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ファリスの人達にも徐々に影響が出始める

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 ※※※ 

 まさに海ではないかと思える程広い湖のほとりの、高い崖の上に建っている大きな城。元いその外見から城と見紛う佇まいだが、それはとある人物の家なのである。

 そこはファリスを含めた広大な辺境の地を管轄している伯爵の邸宅。その最上階にて、齢40を越えているとは思えぬ見た目の若さと美しさの、肩まで伸びた銀髪の紳士が1人黙ってとある報告を眺めている。

 それはつい先程、精霊魔法によってファリスから送られてきた報告書。その衝撃的な内容に、辺境の地を治めるこの男性はずっと眉を顰めていた。

「前にファリスにから届いた、オルトロスとオーガキングが顕れ、だがそれらは魔素を持たない女に倒されたという荒唐無稽な報告。その上魔族の存在を確認したと言う内容だった。だからその到底信じられない事の真偽を確かめる為、王都からゴールドランク2人を派遣し、彼等に確認しに行って貰ったのだが……。今回はその内容が陳腐だと思える程、更にあり得ない事が起こった……、だと?」

 しかもその報告には町長のマルガンだけではなく、この度派遣したラミーまで証言している。どちらかと言えば事詳細に記しているのはラミーの方である。

「一体ファリスに何が起こっているのだ……。町全体に巨大な催眠魔法でもかけられているのか?」

 そんな魔法これまで聞いた事も無いが、そんな嘘の様な夢の様な事態が事実だと思うより、そう思った方が信憑性が高い。それ程までにファリスから届く報告は現実離れしている。

「しかも前回含め今回もファリスを救ったその魔素を持たない女、ミークとやらを……、プラチナランクに推薦する、だと? 無茶も甚だしい。そもそも1ヶ月程度でシルバーランクにしたらしいじゃないか。それでさえ特例だというのに、ゴールドランクを越えてプラチナランク? この世界に2人しか居ない究極の戦士なのだぞ?」

 仮にこの内容を信じ王に申請したとして、そんな話当然受け入れて貰える訳もなく、下手をすれば不敬だと言われ辺境伯が罰せられる可能性さえある。

「プラチナランクは魔族と対等に渡り合える強者。王に認められ初めて成る事ができる名誉ある称号。それを名も知らぬ魔素も持たぬ、ただの女がなれる代物では無い」

 しかし報告にあった内容が事実であれば、確かにそれに値するだけの功績ではある。それに、嘘をわざわざ精霊魔法で報告するというのもあり得ない。

 辺境伯は窓から見える美しい湖畔の景色に目をやり、少し考え込むと、パンパン、と手を叩いた。すると部屋の扉をノックする音が聞こえた。そして扉が開き1人のメイドが頭を下げた。

「お呼びでしょうか?」

「こちらの用事がある程度片付いたら近日中にファリスに向かおうと思う。準備しておいてくれ。それと、警護に当たる者は魔法使いを最低1人見繕ってくれ」

 辺境伯がそういうとメイドは「かしこまりました」ともう一度頭を下げ、静かに扉を閉めて出ていった。

 ※※※

 魔物による大量襲撃が発生し、そしてそれらのほぼ全てをミークが殲滅してから1週間が経過した。

 森中に散らばっている途轍も無い数の魔物の死体は、ミークの処置のおかげで今も腐らずに済んでいる。ただ、歪なオブジェの様に、凍ってジップロックで包まれた魔物の死体があちこちで散見するのは、これまでとは違う様相ではある。

 因みにミークが倒したのはファリスに攻撃を仕掛けてきた元ダンジョンに居た魔物達のみなので、元々森で棲息していた魔物は未だ健在だったりする。

 そんな中、とあるジップロックに包まれた魔物の死体をこれから担ごうとする冒険者が2人。彼等の直ぐ側にある荷車には、既に3体の魔物の死体が載せられていた。

「よっと! 今から持ち上げんぞー!」

「おーよ! せーのっ!」

 掛け声と共に2人の男は、ジップロック詰めされている見た目の熊の大型の魔物の死体を持ち上げ、そしてそれを荷車にドサ、と投げ入れた。凍っている為死体は冷たい。男達はお互い揃って冷えた手を温める様にフーフー息を吹きかけている。

