上 下
43 / 105
本編

41 水底のお社

しおりを挟む
「それじゃ、俺達も行くか。……あぁと、榊原さかきばら、さん達も良いか?」

 こっちを見て、少し躊躇うように聞かれた。
 ……私が一番の下っ端なのに、皆さん礼儀正しいというか、一歩引いてるというか。

「はい! 行けます、大丈夫です!」

 引かれた一歩を気にしてしまったからか、想定より大きい声が出た。

「お、おお……じゃあ、一番最後に来てくれ」
「分かりました」

 ドポンドポンと、音が続き。それを見ていたら、てつが触れるくらいまで近付いてきた。

「……変なもんに、引っかかんじゃねえぞ」
「変なもん?」
「ああ」

 そして、また少し離れる。……いや、分かんないから。
 この所ほんと、てつは妙に心配症だ。それでいて、別の何かに気を取られてたり。

「どっちかって言ったら、てつの方が「行く」喋ってんだけど」

 柵を蹴って海の中へ。綺麗に入水したのか、今までで一番小さい音だった。

「……まあ、いいか」

 私も、少し覚悟を決めて海に入る。というか飛び込む。

「…………!!」

 一瞬で水の中。閉じてしまった目を薄く開く。周りの泡の隙間から、海の青と、魚達と、珊瑚みたいのと──

「これで揃ったかぁ?」

 頭を完全に沈めた、海坊主の全体がはっきり見えた。

「ええ」

 そのすぐ傍にいる遠野とおのさんの身長と、頭の大きさが同じくらいで。
 ここがあまり広くないからかしゃがみ込んでいる。けど、それでもちょっとした山のように見えた。

「はあ……」

 いや、なんか、デカいな。改めて思うけど、デカいな。

あんず

 犬掻きなどせず、正に泳ぐように身体をしならせ、てつが私の隣に来た。

「あ、てつ」

 あ、ちゃんと喋れる。息も出来る。ふわっとしてるけどそんなに抵抗もなく動けるし、凄いな、「護符」。

『こっちの調子はどうですか?』
「!」

 耳元の遠野さんの声に、思わず肩が跳ねた。

『ええ、問題ありません』
『こちらも』

 次々に返事が返り、

『こ、こっちも問題ありません!』

 慌ててそう返した。
 そう、そうだった。今回は内容が内容だからと、全員それ用の作業着を着て。イヤホンみたいな、いつも耳に付けてる機材とかも付けている。

「では、お願いします」

 当然、私も。トレーニングウェアみたいなものと、それこそ「作業着」といった上下一体の地の厚い服を着ている。気温と湿度の中での重ね着だったけど、別に暑くなかった。あれは布とかの性能か、別の何かか。

「そんじゃあ、行くぞ」

 遠野さんの言葉に続いて、海坊主さんの声が海中に響く。そしてゆっくり動き出し、少し遅れて緩く衝撃が来た。海坊主さんの動きで生まれる水のうねり。それにバランスを崩さないよう、全身に力を込め、ついて行く。

「ぅわぁ……」

 色鮮やかな魚達、色んな色と形の珊瑚、そして澄んだ青い海。最初見た時も目を奪われたけど、ここが南の方だからか、その景色はどこも美しく。思わず見惚れて声が出る。
 いけない、しっかり仕事に集中しなければ。

「魚……魚はなあ……旨いやつは旨いんだが……」
「いや食べちゃ駄目だから」

 隣の不穏な発言に思わずつっこむ。
 泳ぎながら、時々ふわりと跳ねながら、海坊主さんの後を追う。だんだん海域が深く、少しずつ暗くなっていく。生き物の姿は少なくなり、そして私は、どこか嫌な雰囲気を感じ始めていた。

「……」

 その淀むような嫌な雰囲気は辺り一帯に広がり、目的地に向かって、より濃くなっていく。
 てつも私と同じ様に、いや多分、もっと強くこの気持ち悪さを感じている。その眉間に皺が寄り、嫌悪感からか、泳ぎながら小さく舌打ちをした。

「これが、元は祀られてた場所たぁな」
「ああ、哀しいことだろ?」

 てつの言葉に、海坊主さんがそう答えた。そして、歩みを止める。
 まだ遠く、より深く。谷というよりすり鉢のような地形が出来ている。その縁に、いなくなったと思った生き物達が集まっていた。皆、一心に中を覗き込んでいる。その視線の先、一番下に見えるもの。
 岩や珊瑚で建てられた、少し歪で小さな「やしろ」。そして、社を抱くように身体を丸め、まるでそれと同一になったように動かない、長い体躯のひと。

「よりにもよって、どうしてぇまたここで」

 問題の場所は、ここ。この辺りの海のひと達が、昔々に作ったお社。常にほんの少し異界と同調し、こちらの世界とを繋いでいた場所、だそうだ。それでなくとも、皆にとってとても特別な場所だったのに。

