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正直に話すべきか

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 ※※※

「ふー」

 大きな息を吐き、ん~、と伸びをするミーク。とりあえず冒険者の登録は終わった。これで明日からは冒険者として様々な依頼を受ける事が出来る事となった事に安堵した様子。

 ただ、後でギルド長のラルが話をしたいとの事なので、とりあえず行くか、と2階にあると教えられていたギルド長の部屋に向かおうとすると、ネミルが「ミークさん、ちょっと待って」と、冒険者達に応対する為慌ただしく仕事していたのを一旦止め、呼び止めた。

「もう夜遅いし、今晩は私の家に泊まって。お腹も空いたでしょ? 後でご飯も食べに行きましょ」

「え? でも私……。お金が……」

「今日は私が冒険者になったお祝いって事で奢るから大丈夫。でもその代わり、ミークさんの事色々聞かせてね」

 好奇心の笑顔でニッコリとミークに微笑むネミル。そう言えばラルが、この町は辺境にあるから娯楽が少ない、と言ってたから、外部から来た自分に興味をもつのは仕方ないのかも、とミークは思った。更に、これから冒険者をするにしても、まずは今晩どうにかしないといけないのは確か。

 ……リケルからあれこれ聞けるかも、って思ってたけど、やっぱり同性の方が話しやすいよね。この世界の事色々聞くにしても。

 そう思ってミークは「ありがとうございます」、と頭を下げ、ネミルの提案を有り難く受け入れる事にした。

 そして2階に上がると、突き当りの部屋に「ギルド長室」と書かれた扉があったのでノックし、「ミークです。入っていいですか?」とドア越しに声かけると、「ああ、どうぞ」と返事があったので扉を開け中に入る。

 25畳くらいはある結構広い部屋で、真ん中には長テーブルがあり、その奥には窓の傍にコの字型の大きなデスクが置いてあり、立派な椅子にラルが腰掛けていた。

 そして部屋の中央にある長テーブルの椅子には、既に目を覚ましていたリケルが座っていたが、ミークを見て「あ!」と声を上げ立ち上がり駆け寄った。

「ミーク! 聞いたよ! あの暴君ゴルガを投げたんだって? しかもギルド長と戦って勝ったらしいじゃん! 凄いな!」

「あ、いや……。あのブッサイク、いや、禿頭さんは油断してたんだろうし、ギルド長は剣が折れちゃったから……」

 口裏合わせしておいた言い訳を伝えるも「それでも凄いじゃん!」と、まるで自分の事の様に興奮しているリケルだが、ラルが、

「リケル、もう体調は良いんだろ? そろそろ夜になるし帰っていいぞ。俺は冒険者登録を終えたばかりのミークと話がある」

 と、遠回しに出ていく様促すが、リケルが「でも町を案内するって、ミークと約束したんですよ」と食い下がる。だがそこでミークが申し訳無さそうに、

「あ、えーと。ネミルさんとご飯の約束しちゃって……。ごめんなさい」

 と、頭を下げると、「ええ~、そんなあ~」と明らかに残念そうな顔をするリケル。そのやり取りを見たラルが「そういう事だから帰ってくれ」とシッシと手を振り促す。

「はあ……。俺にも漸く春が訪れるかも、って思ってたのになあ」

 トボトボと言う声が聞こえそうな程落ち込んだ背中を見せながら、渋々とリケルは出て行く。その寂しそうな背中を見せながら、ミークは、そんは春はきっと訪れないけど、それでもちょっと悪い事したかな? とドアを閉めるリケルを気にしつつ見送った。

 それからラルに促され長テーブルの椅子に座るミーク。ラルも自身の椅子から離れミークの対面に座った。その際、野球のボール程の大きさの青い水晶玉を持って来た。

「これは体内にある魔素を計測する魔道具だ。これに触れてくれないか?」

「魔道具?」

「あーそうだった。この世界の事知らないんだったな。魔道具ってのは魔法を発動する道具の事だ。例えば、そろそろ夜になるが、この部屋は灯りがついていて明るいだろ? これも魔道具のお陰だ。魔道具は魔法使いが魔石に魔力を込める事で使用出来る。その魔石を使って生活を便利にしたり、時には魔物の討伐の為の攻撃魔法まで使えるんだ」

