはついフフと笑ってしまう。
「それと、別途依頼を受けていた精霊魔法も出来上がったわよ。これであなたの店に連絡すると良いわ。もうお金が尽きそうだって言ってたから」
それを聞いてイドリスは「よっしゃああ!!」とグッと握り拳を作って喜んだ。その話を聞いたからか、ネミル以外の2人の受付嬢が奥からフラフラとまるで幽霊の様な風体で出てくる。
「それって……、手伝ってた……、私達も……、楽になるのよ……ね?」
「もう魔物の解体したくない。もう疲れた。もう死にたい」
2人は床にへたってお互いにもたれ合いながら座り込んだ。彼等の様子を見てミークは「……何か申し訳無いな」と呟く。その呟きが聞こえたラミーは「何言っているのよ」とミークに話しかける。
「今回迷いの森で倒した殆どの魔物は、本来全てミークに所有権があるのよ? なのにただ持って帰って来るだけで冒険者達にその権利を上げるなんて。しかも超貴重なアラクネの魔石だって、それ使って異空間収納を造ってあげてって言うじゃない。太っ腹もいいところよ。ミークはそれだけでも充分感謝されるべきよ」
「でも其れ位の見返り無いと多分皆動かないだろうし、私はそんなにお金要らないしね」
「ミークならそう言うと思ったわ」
呆れながら苦笑するラミー。だが直ぐ真顔になってミークに説明し始める。。
「今回、相当数の魔物が出現した事、それが魔族によって起きた事、更にダンジョンが無くなった事、全部最重要事項だから流石に報告したわよ。辺境伯だけでなく王都のギルドにも」
ラミーの言葉に「あーそうなのかあ」と困った顔をするミーク。
「それってどうにかならなかった? 私出来たら悪目立ちしたくないんだけど」
「これだけやらかしておいて目立ちたくないなんて流石に無理よ。そもそも当初は、迷いの森に魔族が顕れたって報告があったから、王都から私とバルバがここに派遣されたのよ? その顛末を報告しないといけないわ」
ミークは、はあ、と溜息を吐き「そっかぁ」と呟く。それを見てラミーはクスリと笑う。
「目立ちたくないってミークらしいわね。でも今回の件でミークはプラチナランクになれると思うわ」
「それってゴールドランクの上だっけ?」
「そうよ。この世界に2人しか居ないのよ」
ラミーの返事に「ふーん」と無関心な様子のミーク。
「正直別にならなくて良いかな。寧ろシルバーランクのままで良いや」
ミークの言葉にラミーは「え?」と驚いた顔をする。
「ん? どうしたの?」
ラミーはちょっと焦り気味にミークを諭す様に話す。
「あのねミーク、プラチナランクなのよ? とても名誉ある称号なのよ? この国の王に認められた者だけが貰えるとても貴重な物なのよ? 冒険者皆の憧れ、成りたくてもそうそう成れるものじゃない、凄いランクなのよ」
「そう熱弁されてもなあ。それなら尚更要らない。何かそういうのって縛りありそうだし。それより私、自由気ままに過ごしたい」
「あ、そう……。そ、そうね。そうなのね……、そ、そう」
「? ラミーなんか顔色悪い? 大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫、大丈夫よ……」
流石にミークも、ラミーの様子が明らかにおかしい事に気付き怪訝な顔をする。ラミーはサッと視線ヲを逸らす。既にミークをプラチナランクに推薦する、という趣旨の報告書を辺境伯と王都に送っているラミー。きっとミークも喜ぶだろう、そう高を括りミークに確認もせず先走ってしまったのだ。
ラミーがミークにどう話そうか悩んでいると、そこでラルとネミルが共に2階から降りて来て声を掛けてきた。
「ようミーク、報告聞いたぞ。後はギルドに任せてくれ。ラミーも久々だな」
「はい、お願いします」
「ええ……。久しぶり……」
