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第二章 竜の文化、人の文化

ジェーンモンド家の人々 5

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「何よ、何よ何よ!」

 自室に入った途端、リリィは悪態をついた。

「腹立つ! みんなして!」

 そのまま荒々しくベッドまで進み、バフンと勢いよく倒れ込む。

「私をバカ妹アイリスみたいに!」

 ドレスワンピースに皺がつくのも、結い上げた髪が乱れるのも気にせず、彼女は手足をばたつかせた。


   ◆


 『愛する妹が行方不明』な事で心を痛め、外出を控えていたリリィだが、そろそろ外に顔を出す頃合いだろうと思ったのだ。
 そこで、久し振りに小規模なお茶会に出席した。
 もちろん、あえて地味な装飾と色の服装で。仕草や表情に悲しみを滲ませるのも忘れない。

『聞きました。アイリスさんの事』
『胸中お察ししますわ』

 案の定、周りはリリィを慰めた。

『あんなに仲のよろしかった姉妹でしたのに』
『ええ本当。いつもあんなにはしゃいでいらしたのに』

 それに控えめに返事を返す。しかし、だんだんと胸の内で首を傾げ始める。

『妹が妹なら、姉も姉でしたものね』
『こちらは見ていて愉しかったけれど。でも、あぁ、お可哀想に』

 慰めに、含み笑いが混じり出す。
 それはいつも、妹に向けられていたもの。

(……!)
『ほら、悲しみのあまり手が止まってしまったようよ』
『まあなんて事でしょう! 菓子職人に伝えておきます。お客様の喉を通らないものをお出ししてしまったと』

 それすなわち、その職人の解雇通知となる。

『えっ! そ、それほど、では』

 慌てて言ってしまってから、リリィはしまったと顔をしかめた。

『あら、食欲がおありで?』
『妹さんが行方知れずというのに?』

 かかった獲物は逃さないとばかりに、四方から言葉が投げられる。

『そんな風に言ってはいけないわ。悲しみの深さは人それぞれなのだから』
『ええ、そうね。私ったら、つい。リリィさんがあまりにも健気で』
『これでもかと儚さが溢れているものね。……ちょっと、目眩がするほどに』
『人間、何事も程度が大事と、そういう事かしら?なんとも大仰だと冷めてしまう……ああいえ、リリィさんの事では』

 くすくす、くすくすと、聞こえないようでいて耳につく笑い声が、リリィの神経を逆撫でする。
 見抜かれている。そして、弄ばれている。

(……こいつら)

 そうだ。こいつらは、アイリスにするをよく見ていた者達だ。
 アイリスがいなくなり、今度は姉にお鉢が回ってきたらしい。

『……っ』

 その事実に怒りが沸き、けれどリリィは言い返す事が出来なかった。

 ちょうど全員、身分が高いなり、金回りが良い家ばかり。

(何か言えば、後で何倍にもなって返されるわ)

 そしてその手口は、リリィがよく使っていた手でもあった。


  ◆


 断じて自分は、弄ばれるそちら側でない。上にいて、見下ろしそちらを嗤う側だ。

「やっと! やっとあの子が居なくなったっていうのに!」

 リリィは起き上がり、羽根が詰まった枕を掴む。

「その代わりになるなんて、まっぴらごめんなのよ!」

 叫びながらそれを放り投げ、部屋中に羽毛が散った。

「はぁ……はぁ……」

 少し怒りが収まったらしいリリィは、顔の脇でほつれたブロンドを耳にかける。

「……ふぅ…………えぇ、私はアイリスとは違うもの」

 あの弱々しく、へらへら笑うバカとは違う。

「しかも何ですって? 姫? あの? 昔語りの? アイリスが?」

『ご存知? 数百年前の』

「知ってるわよ。国民誰もが知ってるわよ。馬鹿にして」

 それは、これまた茶会で話題に上がった、この国の昔話。

 その昔、賊に拐かされた一人の王女が、不還かえらずの森へと逃げ込んだ。
 賊は捕まり、けれど彼女は見つからず。王国中が涙した。その時。
 それに応えるように、空から声が降ってきた。優しく楽しげな、笑い声が。
 皆が顔を上向けると、上空で竜が舞っている。
 そしてその背に、姫が乗っていた。
 王女様は竜に助けられたと、そんな昔話。

(アイリスが生き延びて、幸せに暮らしてる? あり得ない)

 あり得てなるかと、リリィは床に叩きつけた枕を睨んだ。


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