「魔石……ですか」

 キョトンとするミークに、「ああ~、それも説明しなきゃいけないよなあ」と若干面倒そうに頭をガシガシ掻くラル。それを見てミークが恐縮して「すみません」と謝るが、「いや、知らないんだから仕方ない」と、一息ついて説明を始める。

「魔石ってのは魔物の体内にある宝石の様な石の事だ。全ての魔物が体の中に持ってる。強い魔物程魔石に込められる魔素は多くなるし、より強力な魔法が使える。そして、弱い魔物から得られる魔石をくっつけて大きくする事も可能だ」

 説明を聞いたミークはハッととある事を思い出す。

「ちょっと質問ですけど、緑色の色をした、上半身裸で鷲鼻で耳の大きい生き物、知ってます?」

「ああ、そりゃゴブリンって魔物だろうな」

 やはり、とミークは納得した。この世界に来て初めて出会ったあの気味の悪い、人の形をした生き物、その体内にも地球では見た事の無かった宝石の様な石があった。だからあれは魔物だったのか、と。

(AI、理解した?)

 ーー了解。あの緑色の裸体の生き物をゴブリン……、マモノ、魔物と言う生物種。そして魔物の体内にある石をマセキ……、魔石。登録しましたーー

「てかゴブリンには遭遇したのか」

「でも初めて見る生き物で、二足歩行だったから、この世界の人間なのかもって思ってたんです」

 それを聞いたラルは「ワハハハハ!」と大声で笑う。

「ゴブリンを人間と思うってな! 本当にこの世界の事知らないんだな」

 ラルの大きな笑い声に若干引きながらも「あ、でも」と続けるミーク。

「この町に来るまでに、人? には会いましたよ。言葉喋ってたし私達と構造が一緒だったから人って分かりました。急に襲ってきたんですよね。あ、でも魔素? を少しだけ体の中に保有してたけど」

 ミークの説明にラルはピタリと笑うのを止め、「それはどういう事だ?」と真剣な顔をする。

「どういう事とは?」

「襲ってきたって言うのと、そいつらが何故魔素を保有してたって分かったのか、って事だ」

「あ」

 しまった、という顔をするミーク。自身の左目の事も当然内緒にしておかなければならないのに、つい油断してしまった。

「魔法使いであれば魔素の検知は可能だから不思議な事はない。でもお前さん、魔法使えないんだろ?」

「……」

「そもそも俺がミークと話したかったのは、さっき叩き折られた俺の剣についてだ。あれはお前さんと戦う前には新品同様に磨き上げられてたんだ。だから余程の事が無い限り絶対に折れる事はない。それをだ、お前さんは素手で叩き割ったんだ。アダマンタイト製の途轍もなく硬い剣をだぞ? 例えば同じくアダマンタイト製の篭手を付けていたり、それ以上の硬度の武器を使ったってなら分かる。でも素手だぞ? 絶対に有り得ないんだよ」

 そもそも叩き割ろうとしたのではなく、地面に叩きつけようとして結果割れてしまっただけなのだ。だから脆い剣使ってたのかな? と思っていたのだが、そうやら違うらしい。

「しかも、だ。今聞いた、人が魔素を持ってるかどうか分かるって? 魔法使いじゃないのに?」

 凄む様に詰め寄るラルに、ミークは困惑の表情を隠せない。「どうしよう、どう説明しよう」と悩んでいると、その気持ちを汲んだのかは解らないが、ラルは一旦追及を止め、「とりあえず、その青い水晶玉に手を置いてくれ」とミークに指示した。

「……はい」

 ミークが言われた通りそっと右手を添える。だが水晶玉はうんともすんとも言わず何の反応も示さなかった。

「……反応しないって事は、ミークは魔素を全く持ってない。だから間違いなく本当に魔法使いじゃないな。……じゃあどうやって剣を折った? どうやって人が魔素持ってるって分かった? 魔道具の事も知らなかったから、それを使った訳でも無いしな」

