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第二章 竜の文化、人の文化

十九話

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「へー……人間って男と女で服違うの」

 あれから数日。

「そうですね。衣類だけでなく、髪型や立ち居振る舞い、職の場も分けたりします」

 いつも通りと言えるほどに違和感なく、庭で行われる勉強会。もとい、異文化交流。

「例えばこう……身分にもよりますが、ざっくりと」

 アイリスは手をかざし、庭へ運び出された大きなテーブルに魔力を流す。

「ほおお……」
「へえ」
「ほう」

 抱えるには少し大きい程度の人形が、その盤面に形成された。

「こっちから王族の方々を模したもの、高位の爵位の方々」

 立ち姿で、それぞれ男女二人ずつ。精緻に形作られた人形達を、アイリスは示していく。

「下位爵位の方々、平民と……身分を持たない、方々、です」

 最後にその声は沈み、顔も俯く。

「……身分が、無い?」

 首を傾げるドゥンシーに、アイリスは頷きを返す。

「……はい。ここと違い、人の国は……差はあるようですが、私の知る限りはどこも」

 アイリスはまた、向かって左端の人形達を示す。彼らはやせ細り、衣服というより襤褸ぼろと呼べるものを纏っていた。

「このような……生まれながらに身分を持たない、もしくは身分を剥奪された方々が居ます」
「なんで?」

 ケルウァズの問いに、アイリスは僅かに詰まる。

「……何かしらの罪を犯した人、もしくはその子孫の方々だと、されます」

 国の簒奪、神への冒涜。ものによっては窃盗罪。親より上の罪になれば、もうその形は朧気になる。

「身分が無いので働くのも難しく……ここのは布を纏ってはいますが、それを手に入れる事すら苦労する方も居ます」

 その割合の方が高いだろうと、アイリスは心で呟く。

「はぁー……そんなのがあんの……」
「竜の歴史も、古くはそういうものがあるぞ」
「えっそうだっけ?」

 ゾンプが振り仰ぐとヘイルは頷き、視線を巡らせる。

「この前はそこまでいかなかったしな。家でそこまで進んでるのは……ダンファは知っているか?」
「え? あぁ、あーうん」

 淡い青灰色の頭に手をやり、ダンファは眉を寄せながら口を開く。

「えー、と。三千年くらい前まで? の分け方で……王家と、公爵、侯爵、伯爵……」

 それを聞いたアイリスの瞳が、徐々に大きくなっていく。

「子爵、男爵、平民……で、それと似てるのが」

 濃い色の指が、襤褸を纏う人形を指し示す。

「身分が無いって言うより……〈奴隷〉って言われてた」
「あ、それは聞いた事ある」
「竜として扱われない竜達の事、ですよね」

 そんな周りの言葉を聞き逃すまいと、アイリスの顔に知らず力が入る。

(……同じ?)

 身分の分け方、その呼び名。

(私が外した〈奴隷〉の部分も……偶然?)
「そういや、こっちもちょっと似てる? かな」
「え?」

 ダンファは今度は向かって左の、アイリスが王族と言ったものを指し示す。

「ほら、見た目が。昔の王家……ヘイルの所と似てる」
「え」

 アイリスは一瞬意味が掴めず、

「……ああ、確かにな」
「…………え?!」

 低い声が耳に届き、そこでやっと顔を驚愕に染めた。

「え?! え、え?!」

 そしてそのまま、人形と上を交互に見やる。

「……」
「ええ?! ええええ?!」

 驚きすぎて、徐々に不満げになるヘイルの表情を読む余裕がない。

「…………」
「先生?」

 ゾンプ達は、不思議そうに首を傾げ。そんなアイリスとヘイルを見比べる。

「……アイリス」

 ヘイルはテーブルを回ってそちらへ行こうとし、

「あっ?! っ……いえっ……!」

 我に返ったアイリスも、テーブルに沿って距離を保つ。

「……」
「いえ、あのっええと……!」

 一歩進む度に二歩後退る。そんな一竜ひとりと一人から離れ、モアがダンファに問いかける。

「何が似てたの?」
「ああ、こう……形? がさ」

 七竜の目がテーブルに向かう。

「ほら。髪長いし編んであるし。そこは今も同じだろ? それとあの重そうな、ぶあぶあした服が」
「えっ?! あっ髪は……王族の、特に直系の方々は……男女共に伸ばして、しょ、装飾と一緒に編み込むのが、伝統で……!」

 逃げながら説明するアイリスへ、周りは半ば呆れた顔を向ける。

「身に付けるものも、特に、外へ……その象徴と権威を示すために……技巧と芸術性を! 求められます……っ!」
「ほう」
 横目で人形それを確認しつつ、ヘイルはまた足を進める。

「ひぇっ……加え、て、魔物の毛皮や鱗やっ……魔力を帯びたものが……〈力ある者〉として好まれ……るんです……!」
「なるほど、そこも似ているな」

 昔と、と言いながら歩みを止めないヘイルとの、アイリスは必死に距離をとる。

「そうですねえ……アイリスさん」
「え? はいっ?」

 おっとりした声に、思わず顔を向けて。

「坊ちゃまは〈王家〉ではありませんから、そんなに畏まらなくとも宜しいかと思いますよ」

 少し離れた木陰の下。いつもの場所に座るファスティに言われ、アイリスの足が止まった。

「ルーンツェナルグの血は今は王ではなく、長として紡がれておりますから」
「?! やっぱりそれ、わぁっ!」
「ファスティの言う通りだ。それに、アイリス」

 抱き上げられ、覗き込まれるその顔に、アイリスは息を呑む。


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