「ふうー、相変わらず冷てぇ。よしじゃあ、そろそろ日も暮れるし今日は帰るか」

「おう。4体もありゃ充分だしな」

 屈強な体つきの男2人はそう語り合いながら、揃って馬に跨り荷車を曳きファリスに向かい始めた。

「しかしこれで報酬貰えんだから楽だよな。しかも金か素材か魔石か選べるってな」

「そりゃそうなんだが戦う必要が無いってのは、どうも張り合いがねぇんだよなあ」

「違いねぇが、命あっての物種だぜ? そもそも回収したこの魔物達、俺等の手にゃ負えねぇツワモノばかりだ。もし生きてて戦ったとしても勝てる見込みはまず無ぇ。だが持ち帰っただけで倒したのと同等の報酬が貰えるんだ。文句言ったらバチ当たるぜ?」

「しかしミークも太っ腹だよなぁ。ここで凍ってる魔物全部、あの女が倒したらしいじゃねーか。全て自分の物にすりゃ、生涯何もしなくても生きていける程の財産手に入れられるってのによ」

「全くだ。つか、こいつらを全滅させたミークって、本物の化け物だな」

「王都から帰って来たゴールドランクのラミーでさえ驚いてたらしいからな。ミークはそれ以上、プラチナランクに相当するって話だぜ?」

「見てくれは超いい女なのにな。隻腕で片目は赤い眼だが、あのレベルの女はファリスどころか王都にも居ねぇんじゃねーか? ったく、化け物じゃなけりゃ何とかしてやりてぇのによぉ」

「おかしな気を起こすのは止めとけ。もう1人王都から来たゴールドランクのバルバって奴、お前見てぇにミークにやらしい事しようと考えて、何か画策したみてぇだが返り討ちにあったらしいぜ? 今はお縄になって捕まったって話だ」

「そういや見かけねぇと思ったがあいつ牢屋に入ってたのか。ゴールドランクで敵わないなら俺達なら尚更だな……」

「そういう事だ……、ん?」

 男達が馬に跨り会話しながら荷車を引きつつ森の中を進んでいると、彼等と同じ様に、凍ってジップロックにされている魔物を回収している2人組が目に入った。

「おー、あっちでもやってんな……、って、おいあれ」

「ほーう? 女2人かよ。珍しいな」

 彼等の言う通り、せっせと魔物の回収作業をしていたのは2人の女性。1人は猫の獣人、もう1人は耳の尖り具合からエルフと呼ばれる種類の亜人だった。彼女達は比較的小さな魔物の死体を協力し合い、彼等と同じ様に、自分達が引いてきたであろう荷馬車に載せていた。

 その様子を見て男達2人は顔を見合わせる。そして共感したかの様に揃ってニヤリとする。

「ミークは無理でも他の女なら、なあ?」

「ああ、それに町の中じゃなく森に入って作業してんなら、何が起こっても全部自己責任だ」

 そう確認し合う様に言い合った後、2人は馬から降り女性2人に声を掛けた。

「おーい、女2人じゃ大変だろう? 俺達が手伝ってやるぞ」

「おうよ。その代わり手伝った見返りとして、俺達と楽しい事しようぜ?」

 ニヤニヤしながら声を掛ける男達だが、猫獣人とエルフは無視を決め込みお互い黙ってせっせと作業を続ける。その様子にイラッとした男達は、馬と荷車を近くの枝に縛り、ズカズカと女性2人の元へ歩いてやって来た。

「おい、無視すんなよ」

「女の癖に冒険者みたいな真似しやがって」

 すると猫獣人の女性がスッと立ち上がり男達を睨み付ける。慌ててエルフが「止めときなさい」と嗜める。だが猫獣人の女性は我慢ならなかったのか、エルフの制止を聞かず男達に言い返した。

「男だけが冒険者じゃないにゃ。魔法使える女の冒険者だっているにゃ。それに魔法使えなくてもミークみたいな冒険者だっているにゃ」

 猫獣人の言葉に男は「ワハハ!」と馬鹿にした様に大笑いする。

「ミークは特別じゃねーか! そもそもあいつ人間かどうかすら怪しいしな。ていうか、お前等はミークみたいに強いのかよ?」

「何なら試してやってもいいんだぜ?」

 ゲヘヘと下卑た笑みを浮かべ、握り拳を作りながら猫獣人ににじり寄る男達。エルフは慌てて間に入る。

「あ、謝るから! お酒の相手位ならするから!」

「こんな奴等の言いなりになる必要ないにゃ。あたしだって決して弱くないにゃ」

「ほーぅ? じゃあ試してみろや」

 そう言って舌舐めずりしながら近寄ってくる男達。猫獣人は気丈に身構えるも身体は震えている。それもその筈、彼女は戦いに慣れていない。この世界では魔素を持たない女性は冒険者にならないのが通例。だから戦う事に不慣れなのは当然なのである。

