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ダンジョンボスも倒しちゃった

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 ※※※

 魔物は大きくなりながら形が変わっていく。まず巨大な蜘蛛が顕れたかと思うと、その背中からニョキっと女性の身体が出てきた。大広場に居た人達は慌てて我先にと逃げ惑う。

「ホホホホホ。失敗したわねぇ~」

 手の甲を口に当て高らかに嗤う大蜘蛛の上に顕れた女。そしてミークによって縛られていたバルバは、その巨大な魔物が尻から吐き出した糸に絡め取られ、そしてグワっと空中に持ち上げられる。

「お、おい! 何処から顕れやがった! てか俺は味方だろうが!」

 突然に事に驚きながら叫ぶバルバ。その疑問に大蜘蛛の女は「お前の耳元にずっと潜んで居たのよ~」と答える。

「というかお前が味方~? 勘違いしないで~。それよりあの御方から伝言よ~。失敗したから死ねって仰っているわ~。私が食べて良いってよ~」

 どうやら会話出来る位には、この蜘蛛の魔物は知能が高い様である。そして糸で縛っているバルバを、下の大蜘蛛の口に運ぶ。

「お、おい待て! 待ってくれ! まだこれから何とかするから!」

「もう遅い、だそうよ~。邪魔な鎧は剥ぎ取るわね~。んじゃいただきま~す」

 器用に大蜘蛛の牙が糸に巻かれた状態のまま鎧を剥がし、そして涎がダラダラ垂れている、下の大きな口がくぱあと開くと、中から巨大な牙が覗く。

「や、止めろ! 止めろーー!!」

 叫びながらバルバは逃れようとジタバタするが、ミークのワイヤーも蜘蛛の魔物の糸も全くびくともしない。

 だがそこで、ピシュンと音が聞こえ、バルバを縛っている蜘蛛の魔物の糸が切れた。その勢いのまま、バルバはズダン、と地面に叩きつけられた。

「やらせない。あんたにはちゃんと罪を償って貰わないといけないからね」

 ミークが左人差し指からビームを発射し、バルバを縛っていた糸を切ったのだった。

 ※※※

「何なのお前~? 魔素も無いのに今のな~に~? 私の糸を切るなんて~」

 バルバを食い損ない不機嫌な様子の大蜘蛛に生えている女。そしてフシュル、と女の下半身と化している大蜘蛛が、息を吐き8つの複眼をギラリと光らせる。

「何なのって、ずっと見てたんでしょ? 知ってるんじゃないの? ……あそこか」

 そう言ってミークは目の前の大蜘蛛の魔物の先、迷いの森の奥の方を見つめる。

「さっきまで全然魔素感じなかったけど、いきなり出てきたね。どういう仕組みでここに顕れたか知らないけど、まずあんたを倒さないとね」

「私を倒すですって~? ホホホホホホ~。そういうのを身の程知らずって言うのよ~」

「へえ。魔物なのにそんな言葉知ってんだ。博識じゃん。確かアラクネだよね?」

「……私を知っているのに倒すとか抜かしたのかお前えええええええ!!!」

 間延びしたふざけた口調からいきなり怒りを顕にし高圧的な口調に変わり激昂する、アラクネと呼ばれた大蜘蛛の魔物。そしてとても素早い動きで、下半身の前足の爪を使い、シュン、とミークに攻撃する。だがミークは難なくそれをスッと後ろに下って躱す。それをきっかけに更にシュン、シュンと4本の足の爪がミークを間断なく襲い続ける。

 更に大蜘蛛に生えている女が「ストーンバレット」と魔法を唱えた。するとアラクネの周辺の土から数百もの石礫が作り出され空中に浮かび上がり、一斉にミークに襲い掛かった。

 大蜘蛛の爪と魔法の石礫が当に避ける隙間も無く攻撃してくる。だがそれも全て軽やかな身の熟しで、ミークは全て躱していく。

 いくらサイボーグとは言えミークの殆どが生身の身体。元々運動神経が良いと言っても通常そこまでの動きは出来ない。だがAIに登録されているマーシャルアーツその他全ての武術の動きを、ミークの全身に通っている神経を使い伝達し、人並み外れた動きを可能にしている。それは視神経も例外ではなく、機械ではない右目までも動体視力が向上している。その上左目は相手の動きを観察し、そこから導き出される数億パターンの予測演算をAI行い、超高速で避ける事が出来ている。

