104 / 117
第三章 生誕祭
二話
しおりを挟む
「飛べてるわよ、アイリス! その調子!」
「はい……!」
翼に風をはらませ、魔力を維持し、家の屋根の高さまで。
けれど。
「……うっ?!」
魔力の流れのバランスが崩れた。途端、アイリスの体は傾く。
「アイリス! 集中を途切れさせないで! まだ立て直せるわ!」
「はっ、はい!」
ブランゼンは、アイリスにいつ何があっても大丈夫なように、すぐ魔法で助けられるよう準備している。
アイリスも、それを分かっている。だから今は、自分の事に集中、しようと、頑張る。
(あと、もう少し……! もうちょっとだけ、長く、高く!)
昨日も、屋根までは飛べたのだ。せめて、記録更新はしたい。
アイリスはそんな思いで、全身で魔力を感じ、飛ぶイメージを強く作り、尾と翼で、バランスを取る。
(……いける!)
バサリ、……バサリ。
多少ぎこちなくとも、昨日より、高く飛べた。
(やった……!)
けれど、達成感に浸っている暇はない。ここから地上まで、落ちるのではなく、慎重に、かつ丁寧に、降りなればならないのだ。
(ゆっくり……、……ゆっくり……)
バサリ、バサリ。
また感覚を研ぎ澄ませ、魔力を感じ、体のバランスを取る。
(もう、ちょっと……!)
あと少しで、地面。というところで、
「あっ?!」
「アイリス!」
亜麻色の竜のバランスは崩れ、即座に下に入ったブランゼンに、抱きとめられる形で着地した。
「す、すみません……!」
「良いのよ。昨日より長く、しかも高く飛べたじゃない。上出来よ。……降ろして、大丈夫?」
「は、はい」
ゆっくりと、地面に降ろされる。アイリスは、ふぅ、と息を吐き、
「一旦、姿を戻しますね」
言葉通りに、一瞬にしていつもの小柄な、人間の少女の姿に戻った。
「さすが。やっぱり翼無しと翼有りとの移行は、問題ないわね」
「そう言っていただけると、嬉しいです」
薄いブルーのシャツに、首元には濃いブルーのリボン。亜麻色の髪は後ろで編み込まれ、ヘリンボーンになっており、胸元と同じ質のリボンで留められて。そして、飴色のスカートとブーツを履いている。
そんな姿で、少し悔しそうに笑むアイリスを見て、ブランゼンは苦笑した。
「「自分はまだまだだ」って、顔に出てるわよ?」
「えっ、そ、そうですか……?」
言われ、アイリスは両手を、頬を挟むように当てる。
「出来てるし、伸びてるんだから。こっちの勉強といい、この練習といい、アイリスは努力家ね」
「い、いえ。このくらい、全然です。……本当、全然です。もっと、頑張らないと」
アイリスは一瞬俯くが、次の瞬間、勢い良く顔を上げた。
「もっと、頑張らなきゃ。皆さんに、少しでも追いつきたいです」
その瞳には、やる気が溢れて見える。けれど、その奥に、少しの焦りも伺えた。
「……ねえ、アイリス」
「はい」
「あなたは、元の所……ジェーンモンド、だったかしら。そこでも、こんなふうに頑張っていたの?」
ブランゼンはかがみ込み、なるべく優しく問いかけた。
「……えっと、……」
けれど、アイリスの瞳は、不安定に揺れる。
「……私は、頑張っている、……つもり、でした。……けど、…………いつも、成績は、芳しくなくて。……家庭教師の先生方にとって、……いえ、家族にとっても、…………不出来な生徒で、子供だったと、思います」
苦しそうに告げられるその言葉。少なくともアイリスは、人間の世界でそういう立場に置かれていたのだと、ブランゼンはもう何度目か、痛感する。
こんなに努力家で、飲み込みも早くて、素直で良い子なのに。どうしてそうなってしまっていたのかと、ブランゼンは不思議でならない。
「でも、皆さんは優しいです」
揺れる瞳と、硬い表情。それをなんとか取り除こうとしてか、アイリスは笑顔を作る。
「こんな私でも、沢山評価してくれて、褒めてくれて、応援してくれて。……今までの事が、嘘だったみたい」
最後の言葉は、消え入りそうなほど小さかった。
「はい……!」
翼に風をはらませ、魔力を維持し、家の屋根の高さまで。
けれど。
「……うっ?!」
魔力の流れのバランスが崩れた。途端、アイリスの体は傾く。
「アイリス! 集中を途切れさせないで! まだ立て直せるわ!」
「はっ、はい!」
ブランゼンは、アイリスにいつ何があっても大丈夫なように、すぐ魔法で助けられるよう準備している。
アイリスも、それを分かっている。だから今は、自分の事に集中、しようと、頑張る。
(あと、もう少し……! もうちょっとだけ、長く、高く!)
