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1 告白

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 告白された。笹原ささはらさん──好きな子に。
 初めて好きになった子に。

 放課後に話がしたい。そう、メッセージを貰って、一緒に、第二体育館倉庫の裏まで来たんだ。
 第二の倉庫裏は、いつも人気が無くて。そんな場所で何の話をって、思いながら。けど、いや、まさかな。それは無い。あり得ない。それは僕の、ただの願望なんだから。
 そう、思っていたことが、今、起きた。
 夢かと、思った。
 けど、彼女は顔を真っ赤にして、ぎゅっと目をつぶって、こちらの答えを待っている。
 ……誠実に、ならなければ。
 そう思った。誠実に、伝えなければ。……君の知らない、僕のことを。
 伝えて。……伝えたそれで、どんな結果になったとしても。

「……ありがとう。すごく嬉しい。僕も好き。笹原さんのこと」

 そろりと、彼女が目を開ける。

「けど、……それは本当なんだけど、」

 声を震わせちゃいけない。努めて気軽に、なんでもないように、言わないと。

「一つ、聞いて、ほしくて」

 何も言わずに、だけど真剣にこっちを見てくるその視線から、僅かに顔をそらしてしまう。

「僕、ね、……苦手、なんだ。人に触れるのが」
「ふれる……」
「うん。苦手っていうか、……拒否感、みたいな」

 だめだ、怖くて顔を見れない。

「手を繋ぐとか、満員電車とか……素手でも、服の上からでも。……だから……」

 駄目だ、やっぱり、声が震える。

「その、さっきも、言った……手、とか……ハグとか……そういう、の、全く、できないと、思う……から……」

 それでも、付き合ってくれますか? 好きでいてくれますか?
 ……声が、出ない。

「あの、あの、ごめん。いっこいいかな」

 彼女の、なにか焦っているようなそれに、なんとか口を開こうとして。

「ごめん、今まで気づかなくて。私、無理させてたかな? 傷つけちゃったことあるかな? ……あっ?! この聞き方イジワルかな?! ごめん!」

 その言葉に、目を見開いた。

「えと、ごめん、どうしよう? どうすればいい? 今も無理してる感じだよね? 保健室行く? 先生呼ぶ? このこと把握してる先生いる?」

 そろりと顔を上げて、見えたのは、不安げな顔。心配してる顔。
 不快感とか、面白がるとか、未知の生物を見るみたいな、よく向けられていた、それではなくて。
 そんな、彼女の顔を見たら、体から力が抜けていって、地面にへたり込んでしまった。

「えあ?! ごっごめん! ホントごめん! 大丈夫?! えと、あ、なんか飲む? 買ってこようか?」

 そしたら、笹原さんも勢い込んでしゃがんで、少し遠くの自販機へ顔を向けて、すぐまた僕へ顔を戻して。
 それはやっぱり、心配してる顔で。僕を心配してくれてる顔で。
 なんだか、もういいかって、思ってしまったんだ。

「大丈夫、だと思う。なんか、気が抜けて……」
「そう……?」
「うん」

 ぎこちない気はするけど、笑顔になれてると思う。
 それでも心配そうな表情の彼女に、「あとね、」と続けた。

「一緒にいて、傷ついたりとか、嫌な気持ちになったことはないよ」

 そしたら、笹原さんの顔が、複雑そうなものになる。

「今のを、嘘とか方便だとか、そう思われるのは、悲しいかな」

 苦笑いで、告げれば。

「ご、ごめん……」

 笹原さんは、少ししょぼくれて、居住まいを正した。その姿は、彼女の気質を表してるようで。

「そういうところとか、気遣ってくれるところとか、でもちゃんと自分の意志を持ってるとことか、まあ言い出すとキリないから、このへんでやめるけど。君の、そういうところが好き」

 瞬く間に赤くなる顔を、可愛いなぁって、眺めながら。

「それとさ」

『あの、もしかして、人多い所、苦手?』

「あれ、結構嬉しかった」

 人通りの多い道に差し掛かった時だった。普段通りにしてる気でいたのに、小声でそう聞かれて、──バレたと思った。
 頭が真っ白になって、動きが止まってしまって。けど、なんとか取り繕うとして、口を開く前に。

『ね、こっちから行かない?』

 そう、言われて。人の少ない道へ、案内してくれた。動揺していただろう僕に対して、何も追求しないで。
 それどころか。

『ごめんね、急に勝手に動いて』

 その言葉に、泣きそうになって、必死に涙を引っ込めた。

「──まぁ、そんな人間だからさ。笹原さんの気持ちは本当に、すごく、……すごく、嬉しいんだけど。一回、考え直してほしい」

 彼女の口が、ぐにゃりと曲がる。

「……どしても?」
「うん。僕は、……僕は、手を繋ぐのも、腕を貸すのも、肩を組むのも、抱きしめるのも、……キスだって、絶対無理だ。みんなが、君が、当たり前に出来るだろうことが、僕にはできない。……だから、お願い」

 頭を下げて、数秒。すん、とはなをすする音が聞こえて。

「……分かった」

 その言葉に、安堵と絶望を感じながら顔を上げたら、

「分かったけど。なら、もう少し判断材料がほしい、です」

 真剣な表情で言われたそれの、意味が一瞬掴めなくて。そんな僕をそのままに、笹原さんは聞いてきた。

「えっと、まずね、今までの私の行動とかは、嫌じゃなかったって理解、で、合ってる?」
「……え、……あ、うん。それは、うん」

 そもそも、その君を、好きになってしまった訳で。

「あと、その、……呼び方、は?」
「え?」
「これからね、木崎きざきくんのこと、下の名前で呼ぶのと、今のままのと。どっちがいいかな? どっちも無理そう?」

 そんなこと、聞かないでほしい。何回、君に名前で呼ばれることを、夢想しただろう。
 胸が詰まって、言葉を発せないでいたら、

「ん、ごめん! 今のナシ!」

 彼女は空気を変えるように、明るい笑顔を見せた。
 ……え?

「変なこと聞いちゃったね。ごめん、忘れ──」
「ま、待って! 待った! ち、違う、その、嫌とかじゃなくて……! 全然違くて!」

 慌てて大きく頭を振って、その際に、彼女が目を丸くしているのがちらりと見えた。

「違くて……呼んでほしい。呼んでほしいよ、名前で」

 また、下を向いてしまう。

「ただ、そんな、奇跡みたいなこと、起こる訳ないと思ってたから……」

 もしかしたら。そんなこと、思ってはいけない。期待なんかしちゃいけない。

「……他に、なにか、ある……?」

 なんとか、言葉を紡ぐ。絞り出すように。

「あ、えと、えっと、……ちょっと待って。も一回、頭、整理するから。……えーっと……」

 俯いたまま、動かないでいると、

「どう……は、今はいいか。……うん、あっちも、あとでいい」

 小声のそれを、耳が拾ってしまう。
『今は』って? 『あとで』って? それはいつ? どうなった時のこと?
 ねえ、やめて。期待しちゃうから。希望を持ったそのあとの、絶望が、怖いから。

「……うん、たぶん、大丈夫。もっかい、ちゃんと、真剣に考えるから、結論、聞いてほしい」

 無理に言わなくていいよと、言おうとした。けど、それはただ、『結論』を聞いて傷つくのが嫌だっていうエゴだと思ったから、「うん」と、なんとか口にする。

「ごめんね、立てる?」

 彼女が立ち上がる気配がして。

「鞄貸す?」

『鞄貸す』の意味が分からなくて、思わず顔を上げてしまったら。
 背負っていた通学用のリュックを、まるで僕に差し出すみたいに、笹原さんが持っていた。

「いや、その、手を貸すのはだめだって思って、ちょっと、その、とっさに思いついたのが、これで」

 困ったような、申し訳無さそうな顔で言われて、その顔とリュックを見比べてしまって、意味が、状況が、頭に染み入った瞬間に。
 視界が滲んだ。

「えっ! あっ、ご、ごめん!」

 慌てた声とともに引っ込められそうになったリュックを、咄嗟に掴んで引き寄せた。
 意地だった。今だけでいいから、これが最後だと思うから、その優しさに、触れたかった。

「ごめん、違う、嬉しい。……ありがとう」

 片手を離して、袖で目元を拭って、なんとか笑顔を作って。
 リュックを離さないようにと、しっかり掴んで立ち上がる。泣きかけてたからか、足がふらつきそうになったけど、なるべく負担をかけたくなくて、半分以上は自力で立ち上がった。
 けど、彼女はリュックをガッチリ持って、足を踏ん張ってくれていた。

「……もっと体重かけていいのに……」

 ねえ、ホント、なんで本当、そんなふうに言ってくれるの?

「いや、壊しちゃったら申し訳ないし」

 気持ちを押し込めて、軽く笑いながら言えば。

「じゃあ、もっと丈夫なやつに変える」

 なんでもないように、それが当たり前なことのように、いつもの調子で言われたもんだから。

「……そっか」

 また、泣きそうになった。


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