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本編
19 芽依が見たもの①
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掃除も終わってお昼も食べて、大学にたどり着いて一言。
「……平和か……」
てつはお約束のようにお腹にいるし、私自身も前と違うけど。休校明けの大学はそれはもう当たり前のように、普通で平和な感触がした。
なんだかしみじみとそう思いながら、授業を受ける教室の扉を開く。まだ早い時間のせいか、午前は休校だったためか、人の姿はまばらだ。
と思ったら、この時間にしては見ない顔があった。
「あ、杏おはよ!」
「えっ芽依? おはよ……早いね……?」
いつもなら滑り込みセーフを決めるのに。そう思いながら、挨拶を返す。
ふわふわの茶髪を今日は三つ編みハーフアップにした友人は、手を振りながら「隣! 隣!」と私を呼ぶ。
「はーい」
芽依の右隣の席に座ると、待ってましたとばかりに腕を捕まれた。
「聞いて! スッゴい変な事だから、覚悟して聞いて……!」
「……えっ…………何、え?」
戸惑う私を意に介さず、芽依は話し出す。
「昨日のバイト帰りに、変なもの見たの!」
昨日はシフトの関係で帰りが遅く、零時を越えていた。そのため道も、大通りとはいえ人も車もあまりいなかったそうだ。
「あそこさ、大通りなくせに街灯あんまり無いんだよ。だから街灯同士の間は暗くてね」
歩いていた先、三つ目くらいのその暗闇の所に、何かが見えた。
「最初物でも落ちてるのかと思って、……でもそれが動いたから……」
驚いて足を止めた。すると、それはむくむくと膨らみだしたという。
「どんどん大きくなって、羽みたいのを広げて、そのままバサァッて飛んでったの! 信じて!!」
その瞳は揺れ、声も震えている。芽依自身、まだその光景が夢のように思えているのかも知れない。
「ほんと、変な事言ってるって自分でも思うんだけど、でも……!」
「……うん、信じる」
前なら信じないだろう。でも今の私は、どちらかといえばそっち側だ。というかこれは、支部に伝える案件ではないだろうか。
──羽なぁ。それだけじゃあ何者だか、なんとも言えねえだろうな。
頭に響くてつの声。テレパシーもどきだ。
信じると言った私の言葉にほっとしたのか、芽依はずっと掴んでいた私の腕から手を離し、椅子にもたれ掛かった。
「ありがとう……なんか、気ぃ抜けた……」
「ううん。でもなんで私に話してくれたの?」
「杏なら引かないでくれるかなって、なんかそう思った」
落ち着いて来たのか、はにかみながら芽依は言う。
「そっか。私で良ければ、もっと聞くよ。ラインでも良いし」
「文字にすると自分が耐え切れなさそうだから駄目」
「そう……?」
一応、講義が始まる前に今の話を遠野さんに送ってみるか。昼前に送ったものと合わせて、どんな返信が来るだろう。
「ねえ芽依。そういうのに詳しい人が居るんだけど、ちょっとその事聞いてみても良いかな?」
「へ? ……杏、なんかまた、変なのに引っかかってたりしない?」
芽依が訝るようにこちらをのぞき込む。
「違う違う! 大丈夫! 妙な勧誘とかでもないし」
「ふーん……? あれ、スマホ変えたの?」
私の手元に目をやりながら、芽依が聞いてきた。
「あ、これバイト先の仕事用のやつ」
「えっ杏バイト始めたの? 初耳! 何の仕事?」
…………そのまま言うのはさすがに駄目だよな、うん。
「……保護施設でのお手伝いみたいな感じ、かな。まだ始めたばっかだから……」
「なんか間があったのが気になるんだけど」
「……」
さっきもだけどさすが芽依、というか私が誤魔化すの下手なだけだけど。
「いや、えっと、守秘義務とかあるから、なんて言おうかなーと」
「ふーん……? そっかあ」
本日二回目の「ふーん?」だ。危ない。
気にはなるけど突っ込まないでおこうか。そういう雰囲気で、芽依は頬杖をつく。
……今度、バイトの事どこまで話して良いか遠野さんに相談しようかな……。
その後始まった講義も問題無く進み、また濁りが溜まるとか変な気配が来るとか、そういった事も無く。
「終わった!」
今日の分の講義を終え、私は伸びをする。休校していた分の補講もまだ決まっていないので、今日はこれでおしまいだ。
遠野さんからの返事はまだ来ていない。芽依の事をどうしようかと、悩みかけたところで
「ねえ杏、今日うちに来ない?」
本人からそんな提案があった。
「なんか、バイトとかあるなら全然大丈夫だけど! ……あの、アレが気になっちゃって」
時間帯は違うが、怖いものは怖い。そういう事だろう。
「うん、行けるよ。芽依ん家行ってみたいし」
──大丈夫か? 遠野からの連絡は来てないんだろう?
