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本編
27 現地調査
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今日のバイトは外に調査に行くそうだ。
なんでもこの前の同調が起きた場所──今回行く場所は山の中だ──の近くで、なにやら噂が立っているらしい。その噂の真相を確かめつつ、同調地域の経過観察も行うとの事。
「よお! 久しぶりだな!」
「海江田さん! お久しぶりです」
二十五支部からまた例の通路を使って現地に着くと、海江田さんが待っていた。
今回の調査は、遠野さん、海江田さん、私とてつの四人で行うんだそうだ。
「今日はこれから噂についての聞き込みと、同調地域の経過調査を行います。榊原さんと海江田さんで聞き込みを、僕とてつさんで調査をしていきます」
「はい」
てつも個別に動けるようになったので、私とバラけて行動する事になった。
初めての事が多くてちょっと緊張する。
「てつ、いい?」
「おう」
周りに他の人はいない。私はお腹にいてもらったてつに、出てきてもらう。
なんだかてつ専用の乗り物のようになってしまったな、と思った。
「話には聞いていたが、だいぶ変わったな!」
海江田さんがてつを見てそう言った。
今のてつは二足歩行の方の、狼の獣人の子供の姿だ。気に入ったのかなんなのか、服はずっとスーツ。
遠野さんもだけど、スーツ暑くない?
この職場、特に服の規則は無いという。海江田さんはジャケットは羽織ってるけど、そこ以外は結構カジュアルな格好だ。私もカットソーにガウチョだからカジュアルな方。というか普段着。
「まあ、そうだな。海江田は全然変わんねえな」
「人間はそんな簡単には形は変わらないしな」
てつの姿が変わって記憶も少し戻って、あれからまだ何日も経っていない。だからまだ何かあるかもとここの所少し気を張っていたが、変な夢を見たりもしていない。馴染んだという事なんだろうか。
そんな考え事をしていたら、遠野さんから声がかかった。
「では、ここからは別行動ですね。てつさん、よろしくお願いします」
「おう」
二人はここからすぐの林道を通って、調査地域に行くそうだ。
「また後で」
「ああ、そうだな。……俺達も始めるか」
「はい!」
今回の噂はこんなもの。
・どこからか何かの鳴き声が聞こえてくる。
・辺りの木や建物に謎の切り傷が付いている。
・切り傷はいつ、誰が付けたか分からない。
これらを元に、より詳しい話を集めるのだが……。
「聞き込みって大変なんですね……」
始めて一時間もしないうちに、私は少しバテてしまった。
まず、人が捕まらない。昼間だからかそもそも人が少ないし、話を聞いてもそこまで詳しく知っている人に当たらない。
「まあ、フィールドワークだと思って行こう。大学でやった事あるか?」
「いえ……」
海江田さんは慣れたように言う。物証があるので今回の調査はそんなには難しくないだろう、と続けた後、話はてつの事に移っていく。
なにせ本当に人が捕まらないので、少々暇になるのだ。
「てつの姿、狼って聞いたが……榊原がそうだって言ったんだって?」
「はい。てつの記憶がこう、頭に流れてきたというか……」
私はあの時の事を海江田さんに話していった。
まだ鮮明な、それでいて夢のようなあの記憶。追体験というよりも、フラッシュバックみたいなものが次々流れていった感覚がある。
「はぁー。それで狼だと分かった訳か」
「はい」
「榊原はその後…………と、人だ」
海江田さんの目線の先を追うと、一人の女性がこちらに背を向け歩いていた。
明るめの背中まである髪を揺らし、シフォンとレースのワンピースを着た、この辺りよりもっと都会にいそうな出で立ちだ。バッグもちっちゃいし。
「行くぞ」
海江田さんの後につき、女性に声をかける。
「────噂、ですか?」
女性は最初声をかけられたことに驚いていたけど、足を止めてくれた。二十代くらいに見える。目がぱっちりした可愛い系の顔だ。
「あ、この前にそれ、見ました」
「なるほど……え?」
「見たんですか?!」
「はい。もう少し行った先の十字路で」
なんと。今までの当たりの無さはなんだったんだという感じだ。