「こんなのが起きちまったんかなあ……」

 そのお社が突如、不自然に揺らめいたという。そして、何日かすると異界との混じり方が急速に変化して──破裂した。それは辺り一帯を巻き込む程の破壊力で、けれど、それを無理矢理に抑えた者がいる。

「姫さんもああなっちまって……皆のために……」

 海坊主さんが、覗き込むようにしながら悲しそうに言った。
 姫さん。あの、お社を抱いているひと。長い豊かな髪が、波に揺らめいている。細い首と社に回した腕と白い背が、それによって時折見えた。そして、腰から下は艶やかな鱗を持ち、蛇のように長く。その尾のような下半身も、社に巻き付けられている。
 あの姫さんが、お社に被さって力を込めて、爆発を抑え込んだ。それからずっと、あの場所から動かない。

「ではてつさん、良いですか?」
「……はぁ……説得なんざ、聞くかぁ……?」

 こっちに顔を向けた遠野さんに、てつは覇気のない声でそう言った。

「士気下げるような事言わないで下さいね。まずは僕が話しますから。じゃあそれぞれ、始めましょう」

 その声で、皆一斉に動き出す。私はまたてつと別れ、先にメンバーとして割り振られてた二人の元へ向かう。

「あの、改めて宜しくお願いします」
「はいよろしく」
「……はい」

 船の上で話した人達とは別の人達。先に返事をしてくれた、短い三つ編みの稲生いのうさん。と、小さく返してくれた、私と同じくらいの歳に見える織部おりべさん。

「まずは端の方から、説得、行ってみようか」

 稲生さんが、縁に壁を作るようにして社を見つめるひと達を眺めて、そう言った。

「分かりました」

 今日の私達の主な仕事。この社の周りに集まって動かない生き物や怪異のひと達を、説得して保護、避難させる事。
 このひと達は皆、「姫さん」を心配して、或いは死なば諸共と、その場を動こうとしないのだ。だから事前の保護の時も手間取り、時間がかかった。それでも出来る限りを尽くしたけれど、これほどの数が、今も残っている。

「……あそこの大きなクマノミさん、結構キツそう……です」

 織部さんが指し示した方。そこには抱えられそうな大きさの白黒のクマノミが、ほぼ横向きになって、喘ぐようにえらを動かしていた。

「あーだいぶヤバそうだなぁ」

 この場所は、社に近ければ近いほど、淀むような嫌な気が濃くなっている。だからその場にいるだけで、何をしなくとも生命力が削られていく。

「行こうか」
「はい」
「……はい」

 縁から少し離れた場所で、必死に息をしながらふらふらと浮くクマノミ。時折流れに押されそうになりながら、それでもかじり付くように社へ顔を向けていた。
 その側まで泳いでいって、稲生さんが

「失礼します。問題解決に参りました、超自然対策委員会の稲生と「離れん……っ離れんからな……!」……」

 遮るように発せられた言葉には、必死さと悲壮感が込められていた。

「しかし、このままではあなたの命が危ない」
「私の事など、今、その、御身を削ってっおられ、る……姫様に比べたら……!」

 その声か私達に反応してか、縁にいたひと達が少しだけ、こちらに向かってくる。

「この場に、いる事し……か出来ようも、ない事がっとても、口惜しい……っ」
「なら、ここから離れ、元気を取り戻して姫様の力になる、という考えはありませんか?」

 稲生さんの言葉に、大きなクマノミは嘲笑するような声になった。

「その間に、姫様に、何かあ……ったら、どうする……? このお社か、ら……また、わざわいが溢れ、その時……姫様が、お一人でいら……したら……!」

 絶え絶えに言葉を重ねるクマノミに、集まってきたひと達は、

「そうだよお……やっぱり姫さんをお一人にゃあ出来ないよぉ……」

 これまた大きな蜘蛛みたいな、顔は哺乳類系で角があるけど、そんなひとが不安そうに言って。

「それはそうだが……ダンさん、あんたぁもう限界だよ。ここは俺達が守るから、この人らと行ったらどうだ……?」

 真っ赤な、三十センチくらいある、確か……ウミウシ。そのウミウシはそう提案した。
 いやあ、あなた方にも来て頂きたいんですけども……。

「姫様は」

 どう言おうかと固まってしまう。そしたら、

「何を、誰を守ってると思ってるの?」

 織部さんがぽつりと、それでいてはっきりとそう言った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーが、クラスの女子に頼まれてゲーム大会に出場する話~