「ん? ラミーどうした?」
「な、何でも無いわよ」
何やら様子がおかしいラミーがやや気になったものの、ラルはとりあえず此度の件について話し始める。
「早速そういう問題が起きちまったのは本当に残念だ。あの2人器量が良いから気を付けて欲しかったんだが自覚無さそうだしなあ。冒険者連中には、ミークが全部の魔物監視してるって事前に説明してたんだがな」
ラルが腕を組み顔をしかめる。そんなラルを見て気を取り直したラミーは「最初から予想出来た事よ」と話しかける。
「女が冒険者みたいな事やるのって、こういう事が起こるから難しいのでしょう? 私の様なゴールドランクの魔法使いでさえ相当気を使うのだから。彼女達の様に何の能力も無い女には冒険者なんて無理なのよ。それこそミーク程圧倒的に強いなら別だけれど」
「まあ俺も分かっちゃいたんだが……。2人共真剣だったら中々断り辛かった。だからまず失敗を経験して現実を知って諦めてくれたら、て思ってたんだよ。まあ魔物の回収を急ぎたかったってのもあるが。それにミークが監視してくれてるなら、今回みたいに万が一があっても何とかなるしな」
「そう言えばあの2人、冒険者になりたいってギルドに来たの、あの大襲撃の翌日だったじゃない? もしかしてミークに感化されたのかも知れないわね。町で戦ってる様子見て思うところがあったのかも。ミークって魔素を持っていないのに滅茶苦茶強いから。でも気持ちは分かるわ。私毎日受付業務してるけど、私だって冒険者をやってみたい、羨ましいって時々思うもの」
ネミルの言葉を聞いたミークは複雑な心境になった。
……ネミルの話の通り、もしかしたら私のせいなのかも。でも私個人的には諦めず頑張ってほしい。あの2人ならきっと強くなれるって思うから。
「何か悪い事したかな?」
1人森の中に取り残されたミークは、猫獣人の態度を振り返り申し訳無さを感じていた。
彼女達、特に猫獣人の方はとても良く知っている。彼女はネミルの両親が営む宿屋の食堂で、ほぼ毎日給仕として働いているからだ。普段からその真面目な働きぶりと、獣人ならではの身の熟し、身体能力の高さをミークは知っていた。
そしてもう1人のエルフの女性。彼女はネミルの食堂の常連で、その猫獣人と仲良さそうに話しているのをよく見かけていた。どうやら2人は幼馴染の様で、小さい頃からこのファリスで一緒に遊んで過ごしていたらしい。
そんな2人が魔物襲撃があった翌日、ギルドに来て冒険者になりたいと申し出たのには、その場に居たネミル、そして他の受付嬢とラル全員が驚いた。
この世界で冒険者になるのはほぼ男。女なら魔物や戦闘で有効な魔法が使えないと冒険者になれないのが通例。勿論ごく一部、魔素が無くても冒険者稼業を頑張っている女性はいるが、それでも殆どは戦う事はせず、雑用をしている。
当然ミークは規格外の例外であるが。
勿論この2人も世界の人間であるからして、その通例を知っている筈。そんな2人が冒険者になりたいという申し出を聞いたラルは当然困惑した。だが2人の決意はとても固かった。そして2人は何度も冒険者認定試験に挑戦するも、やはり戦闘は不慣れな事もあり合格とはならなかった。
だがラルは数万にも及ぶ魔物の死体の回収作業を一刻も早く終わらせたい、人手は多い方が良いという思惑もあり、とりあえず迷いの森での作業に慣れて貰おうという名目で、魔物の死体回収をやって貰おうと思ったのである。
そして今は魔物の討伐より死体回収の方が優先されている為、戦闘をしない分彼女達に危険が及ぶ可能性は低い。更に何処にどの大きさの死体があるか、ミークが全て把握しているので、彼女達が作業し易い死体をミークが選定し、その上彼女達の動向をミークがドローンで監視する事が出来る。ギルドも彼女達が作業し易い場所を指定するので、彼女達に危険が及ばない様徹底して管理する事が出来る。
