上 下
16 / 105
本編

15 もう片方は海江田さん

しおりを挟む
 振り向いてこちらを見上げた顔は、やっぱり遠野とおのだった。驚いているから、狐目も笑顔も消えてぽかんとした表情だけど。

「なんだ?! 知り合いか?!」

 さっき一緒に転がり落ちて来た男の人が、雷撃を避けながら叫ぶ。

「っ……! 臨時職員の榊原さかきばらさんです。あの時通話していた」

 はっとして、遠野は答える。
 あの時、私が猫達にここへ連れてこられるまでの通信。あれは、これと戦っていたからあんなにぶれていたのか。

「皆、中へ!」

 逃げ惑い、散り散りになっている猫達に鈴音すずねさんは呼びかける。でも、怯えて動けない猫や怪我をしてる猫達もいる。

「てつ! 一旦降りよう!」
「ここのが安ぜ……っ?」
「ふっ」

 ……おお、いけそうとは思ったけど、あの高さから飛び降りても案外痛くないもんだ。

「……あんず、お前?」
「危なそうなひと達を手助けしよう」

 言っていたら、

「状況が見えませんが榊原さん、あなたもなるべく安全な所へ。手に負える相手じゃありませんよ」
「そうだな、バイトの範囲を超えてる」

 いつの間にか目の前に立たれた遠野とさっきの男性に、怖い顔をされながら言われた。

「あの凄そうな黒いのには手は出しません。それに」

 私は目線を頭上に持って行く。

「てつならあの雷、弾いて避けられるよね?」
「……お前なぁ…………手っ取り早くやるぞ」

 その言葉に、遠野達は面食らったようだった。

「……てつさん、あなたは良くても」
「そうだぞ……いや、そうだな」
海江田かいえださん?」
「ベテランと素人が組んでる感じだろう? 案外いけるんじゃないか」
「海江田さん?!」

 海江田さんというらしい男性の言葉に、遠野の声がひっくり返った。
 しかし、言質は取った。二人の間をすり抜けるように、走り出す。

「ありがとうございます。では」
「ちょっ」

 この間にも電撃を喰らったのがだいぶいる。術か何かで防いでも、あの雷の方が強いみたいだ。

「……で?」
「てつは雷とか危ないのを出来るだけ弾いて欲しい。あと、私の動きの補助とか、出来る?」

 言ったとたん、身体が軽くなった。

「こんなんでいいか?」
「うん、ありがとう」

 『乗っ取り』の応用だ。思考も、早く的確になった身体の動きと問題無く合わさった。

「なっなに?!」
「に゛ゃあ?! 離して!」

 重傷っぽい猫から、拾い上げるように抱える。

「部屋の中まで行ったらすぐ離しますので」

 爪をたてられても噛まれても、傷にならないのもありがたい。でも抵抗されるのは少し寂しい。ついさっきまで頼み事をされていたのに、なんて思いが浮かんでしまい、咄嗟に振り払う。気が動転してるのもあるだろう、うん。

「あなた?! 何……を……」

 咎めかけた鈴音さんも、やっている事を理解してくれたようだ。
 暴れ回る黒いのを意識しつつ、猫達を助ける。見ると、遠野達が相手をしてくれていて、黒いのは私達の方まで気が回ってないようだ。時折流れ弾のように飛んでくる火花や雷を避けながら、猫達を抱え、部屋に置いていく。なんだか回収作業じみてるな、これ。

「……鈴音さん! これで全員ですか?!」

 少しして、鈴音さんに確認する。見た感じ、庭に猫は見当たらない。

「……ええ、ありがとう。でも、あれをどうにかしない事には……」

 鈴音さんの言葉と共に、開いていた障子が次々に閉まっていく。ふわりと椅子ごと庭に降り、手を振ると、鎧戸も同じ様に閉まっていく。というか、ついていたのか鎧戸。

「さっきの事は一旦置いて、一緒にどうにかしませんか」
「……ええ、そうね」

 鈴音さんは頷いて、あの黒くて大きい何かに目を向ける。

「……てつ、あれって何か分かる?」
「……猫又なんだが、あいつは……」
「えっ猫又なの?!」

 遠野達が戦っている黒く長い毛に覆われた大きい何かは、猫とも犬ともつかない顔をして、六本足で……。尻尾は二股だけど、あれ猫又なの?!