 そんなミークが更に身体能力5倍にしているので、余程の奇跡が起こらない限り、アラクネの攻撃がまず当たる事は無いのである。

 因みに単純計算で、生身であるミークの右手の握力30kgが、5倍で150kgになっている。その様に身体全てのパワー、スピード、動体視力等が同倍で増えているのである。

 そして相対するアラクネは見た目通りの蜘蛛の魔物。オーガキングでも対等には戦えないであろう程の強敵。ゴールドランク10人居ても倒せるかどうか分からない程に強く、冒険者の間では、アラクネに出会ったら死を覚悟しろ、とまで言われている。

 尻から吐き出す糸は鋼鉄より硬く、生えている女の身体は知能が高く魔法が使える。下の大蜘蛛は攻撃力が高く毒や麻痺が使える、とても厄介な魔物なのである。

 そんな、これまでで最も強敵である筈のアラクネの攻撃なのに、ミークには全く当たらない。アラクネはギリ、と歯噛みし、今度は尻から鋼鉄程硬い糸を吐き出し、鞭の様にミークに攻撃を仕掛け始めた。

 4本の爪と石礫、更に鋼鉄の糸と無数の攻撃がミークを襲う。だがそれでもミークは避け続ける。ついにアラクネは焦りと苛立ちを募らせていく。

「何で当たらない~?」

「そりゃ遅いからじゃない?」

「こ、この女ぁ! 私の攻撃が遅いだってええええええええ!!!」

 未だ余裕がある様子のミークにとうとう怒り狂うアラクネ。大蜘蛛から生えた女の表情が憤怒に変わる。すると今度はその女の口がくぱあと開き、うす黒いモヤを噴霧し始め、ミークとアラクネの周りを包み始める。それに気付いたミークは即AIに確認する。

「この霧みたいなの何か分かる?」

 ーー分析します……、麻痺毒の可能性99.99%。ボツリヌス菌に似た成分を検出しました。それを魔素により毒性を向上させ、更に即効性を高め性質まで変えている様です。既に面積比7%、皮膚から吸収しております。……抗毒剤生成。中和しましたーー

「了解」

 以前オルトロスの尻尾の毒攻撃を受けた事でサンプルが存在していた為、それを元にAIは毒を簡単に中和出来る様である。

 アラクネが散布した毒の効果は麻痺なので、徐々に体力が落ち動きも鈍くなる筈。アラクネはミークの動きを観察するも全く衰えない。アラクネは毒が効かない為怪訝な顔をする。

「な、何故~。毒が効かない~? 動きが遅くならない~。どうして~?」

 アラクネに生えた女の表情にとうとう余裕が無くなった。相変わらずストーンバレットの石礫は引っ切り無しに出し続け、下の大蜘蛛の瞬速な爪の攻撃は絶え間無く、鞭の様にしなる糸までもミークに攻撃を仕掛けていて、そして毒まで使ったのに全く効果が無い。

「ク、クソ~」

 このままでは埒が明かない、そう思ったアラクネは、まだ大広場から逃げず遠巻きで様子を見ている街の人達が居るのを確認し、尻から出していた糸をヒュン、と、そちらに向け数人捕えた。

「う、うわあ~~!」「キャー! 嫌ああーー!」「た、助けてーー!!」

 いきなり捕らえられ叫ぶ町の人々。ミークは「あ、しまった」と呟く。その言葉が耳に入ったのか、漸く形勢逆転、とアラクネから生えている女は嬉しそうな顔をする。

「ホホホホホ~。最初からこうしておけば良かったわ~。大人しくしないとこいつら殺すわよ~」

 と、してやったりで高笑いする。だが人質を取られてもミークには余裕がある。

「ま、想定内だけどね」

 そう言ってミークはポシェットから羽虫程の大きさのドローン20機を一斉に放り出し、「捕まってる人達の開放」と指示。AIが了解、と脳内で返事すると同時に、ドローン達は即、捕えられた人達の糸をビームでピシュン、と焼き切った。