そこまでのサポートが出来る事を鑑みた上で、ラルは彼女達に特例で、魔物の死体回収依頼を受ける事を了承しているのである。
「とりあえず、さっきの男達についてはギルドに報告しないとね」
ミークは1人そう呟いた後、ふわりと浮かびそのままファリスへ飛んで行った。
※※※
ギルドの大広場の前にふわりと降り立つミーク。途端、一斉にその場所に居た人達の視線が集まるも、皆慣れた様子で「あ、ミークだ!」「あら今日も空から帰って来たのね」と至極自然に受け入れている。
そして「よう隻腕の! 元気か?」「あらミーク、また店に来てね」等々、町の人々から気軽に声を掛けられる。それに対してミークも会釈したり手を挙げたりして答える。
ファリスに来て3ヶ月弱、ミークはこれまで何度もこの町を救ってきた。なので町の人々はミークに対して感謝の気持ちを持っている。同時に気取らないミークの性格も手伝って、普段から皆気さくに声を掛けるのが日常になっている。
ミークはこの町の民として、完全に受け入れられ溶け込んでいた。
一通り挨拶を終えたミークはギルドに入っていく。するとそこには、久々に顔を合わせるラミーが居た。
「あらミークじゃない。どうしたのかしら?」
「ちょっと用事でね。ラミーこそ久しぶり。ギルドに居るって珍しいね」
「そうね。ここのところずっとジャミーの店に籠りっきりだったから」
そうだったね、とラミーと会話しながらミークはネミルのいるカウンターに向かう。そしてネミルにも会釈した後、ミークは先程の男達の件を伝えた。話を聞いたネミルから笑みが消える。それからミークの紅色左目が、ドローンが捉えていた一連の様子を映像にて壁に映し出し、「こいつらね」と伝えると、「分かったわ」と答え、スタスタと2階へ上がっていった。
そしてその映像を隣で同じ様に見ていたラミー。ネミルもそうだが、もうミークがこの様に映像を映し出しても驚く事は無い。ミークがやらかす色々について慣れた様である。
「ミークも大変ね。あの女達のお守りをしていたのかしら?」
「お守りというか、頑張って欲しいって素直に応援してるだけだよ」
ミークがラミーにそう返事すると、「まあ、あなたならそうでしょうね」と呆れ顔で微笑む。
「ところでさっき目から出てきていた絵? も、前に説明していた、ミークの頭の中に居るえーあい? という人が作っているのかしら?」
「まあそうだね」
「前に説明してくれたけれど、未だ良く分かっていないのよね。でもそのお陰で奴隷紋を消去出来たのよね。ジャミーからも顛末を聞いたわ。しかし本当ミークって不思議ね。まあ今更だけれど」
「そうかな?」
そうよ、と返事しながらクスリと笑うラミー。そして「そうそう」と話を変える。
「依頼受けていた品、出来上がったのよ。今日はそれを伝えようとギルドに来たのよ」
「おおー。じゃあ一気に作業捗るね」
そうね、とラミーが答えたところで、2階からフラフラとおぼつかない足取りで商人イドリスが降りてきた。彼はギルドに泊まり込みでずっと仕事をしている。まだ回収を始めてから1週間程度だが、それでも冒険者達がどんどん運んで来る死体の量は相当な数になっている。
当初は冒険者がその場でジップロックを外し解凍し、素材と魔石の採取を行おうと言う話だったのだが、いざ実践してみると解凍するのに相当時間がかかる事が分かった。魔物の大きさによっては半日近くも放置せねばならず、その間冒険者はその場からずっと動けない。なので凍ったままギルドに持ち帰り、解体作業ははギルドでやる様にしよう、と変更したのである。