「そこで、詳しい話を伺っても?」
「ええ、まだ時間もあるし……こっちです」
女性に先導されながら、私は海江田さんに小声で声をかけた。
「見つかりましたね、詳しそうな人」
「……ああ。まあ、現場を見て話をもっと聞いてからだな」
こういうのは慎重に行くのがいい。真剣な顔で海江田さんは言った。
「ここです」
そこは、さっきまでいた通りから一本中に入った所の十字路。
「この電柱の上の所……あ、あった。あそこにキズみたいなの、見えません?」
その側の電柱に近寄り、女性は上を指し示す。
「ほんとだ……」
見ると、電線が出ている部分の下辺りに、斜めに浅く抉ったような跡があった。
「一昨日? くらいだったかな? 夜なんですけどここを通ったんですよ」
いつも帰り道としてこの道を使うんだと言う。一昨日のその時も、いつも通りにここを歩いていたそうだ。
「そしたらなんだか、変な音がして……」
「どんな音だったかとか、憶えてますか?」
メモを取りながら、海江田さんが訊ねる。ちなみにこの会話、ちゃんと了解を得て録音もしている。レコーダーは私が手に持って、見えるようにもしているのだ。
「んー……なんかヒュウヒュウ言うような、ザアザア言うような……木のざわめきとはまた違う感じで。それで、あれっ? て思って……」
そこで女性はまた電柱のキズを見る。
「ちょっと立ち止まって……そしたら、頭の上を何かが掠めたんですよねー……夜だったからびっくりして、思わずしゃがんじゃったんですけど」
周りを見ても何もない。虫か何かだったのかと、立ち上がった時。
「上から影が落ちている事に気付いて。そのままバッと上を見たら、何かがこの電柱から、と……び去る、というか、なんか……いなくなったんです」
飛び去ったものの大きさは、猫くらいに見えたという。
そして、電柱にはキズが付いていた、と。
「……ありがとうございます。ここまで詳しい話が聞けるとは……」
海江田さんは女性に向けてそう言葉をかける。
「いえ、私も話せて良かったです。言うにも変な感じがして、誰にも話せてなかったから……」
その後、また何か思い出したらとTSTIの連絡先を渡し、女性とは別れた。
海江田さんはなにやら難しい顔をして、電柱を見上げる。
「榊原は、どう思う? 今の話で何か思い付くか?」
「え? えーと」
言われ、腕を組んで考える。電柱にキズを付ける、夜、変な音、猫くらいの大きさで飛び去った……。
「……風が関係したり、するんですかね?」
「おお、何でそう思った?」
海江田さんは私の方に視線を移す。
「音がするとか飛び去るとか、風に乗って何かするのかなーと。異界にそういうひと……? がいるのかは……よく分かってませんけど」
「なるほどな。……俺も、風は関係してると思う」
そう言って、また電柱に目を向ける海江田さん。
「いくつか頭には浮かぶんだが、まだ決定打が無い状態だな」
そして一瞬目を眇めたかと思うと、頭をがしがしを掻いてこちらを振り向いた。
「ま、まだ時間はある。もう少し聞き込みしていこう」
なんでもこの前の同調が起きた場所──今回行く場所は山の中だ──の近くで、なにやら噂が立っているらしい。その噂の真相を確かめつつ、同調地域の経過観察も行うとの事。
「よお! 久しぶりだな!」
「海江田さん! お久しぶりです」
二十五支部からまた例の通路を使って現地に着くと、海江田さんが待っていた。
今回の調査は、遠野さん、海江田さん、私とてつの四人で行うんだそうだ。
「今日はこれから噂についての聞き込みと、同調地域の経過調査を行います。榊原さんと海江田さんで聞き込みを、僕とてつさんで調査をしていきます」
「はい」
てつも個別に動けるようになったので、私とバラけて行動する事になった。
初めての事が多くてちょっと緊張する。
「てつ、いい?」
「おう」
周りに他の人はいない。私はお腹にいてもらったてつに、出てきてもらう。
なんだかてつ専用の乗り物のようになってしまったな、と思った。
「話には聞いていたが、だいぶ変わったな!」
海江田さんがてつを見てそう言った。
今のてつは二足歩行の方の、狼の獣人の子供の姿だ。気に入ったのかなんなのか、服はずっとスーツ。
遠野さんもだけど、スーツ暑くない?