呂暇郁夫
キャラ文芸
LC学園高等学校。 日本で初めて「ゲーム特化」の一芸入試を採用したこの高校には、全国で選りすぐりのプロゲーマーが集まっている。 が、そんなことは”この世でもっとも模範的な委員長”をめざす亜熊杏介には関係がなかった。 ゲーム? みんなが好きなら好きにすればいいんじゃないか? 杏介は学園一の善良な高校生として、毎日を平和に過ごしている。 教室の壁や空気と同化して過ごすことを理想としており、だれからの注目も望んでいない。 ――だというのに。 「お願い――あたしといっしょに『電甲杯』に出てくれないかな?」 ある日の唐突な言葉が、彼の人生に波乱をもたらすことになる。 ――これは、だれよりも偽物のゲーマーが、いつか本物に至るまでの物語。

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

女児霊といっしょに。シリーズ

黒糖はるる
キャラ文芸
ノスタルジー:オカルト(しばらく毎日16時、22時更新) 怪異の存在が公になっている世界。 浄霊を生業とする“対霊処あまみや”の跡継ぎ「天宮駆郎」は初仕事で母校の小学校で語られる七不思議の解決を任される。 しかし仕事前に、偶然記憶喪失の女児霊「なな」に出会ったことで、彼女と一緒に仕事をするハメに……。 しかも、この女児霊……ウザい。 感性は小学三年生。成長途中で時が止まった、かわいさとウザさが同居したそんなお年頃の霊。 女心に疎い駆け出しの駆郎と天真爛漫無邪気一直線のななのバディ、ここに爆誕! ※この作品では本筋の物語以外にも様々な謎が散りばめられています。  その謎を集めるとこの世界に関するとある法則が見えてくるかも……? ※エブリスタ、カクヨムでも公開中。

(完)そんなに妹が大事なの?と彼に言おうとしたら・・・

青空一夏
恋愛
デートのたびに、病弱な妹を優先する彼に文句を言おうとしたけれど・・・

ショタパパ ミハエルくん

京衛武百十
キャラ文芸
蒼井ミハエルは、外見は十一歳くらいの人間にも見えるものの、その正体は、<吸血鬼>である。人間の<ラノベ作家>である蒼井霧雨(あおいきりさめ)との間に子供を成し、幸せな家庭生活を送っていた。 なお、長男と長女はミハエルの形質を受け継いで<ダンピール>として生まれ、次女は蒼井霧雨の形質を受け継いで普通の人間として生まれた。 これは、そういう特殊な家族構成でありつつ、人間と折り合いながら穏当に生きている家族の物語である。     筆者より  ショタパパ ミハエルくん(マイルドバージョン)として連載していたこちらを本編とし、タイトルも変更しました。

20年かけた恋が実ったって言うけど結局は略奪でしょ?

ヘロディア
恋愛
偶然にも夫が、知らない女性に告白されるのを目撃してしまった主人公。 彼女はショックを受けたが、更に夫がその女性を抱きしめ、その関係性を理解してしまう。 その女性は、20年かけた恋が実った、とまるで物語のヒロインのように言い、訳がわからなくなる主人公。 数日が経ち、夫から今夜は帰れないから先に寝て、とメールが届いて、主人公の不安は確信に変わる。夫を追った先でみたものとは…

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

植物人間の子

うてな
キャラ文芸
 体が植物で覆われた、【植物人間】という未確認生命体が現れた街。 街は巨大植物に覆われ、植物人間は人間を同種へと変えていく。 植物人間に蝕まれ始めた人類には、まだ危機意識などなく… この植物が、地球にどれほどの不幸を呼ぶものかも知らずに。   この物語には犠牲者がいる。  非道な実験で、植物人間にされてしまった子達  植物人間に人生を壊された、罪のない子達  運命の鍵を握る、植物人間の子 植物人間の驚異が迫る時、彼等は動き出すのだ。  どんなに傷を背負っても…   それでも子供達は、親に愛を注ぐ。 ※この物語には暴力、心無い描写等が含まれます。  +*+*+*+*+*+*+*+*+ ※公開日   第一章『精神病質―サイコパシー―』 2021/12/29~2022/01/16 一日置きの22時に投稿   第二章『正体―アイデンティティ―』 2022/01/20~2022/02/15 一日置きの22時に投稿   第三章『平穏―ピースフル―』 2022/02/19~2022/03/03 一日置きの22時に投稿   第四章『侵食―エローション―』 2022/03/07~2022/04/06 一日置きの22時に投稿   第五章『大絶滅―グレートダイイング―』 2022/04/10~2022/04/26 一日置きの22時に投稿  番外編(章が終わる毎に投稿)   第一章番外編 五島麗奈―植物人間の妻― 2022/01/18 22時投稿   第二章番外編 九重芙美香―毎日が楽しい理由― 2022/02/17 22時投稿   第三章番外編 奈江島喜一郎―傍人は踏み込まない― 2022/03/05 22時投稿   第四章番外編 セオーネ・バーリン―遺恨のプラズマ― 2022/04/08 22時投稿   第五章番外編 高倉夢月―育んでいたもの― 2022/04/28 22時投稿

処理中です...