「折ったのは……、馬鹿力? 魔素の事はえーっと……」

 魔素についてはなんて説明しよう、と思っていると、ラルが「いやいや!」と先に突っ込む。

「馬鹿力って! その細腕が馬鹿力だと!? ……いやでも、それしか説明付かないのか」

 うーむ、と顎に手を当て考えるラルに、これ以上突っ込まれない様心の中で願うミーク。だがラルからもう一つの懸念について聞かれた。

「で、襲われたって何処でだ?」

「街道? の途中で男達に。でも私逃げましたけど」

 勿論空を飛んで逃げた、等とは言わずに報告する。

「多分それ盗賊だな。……そうかあいつらまだいやがるんだな。それはこっちでまた対処するとして、だ。何でそいつらのうちの数人が魔素保有してるって分かったんだ?」

「ていうか、私やたら魔法使いって疑われてますけど、そんなに魔法使いって多いんですか?」

 ミークは説明に窮したので、話題を変えてみる事にした。質問を受けたラルは魔法使いについて説明を始める。

「いや寧ろ逆だ。魔法使い自体は殆ど居ない。魔法は生まれつき体内に魔素を持ってる人間だけが使えるんだが、それも体内にある魔素が大量に保有していないと魔法は使えない。ほら、俺もほんの少し魔素を持ってるが、俺は魔法を使えない」

 そう言いながら机においてある水晶に自身の手を置いてみる。すると、ほんの僅かだがうっすら白く光った。そして手を離しながらラルは話を続ける。

「冒険者になる魔法使いってのは、魔法で炎を出したり風を操ったりして、敵に大きなダメージを与えるくらいの魔素を体内に保有している事が大前提だ。それが自分の攻撃力になる訳だから当然だわな。で、さっき説明した魔石に魔素を注入できたりするのも、魔素を大量に体内に持ってる魔法使いだけなんだよ」

 成る程。魔道具を作れるのも魔法使いだけなんだ、と理解するミーク。

「そしてこの世界で最も魔素を体内に保有してるのは王族だ。王族の血が濃い程、体内に保有する魔素が多いのが通例だ。で、ミークが出会った盗賊でもこの俺でも魔素を持ってるが、勿論王族の血統じゃない。実は数千年以上前は王族以外にも多くの魔素を保有してる人が沢山居たんだ。でも今じゃ、その殆どが魔素が薄まったり無くしたりしてる。だから宿屋やってたり商売したりしてる普通の人間の中にも魔素を持った人間は居るけど、皆少ししか持ってないから魔法は使えない。魔素量が少なすぎて魔法使えないってのが大半だ」

「じゃあ何で、私やたらと魔法使いだって聞かれたんですか?

「女の冒険者ってのはほぼ全員と言っていい程魔法使いなんだよ。冒険者ってのは普通男がなるもんだからな。だから少ない可能性として聞かれてたんだろう。女が冒険者やるなら男の力と同等の、何かしらの能力を持ってないと出来ないからな」

 そこでコン、コン、とドアをノックする音が聞こえ「そろそろミークさん開放してあげて下さいー」と間延びする声でネミルがドア越しに声をかけてきた。

 それには返事せず、ラルが窓の外を見ると、既に暗くなっているのを確認してから、ミークに目を向ける。

「剣折った事とか、魔素感知した事とか、そういうお前さんの能力については凄く興味あるんだが、余り言いたくないのか?」

 ミークは一瞬考え「また機会があったら、で、お願いします」と頭を下げると、

「分かった。冒険者ってのは自分の能力について本来あれこれ語りたくないもんだからな。俺はギルド長だから把握しておきたかったが、まあいい。その機会とやらに期待しとくよ。ほら、もう良いぞ」

 ラルが手をひらひらさせると、ミークはホッとした表情を浮かべながら立ち上がり「失礼します」と頭を下げ、ドアを開け出ていく際も再度ペコリと頭を下げ、音を意識したのかそっとドアを閉め出ていった。

「……礼節も弁えてんだな。不思議な奴だ」


 ※※※

「クソッ! クソッ! クッソオオオオオーーーー!!」

 夕闇が近づく森の中。そろそろ危険な魔物が活動し始める時間帯に、禿頭の大男が顔を真っ赤にして走っていた。

 目には若干の涙を湛えて。

「今までうまくバレない様にあいつらから逃げ回っていたのに! 何であのタイミングで出会っちまうんだ! しかも俺がダンジョンから逃げちまった事、カイトにも知れちまったじゃねーか! きっと町中にその事広まっちまう!」

 町まで連なる舗装された道は土を硬めただけの簡素なもの。だが簡素なものなので街灯は無く時間も時間なので徐々に暗くなってきた。それに沿って走ってきた禿頭の大男、ゴルガはとうとう息切れしてしまい、膝に手を置き休憩する。

