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本編

14 愚かな事

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 縁側伝いに秋の庭を抜け、碧い枯山水の庭に面した所まで来ると、障子が自動ドアのように勝手に開いた。
 促され中に入ると、さっきの部屋より一回り狭い、それでも広いと言える空間があった。足元は色とりどりの畳、壁は多分普通の土壁、天井はどこかの寺院とかにあったような格子状の枠の中に細かな絵が描かれた、なんかもう物凄い部屋だ。部屋の豪華さに気が遠退きそうになる。

「どうぞ、こちらへ」

 促され、五人は掛けられそうなどことなく中華風のソファに座る。

「飲み物はぬくいものでも大丈夫ですか?」
「あ、はい」

 鈴音すずねさんは、前まで来るとそう言い、手を振る仕草をした。

「ほお?」
「へ」

 ちょうど私の膝の斜め先に、小さめのテーブルが現れた。二つの湯呑みと茶菓子も。
 猫又ってこんな色々出来るんだっけ?!

「……それで、どこから話せば良いでしょうか」

 鈴音さんは神妙な顔つきになり、そう言った。

「あー……こっちに来る前の事を教えてくれ。どこに住んでたとか何喰ってたとか。来てからのはひとまず良い」

 てつの言葉に、鈴音さんの目がほんの少し見開かれたように見えた。

「そうですか。……あたしの家筋いえは大きくて、今思えばだいぶ贅沢な暮らしをしておりました。こんな風で良いでしょうか」
「まあ、そうだな。あとその喋り難そうな言い方、しなくて良いぞ。肩肘張ったのは苦手だ」

 さっきより目を見開いてから、鈴音さんは微笑んだ。

「ありがとうね。……じゃあ、あたしからも。聞かれた事に答えた方が効率が良さそうだと思うけれど、どうだろうねぇ」

 急に雰囲気が柔らかく、なんだか甘くなったように思えた。私としては、こっちの方がなんか緊張するな。

「あーそうだな。なら、俺の『気』に憶えはあるか?」

 ああやっと分かった。てつは自分の事を知ってそうな鈴音さんに、話を聞きたかったのか。同郷がどの範囲までかは分からないけど、何かしらヒントでも得られないかという事だったのだろう。

「てつさんのねぇ……」

 鈴音さんは難しい顔になる。

「あたしとてつさんは、これがお初だろうと思うけれど……ほんの少し、似た方に、昔会った事があるよ」
「えっどんな方ですか?!」

 思わず身を乗り出す。早くも手掛かりゲットか?

「なにぶん昔の……あたしがほんの子猫だった頃だからねえ。あたしらとは違う獣だった事は覚えてるけれど」

 獣……てつは人みたいだったって自分を言っていたけれど……。

「そう、お祖父様の馴染みだとか聞いたかしらねぇ。その時はとても豪華な宴席が開かれて、小さかったあたしもその端に入れてもらったんだった」

 目を細め、鈴音さんは語る。

「あの頃は、ただただ楽しかった……」
「どんなもん喰ってたんだ?」

 てつの言葉に、鈴音さんは緩く笑った。
 あれ、これ美緒みおさんの願いちょっと叶えられたりしてる?

「お酒は勿論、お肉にお魚、遠くの珍しい果物なんかもあって……そう、そのお客様の好きなものだと、山桃と葡萄の甘味が出たのよ」
「山桃と葡萄……」
「とっても甘くて美味しかったわねぇ……こんな話で大丈夫かしら?」

 鈴音さんはふふっ、と笑いながら言う。

「……ああ、ありがとうよ」
「てつさん、その姿になった拍子に、自分を忘れちまったのかい?」

 鈴音さん、分かるのか? 同じ世界にいたもの同士、何か感じるんだろうか。

「まあそんなとこだ」
「それはいつ?」
「ん?」
「いつその姿になったのかも、覚えてないかい?」

 また、いやさっきよりも真剣な眼差しで、鈴音さんは聞く。

「いんや、覚えてねえな」
「自分の事以外は結構覚えてるんですけど、自分自身は朧気みたいなんです」
「…………そう、………」

 鈴音さんの目線が少しさ迷う。話もなんとなく途切れてしまった。

「……あ、そういえば鈴音さんが来る前に、他の方達に華珠貴かずきさんという方の話も少し聞きました。今回の事にも関係してるとかって……」
「華珠貴は、あたしの娘です」
「あ、娘さん…………ぇ」

 鈴音さん子持ち?! 凄く若く見えて、あっでも人じゃないから、見た目と年とは関係ないのか……?