 その様子を見て益々ニヤニヤが止まらない男達は、趣向を変え捕まえて好きにしてやろうと思い両腕を大きく広げた。

「ガハハハハ! 震えてやがる! 女は男の言いなりになってりゃ良いんだよ」

「ゲヘヘヘ! 悪いようにはしねぇよ。ちょっと楽しませてくれりゃ良いんだからよ」

 猫獣人は震える身体を何とか気合いで抑え構える。だがその様子は明らかに不格好。一方のエルフも未だ間に入って手を広げ、お互いを制止しようと試みながらオロオロしている。

「来ないならこっちからいくぜぇ~?」

 男2人は一気に猫獣人とエルフに覆い被さる様に飛びかかろうと構える。

「クッ、来るにゃ!」

「イヤ!」

 身構えていた猫獣人はもうどうしようも出来ない、と抱きついてきたエルフと抱き合い強く目を瞑る。

 だが、それ以上何も起こらなかった。

「「……?」」

 不思議に思って2人はそっと目を開けてみる。するとそこにはあのファリスの英雄、黒髪の美女が男達の前に立ちはだかっていた。ミークの片腕は切り離され男達の首根っこを掴んでいる。

「せ、隻腕の……」

「ミーク……」

 突如空から現れ驚く男達。そして彼等を捕まえたミークは、美しい黒髪を靡かせながら、抱き合い震えている2人を背中越しにチラ見した後、無機質な声色で男達に質問する。

「何してんの?」

 その冷たい視線に男達は慄き震えながら「「い、いや何でもねぇっす!」」と揃って答える。それを見たミークは掴んでいた首根っこを離すと、男達は足をもつれさせながら慌てて自分達の荷馬車に走り戻り、逃げる様に去って行った。

「大丈夫?」

 左腕を自身の身体に戻した後、ミークは2人に振り返り声を掛ける。エルフは素直に「ありがとう」と伝えるが、一方の猫獣人はミークをじっと見つめながら質問した。

「どうしてあたし達が困ってるって分かったにゃ?」

「ああ、ドローンで監視してるからね」

 そう言ってミークの右肩辺りでホバリングしている、1機の羽虫程度の大きさのドローンを指差す。猫獣人はそれをチラっと見てから更に質問を続ける。

「監視? じゃああたし達をずっと見てたって事にゃ?」

「まあそうかな?」

「それって、あたし達を信用出来ないからかにゃ?」

「それは違うかな。寧ろ心配してた」

「……」

 ミークの答えを聞いた猫獣人はスッと立ち上がり、黙って回収しようとしていた魔物の死体を無造作に持ち上げポイ、と荷車に放り込み、1人勝手に馬に跨り立ち去って行った。それを見て慌ててエルフも自分の馬に跨り、ミークに再度頭を下げ、荷車を引っ張りながら後を追いかけた。

「ねえちょっと! 助けてくれたのにあの態度は無いでしょ!」

「……やしいにゃ」

「え?」

「うわああーーん! ふぎゃああーーん!!」 

「うわっ! びっくりした!」

 突然わんわん馬上で泣き喚く猫獣人。エルフはびっくりして声を出してしまった。

「ど、どうしたのよ突然?」

「悔しいにゃああああーー!」

「え?」

「怖くて動けなかったにゃ! 身軽さや体力には自信あったのににゃ! でも! いざとなったら! 震えて動けなかったにゃああああーー!!」

「……そうね」

「身軽さや体力には自信あるにゃ! でも、でも! あたしだって! あたし等だってきっと何とか出来た筈だったにゃ!」

「……そうかもね」

「あたしだって冒険者やりたいにゃ! 女だからって、魔法使えないからって、何で冒険者やっちゃ駄目なのかにゃああーー!」

「ああやっていざという時動けないから、でしょ?」

「ミークに助けられたのも悔しいにゃ! でも、でもっ……! うわああーーん!!」 

 猫獣人の大泣きに感化されたからか、エルフの女性も目に涙を溜めていた。彼女も思うところはある様子。彼女は少し考えた後、瞳の奥に決意を秘め、未だ泣いている猫獣人に声を掛ける。

「……ねえ、私に考えがあるんだけど」

「ウグ……、ふぇっ? 何かにゃ?」
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