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俺と彼女達
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「ねえこれは何かしら?」
「こっちも気になるわ」
きゃらきゃらと楽しげな会話が後ろから聞こえる。
俺はもううんざりとしながらそれを聞き流した。
「やっぱり時って流れるものなのね」
「知らないものが沢山あるわ」
「面白いわね」
「本当ね」
聞き流したところで二人は気にもとめず、互いだけで取り留めもない話をふわふわと続ける。
「これ何かしら、この薄い四角いもの」
「まあ。真っ黒な鏡? ……あら、持ち上げられるわ、コレ」
「?!」
持ち上げられる、で反射的に振り返れば、彼女らの手によってか空中に浮かぶタブレットが目に入った。
「ちょ、それは待て!」
慌ててタブレットを掴んで二人から距離を取る。浮かんだままの彼女達は首を傾げ、お互いにぱちくりと目を合わせた。
「ダメだったみたい」
「そうね、姉様」
「……」
感情がこもってるんだかなんだか微妙な声と表情でこくりと頷く。その景色に俺は溜め息をつきたくなった。
さっき、コンビニ帰りの道端でこの幽霊姉妹に取り憑かれた。
『あら? 久しぶりに』
『私達が視える人よ。姉様』
生まれてこのかた幽霊なんぞ見たこともない俺は、最初こいつらがなんなのか分からなかった。
腰まである長い髪、揃いの白のワンピース、現実離れした揃いの美貌──だがどこかあどけなさも感じられる──の人間と思しきモノが、ゆらゆらと上から俺をのぞき込んできた。
『っ……?!』
浮いてる事もさることながら、そいつらは半透明で、向こうの景色が透けて見える。
『あらこの人、どんどん血の気が引いていくわ』
『そのうち気絶するのかしら』
してたまるか!
言い返したかったが舌は回らず、俺はふらつく足をなんとか踏ん張るだけで精一杯だった。
『……っ!』
『『あ、』』
くるりと体を反転させて、全速力で走る。住んでるアパートと真反対になるが、この人間じゃないものから遠ざかる事だけが頭を占めていた。
大通りまで走りきって振り返れば、そいつらは影も形も無くなっていた。
そして、思考が正常に働くまで別のコンビニで時間をつぶし、大回りをしてアパートの自分の部屋のドアに手をかけた。
そこで。
『ここがあなたのお家?』
『うわあ?!』
『あら』
『姉様、驚かせてしまったわ』
振り返れば、夕暮れの中で見た鏡合わせのような少女二人が、さっき振り切ったと思ったやつら二人が、きょとんとこちらを見下ろしていた。
また当たり前のようにふわふわと浮いて、夜になって点いた外廊下の照明を透かしてか弾いてか、輪郭が淡く光っている。
『ごめんなさい、そこまで驚くとは思ってなかったの』
右の少女が首を傾げる。その瞳が物憂げに揺れたように見えて、瞬間俺はなんとなく罪悪感を覚えてしまった。
『私達、久しぶりに視える人に会えて、嬉しくて』
『そのままついて来てしまったの』
『『ごめんなさい』』
二人ともに殊勝に頭を下げられ、恐怖とか現実味の無さより居心地の悪さが勝った俺は、つい口を開いてしまった。
『いや、こちらこそ……』
彼女達は頭を上げながら緩やかに降りてくる。そして外廊下のコンクリに足先がつくかつかないかで止まり、こっちを見上げてきた。
『……』
改めて見てもやはり、息を呑むほどの美しさ。半透明でもそれを気にさせないほどの。
そんな顔が二つ、潤んだ瞳と引き結んだ口をしながら俺を見上げる。
『……』
『……』
『……』
いや待て、これは何の時間だ? 謝罪と和解で終わったよな?この後何をしろと?
『『『…………』』』
けど居なくならないな? 俺を見たまま動かないし。
まさか、なんか期待されてる? 久方ぶりに“視える”奴に出会って、なんか話でもしたいとか?
