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第三章 生誕祭

二話

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「飛べてるわよ、アイリス! その調子!」
「はい……!」

 翼に風をはらませ、魔力を維持し、家の屋根の高さまで。
 けれど。

「……うっ?!」

 魔力の流れのバランスが崩れた。途端、アイリスの体は傾く。

「アイリス! 集中を途切れさせないで! まだ立て直せるわ!」
「はっ、はい!」

 ブランゼンは、アイリスにいつ何があっても大丈夫なように、すぐ魔法で助けられるよう準備している。
 アイリスも、それを分かっている。だから今は、自分の事に集中、しようと、頑張る。

(あと、もう少し……! もうちょっとだけ、長く、高く!)

 昨日も、屋根までは飛べたのだ。せめて、記録更新はしたい。
 アイリスはそんな思いで、全身で魔力を感じ、飛ぶイメージを強く作り、尾と翼で、バランスを取る。

(……いける!)

 バサリ、……バサリ。
 多少ぎこちなくとも、昨日より、高く飛べた。

(やった……!)

 けれど、達成感に浸っている暇はない。ここから地上まで、落ちる・・・のではなく、慎重に、かつ丁寧に、降りなればならないのだ。

(ゆっくり……、……ゆっくり……)

 バサリ、バサリ。
 また感覚を研ぎ澄ませ、魔力を感じ、体のバランスを取る。

(もう、ちょっと……!)

 あと少しで、地面。というところで、

「あっ?!」
「アイリス!」

 亜麻色の竜のバランスは崩れ、即座に下に入ったブランゼンに、抱きとめられる形で着地した。

「す、すみません……!」
「良いのよ。昨日より長く、しかも高く飛べたじゃない。上出来よ。……降ろして、大丈夫?」
「は、はい」

 ゆっくりと、地面に降ろされる。アイリスは、ふぅ、と息を吐き、

「一旦、姿を戻しますね」

 言葉通りに、一瞬にしていつもの小柄な、人間の少女の姿に戻った。

「さすが。やっぱり翼無しと翼有りとの移行は、問題ないわね」
「そう言っていただけると、嬉しいです」

 薄いブルーのシャツに、首元には濃いブルーのリボン。亜麻色の髪は後ろで編み込まれ、ヘリンボーンになっており、胸元と同じ質のリボンで留められて。そして、飴色のスカートとブーツを履いている。
 そんな姿で、少し悔しそうに笑むアイリスを見て、ブランゼンは苦笑した。

「「自分はまだまだだ」って、顔に出てるわよ?」
「えっ、そ、そうですか……?」

 言われ、アイリスは両手を、頬を挟むように当てる。

「出来てるし、伸びてるんだから。こっちの勉強といい、この練習といい、アイリスは努力家ね」
「い、いえ。このくらい、全然です。……本当、全然です。もっと、頑張らないと」

 アイリスは一瞬俯くが、次の瞬間、勢い良く顔を上げた。

「もっと、頑張らなきゃ。皆さんに、少しでも追いつきたいです」

 その瞳には、やる気が溢れて見える。けれど、その奥に、少しの焦りも伺えた。

「……ねえ、アイリス」
「はい」
「あなたは、元の所……ジェーンモンド、だったかしら。そこでも、こんなふうに頑張っていたの?」

 ブランゼンはかがみ込み、なるべく優しく問いかけた。

「……えっと、……」

 けれど、アイリスの瞳は、不安定に揺れる。

「……私は、頑張っている、……つもり、でした。……けど、…………いつも、成績は、芳しくなくて。……家庭教師の先生方にとって、……いえ、家族にとっても、…………不出来な生徒で、子供だったと、思います」

 苦しそうに告げられるその言葉。少なくともアイリスは、人間の世界でそういう立場に置かれていたのだと、ブランゼンはもう何度目か、痛感する。
 こんなに努力家で、飲み込みも早くて、素直で良い子なのに。どうしてそうなってしまっていたのかと、ブランゼンは不思議でならない。

「でも、皆さんは優しいです」

 揺れる瞳と、硬い表情。それをなんとか取り除こうとしてか、アイリスは笑顔を作る。

「こんな私でも、沢山評価してくれて、褒めてくれて、応援してくれて。……今までの事が、嘘だったみたい」

 最後の言葉は、消え入りそうなほど小さかった。


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