「猫又?! 雷獣か何かかと思ったんだけどな!」

 私の声が聞こえたらしい海江田さんが、こっちに向かって問い叫ぶ。二人は何か棒のようなもので雷を弾きながら、また声を上げる。

「てつさんには正体が分かるんですか?!」
「……あいつ、俺を喰っていやがる」
「は?」
「だもんで、変に力が表に出てる。元の『気』もかたちも、本来なら鈴音に近いはずだ」
「……は?!」

 てつを喰べた、元は鈴音さんに近い猫又?! なにそ……れ? ……もしや。

「……華珠貴かずき…………?」

 私と同じ考えに至ったのだろう、呆然と呟く鈴音さんの声は、掠れていた。

「っと、遠野さん! 海江田さん! ! 猫又の、鈴音さんの娘さんです! てつの一部を喰べてるらしいです!」

 雷の音に負けないように叫ぶ。それを聞いた二人は、少し揺れたような声で叫び返してきた。

「猫又なのは確定なんだな?! 鈴音ってのはその隣の異界のか!」
「てつさんの一部っ……なるほどだからこんなに強力な……!」

 二人の声を聞きながら隣を窺う。

「そんな……華珠貴、うそよ……っ……」

 鈴音さんは戦慄くように呟き、口を覆った。
 華珠貴さんだと分かった黒いのは、いまだ暴れている。いや、あれは、暴れるというより……のたうち回ってる……?

「俺の気と合わなかったんだろう。で反発し合ってやがる。こりゃあ、そう長くは持たねえな」
「そんな!」

 鈴音さんが悲痛な声を上げる。私もそれは嫌だ。
 海江田さんが巻き付けた光沢のある縄を引きちぎる様を見ながら、華珠貴さんについて考える。

「それじゃ、取り込んだてつの部分をどうにかして離せないの? 反発してるんでしょ?」

 吐き出させるとか、と提案してみる。

「そういう物の話じゃあねえからな。気が、お前らはせいめいえねるぎーっつってたか? 混ざり合ってるから反発してんだ」
「前の白いのからとった時は……あれは、潰してたか……」

 スーツの人に憑いていたものの事を思い出す。

「あん時はな、あれが暴れなきゃあ、引っ剥がすだけでよかったんだ」

 どうしよう、聞けば聞くほど案が無くなっていく。

「華珠貴さんとてつの一部は混ざってるけど反発してて、私とてつは混ざってる上に馴染んでる……」

 ……ん? なんかこの考え、使えそう?

「まあまだ完全に混じっちゃいねえからな。だからあんだけ動けるんだが」

 完全に混じってはいない、なら。

「……私が華珠貴さんの中に入って、てつの部分と混じる事は出来るの?」
「喰われるってか? 死ぬぞ?」
「丸呑みとかでなんとか……出来る? どうなのか教えて欲しい」
「あなた、何を言って」

 鈴音さんが、理解出来ないといった顔で言う。

「あなた、人でしょう? あたし達みたいに力もなければ、すぐ死んでしまう種でしょう?」

 何を無謀な、と目が語っている。

「でも、華珠貴さんを助けないとですよね?」
「……」

 押し黙った鈴音さんから目線を外し、もうぐちゃぐちゃになった庭の真ん中で吠える華珠貴さんを見る。

「そんでてつ、どうなの?」
「……上手く混ざれば、お前を媒介にして華珠貴の中の俺を吸収出来るだろう。だが、杏、お前が消えるかも知れねえ」
「そこはてつにフォローして欲しい」
「ふぉろー?」
「援護? して欲しいって感じかな」

 ハァ…と息を吐いた後、てつは言った。

「まず華珠貴の動きを止めなきゃならねえ。止まっちまえばこっちのもんだ」
「了解。……遠野さん! 海江田さん!」

 私の声に、二人はすぐ反応してくれた。

「華珠貴さん……鈴音さんの娘さん、動きを止められればどうにか出来そうです!」
「本当か?!」

 こっちを向いた海江田さんに、大きく頷く。

「華珠貴に触れられるようにしろよ。封じたりして止めんのはナシだ」
「あっなんか封じたりじゃなくて、触れるように動きを止めるのが良い! そうです!」

 言いながら、少しずつ華珠貴さんの方に近付いていく。でも、まだそこまで距離はつめない。
 最初、華珠貴さんは遠野達を狙って攻撃していた。でも今は、周りなど考えてないような感じで、目に入るもの全てを攻撃対象にしてるような。てつの力との反発に、自身がだいぶやられているのだろうか。