そんな逡巡を十数秒。
『……あー』
請われるようなその視線(二人分)に耐えかねて、
『なんか、なんだ。上がってく?』
らしくもない言葉を発していた。
『! ええぜひ!』
『お呼ばれさせて頂きます!』
『お呼ばれ……』
会ったばかりの女の子二人を家に上げるなんて友人からは後ろ指さされそうな状況だが、幽霊だから良いだろう。多分。
そんな言い訳を胸に、俺はやっと家のドアを開けた。
そして、今に至る。
「まあこれは何?」
「パソコン」
「こんなに薄いのに? 以前どこかで見たものは箱のような形だったわ」
「まあこぢんまりしていて可愛らしいキッチン」
どういう意味だ。
「あらこれは?」
「クローゼット」
「……まあ、とても小さいのね。男性は少なくて良いなどと聞きますけど」
「おいこら開けようとするな」
「開けませんわ」
「ええ開けませんとも」
二人は神妙に頷いて、スゥ……と備え付けクローゼットのドアをすり抜けた。
「おい!」
こちらからは掴めやしない。二人は揃ってどんどん奥へ──
「あらお隣」
おい。
「まあ、こちらは壁一面にポスター……」
「プライバシーこら! おい!!」
この二人を家に上げたのは間違いだった。
「こっちも気になるわ」
きゃらきゃらと楽しげな会話が後ろから聞こえる。
俺はもううんざりとしながらそれを聞き流した。
「やっぱり時って流れるものなのね」
「知らないものが沢山あるわ」
「面白いわね」
「本当ね」
聞き流したところで二人は気にもとめず、互いだけで取り留めもない話をふわふわと続ける。
「これ何かしら、この薄い四角いもの」
「まあ。真っ黒な鏡? ……あら、持ち上げられるわ、コレ」
「?!」
持ち上げられる、で反射的に振り返れば、彼女らの手によってか空中に浮かぶタブレットが目に入った。
「ちょ、それは待て!」
慌ててタブレットを掴んで二人から距離を取る。浮かんだままの彼女達は首を傾げ、お互いにぱちくりと目を合わせた。
「ダメだったみたい」
「そうね、姉様」
「……」
感情がこもってるんだかなんだか微妙な声と表情でこくりと頷く。その景色に俺は溜め息をつきたくなった。
さっき、コンビニ帰りの道端でこの幽霊姉妹に取り憑かれた。
『あら? 久しぶりに』
『私達が視える人よ。姉様』
生まれてこのかた幽霊なんぞ見たこともない俺は、最初こいつらがなんなのか分からなかった。
腰まである長い髪、揃いの白のワンピース、現実離れした揃いの美貌──だがどこかあどけなさも感じられる──の人間と思しきモノが、ゆらゆらと上から俺をのぞき込んできた。
『っ……?!』
浮いてる事もさることながら、そいつらは半透明で、向こうの景色が透けて見える。
『あらこの人、どんどん血の気が引いていくわ』
『そのうち気絶するのかしら』
してたまるか!
言い返したかったが舌は回らず、俺はふらつく足をなんとか踏ん張るだけで精一杯だった。
『……っ!』
『『あ、』』
くるりと体を反転させて、全速力で走る。住んでるアパートと真反対になるが、この人間じゃないものから遠ざかる事だけが頭を占めていた。
大通りまで走りきって振り返れば、そいつらは影も形も無くなっていた。
そして、思考が正常に働くまで別のコンビニで時間をつぶし、大回りをしてアパートの自分の部屋のドアに手をかけた。
そこで。
『ここがあなたのお家?』
『うわあ?!』
『あら』
『姉様、驚かせてしまったわ』
振り返れば、夕暮れの中で見た鏡合わせのような少女二人が、さっき振り切ったと思ったやつら二人が、きょとんとこちらを見下ろしていた。
また当たり前のようにふわふわと浮いて、夜になって点いた外廊下の照明を透かしてか弾いてか、輪郭が淡く光っている。
『ごめんなさい、そこまで驚くとは思ってなかったの』
右の少女が首を傾げる。その瞳が物憂げに揺れたように見えて、瞬間俺はなんとなく罪悪感を覚えてしまった。
『私達、久しぶりに視える人に会えて、嬉しくて』
『そのままついて来てしまったの』
『『ごめんなさい』』
二人ともに殊勝に頭を下げられ、恐怖とか現実味の無さより居心地の悪さが勝った俺は、つい口を開いてしまった。
『いや、こちらこそ……』
彼女達は頭を上げながら緩やかに降りてくる。そして外廊下のコンクリに足先がつくかつかないかで止まり、こっちを見上げてきた。
『……』
改めて見てもやはり、息を呑むほどの美しさ。半透明でもそれを気にさせないほどの。
そんな顔が二つ、潤んだ瞳と引き結んだ口をしながら俺を見上げる。
『……』
『……』
『……』
いや待て、これは何の時間だ? 謝罪と和解で終わったよな?この後何をしろと?
『『『…………』』』
けど居なくならないな? 俺を見たまま動かないし。
まさか、なんか期待されてる? 久方ぶりに“視える”奴に出会って、なんか話でもしたいとか?
そんな逡巡を十数秒。
『……あー』
請われるようなその視線(二人分)に耐えかねて、
『なんか、なんだ。上がってく?』
らしくもない言葉を発していた。
『! ええぜひ!』
『お呼ばれさせて頂きます!』
『お呼ばれ……』
会ったばかりの女の子二人を家に上げるなんて友人からは後ろ指さされそうな状況だが、幽霊だから良いだろう。多分。
そんな言い訳を胸に、俺はやっと家のドアを開けた。
そして、今に至る。
「まあこれは何?」
「パソコン」
「こんなに薄いのに? 以前どこかで見たものは箱のような形だったわ」
「まあこぢんまりしていて可愛らしいキッチン」
どういう意味だ。
「あらこれは?」
「クローゼット」
「……まあ、とても小さいのね。男性は少なくて良いなどと聞きますけど」
「おいこら開けようとするな」
「開けませんわ」
「ええ開けませんとも」
二人は神妙に頷いて、スゥ……と備え付けクローゼットのドアをすり抜けた。
「おい!」
こちらからは掴めやしない。二人は揃ってどんどん奥へ──
「あらお隣」
おい。
「まあ、こちらは壁一面にポスター……」
「プライバシーこら! おい!!」
この二人を家に上げたのは間違いだった。
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