それはそうだけど。でも遠野さん以外にだって連絡とれる人いるし。
それに、芽依を放ってはおけないよ。
そんな事を考えていたら、パンツの左ポケットが震えた。
「!」
業務用のスマホに返信が来た!
「ちょっと待ってて!」
「う、うん」
芽依に一言断って、スマホの内容を確認する。やっぱり遠野さんからの返事だった。
「…………」
読んで、芽依に向き直る。
「あ、杏?」
「芽依、あのね。芽依の家に行く前に会って欲しい人がいるの。アレについて、何か分かるかも」
「え?」
遠野さんからの返信、芽依に関連する所はこういうものだった。
同じ様な情報がこちらにもいくつか提供されている。調査は始まったばかりなのでまだ不明な点も多いものだと。加えて、前に説明した異界との地域同調と関連性がありそうだ、とも。
私の友人がそれに遭遇、また巻き込まれているなら、私の時のように保護・聴取の必要がある。出来ればその遭遇場所の調査と、本人への聴取を早急に行いたい。
TSTIについて話しても良い。逆に私から言う事によって不信感も和らぐかも、というのも書いてあった。
「……それで遠野さん? ていう人が杏のバイト先の上司で、私が見たものについて何か分かるかもって?」
「うん。……あの、本当変なものに引っかかってるとかじゃないから! 信じて欲しい!」
電車の中でそんな話をする。遠野さんは、調べたりもしたいので先に現地に行っているらしい。芽依も現地集合なら、夕方の大通りだし、と了承してくれた。
TSTI──バイトとの関係は、話してみたけど半信半疑な感じだろう。芽依自身がアレに遭遇したからこそ、少しは信じてくれているという印象だ。
てつについても話そうかと思ったが、上手く口が回らなかった。知られて、どう思われるか。そんな恐怖を抱いてしまった。
電車を降りて、現場の大通りに向かう。この時間はまだ人も車も多い。もし今、アレが出て来たらパニックになって大変な事になりそうだ、なんて思った。
「駅前の交差点に居るんだよね? どんな人なの?」
「えーと」
遠野さんを探しながら、芽依の質問にどう答えようかと考える。ぱっと思いついたのは「喪服みたいなスーツ着た胡散臭い笑顔の人」。駄目だ。
「……黒いスーツ着てて……あ、いた! …………ん?」
「……あの人?」
遠野さんを見つけ手を振ろうとしたら、すぐそばに別の人影が。しかも二人……見覚えがある二人が……。
「あ! 杏さん!」
そのうちの一人、遠野さんになにやら迫っていた女の子がこちらに気づいて駆け寄ってきた。耳は人の耳だけど、この子はどう見ても。
「華珠貴さん?! 何故?!」
そしてもう一人もこっちを向く。やはりというか美緒さんだった。こちらも猫耳でなく、人の耳。
美緒さんも華珠貴さんも前と違う、いわゆる私服のような服装だ。
「……榊原さん、お疲れ様です。ちょっと不可抗力が働きまして。そちらの方が話に聞いていたご友人ですか?」
なんだか疲れたような様子の遠野さんと合流する。
「あ、はい。芽依、この人が話してた遠野さん」
「どうも、大間芽依です」
芽依、一応笑顔ではあるけれど、不信感がちらついている。中学生くらいの女の子二人を連れた男へ向けるその眼差しは厳しい……。
「遠野守弥です。こちらは華珠貴と美緒、アシスタント……だと思って下さい」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
華珠貴さんが勢い良く、美緒さんは丁寧に頭を下げる。
「どうも、よろしく……」
まずいな、芽依が「どういう事か説明して?」と目で訴えて来てる。でも私も同じ思いなんだ。
「あの、遠野さん。なんで華珠貴さん達が?」
「現場に出してみろと、支部長が言ったんです……まさか本当にそうなるとは……」
華珠貴さんの熱意は凄い……と消え入りそうな声で言う。
「まあ、まずはその『大間さんがそれを見た』場所へ行きましょう。調査もそこからです」
「……平和か……」
てつはお約束のようにお腹にいるし、私自身も前と違うけど。休校明けの大学はそれはもう当たり前のように、普通で平和な感触がした。
なんだかしみじみとそう思いながら、授業を受ける教室の扉を開く。まだ早い時間のせいか、午前は休校だったためか、人の姿はまばらだ。