すると今度はギルドが大変な事になってしまった。受付嬢3人だけでは到底捌き切れない。よって急遽、素材や魔石の鑑定が出来るイドリスが手伝う事になったのである。その見返りとして、手伝った分の素材と魔石の販売の権利を譲渡する事にしたのである。
噂によるとこの1週間、イドリスはほぼ寝ていないらしい。まだファリスに来て間がないというのに、頬はこけ目の下はクマが出来ていて明らかにやつれている。
そんなイドリスが階段から降りて来てすぐ、ハッと眼の前の黒髪超絶美女に気付く。
「……そこにいるのはミーク様?」
「あ、こんにちはイドリスさん。お疲れ様です」
ミークがそう会釈すると、イドリスは「ひえええええ!!」と階段途中でこけながら叫び出す。
「あああ! も、もう結構! もう魔物は結構ですよおおお!!」
そう怯えながら腰を抜かし足をガクガクさせている。それを見てミークは呆気にとられる。
「……そんな怯えなくても」
ミークの態度にラミーはクスクス笑う。
「まあ仕方が無いわよ。とにかく量が尋常じゃないもの。最初はイドリスも喜んでいたって聞いているわ。でもまあ、彼もこれを乗り切ったら相当なお金持ちになるでしょう。そうそう。そんなイドリスに朗報よ」
「ひょへ? ろ、朗報とは?」
「アラクネの魔石を使って造った異空間収納、出来たわよ。ジャミーと私2人でかかれば1週間で出来たわ。これで素材の解体、魔石の鑑定もゆっくり出来ると思うわ」
ラミーの説明に疲労感たっぷりだったその顔がぱああ、と明るくなる。
「ほ、本当ですか! 作業を一旦お休み出来るのですね! 異空間収納があれば、冒険者達がどんどん魔物を持って帰って来ても倉庫が一杯になる心配が無くなる! ずっと急いで解体していましたがそれも必要無くなります! これで漸くゆっくり出来る! まだ1週間ですがもうそれは地獄の様でしたから!」
頬コケたイドリスの満面の笑みに、ラミーはついフフと笑ってしまう。
「それと、別途依頼を受けていた精霊魔法も出来上がったわよ。これであなたの店に連絡すると良いわ。もうお金が尽きそうだって言ってたから」
それを聞いてイドリスは「よっしゃああ!!」とグッと握り拳を作って喜んだ。その話を聞いたからか、ネミル以外の2人の受付嬢が奥からフラフラとまるで幽霊の様な風体で出てくる。
「それって……、手伝ってた……、私達も……、楽になるのよ……ね?」
「もう魔物の解体したくない。もう疲れた。もう死にたい」
2人は床にへたってお互いにもたれ合いながら座り込んだ。彼等の様子を見てミークは「……何か申し訳無いな」と呟く。その呟きが聞こえたラミーは「何言っているのよ」とミークに話しかける。
「今回迷いの森で倒した殆どの魔物は、本来全てミークに所有権があるのよ? なのにただ持って帰って来るだけで冒険者達にその権利を上げるなんて。しかも超貴重なアラクネの魔石だって、それ使って異空間収納を造ってあげてって言うじゃない。太っ腹もいいところよ。ミークはそれだけでも充分感謝されるべきよ」
「でも其れ位の見返り無いと多分皆動かないだろうし、私はそんなにお金要らないしね」
「ミークならそう言うと思ったわ」
呆れながら苦笑するラミー。だが直ぐ真顔になってミークに説明し始める。。
「今回、相当数の魔物が出現した事、それが魔族によって起きた事、更にダンジョンが無くなった事、全部最重要事項だから流石に報告したわよ。辺境伯だけでなく王都のギルドにも」
ラミーの言葉に「あーそうなのかあ」と困った顔をするミーク。
「それってどうにかならなかった? 私出来たら悪目立ちしたくないんだけど」
「これだけやらかしておいて目立ちたくないなんて流石に無理よ。そもそも当初は、迷いの森に魔族が顕れたって報告があったから、王都から私とバルバがここに派遣されたのよ? その顛末を報告しないといけないわ」