「な、何~?」

 人質を取り漸く優位に立てる、と思っていたアラクネ。だが一瞬でその人質達を失ってしまい呆気に取られる。

「さて、そろそろ終わらせるね。ドローン、オートディフェンス」

 ミークの指示にAIが了解、と脳内で返事する同時に、ミークを攻撃していた爪、石礫からミークを守る為、ドローンが10機ずつでビームを活用したバリアを形成、アラクネからなる全ての攻撃を一気に防ぐ。そしてミーク自身は一旦アラクネから距離を取り、左をがスッと切り離すと、フッとその場から左腕が消えた。

「な、何~? 何が始まるの~?」

 ドローンにより攻撃をすべて弾かれ、更にミークの左腕が消えた事に驚くアラクネ。

 だが刹那、

「ゴハァ!?」

 突如、アラクネの横腹に強烈な衝撃が走る。その威力でアラクネはその巨体が数十メートル飛ばされた。ドドーンと大きな音を立て横倒しになるアラクネ。

「な、何が起こった!?」

 突然の事に驚き激痛に耐えながら、状況を把握しようと必死の形相で辺りを見回すアラクネから生えた女。間延びする話し方を忘れる程驚いている。更に今度は、顕になった下腹部にドン、とミークの左腕の拳が強烈な一撃が入り、そこに穴が空きブシャア、と緑色の血液が溢れ出た。

「「ギャアアアア!!!!」」

 悶絶しながら生えている女と大蜘蛛、揃って大音響で叫ぶ。

 アラクネはこれまで200年以上、あのダンジョンの最下層に棲み着き、いつの頃からか他の魔物からダンジョンのボスと呼ばれ畏怖される様になった事で、自身が強者である自覚があった。

 約30年前にあったあの星落としの際、実はアラクネも駆り出され魔族側で戦っていた。だが劣勢と分かると早々に引き上げ、再びここファリスのダンジョンまで戻って来た。だから人族と戦った経験もあるし、何ならその時、逃げ遅れた人族を何人か襲い食らった。なので人族の弱さ、特に魔素を持たない女がどれだけ脆弱か知っている。

 だがこの女の強さは規格外が過ぎる。何ならアラクネでは絶対勝てないであろう、あの魔族よりも強いかも知れない。餌程度だと見下していたこの人族の女に、ここまで一方的にやられるとは思っていなかったアラクネ。知能が高い分、その理不尽を理解出来てしまうのは不幸だったかも知れない。

「ま、こんなもんか。程々に強かったよ」

 フー、フー、と激痛に耐えながら深い息を吸うアラクネ。一方片腕の無い、パッと見華奢で無力なこの黒髪の女は、ずっと余裕綽々な態度でアラクネをそう評価する。

 どちらが強者で弱者か、その様子から見ても明らかであった。

「な、な……。何なんだお前はああああ!!!」

 心の叫びとも言えるアラクネの大声に、ミークは淡々と答える。

「私? 見ての通り人間だけど?」

 そう呑気な様子でミークは返答するが、アラクネはその事実を受け入れられない。

「に、人間が、しかも魔素を持たない女が、そんな強い訳あるかああああああ!!!」

「そんな事言われても」

 少し困惑しながらそう返事するミーク。そして、いつの間にかアラクネの上空に移動していた左腕が、キュィィンと白いビーム球を生成する。ハッとそれに気付いたアラクネから生えている女は、冷や汗を垂らしながらそれを見上げる。

「な、何をする気だ!?」

 きっと良くない事が起こる。アラクネの直感がそう告げるも、横腹と下腹部に相当な致命傷を受けていて身動きが出来ない。

「じゃあね」

 ミークがそう言った瞬間、チュィン、と小さな音が聞こえ、白い閃光が光り、その光の矢は女姿の頭と大蜘蛛の頭それぞれにパシュン、と音を立て貫く。そして、アラクネはズズーンとそのまま地面に倒れ、事切れた。
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