「ハア、ハア、ゼエ、ゼエ……。クソッ!」

 喉は乾いたが勢いで街から出てきてしまったので飲水を持って来ていない。当然食料も携帯していない。

「ハア、ハア……、畜生。こんな時間にに来ちまったじゃねーか」

 迷いの森とは、ファリスの町の直ぐ近くにある大森林地帯の事。そこは昔から多くの獣や魔物が棲み、冒険者達の狩り場ともなっている。昼間は食料となる獣が沢山出没したり、薬に必要な薬草、または食料となり木の実を採取する為、普段から冒険者が沢山入っていく世界的にも有名な森である。だが夜になると、獣は姿を消し、より強力な魔物が活動し始める。ブロンズランク程度の冒険者は、敢えて夜に迷いの森へ魔物を狩りに来たりする事もある。

 なので普段のゴルガであれば夜であってもこの迷いの森に来た事を後悔する事は無いのだが、

「クソッ! こんな事なら武器売らなきゃ良かった」

 金に困り愛用していた大斧を換金してしまっていたので、今は丸腰なのである。

「畜生! これもファリスの町長が俺を警備隊に選ばねぇから、ギルド長が俺を謹慎するからこうなっちまうんだよ! 何で俺程の実力者がちまちまとウッドランクの依頼やらなきゃならねーんだ! ふざけやがって!」

 苛立つ気持ちを抑えきれず、近くにあった大木を思い切り殴るゴルガ。ズーン、と暗くなった森の中に音がこだましていく。

 その音を聞いたからか、タシタシ、と何やら動物の足音と共に「グルル……」と魔物の唸る声が近づいてきた

 ゴルガはしまった、と思いつつ身構える。しかし飲料水や食料だけでなく、夜の活動に必要な灯りとなるランタンも所持していないので、どんな魔物が近づいてきたのか見えない。

「もう夜だから普通の狼じゃねぇわなあ。一角狼か? 1匹なら何とかなるが……」

 一角狼は額から大きな角1本が生えた全身真っ黒な狼の魔物。大きさは4mもありその巨体に似合わずとても素早くしかも力も強い。しかも大抵群れで行動する厄介な魔物。

 武器があって準備万端であれば群れであろうとゴルガなら何とか凌げるが、今は丸腰なので1匹でも倒すのは難しい。

 辺りは暗く何も見えないが、ゴルガもブロンズランク。見えずともある程度は何とか対処は出来るだろう。

「1匹なら、な」

 先程まで顔を真っ赤にして目に涙を溜めていた様子とは打って変わり、何とかこの場を凌ぐ為真剣な眼差しでファイティングポーズを取り、唸り声が聞こえた方へ向き直る。

 またもグルル……、と唸り声が聞こえる。明らかにゴルガの方を向いて唸っている。どうやら魔物からはゴルガが見えているらしい。

 ゴルガの額から汗が流れる。一角狼1匹なら何とかなる、としても丸腰で見えないのは明らかに不利である事は間違いない。倒そうとまでは考えていない。何とか隙をついて逃げよう、そう思っていた時、

「ギャン!?」

 と魔物の叫び声が聞こえたと同時に、ドサ、と倒れる音が聞こえた。

「へ?」

 呆気に取られるゴルガ。そして遠くから2つの灯りがゴルガの傍まで近づいてきた。

「今度は、何だ?」

 緊張を解かず身構え続けるゴルガ。その灯りが徐々に近づいてきて魔物が倒れているらしい辺りで一旦止まる。すると人の話し声が聞こえてきた。

「やっぱ一角狼だったわ」

「俺の弓の腕も落ちてねえな。ま、食料にはならねぇが毛皮と魔石獲得出来ただけ儲けもんだ」

「ああ。しかも群れ呼ぶ前に仕留められて良かった……、ってあれ? おい、人が居るぞ?」

「本当だ」

 どうやらその2つの灯りは人が持つランタンだった。そして2人は暗かったからか、ゴルガには気付かないまま、魔物、一角狼を弓で倒した様である。

 そして2人は顔が分かる距離まで近づくと、お互いの顔を見合わせる。

「おい、こいつゴルガじゃね?」

「おお、本当だゴルガだ。てかゴルガお前……、もしかして丸腰か? 迷いの森の夜が危険って知らない訳ねぇだろうに」

「……お前ら、一体誰だ?」

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