昨日も、屋根までは飛べたのだ。せめて、記録更新はしたい。
アイリスはそんな思いで、全身で魔力を感じ、飛ぶイメージを強く作り、尾と翼で、バランスを取る。
(……いける!)
バサリ、……バサリ。
多少ぎこちなくとも、昨日より、高く飛べた。
(やった……!)
けれど、達成感に浸っている暇はない。ここから地上まで、落ちるのではなく、慎重に、かつ丁寧に、降りなればならないのだ。
(ゆっくり……、……ゆっくり……)
バサリ、バサリ。
また感覚を研ぎ澄ませ、魔力を感じ、体のバランスを取る。
(もう、ちょっと……!)
あと少しで、地面。というところで、
「あっ?!」
「アイリス!」
亜麻色の竜のバランスは崩れ、即座に下に入ったブランゼンに、抱きとめられる形で着地した。
「す、すみません……!」
「良いのよ。昨日より長く、しかも高く飛べたじゃない。上出来よ。……降ろして、大丈夫?」
「は、はい」
ゆっくりと、地面に降ろされる。アイリスは、ふぅ、と息を吐き、
「一旦、姿を戻しますね」
言葉通りに、一瞬にしていつもの小柄な、人間の少女の姿に戻った。
「さすが。やっぱり翼無しと翼有りとの移行は、問題ないわね」
「そう言っていただけると、嬉しいです」
薄いブルーのシャツに、首元には濃いブルーのリボン。亜麻色の髪は後ろで編み込まれ、ヘリンボーンになっており、胸元と同じ質のリボンで留められて。そして、飴色のスカートとブーツを履いている。
そんな姿で、少し悔しそうに笑むアイリスを見て、ブランゼンは苦笑した。
「「自分はまだまだだ」って、顔に出てるわよ?」
「えっ、そ、そうですか……?」
言われ、アイリスは両手を、頬を挟むように当てる。
「出来てるし、伸びてるんだから。こっちの勉強といい、この練習といい、アイリスは努力家ね」
「い、いえ。このくらい、全然です。……本当、全然です。もっと、頑張らないと」
アイリスは一瞬俯くが、次の瞬間、勢い良く顔を上げた。
「もっと、頑張らなきゃ。皆さんに、少しでも追いつきたいです」
その瞳には、やる気が溢れて見える。けれど、その奥に、少しの焦りも伺えた。
「……ねえ、アイリス」
「はい」
「あなたは、元の所……ジェーンモンド、だったかしら。そこでも、こんなふうに頑張っていたの?」
ブランゼンはかがみ込み、なるべく優しく問いかけた。
「……えっと、……」
けれど、アイリスの瞳は、不安定に揺れる。
「……私は、頑張っている、……つもり、でした。……けど、…………いつも、成績は、芳しくなくて。……家庭教師の先生方にとって、……いえ、家族にとっても、…………不出来な生徒で、子供だったと、思います」
苦しそうに告げられるその言葉。少なくともアイリスは、人間の世界でそういう立場に置かれていたのだと、ブランゼンはもう何度目か、痛感する。
こんなに努力家で、飲み込みも早くて、素直で良い子なのに。どうしてそうなってしまっていたのかと、ブランゼンは不思議でならない。
「でも、皆さんは優しいです」
揺れる瞳と、硬い表情。それをなんとか取り除こうとしてか、アイリスは笑顔を作る。
「こんな私でも、沢山評価してくれて、褒めてくれて、応援してくれて。……今までの事が、嘘だったみたい」
最後の言葉は、消え入りそうなほど小さかった。
0
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる