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後日譚
16 サトウ
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「え、……天遠乃さん。あれって危険な事だったんですか?」
『えっと、……その、私も頭から抜けていたというか、その……ごめんなさい。本当は危険な事になりかねない行為だったわ』
天遠乃さんがくるりとこちらを向き、申し訳無さそうな表情になる。
『アレね、私がそんな事考えてなかったから良かったんだけど……力の強い悪霊や、怪異なんかにそれをされれば、体を乗っ取られていたかもしれないから……』
なん、それ。
「えぇ……そんな大層な事だったんなら、気付いた時点で言ってくださいよ……」
『いつ言えばいいか迷っちゃって……あ、それにホントに、杏さんを乗っ取るつもりなんてないのよ? だからこうして守弥の家に来てもらったんだし』
「? 今の事と、この場所と、どう関係があるんですか?」
『伯父さん、……本部長の事があるからなの』
本部長の。
「チッ、またあいつか」
「本部長……TSTIと、関係している、と?」
『組織の事もあるけれど……どちらかと言えば、本家、あ、天遠乃家の事ね。そっちと関係があるの』
それはどういう、と聞くために口を開いたところで。
「いらっしゃいませ、てつさん、榊原さん」
「あ、遠野さん」
長い通路の向こうから、遠野さんの姿が見えた。
今日の遠野さんはオフだからか、あの喪服みたいなスーツ姿じゃない。黒のYシャツにネイビーのデニムといった、ラフな格好だ。
よかった。私のこの、白のタートルネックとベージュのクロップドパンツ、濃いグレーのジャケットという格好も、ここでは問題ないと見た。
ちなみにてつはスーツである。別の服に変えるのが面倒らしい。
「それで、どうしました? 随分時間がかかっているので、様子を見に来たんですが……」
「おい遠野。なんで止めなかった?」
まだ少し遠い遠野さんへ向かって、てつが声を張る。
「……それについては、すみません。申し開きのしようがありません」
歩いてきた遠野さんは、天遠乃さんの隣で立ち止まった。そして、こちらもまた申し訳無さそうな顔になって、頭を下げる。
「えっ?! いや、頭を下げるほどでは?!」
「下げさせろ。そんくらいさせても割には合わねぇがな」
「てつ……!」
てつはもう、怒りを隠そうともしない。端的に言うと、顔が、怖い。
『守弥! これはもともと、私が言い出した事だから……!』
天遠乃さんもあわあわと、珍しくとても慌てた様子で遠野さんの肩を叩いたり背中をさすったりする。
「……ですので、てつさんの同席を、と頼んだのです」
頭を上げた遠野さんは真面目な顔をして、てつをまっすぐに見つめた。
「これから行われる事に悪意がない事、そしてもし何かがあっても即対処出来ると、それらを証明するために、てつさんにも来ていただく必要がありました」
言って、一呼吸置いて、遠野さんはまた口を開く。
「こんな事をてつさん抜きで行ったら、それこそ後が怖いですからね」
「分かってんじゃねぇか」
遠野さんの言葉に、てつがとても凶悪な笑みを返した。
「……、……あのぅ……」
この張り詰めた空気に、割って入っていいものか。少し考えたけど、どうしても一つ、気になった。
「あん?」
「……えっと、なんでてつ抜きでやったら後が怖いんですかね?」
すると、眇められていたてつの目が、大きく見開かれた。
いや、だって。
これは、私と天遠乃さんが入れ替わる、言ってしまえばそれだけの事だ。乗っ取られると聞いた時は驚いたけど、天遠乃さんにはその気がない訳で、それなら、なんの問題もないし。
遠野さんの言う「悪意のない事」と「何かあってもすぐに対処できる事」を証明するための同席っていう理由も分かる。けど、なんとなく、それらとは違う理由を含んだような、そんな物言いだったから。
そんな事を考えながら、これを言っていいものかと、驚いたような、呆けたような、変なカオになったてつを見上げる。
「……榊原さん。それはですね、」
『守弥』
遠野さんがなにか言いかけて、天遠乃さんに止められる。
『こういうのは、当人同士の問題だと思うの』
当人同士。えーと、つまり、私とてつの問題、だと?
「どういう事ですか? 天遠乃さん」
『……えっとね、杏さん。その、私達の口から言うのは憚られると、そう思うのよ。……でしょ? てつさん』
天遠乃さんの視線を追っててつを見れば、いつの間にか、とても憮然とした表情になっていて。
「え? なに? 私またなんか変な事言った?」
「……別に」
てつはそのまま、目も合わせてくれない。
「……」
また、これだ。答えてくれないやつだ。
『……ねえ、てつさん。もう少し正直になってもいいと思うのよ、私』
「ああ゛?」
「そのドス利いた声やめようよ……」
天遠乃さんを睨んでいたてつは、私を横目で見て、
「……くそうざってぇ」
なんて言いながら、大きな金色狼の姿に戻った。
……って。
「なんでここで?! 誰かに見られたらどうするの?!」
なんで急に戻るの?!
「問題ねぇだろ。ここいらには俺達以外いねぇ」
「へ?」
てつがそう言うなら、そうだと思う。けど。
「その、ここまで案内してくれた、あの女性の方が、いるのでは……?」
「ああ、その声はサトウですね。この敷地内全ての管理をしているAIです。ですので、ここには使用人など、他の人間はいません。そしてサトウはこの家にしか接続していない、独立したAIですので、人でないのは勿論の事、この家の中の情報がどこかに漏れる心配もありません」
「はい?」
遠野さんの言葉に、今日で何度目か、驚いた。
また、AIという単語が出てきたぞ。
「え? それは、その、あの門の前とか、車の中とかから聞こえていたあの声の主は、人間じゃなかったと……?」
「はい。サトウという名前のAI、つまり人工知能ですね。確かめますか?」
「はい?」
確かめる、とは。
「ここの地下に、サトウの本体のスパコンがあります。その目で確かめれば、ご納得いただけるかと」
『守弥様』
「うわっ?!」
唐突に響いた、あの女性の声に、思わず声を上げてしまった。
『ワタシに、不用意に誰かを近付けるのは危険ですと、以前にも申し上げました』
「サトウ。この人達は危険を孕んではいないよ。だから大丈夫」
『ですがワタシには、榊原杏様、てつ様、お二方の情報が不足しております。今の段階では、その判断には承服致しかねます』
「そうか。……どうします?」
少し上を向いていた遠野さんが、こっちを見る。
どうします? と言われましても。
「いえ、その、大丈夫、です。てつが誰かに見られないって、それが分かれば……」
なんとか、それだけ言う。
情報過多にも過ぎるだろ、この家。
「そうですか。……では、客間にご案内を、……してもいいですか? てつさん」
「勝手にしろ」
ふん、と鼻を鳴らし、まだ不満そうな様子だけど、さっきよりは落ち着いた声で、てつは応えた。
「では。こちらです」
遠野さんの先導で、また歩き出す。そして通路の中ほどで遠野さんは立ち止まり、右手にある立派なドアのノブに手をかけ、開けた。
客間、と言われたそこは、ここまでのきらびやかな見た目とは違い、落ち着いた雰囲気の部屋だった。
ただ、ものすごく広いけど。
その広い部屋の真ん中には、大きなテーブルと、同じく大きなソファが六つほど。とても広く取られた窓からは、薄い地のカーテン越しに陽の光が差し込んでいた。
「どうぞ、こちらへ」
「あ、はい」
遠野さんに勧められるまま、大きなソファの一つに座る。てつは狼男姿になって、私の横にドカッと腰を下ろした。
見れば、目の前の大きなテーブルには、色々なものが置かれていた。大きなポットとティーポット、紅茶の缶、ソーサー付きのティーカップに、ティースプーン、角砂糖が入った瓶、洋風な茶こしみたいなやつ、そして恐らくミルクピッチャーと思われるもの。加えて、手のひらより小さなタルトが、大きく平たい皿に沢山並べられていた。
これが、天遠乃さんが言っていた、遠野さんが準備していたというやつか?
『でね』
天遠乃さんが私の対面に浮かび、その隣に──つまりてつの対面に、遠野さんは座った。
『私と杏さん入れ替わり作戦を、実行したいのよ』
天遠乃さんが、とても真面目な顔つきで、そう言った。
『えっと、……その、私も頭から抜けていたというか、その……ごめんなさい。本当は危険な事になりかねない行為だったわ』
天遠乃さんがくるりとこちらを向き、申し訳無さそうな表情になる。
『アレね、私がそんな事考えてなかったから良かったんだけど……力の強い悪霊や、怪異なんかにそれをされれば、体を乗っ取られていたかもしれないから……』
なん、それ。
「えぇ……そんな大層な事だったんなら、気付いた時点で言ってくださいよ……」
『いつ言えばいいか迷っちゃって……あ、それにホントに、杏さんを乗っ取るつもりなんてないのよ? だからこうして守弥の家に来てもらったんだし』
「? 今の事と、この場所と、どう関係があるんですか?」
『伯父さん、……本部長の事があるからなの』
本部長の。
「チッ、またあいつか」
「本部長……TSTIと、関係している、と?」
『組織の事もあるけれど……どちらかと言えば、本家、あ、天遠乃家の事ね。そっちと関係があるの』
それはどういう、と聞くために口を開いたところで。
「いらっしゃいませ、てつさん、榊原さん」
「あ、遠野さん」
長い通路の向こうから、遠野さんの姿が見えた。
今日の遠野さんはオフだからか、あの喪服みたいなスーツ姿じゃない。黒のYシャツにネイビーのデニムといった、ラフな格好だ。
よかった。私のこの、白のタートルネックとベージュのクロップドパンツ、濃いグレーのジャケットという格好も、ここでは問題ないと見た。
ちなみにてつはスーツである。別の服に変えるのが面倒らしい。
「それで、どうしました? 随分時間がかかっているので、様子を見に来たんですが……」
「おい遠野。なんで止めなかった?」
まだ少し遠い遠野さんへ向かって、てつが声を張る。
「……それについては、すみません。申し開きのしようがありません」
歩いてきた遠野さんは、天遠乃さんの隣で立ち止まった。そして、こちらもまた申し訳無さそうな顔になって、頭を下げる。
「えっ?! いや、頭を下げるほどでは?!」
「下げさせろ。そんくらいさせても割には合わねぇがな」
「てつ……!」
てつはもう、怒りを隠そうともしない。端的に言うと、顔が、怖い。
『守弥! これはもともと、私が言い出した事だから……!』
天遠乃さんもあわあわと、珍しくとても慌てた様子で遠野さんの肩を叩いたり背中をさすったりする。
「……ですので、てつさんの同席を、と頼んだのです」
頭を上げた遠野さんは真面目な顔をして、てつをまっすぐに見つめた。
「これから行われる事に悪意がない事、そしてもし何かがあっても即対処出来ると、それらを証明するために、てつさんにも来ていただく必要がありました」
言って、一呼吸置いて、遠野さんはまた口を開く。
「こんな事をてつさん抜きで行ったら、それこそ後が怖いですからね」
「分かってんじゃねぇか」
遠野さんの言葉に、てつがとても凶悪な笑みを返した。
「……、……あのぅ……」
この張り詰めた空気に、割って入っていいものか。少し考えたけど、どうしても一つ、気になった。
「あん?」
「……えっと、なんでてつ抜きでやったら後が怖いんですかね?」
すると、眇められていたてつの目が、大きく見開かれた。
いや、だって。
これは、私と天遠乃さんが入れ替わる、言ってしまえばそれだけの事だ。乗っ取られると聞いた時は驚いたけど、天遠乃さんにはその気がない訳で、それなら、なんの問題もないし。
遠野さんの言う「悪意のない事」と「何かあってもすぐに対処できる事」を証明するための同席っていう理由も分かる。けど、なんとなく、それらとは違う理由を含んだような、そんな物言いだったから。
そんな事を考えながら、これを言っていいものかと、驚いたような、呆けたような、変なカオになったてつを見上げる。
「……榊原さん。それはですね、」
『守弥』
遠野さんがなにか言いかけて、天遠乃さんに止められる。
『こういうのは、当人同士の問題だと思うの』
当人同士。えーと、つまり、私とてつの問題、だと?
「どういう事ですか? 天遠乃さん」
『……えっとね、杏さん。その、私達の口から言うのは憚られると、そう思うのよ。……でしょ? てつさん』
天遠乃さんの視線を追っててつを見れば、いつの間にか、とても憮然とした表情になっていて。
「え? なに? 私またなんか変な事言った?」
「……別に」
てつはそのまま、目も合わせてくれない。
「……」
また、これだ。答えてくれないやつだ。
『……ねえ、てつさん。もう少し正直になってもいいと思うのよ、私』
「ああ゛?」
「そのドス利いた声やめようよ……」
天遠乃さんを睨んでいたてつは、私を横目で見て、
「……くそうざってぇ」
なんて言いながら、大きな金色狼の姿に戻った。
……って。
「なんでここで?! 誰かに見られたらどうするの?!」
なんで急に戻るの?!
「問題ねぇだろ。ここいらには俺達以外いねぇ」
「へ?」
てつがそう言うなら、そうだと思う。けど。
「その、ここまで案内してくれた、あの女性の方が、いるのでは……?」
「ああ、その声はサトウですね。この敷地内全ての管理をしているAIです。ですので、ここには使用人など、他の人間はいません。そしてサトウはこの家にしか接続していない、独立したAIですので、人でないのは勿論の事、この家の中の情報がどこかに漏れる心配もありません」
「はい?」
遠野さんの言葉に、今日で何度目か、驚いた。
また、AIという単語が出てきたぞ。
「え? それは、その、あの門の前とか、車の中とかから聞こえていたあの声の主は、人間じゃなかったと……?」
「はい。サトウという名前のAI、つまり人工知能ですね。確かめますか?」
「はい?」
確かめる、とは。
「ここの地下に、サトウの本体のスパコンがあります。その目で確かめれば、ご納得いただけるかと」
『守弥様』
「うわっ?!」
唐突に響いた、あの女性の声に、思わず声を上げてしまった。
『ワタシに、不用意に誰かを近付けるのは危険ですと、以前にも申し上げました』
「サトウ。この人達は危険を孕んではいないよ。だから大丈夫」
『ですがワタシには、榊原杏様、てつ様、お二方の情報が不足しております。今の段階では、その判断には承服致しかねます』
「そうか。……どうします?」
少し上を向いていた遠野さんが、こっちを見る。
どうします? と言われましても。
「いえ、その、大丈夫、です。てつが誰かに見られないって、それが分かれば……」
なんとか、それだけ言う。
情報過多にも過ぎるだろ、この家。
「そうですか。……では、客間にご案内を、……してもいいですか? てつさん」
「勝手にしろ」
ふん、と鼻を鳴らし、まだ不満そうな様子だけど、さっきよりは落ち着いた声で、てつは応えた。
「では。こちらです」
遠野さんの先導で、また歩き出す。そして通路の中ほどで遠野さんは立ち止まり、右手にある立派なドアのノブに手をかけ、開けた。
客間、と言われたそこは、ここまでのきらびやかな見た目とは違い、落ち着いた雰囲気の部屋だった。
ただ、ものすごく広いけど。
その広い部屋の真ん中には、大きなテーブルと、同じく大きなソファが六つほど。とても広く取られた窓からは、薄い地のカーテン越しに陽の光が差し込んでいた。
「どうぞ、こちらへ」
「あ、はい」
遠野さんに勧められるまま、大きなソファの一つに座る。てつは狼男姿になって、私の横にドカッと腰を下ろした。
見れば、目の前の大きなテーブルには、色々なものが置かれていた。大きなポットとティーポット、紅茶の缶、ソーサー付きのティーカップに、ティースプーン、角砂糖が入った瓶、洋風な茶こしみたいなやつ、そして恐らくミルクピッチャーと思われるもの。加えて、手のひらより小さなタルトが、大きく平たい皿に沢山並べられていた。
これが、天遠乃さんが言っていた、遠野さんが準備していたというやつか?
『でね』
天遠乃さんが私の対面に浮かび、その隣に──つまりてつの対面に、遠野さんは座った。
『私と杏さん入れ替わり作戦を、実行したいのよ』
天遠乃さんが、とても真面目な顔つきで、そう言った。
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