と思ったら、この時間にしては見ない顔があった。
「あ、杏おはよ!」
「えっ芽依? おはよ……早いね……?」
いつもなら滑り込みセーフを決めるのに。そう思いながら、挨拶を返す。
ふわふわの茶髪を今日は三つ編みハーフアップにした友人は、手を振りながら「隣! 隣!」と私を呼ぶ。
「はーい」
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「聞いて! スッゴい変な事だから、覚悟して聞いて……!」
「……えっ…………何、え?」
戸惑う私を意に介さず、芽依は話し出す。
「昨日のバイト帰りに、変なもの見たの!」
昨日はシフトの関係で帰りが遅く、零時を越えていた。そのため道も、大通りとはいえ人も車もあまりいなかったそうだ。
「あそこさ、大通りなくせに街灯あんまり無いんだよ。だから街灯同士の間は暗くてね」
歩いていた先、三つ目くらいのその暗闇の所に、何かが見えた。
「最初物でも落ちてるのかと思って、……でもそれが動いたから……」
驚いて足を止めた。すると、それはむくむくと膨らみだしたという。
「どんどん大きくなって、羽みたいのを広げて、そのままバサァッて飛んでったの! 信じて!!」
その瞳は揺れ、声も震えている。芽依自身、まだその光景が夢のように思えているのかも知れない。
「ほんと、変な事言ってるって自分でも思うんだけど、でも……!」
「……うん、信じる」
前なら信じないだろう。でも今の私は、どちらかといえばそっち側だ。というかこれは、支部に伝える案件ではないだろうか。
──羽なぁ。それだけじゃあ何者だか、なんとも言えねえだろうな。
頭に響くてつの声。テレパシーもどきだ。
信じると言った私の言葉にほっとしたのか、芽依はずっと掴んでいた私の腕から手を離し、椅子にもたれ掛かった。
「ありがとう……なんか、気ぃ抜けた……」
「ううん。でもなんで私に話してくれたの?」
「杏なら引かないでくれるかなって、なんかそう思った」
落ち着いて来たのか、はにかみながら芽依は言う。
「そっか。私で良ければ、もっと聞くよ。ラインでも良いし」
「文字にすると自分が耐え切れなさそうだから駄目」
「そう……?」
一応、講義が始まる前に今の話を遠野さんに送ってみるか。昼前に送ったものと合わせて、どんな返信が来るだろう。
「ねえ芽依。そういうのに詳しい人が居るんだけど、ちょっとその事聞いてみても良いかな?」
「へ? ……杏、なんかまた、変なのに引っかかってたりしない?」
芽依が訝るようにこちらをのぞき込む。
「違う違う! 大丈夫! 妙な勧誘とかでもないし」
「ふーん……? あれ、スマホ変えたの?」
私の手元に目をやりながら、芽依が聞いてきた。
「あ、これバイト先の仕事用のやつ」
「えっ杏バイト始めたの? 初耳! 何の仕事?」
…………そのまま言うのはさすがに駄目だよな、うん。
「……保護施設でのお手伝いみたいな感じ、かな。まだ始めたばっかだから……」
「なんか間があったのが気になるんだけど」
「……」
さっきもだけどさすが芽依、というか私が誤魔化すの下手なだけだけど。
「いや、えっと、守秘義務とかあるから、なんて言おうかなーと」
「ふーん……? そっかあ」
本日二回目の「ふーん?」だ。危ない。
気にはなるけど突っ込まないでおこうか。そういう雰囲気で、芽依は頬杖をつく。
……今度、バイトの事どこまで話して良いか遠野さんに相談しようかな……。
その後始まった講義も問題無く進み、また濁りが溜まるとか変な気配が来るとか、そういった事も無く。
「終わった!」
今日の分の講義を終え、私は伸びをする。休校していた分の補講もまだ決まっていないので、今日はこれでおしまいだ。
遠野さんからの返事はまだ来ていない。芽依の事をどうしようかと、悩みかけたところで
「ねえ杏、今日うちに来ない?」
本人からそんな提案があった。
「なんか、バイトとかあるなら全然大丈夫だけど! ……あの、アレが気になっちゃって」
時間帯は違うが、怖いものは怖い。そういう事だろう。
「うん、行けるよ。芽依ん家行ってみたいし」
──大丈夫か? 遠野からの連絡は来てないんだろう?