ミークは、はあ、と溜息を吐き「そっかぁ」と呟く。それを見てラミーはクスリと笑う。
「目立ちたくないってミークらしいわね。でも今回の件でミークはプラチナランクになれると思うわ」
「それってゴールドランクの上だっけ?」
「そうよ。この世界に2人しか居ないのよ」
ラミーの返事に「ふーん」と無関心な様子のミーク。
「正直別にならなくて良いかな。寧ろシルバーランクのままで良いや」
ミークの言葉にラミーは「え?」と驚いた顔をする。
「ん? どうしたの?」
ラミーはちょっと焦り気味にミークを諭す様に話す。
「あのねミーク、プラチナランクなのよ? とても名誉ある称号なのよ? この国の王に認められた者だけが貰えるとても貴重な物なのよ? 冒険者皆の憧れ、成りたくてもそうそう成れるものじゃない、凄いランクなのよ」
「そう熱弁されてもなあ。それなら尚更要らない。何かそういうのって縛りありそうだし。それより私、自由気ままに過ごしたい」
「あ、そう……。そ、そうね。そうなのね……、そ、そう」
「? ラミーなんか顔色悪い? 大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫、大丈夫よ……」
流石にミークも、ラミーの様子が明らかにおかしい事に気付き怪訝な顔をする。ラミーはサッと視線ヲを逸らす。既にミークをプラチナランクに推薦する、という趣旨の報告書を辺境伯と王都に送っているラミー。きっとミークも喜ぶだろう、そう高を括りミークに確認もせず先走ってしまったのだ。
ラミーがミークにどう話そうか悩んでいると、そこでラルとネミルが共に2階から降りて来て声を掛けてきた。
「ようミーク、報告聞いたぞ。後はギルドに任せてくれ。ラミーも久々だな」
「はい、お願いします」
「ええ……。久しぶり……」
「ん? ラミーどうした?」
「な、何でも無いわよ」
何やら様子がおかしいラミーがやや気になったものの、ラルはとりあえず此度の件について話し始める。
「早速そういう問題が起きちまったのは本当に残念だ。あの2人器量が良いから気を付けて欲しかったんだが自覚無さそうだしなあ。冒険者連中には、ミークが全部の魔物監視してるって事前に説明してたんだがな」
ラルが腕を組み顔をしかめる。そんなラルを見て気を取り直したラミーは「最初から予想出来た事よ」と話しかける。
「女が冒険者みたいな事やるのって、こういう事が起こるから難しいのでしょう? 私の様なゴールドランクの魔法使いでさえ相当気を使うのだから。彼女達の様に何の能力も無い女には冒険者なんて無理なのよ。それこそミーク程圧倒的に強いなら別だけれど」
「まあ俺も分かっちゃいたんだが……。2人共真剣だったら中々断り辛かった。だからまず失敗を経験して現実を知って諦めてくれたら、て思ってたんだよ。まあ魔物の回収を急ぎたかったってのもあるが。それにミークが監視してくれてるなら、今回みたいに万が一があっても何とかなるしな」
「そう言えばあの2人、冒険者になりたいってギルドに来たの、あの大襲撃の翌日だったじゃない? もしかしてミークに感化されたのかも知れないわね。町で戦ってる様子見て思うところがあったのかも。ミークって魔素を持っていないのに滅茶苦茶強いから。でも気持ちは分かるわ。私毎日受付業務してるけど、私だって冒険者をやってみたい、羨ましいって時々思うもの」
ネミルの言葉を聞いたミークは複雑な心境になった。
……ネミルの話の通り、もしかしたら私のせいなのかも。でも私個人的には諦めず頑張ってほしい。あの2人ならきっと強くなれるって思うから。
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