「その後どうする気です?! またさっきみたいに特攻紛いな事を考えてませんか?!」

 遠野に言われ、足が止まる。

「……てつがいるんで! 大丈夫です!」
「そんなこ」
「今、華珠貴さんをどうにか出来る方法、他に何かありますか?!」

 心配してくれているのだ、遠野、さんは。上司になんて言い方をするのかと、思う。けれど。

「ないな! 今実行可能なものは榊原! お前の言ったもんだけだ!」

 海江田さんが答えた。

「遠野! お前ならほんの少し、この華珠貴とやらの動きを止められんだろ! やるぞ!」
「……くっそ分かりましたよ!!」

 遠野さんは華珠貴さんの目の前から大きく飛び退くと、顔の前で手を組む。遠野さんの周りの空気が、揺らめいた?

「本当に一瞬ですからね! それでも大丈夫ですか?!」
「ああ」
「大丈夫です! ありがとうございます!」

 言いながら、また少しずつ華珠貴さんの方へにじり寄る。

「動きが止まった瞬間に、華珠貴の所へ跳ぶぞ」
「分かった」

 遠野さんの周りの揺らめきが華珠貴さんまで届く。と、華珠貴さんは動きを止め、その身体がゆっくりと傾いていく。

「今だ!」

 海江田さんの声と同時に、華珠貴さん目掛けて思いっきり跳躍する。

「そのまま抱き付け!」

 てつの言葉に、慌てて腕を広げて、華珠貴さんの背中にしがみつくようにして着地する。

「そしたら、ぅわっ?」
「そしたら取り込まれる。そのまま動くなよ」

 ズブズブと沈み込む感覚。毛を掴んでいたのに? と思った瞬間、一気に身体が引きずり込まれた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

新訳 軽装歩兵アランR(Re:boot)

たくp
キャラ文芸
1918年、第一次世界大戦終戦前のフランス・ソンム地方の駐屯地で最新兵器『機械人形(マシンドール)』がUE(アンノウンエネミー)によって強奪されてしまう。 それから1年後の1919年、第一次大戦終結後のヴェルサイユ条約締結とは程遠い荒野を、軽装歩兵アラン・バイエルは駆け抜ける。 アラン・バイエル 元ジャン・クロード軽装歩兵小隊の一等兵、右肩の軽傷により戦後に除隊、表向きはマモー商会の商人を務めつつ、裏では軽装歩兵としてUEを追う。 武装は対戦車ライフル、手りゅう弾、ガトリングガン『ジョワユーズ』 デスカ 貴族院出身の情報将校で大佐、アランを雇い、対UE同盟を締結する。 貴族にしては軽いノリの人物で、誰にでも分け隔てなく接する珍しい人物。 エンフィールドリボルバーを携帯している。

『古城物語』〜『猫たちの時間』4〜

segakiyui
キャラ文芸
『猫たちの時間』シリーズ4。厄介事吸引器、滝志郎。彼を『遊び相手』として雇っているのは朝倉財閥を率いる美少年、朝倉周一郎。今度は周一郎の婚約者に会いにドイツへ向かう二人だが、もちろん何もないわけがなく。待ち構えていたのは人の心が造り出した迷路の罠だった。

今日から、契約家族はじめます

浅名ゆうな
キャラ文芸
旧題:あの、連れ子4人って聞いてませんでしたけど。 大好きだった母が死に、天涯孤独になった有賀ひなこ。 悲しみに暮れていた時出会ったイケメン社長に口説かれ、なぜか契約結婚することに! しかも男には子供が四人いた。 長男はひなこと同じ学校に通い、学校一のイケメンと騒がれる楓。長女は宝塚ばりに正統派王子様な譲葉など、ひとくせある者ばかり。 ひなこの新婚(?)生活は一体どうなる!?

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

Strain:Cavity

Ak!La
キャラ文芸
 生まれつき右目のない青年、ルチアーノ。  家族から虐げられる生活を送っていた、そんなある日。薄ら笑いの月夜に、窓から謎の白い男が転がり込んできた。  ────それが、全てのはじまりだった。  Strain本編から30年前を舞台にしたスピンオフ、シリーズ4作目。  蛇たちと冥王の物語。  小説家になろうにて2023年1月より連載開始。不定期更新。 https://ncode.syosetu.com/n0074ib/

処理中です...