それはそうだけど。でも遠野さん以外にだって連絡とれる人いるし。
それに、芽依を放ってはおけないよ。
そんな事を考えていたら、パンツの左ポケットが震えた。
「!」
業務用のスマホに返信が来た!
「ちょっと待ってて!」
「う、うん」
芽依に一言断って、スマホの内容を確認する。やっぱり遠野さんからの返事だった。
「…………」
読んで、芽依に向き直る。
「あ、杏?」
「芽依、あのね。芽依の家に行く前に会って欲しい人がいるの。アレについて、何か分かるかも」
「え?」
遠野さんからの返信、芽依に関連する所はこういうものだった。
同じ様な情報がこちらにもいくつか提供されている。調査は始まったばかりなのでまだ不明な点も多いものだと。加えて、前に説明した異界との地域同調と関連性がありそうだ、とも。
私の友人がそれに遭遇、また巻き込まれているなら、私の時のように保護・聴取の必要がある。出来ればその遭遇場所の調査と、本人への聴取を早急に行いたい。
TSTIについて話しても良い。逆に私から言う事によって不信感も和らぐかも、というのも書いてあった。
「……それで遠野さん? ていう人が杏のバイト先の上司で、私が見たものについて何か分かるかもって?」
「うん。……あの、本当変なものに引っかかってるとかじゃないから! 信じて欲しい!」
電車の中でそんな話をする。遠野さんは、調べたりもしたいので先に現地に行っているらしい。芽依も現地集合なら、夕方の大通りだし、と了承してくれた。
TSTI──バイトとの関係は、話してみたけど半信半疑な感じだろう。芽依自身がアレに遭遇したからこそ、少しは信じてくれているという印象だ。
てつについても話そうかと思ったが、上手く口が回らなかった。知られて、どう思われるか。そんな恐怖を抱いてしまった。
電車を降りて、現場の大通りに向かう。この時間はまだ人も車も多い。もし今、アレが出て来たらパニックになって大変な事になりそうだ、なんて思った。
「駅前の交差点に居るんだよね? どんな人なの?」
「えーと」
遠野さんを探しながら、芽依の質問にどう答えようかと考える。ぱっと思いついたのは「喪服みたいなスーツ着た胡散臭い笑顔の人」。駄目だ。
「……黒いスーツ着てて……あ、いた! …………ん?」
「……あの人?」
遠野さんを見つけ手を振ろうとしたら、すぐそばに別の人影が。しかも二人……見覚えがある二人が……。
「あ! 杏さん!」
そのうちの一人、遠野さんになにやら迫っていた女の子がこちらに気づいて駆け寄ってきた。耳は人の耳だけど、この子はどう見ても。
「華珠貴さん?! 何故?!」
そしてもう一人もこっちを向く。やはりというか美緒さんだった。こちらも猫耳でなく、人の耳。
美緒さんも華珠貴さんも前と違う、いわゆる私服のような服装だ。
「……榊原さん、お疲れ様です。ちょっと不可抗力が働きまして。そちらの方が話に聞いていたご友人ですか?」
なんだか疲れたような様子の遠野さんと合流する。
「あ、はい。芽依、この人が話してた遠野さん」
「どうも、大間芽依です」
芽依、一応笑顔ではあるけれど、不信感がちらついている。中学生くらいの女の子二人を連れた男へ向けるその眼差しは厳しい……。
「遠野守弥です。こちらは華珠貴と美緒、アシスタント……だと思って下さい」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
華珠貴さんが勢い良く、美緒さんは丁寧に頭を下げる。
「どうも、よろしく……」
まずいな、芽依が「どういう事か説明して?」と目で訴えて来てる。でも私も同じ思いなんだ。
「あの、遠野さん。なんで華珠貴さん達が?」
「現場に出してみろと、支部長が言ったんです……まさか本当にそうなるとは……」
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