「あたしの身体の調子を心配して……美緒と喧嘩もしたみたいで、飛び出していってしまって」
「そりゃあまた、元気だな」
「あの子、……外の事もまだよく知らないのに、一人で行ってしまって」

 ふぅ、とため息をつく鈴音さん。でも、それなら。

「華珠貴さんの事、私達で探せるかも知れません」
「え?」
「それと、鈴音さんの体調も……どうなるかはちゃんと言えないですけど、今どうなってるかは分かるかも知れません」

 私はTSTI(やっぱり少し言い難い)について話した。
 遠野とおのは取りこぼしかも知れないような事を言っていた。本当にそうなら、この状況で、いやこの状況になるまで支援も何も出来てないという事だ。

「そうですか……」

 鈴音さん、なんだか俯いてしまったような……。あまり気乗りしないのだろうか。

 ──おいあんず
「ん?」

 何故テレパシーもどきを?そう聞く前に、てつの言葉に息を呑んだ。

 ──鈴音は分かっていてやってないんだろうよ。本当は、俺らに住処ここを知られるのも死ぬほど嫌だったろうしな。

 なに、それ。……なら、今の私の言葉は完全に要らぬお節介……というか、この場にいることさえ──。

「それなら、なおさらこのまま帰せない」
「……え…………うわっ?!」

 突然、暴風と火花が降り注いだ。

「俺らを敵かどうか見定めてたんだろう? んで、杏が出した言葉が、決定打になった」
「っ火花、当たってない……? って支部の話がそんな駄目だったって事なの?!」

 当たるはずの風も火花も、私達の周りのものは弾かれていた。けれど座っているソファやテーブルにはバンバン当たり、燃えはしないが大きく焦げが出来たりしている。お茶とお菓子は転げ落ちていった。

「そうねぇ、駄目なのよ。そういう線を引いてるの。前にこの身を……あの子を、危険にさらしたような、愚かな事を繰り返さないように」

 天井を覆うように、黒雲が出来始めた。それは渦を巻き、音と光を内包している。

「猫又ってこんな事出来るっけ?!!」

 先ほど思った事が、今度は口から出た。

「そうねぇ、あたしは火車の血も持っているから」
「火車?!」

 とは?!

「ようは雨雲に乗って、死体を取りに火の車牽いてやってくるやつだ」
「説明ありがとう! そんでどうすればいいのかも教えて欲しい!」
「来るもんを跳ね返すか、避けるかだな」
「来るものって────」

 目の前で、光が迸った。

「ぃっ………!」

 咄嗟に、ソファの右側に倒れ込む。引き裂くような音がして、雷が後ろの壁に落ちた。
 なんとか、ぎりぎりで避けられたようだ。
 振り返ると、土壁は広範囲でひびが入り、黒くなっていた。ひびからぼろぼろと、炭化した欠片が落ちていく。

「……こんなの受けたら、死ぬでしょ?」

 声が震える。対して、てつはいつもの調子で応える。

「跳ね返すか避けるかって言ってんだろう。まあ、跳ね返せば当然、あちらさんに当たるがな」

 と、来た方の縁側が騒がしくなっている事に気付いた。騒ぎに気付いた猫達がやって来る。

「今度は、もっと大きくいこうかねぇ」

 鈴音さんは、暗い笑顔で手を持ち上げた。雷雲の音と光が激しくなる。

「避けるで行く」

 言いながら、騒がしくなった方とは反対の、蛍が舞う黄昏時の庭へ飛び出した。

「お前、ちっとばかし早くなったか?」
「そりゃどうも!」

 そういえば、この庭、というかこの空間どこまで続いてるんだろう。そもそも、鈴音さんを元気にするって話じゃなかったっけ? でも半強制的に連れてこられた訳で……ああもう、こんな状況じゃ何が正しいか分からない!

「逃がさない」
「当てさせねえよ」

 さっきよりも大きい雷が、すぐ横の木に当たった。その衝撃で身体が吹っ飛ぶ。

「っぁああ゛っ!」

 てつが雷を逸らした? 木が裂けながら燃えてる?! 私はどの方向に吹っ飛んだ?!

「猫共が来やがった」

 視界が回る。この感じ、てつが私の身体を動かしたのか。
 目線がグンと上がった。木の上?

「ったく、面倒くせえなぁ」

 見ると、庭の端に吹っ飛ばされたようだった。乗っている木から五メートルほど手前で、猫達がこちらを威嚇している。

「あまり寄ってはいけないよ。危ないからねぇ……」

 猫達の後ろで、鈴音さんはそう言った。座っているその椅子の周りは炎が取り巻き、雷雲は庭の空いっぱいに広がっていた。

「もう、これ、避けるとかいう範囲じゃない……」
「ああ、凌いでから一発で仕留めねえといけねえな」

 凌ぐ? 仕留める?
 一際大きく、雷雲の中が光る。
 てつが身構えた瞬間、庭の中空が捻れるように裂けた。 

「……あん?」
「えっ」

 裂け目から、音とも声ともつかない何かが響く。それはどんどん広がり、そこから二トントラックくらい大きなものが転がり落ちてきた。
 今度は何?!

「ギャアアアアアオオオオッッ!!」

 叫び声を上げながら、狂ったように暴れ回る。辺りに火花を散らし、その足元からは雷が迸る。
 大きく黒いその何かの登場に、周りは動きを止め、一瞬の後騒然とした。

「姐さん! 姐さん何これ?!」
「きゃああ! 雷が!」

 と、その黒い背中からまた何かが二つ、庭に転がった。

「なんだここは?! 猫だらけだぞ!」
「どこかに転移したようですね」

 その二つ────二人は転がりながら体勢を立て直し、立ち上がる。その声、見た目、片方は確実に。

「遠野さん?!」
「はっ? ……榊原さかきばらさん?!」


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