この職場、特に服の規則は無いという。海江田さんはジャケットは羽織ってるけど、そこ以外は結構カジュアルな格好だ。私もカットソーにガウチョだからカジュアルな方。というか普段着。
「まあ、そうだな。海江田は全然変わんねえな」
「人間はそんな簡単には形は変わらないしな」
てつの姿が変わって記憶も少し戻って、あれからまだ何日も経っていない。だからまだ何かあるかもとここの所少し気を張っていたが、変な夢を見たりもしていない。馴染んだという事なんだろうか。
そんな考え事をしていたら、遠野さんから声がかかった。
「では、ここからは別行動ですね。てつさん、よろしくお願いします」
「おう」
二人はここからすぐの林道を通って、調査地域に行くそうだ。
「また後で」
「ああ、そうだな。……俺達も始めるか」
「はい!」
今回の噂はこんなもの。
・どこからか何かの鳴き声が聞こえてくる。
・辺りの木や建物に謎の切り傷が付いている。
・切り傷はいつ、誰が付けたか分からない。
これらを元に、より詳しい話を集めるのだが……。
「聞き込みって大変なんですね……」
始めて一時間もしないうちに、私は少しバテてしまった。
まず、人が捕まらない。昼間だからかそもそも人が少ないし、話を聞いてもそこまで詳しく知っている人に当たらない。
「まあ、フィールドワークだと思って行こう。大学でやった事あるか?」
「いえ……」
海江田さんは慣れたように言う。物証があるので今回の調査はそんなには難しくないだろう、と続けた後、話はてつの事に移っていく。
なにせ本当に人が捕まらないので、少々暇になるのだ。
「てつの姿、狼って聞いたが……榊原がそうだって言ったんだって?」
「はい。てつの記憶がこう、頭に流れてきたというか……」
私はあの時の事を海江田さんに話していった。
まだ鮮明な、それでいて夢のようなあの記憶。追体験というよりも、フラッシュバックみたいなものが次々流れていった感覚がある。
「はぁー。それで狼だと分かった訳か」
「はい」
「榊原はその後…………と、人だ」
海江田さんの目線の先を追うと、一人の女性がこちらに背を向け歩いていた。
明るめの背中まである髪を揺らし、シフォンとレースのワンピースを着た、この辺りよりもっと都会にいそうな出で立ちだ。バッグもちっちゃいし。
「行くぞ」
海江田さんの後につき、女性に声をかける。
「────噂、ですか?」
女性は最初声をかけられたことに驚いていたけど、足を止めてくれた。二十代くらいに見える。目がぱっちりした可愛い系の顔だ。
「あ、この前にそれ、見ました」
「なるほど……え?」
「見たんですか?!」
「はい。もう少し行った先の十字路で」
なんと。今までの当たりの無さはなんだったんだという感じだ。
「そこで、詳しい話を伺っても?」
「ええ、まだ時間もあるし……こっちです」
女性に先導されながら、私は海江田さんに小声で声をかけた。
「見つかりましたね、詳しそうな人」
「……ああ。まあ、現場を見て話をもっと聞いてからだな」
こういうのは慎重に行くのがいい。真剣な顔で海江田さんは言った。
「ここです」
そこは、さっきまでいた通りから一本中に入った所の十字路。
「この電柱の上の所……あ、あった。あそこにキズみたいなの、見えません?」
その側の電柱に近寄り、女性は上を指し示す。
「ほんとだ……」
見ると、電線が出ている部分の下辺りに、斜めに浅く抉ったような跡があった。
「一昨日? くらいだったかな? 夜なんですけどここを通ったんですよ」
いつも帰り道としてこの道を使うんだと言う。一昨日のその時も、いつも通りにここを歩いていたそうだ。
「そしたらなんだか、変な音がして……」
「どんな音だったかとか、憶えてますか?」
メモを取りながら、海江田さんが訊ねる。ちなみにこの会話、ちゃんと了解を得て録音もしている。レコーダーは私が手に持って、見えるようにもしているのだ。
「んー……なんかヒュウヒュウ言うような、ザアザア言うような……木のざわめきとはまた違う感じで。それで、あれっ? て思って……」
そこで女性はまた電柱のキズを見る。
「ちょっと立ち止まって……そしたら、頭の上を何かが掠めたんですよねー……夜だったからびっくりして、思わずしゃがんじゃったんですけど」
周りを見ても何もない。虫か何かだったのかと、立ち上がった時。
「上から影が落ちている事に気付いて。そのままバッと上を見たら、何かがこの電柱から、と……び去る、というか、なんか……いなくなったんです」
飛び去ったものの大きさは、猫くらいに見えたという。
そして、電柱にはキズが付いていた、と。
「……ありがとうございます。ここまで詳しい話が聞けるとは……」
海江田さんは女性に向けてそう言葉をかける。
「いえ、私も話せて良かったです。言うにも変な感じがして、誰にも話せてなかったから……」
その後、また何か思い出したらとTSTIの連絡先を渡し、女性とは別れた。
海江田さんはなにやら難しい顔をして、電柱を見上げる。
「榊原は、どう思う? 今の話で何か思い付くか?」
「え? えーと」
言われ、腕を組んで考える。電柱にキズを付ける、夜、変な音、猫くらいの大きさで飛び去った……。
「……風が関係したり、するんですかね?」
「おお、何でそう思った?」
海江田さんは私の方に視線を移す。
「音がするとか飛び去るとか、風に乗って何かするのかなーと。異界にそういうひと……? がいるのかは……よく分かってませんけど」
「なるほどな。……俺も、風は関係してると思う」
そう言って、また電柱に目を向ける海江田さん。
「いくつか頭には浮かぶんだが、まだ決定打が無い状態だな」
そして一瞬目を眇めたかと思うと、頭をがしがしを掻いてこちらを振り向いた。
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